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2016年05月23日22:48

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[雑文] 村祭り

村の鎮守の神様の
  今日はめでたい お祭り日
どんどんひゃらら どんひゃらら
     朝から聞こえる 笛太鼓


細めに開けた窓から通りを駆け抜ける子供たちの歌声が聞こえる。そうか、もうそんな季節か。ぼんやりした頭で今日の日付けを思い出そうとしたが、寝ては起きての生活を繰り返す身には容易なことではなかった。
「トセさん、今日は何日でしたか」
先代の昔から住み込みの女中奉公をしてくれているトセの返事はなかった。そういえば祭の準備を手伝いに行くと夢うつつで聞いたような覚えがある。となると、十月の最終日曜日というところだろう。勝手に得心して、寝床から身体を起こす。枕元には簡単な食事と薬が用意してあった。庭で採れた山栗の栗ごはんだった。トセのつくるそれの素朴な味は、弱った身体には何よりの滋養となった。少し柔らかめに炊かれたご飯を時間をかけて飲み下し、茶で薬も飲み終えたときだった。ふと気配を感じて顔を上げると、窓の向こうから一人の少女がこちらを見つめていた。
「おや、こんにちは。見慣れないお嬢さんだね。何か御用かね」
私が問いかけると、
「貴方に会いに来たの」
少女はまっすぐこちらを見つめたままそう答えた。
「ははは、そりゃ光栄だ。お嬢さん、一緒に祭りでも行ってくれるかね」
少女はわずかにためらったが、
「…そうね、それもいいわ」
と、了承してくれた。
「そうか、一緒に行ってくれるかね。では急いで支度をするから少し上がって待っててもらえるかね」
少女は答えるかわりに静かに腰かけた。着替えを済ませて少女と並んで神社に向かってゆっくりと歩を進める。
「そういえばまだ名前を聞いていなかったね、お嬢さん」
「…かなえ」
交わした会話と言えばそれくらいのものだったが、それで十分だった。ただ並んで歩いているだけで、自分の心が驚くほど穏やかになっていくのを感じていたからだ。神社の近くでトセに見つかった。
「旦那さま、出歩くなんて無茶なさらないでくださいな」
声を荒げこそしないものの、心底から心配そうなトセに
「大丈夫だ、トセさん。今日は身体の調子がいいんだ。このお嬢さんも付いててくれるしね」
数歩後ろに下がった少女を見ながら答える。
「あら、どちらのお嬢さんでしたかね。この辺りでは見ないお顔だけど」
トセがいぶかしげな顔をしたので重ねて言ってやる。
「トセさん、このお嬢さんね、かなえさんっておっしゃるんだそうだ」
そう聞いたトセは、さすがに察したのであろう。やや青ざめた表情になって私の顔を見返してきた。
「トセさん、親子ともども長いことお世話になりましたね。ありがとう」
「そんな…旦那さま、もったいのうございます」
トセの目から次々と涙が溢れる。
「後のことは、よしなに。私は祭りを楽しませてもらうよ」
そう言い残し、トセから離れる一歩を踏み出す。ちらと振り返ったが、トセは曲がった腰を更に折ったままで溢れる涙を拭うこともせずにいた。

 太鼓と笛の音を合図に祭りが始まる。色とりどりの浴衣を着た子供たちに混じって、屋台で買い食いなどをしてみる。綿菓子、ラムネ、大学いも…。本当に久しぶりに童心に返って楽しんだ。とうとう身体が疲れていうことを利かなくなるまで歩きまわり、神社の片隅に腰をおろす。
「ふぅ、やっぱり祭りはいいもんだなあ」
手拭いで汗を拭きながら笑う。少女は片時も私の傍を離れず、かといって邪魔をするでもなく、ただそこに居た。
「…さっきの様子だと、私のこと気付いているみたいね」
私の息が落ち着くのを待って、少女が声をかけてくる。
「…ああ、この村に昔から伝わる話だから年寄りはみんな知ってるよ。‘かなえ’は‘鼎’、三本脚の神様の使い、ヤタガラス様の化身だってね」
「そう、話が早くて助かるわ」
「今年の村祭りは見られないと思っていたんだが。今日まで待ってくれて、ありがとう」
「そんなことは知らないわ。今日が一番楽なのよ。天界と下界が近くなる、お祭りの日がね」
「そうか、そういうもんか」
「そう、そういうもん」
ふふっ、と少女が笑う。私もつられて笑う。ひとしきり笑った後で、どちらからともなく立ち上がる。
「じゃあ、行こうか」
「いいの?まだ少しなら時間あるけど」
「ああ、後のことは書き置きしてあるし、そんなものが無くてもトセさんなら滞りなくやってくれるだろう」
「…わかったわ。じゃあ行きましょう」
その言葉を合図に、全身が温かな光に包まれるような感覚を覚える。続く浮遊感のさなか、はるか下を見下ろすと痩せこけた男の幸せそうな寝顔が見えた。


 年も豊年満作で
  村は総出の大祭
   どんどんひゃらら どんひゃらら
    夜まで賑わう 宮の森

秋空に溶ける子供たちの無邪気な歌声。
それが私の聴いた、気のきいた葬送曲だった。

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