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2017年11月07日21:14

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鈴音(すずね)

ピンポーン。

ワンルームに響いたインターホンの音に、直也は目を覚ました。とっさに確認した手元の目覚まし時計の短針は真上より少しだけ右。寝過ごしたかと一瞬思い、窓の外の暗さにそれが杞憂に過ぎないと気付いた直也は、安心して再び枕に頭をつけた。そこに再びインターホンの音が響いたが、直也は無視を決め込んだ。が、わずかな静寂の後、三度鳴ったインターホンが直也の眠りを妨げた。
「…っンだよ!」
 非常識な真夜中の訪問者にいい加減我慢の限界に達した直也は、苛立ちを隠そうともせず玄関に向かった。だいたい、連絡もなしにこんな時間に訪ねてくる知人の心当たりなんて、直也にはなかった。
「今何時だと思ってんだ!常識で考えろよ!」
ドアを開けるや否や、相手の確認もしないでそう怒鳴る。まぁ、夜中に大声で怒鳴るのも非常識だと言われればその通りだが、この場合相手を確認しなかったのは正解と言えるだろう。もし確認していたら、そんなことは言えなかっただろうから。
 当の怒鳴られた相手は、夜目にも鮮やかな赤い服を着て、涼しい顔でドアの外に立っていた。
「夜分にすみません、サンタですけど」
夜中にいきなり訪ねて来た相手がそう名乗ったら、ほとんどの人間が相手か自分の正気を疑うだろう。直也も例外ではなく、ただ「はぁ…」という間抜けな応対をするのがやっとだった。そんな直也のリアクションなどお構いなしに、そのサンタ氏は「ちょっと失礼しますよ」と直也の横を抜け、部屋に入ろうとしてきた。そこでようやく少し正気を取り戻した直也は
「ちょ、ちょっと!ウチ、ピザとか頼んでませんから!」と制止した。というのも直也自身、さっきまでこの時期の風物詩とも言える赤い衣装を着込んでピザを配っていたからなのだが、言われた本人は
「は?いや、ピザなんて持ってるわけないじゃないですか。何をおっしゃってるんですか」
などと言いながら、ずんずん中に入っていってしまった。
「ちょっと、何なんですかあんたは。勝手に人の部屋に入らないでくださいよ。警察呼びますよ」
あまりにも当然の反応をする直也をよそにサンタ氏は「きったない部屋ですねぇ…。足の踏み場もないってやつですね」とぼやくと部屋の隅に腰を下ろした。
「やかましい、文句言うならさっさと出てけ。ってか、出てけ。今すぐ、問答無用で」
極力冷静に、声を荒げないように言う直也の方を向いてサンタ氏が「いえいえ、実はちょっとお願いがあって来たんですよ、大洲直也さん」と言い放った。
知らない相手が自分の名前を知って訪ねて来るというのは、あんまり気分のいいものではない。俺はそんなに有名人だったかな、などと直也は思いついたが、とりあえずの危険はなさそうなサンタ氏の話を聞いてみる気になった。いざとなれば、たぶん勝てる。
「…んで、サンタさんがこの俺になんの用ですかね?あいにくウチには子供なんかいませんよ。だいたい独り者だし。ってか、あんたがほんとにサンタだったら、なんで今こんなとこでのんびりしてんの。年にいっぺんの稼ぎ時?でしょうが」直也の質問に対するサンタ氏の答は、意外なものだった。
「ちょっとね、充電をさせて欲しいんですよ」そう言って袋から取り出したのは、ゴツいバッテリーだった。「は?何の?」という疑問がそのまま顔に出ていたのだろう。サンタ氏が「トナカイです」と答えるに至って、直也は頭が痛くなるのを感じた。「いえね、もちろん昔は本物のトナカイのソリだったんですよ。でもね、動物愛護団体ってあるでしょ?あそこからの苦情が毎年問題になってたらしくてね。で、それならトナカイ型のロボットでいいんじゃないかってことになったらしいんですよ。まぁ、本社の決めたことなんで詳しくは知らないんですけどね」
頭を抱え続ける直也に構うことなくサンタ氏は話し続けた。「あぁ、申し遅れました」と言いながら懐から取り出した名刺には

CPDS 東アジア支部日本支局
第5地区 田中 明

と記されていた。唖然としながら受け取った直也は、さっきよりもひどくなった頭痛を我慢しながらサンタ氏、いや田中の方に向き直った。
「あの、いくつか質問いいですかね」
「はい、どうぞ」
「このCPDSってさ、まさかとは思うけどクリスマス・プレゼント・デリバリー・サービスとかだったりするわけですか?」
「おお!ご名答です!いい勘してますね。パーソナルデータに追記しておきましょう。…意外と勘がいい、っと」
「いや、意外とって失礼だな。ってか、何ですかそのパーソナルデータって」
田中が取り出した、ファミレスで使う注文機に似た機械を指して直也が尋ねると、こともなげに田中が答えた。
「ああ、これですか。ほら、プレゼント配るのに必要でしょ。どこの子供が、何を欲しいかとか。なんたって国家的どころか、世界的なプロジェクトなわけですからね。住民票レベルより詳しいデータが配られるんです。もちろん基本的に閲覧だけで他の記憶媒体への保存や転送、書き写すことや撮影もできないように制限・加工されてますがね」
「なるほど、それで俺の名前も知ったわけか。で、なんでわざわざ充電するのに俺の家を選んだんですか?」
「なに、簡単な理由ですよ。このマンションの上で充電が切れてしまいましてね。仕方ないから隣の空き地にソリを隠して、住民のデータを調べてみたら、あなたがいたわけで」
「だから、なんで俺になったんですか?…ちょっとそのパーソナルデータ見せてください」
「あ!やめてください!一般の人に見せるわけにはいかないんですから!」と手を伸ばす田中を「自分の分だけなら問題ないでしょう」と振り払いながら、直也は自分のデータを検索してみた。

大洲 直也(おおす なおや)
 1988年 A県出身 B型 C大学在学
        ・
        ・
        ・
かなり詳細に書かれたデータの中、直也の目は最後の項目に留まった。

 性格  単純、不器用、お人好し。頼まれると嫌とは言えない
     ○たぶん夜中でも充電させてくれそう
    ※追記 意外と勘がいい

「…悪かったな、単純で。ってか、この追記いらないでしょ?」
「あはは、いやいや、勘がいいっていうのは大事なことですよ」
「笑い事じゃなくて。ったく、ただでさえ明日早いんだから、充電終わったらさっさと出て行ってくださいよ。ちょっとでも寝たいんだから」
「何かご予定でもあるんですか。あ、もしかしてデートとか」
「…あのですね、わかって言ってるでしょ。デートする相手がいたらクリスマスイブにサンタの格好してピザ配ってないですから。明日は就職活動したあとでまたバイトです。不況で大変なんですからね、今の学生は」
「あぁ、そうですよね。いやね、サンタって子供の夢を叶えるのが仕事じゃないですか。だから欲しいものを調べる調査官みたいな人がいるんですけど、今年はいつにもまして切実でして。だって、この小学生の女の子の欲しいプレゼント、なんだと思います?『パパのお仕事』ですよ?泣かせるじゃないですか」
「…エラいもん頼まれたな。どうするんですか、そういう時」
「正直に言ってかなり困りましてね、会議の結果で就職情報誌の詰め合わせということに…」
「もうクリスマスとは関係ないですね、それ」
「ええまぁ、ウチで雇うってわけにもいかないですしね。ここだけの話、ウチもいわゆる派遣切りの渦中でして」
「え、派遣のサンタとかあるんですか」
「ええ、イスラム圏なんかだとサンタの仕事少ないもんで、出稼ぎ労働者が多いんですよ」
「もぅ、何がなんだかわかりませんね…」
「他にご質問は?たぶん滅多にない機会ですから、なんでもお答えしますよ」
「ん〜、それじゃあ子供の頃からの疑問なんだけど。ウチって煙突なかったんだけど、そういう家はどこから入ってるわけ?まさかインターホン鳴らして玄関からじゃないですよね」
「ええ、インターホンなんか鳴らしませんけど、他に入り口がなければ玄関からです」
「鍵はどうするんですか」
「ああ、それならご心配無用です。サンタは基本技術として鍵開けの講習を受けてますから。単純なものなら数秒で開けますよ」
「…頼むからそれ、もし子供に見つかっても言わないでくださいよ。夢が壊れる」
「あはは、そうですねぇ。…おっと、ようやく充電が終わったようです。夜中にほんと、お邪魔しました。おかげで配達を続けられます。このお礼は、近いうちにまた」
「いや、いいですよそんなの。…あんた達には、たぶん子供の頃に世話になったんですから。それに、もしかしたら将来も」
「…ええ、そのときは、また」微笑みながらそう言い残して、田中は去っていった。玄関のドアが閉まって少し経った頃、静寂の中で直也はふと鈴の音を聞いた気がした。どこまでも澄んだ鈴の音は、降り出した雪を少しだけ揺らしながら、夜の間ずっと響いていた。



 一週間後。実家にも帰らず、典型的な寝正月を決め込んだ直也の部屋のインターホンが鳴った。
 玄関に出てドアを開けた直也の目の前に立っていたのは…

「田中さん?何してるんですか、こんなとこで、そんな格好で」
直也の質問には答えず、派手な着物を着た田中はまたずかずかと部屋に入って腰を下ろした。
「いやね、またちょっとお願いがありまして」
「今度はなんですか。まさかまたトナカイの充電じゃないですよね」
「いやいや、今度はトナカイじゃないんですがね。CPDSの日本支局だけの恒例行事みたいなもんで。あ、これお土産の鯛です。さて…で、お願いなんですが」
そう言って田中が懐から取り出したのは、あの夜に見たものと同じ、ゴツいバッテリーだった。
「正月早々で申し訳ないんですが。宝船の充電をさせてください」

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