中世欧米諸国にある、のどかな田舎風景を模したようなユリット村。山間部に作られており、やや傾斜になった緑の土地にレンガ作りの民家が並んでいる。杭で囲まれた草地では栗色の牛達が若々しい緑の草を食（は）んでいる。アーチ状の石造りの橋がかかった川辺ではゴトゴトと音をたてて水車が回っている。
「ん〜なんとものんびりした雰囲気の村だねぇ。久々によく眠れた！」
水車小屋の中、山のように積み重なった藁（わら）束の中から小さな両手が天に突き出された。起き上がったのは黄色い獣耳を生やした狐の妖女、月詠。
流れる時代から取り残されたかのような村の穏やかな雰囲気に呑まれて、自身の金色の体毛豊かな４本尾を布団替わりに長い昼寝を決行した次第である。
「おはようございます月詠さん」
藁山の下から声がかかった。月詠がのそのそとフチまで這っていくと、眼下で備蓄された薪（まき）を椅子代わりにする白髪長身の青年の姿がある。笑いかけてくる彼に月詠も寝ぼけ眼で微笑みを返した。
「おはよう、ちーほ」
二人が出会い旅を始めて、約１０日が経っていた。全く互いの素性もわからず組む事になったコンビであったが、案外気が合ったようで仲の良さは良好だった。
「ところで寝ながら思ったんだけどさ、死霊系の呪術って『死骸を動かす』って大雑把に言えばそうなんだろうけどさ、実質必要なのって動かす為の肉体の方なの？それとも魂の器の方なの？」
「あぁ、精神派のエルフィゴーデの著書がそちらに関しては興味深い意見を載せてましたね。作用するものが異なるその二つの要素を同一視する事は呪術式観点からして物理学と心理学を混合したに等しく遺憾であるとか」
「そういえばそんな論文あったっけ。物理派の弟のアルマーデと優越を競ってるやつだっけ？くっだらないと思うんだけど専門家のちーほはどうなのさ？」
「僕は研究の成果で使い分け可能なんで、時と場合による・・・としか言えませんね」
「世界の権威が不明として皆で頭抱えて悩んでる問題を、理解して使い分けてるって言いきっちゃう辺りすごい術者なんだろうけどねー・・・ちーほって。見た目は棒っきれだけど」
「褒めても何も出ないですし・・・最後のは蛇足ってやつですよね？棒なだけに」
しかしその良好さは分野は違うと言えど同じ術士として思考回路が近しいという意味で、あまり・・・というか全く異性間の甘酸っぱい感情とは無縁なのだが・・・。
「論文と言えばさ、ここに来る道中で本屋を見つけたから寄ってみようよ！もうすぐ日暮れになるしさ！」
「いいですね、行きましょう！」
二人の旅は、夜型のちーほに合わせて夕暮れからの活動が主体だった。よって道具屋や本屋など日暮れまでの店舗にはほぼ駆け込み来店となる。
「よーし、善は急げー！！」
道行く人達が思わず振り向いた。威勢の良い声を上げて４，５頭身の狐巫女と白髪に黒装束の男が水車小屋から飛び出してきたのだから、さもありなん。
群勢の中で、村人以外にも騒動を聞きつけ足を止めた者がいた。
濃緑のアオザイと狩衣を足して２で割ったような衣装を着た妙齢の女だった。大きく外に跳ねた黒髪の合間から二本の木の枝にも似た角が生えている。また背からコウモリのような翼、尾てい骨の中央辺りからも鱗に包まれたトカゲの尾のようなものを有している。竜人族と呼ばれる種族で、これまたのどかなユリット村に不釣り合いな様相の旅人であった。
背後からの大きな声で立ち止まってみたが、生憎帰宅と閉店業務で混雑する人ごみのせいでその発信源は確認できなかった。
まぁ荒げた声が響くくらい日常茶飯事だ。すぐに興味を失った娘は改めて目的の場所に行こうと意識を移す・・・最中に肩に衝撃。
「っってぇぇぇぇぇ！！！」
今度は超至近距離で大きな叫び声が響く。なにせ自分を追い越した細身の男が、急に目の前で倒れてあげた悲鳴なのだから。周辺の人々の注目が向けられていく。
「いてぇよ！こりゃぜってー折れてる！！骨がイカれちまったって！！」
倒れた男が肩口を押さえながら更に大声で喚（わめ）く。
「おいおいどうしたハルディド！？」
そこに連れらしい筋肉質な大男が駆け寄ってきて、倒れている男、ハルディドの横に膝をつく。掴まれた肩を確認する。
「・・・あーこりゃダメだな。病院行かねぇと」
「ヒグド兄貴ぃ！そこの女がぶつかってきてよぉ、オレのひ弱な体を突き飛ばして行きやがったのよぉ」
「なんだって？！」
ヒグドは振り返って竜人を睨みつける。ハルディドの発言は誤解の混じった言葉だったが、女が反論に口を開く間もなくヒグドは畳みかける。
「おいおいねーちゃん。ハルディドは三人の子持ちの大事な体なんだぜ？どうしてくれるんでぃ？」
子持ち、という言葉に周囲から同情の呟きが細々と聞こえる。
一方、責められている竜人は紅い瞳で静かに二人を見下ろしていた。視線が、顔が動く。
「・・・？」
後ろに。
「「てめぇの事だよ！！」」
男二人の怒号が被った。面倒くさそうな表情をした女の顔が戻ってくる。
「私？」
どうやら先ほどまでのやり取りを、全て他人行儀に聞き流していたらしい。
「他に誰がいるんだよ！！大体、女のくせにガンつけてきてんじゃねぇ！！さっさと重傷人の前に有り金置いていきやがれ！！」
ヒグドの言葉に女は片手を顔に当てて表情を隠す。肩が小さく震える。言われて気付いた自分の罪に、被害者に対して反省の涙を流す・・・訳はなかった。
「っはーはっは！痛快っ！！大声で周囲の注意を惹いておいて、大げさに痛がって同情心誘っておいて、罪悪感と周囲の視線で逃げ出せなくしたつもり？ここまで古典的な追いはぎの手段、今時絵巻物にも取り上げてねぇよ？」
女は笑っていた。
「確かに病院が必要かもしれないねー、頭の」
「て、てめぇ何言い出すかと思えｂ―――」
衝撃音と振動。女の拳が男達の目の前に振り下ろされていた。地面が陥没して蜘蛛の巣状の亀裂が入る。竜人族は体術と武力に特化した種族なのだ。
「気に食わなかった？すまんすまん。詫びに一発くれてやろうか？職種によっては階級が２個も上がるらしいぜ？一発で２個だってよ、お得だろ？」
女は大地の底から轟くような声で問うた。男達は悟る。脅しをかける相手を間違えたと。
「「ひ、ひぃぃぃぃぃ！！」」
先ほどまでの威勢は何処へやら、男達は振り返ることもなく逃げ去っていく。ハルディドは折れたはずの肩を存分に振りながら走っている。
その様子を、女は眉根を寄せて細めた瞳で見送っていた。腕を組んで、鼻を鳴らす。
「ったく。ぶつかってきたのはそっちの方だっつの。あと、睨んでもいない！！」
「弐兎さーん！」
遠くで呼ばれた竜人の娘、弐兎は振り返った。喜色に溢れた彼女の脳内から、既に男達の存在は抹消されている。
「おー眼鏡屋！割れたレンズの交換済んだ〜？」
彼女は肉眼では目を細めないと視界が利かない、目つきが悪いと思われがちな竜人さんだったのだ。
続く
すんません。とりま１日２２時から今まで書いた分上げときます。
木の棒の中の人が激務と聞いて、少しでも元気のもとにな〜れ、とか、飢えた竜の中の人がお腹すかせてる気配を察知（夜偵）とか、まぁ本心は文章脳な気分の自分しずまれ〜〜って感じです←
あと、書いて置いといたら増えるワカメみたく勝手に挿絵とかが増えるってもっぱらの噂なんですよ？（ﾁﾗｯﾁﾗｯ
ちなみに弐兎の話は一部中の人の実話抜粋という、ねｗ
彼女は幼少期いじめられて、更にそれらに対して自制する訓練してたという事でかなり煽り耐性あるんじゃないかなーと勝手に思ってます。
あと関西弁混じりな口調にすべきか悩んだんですが中の人自筆の出生譚ではそういう表記見られなかったのでタメ口っぽい感じにしてみました。
あくまで月詠解釈なんであとで存分に訂正かかればいいとおもうよ（粉蜜柑
これから勇者陣営との出会いとかに進みますのでまたしばらくお待ちをば。ノシ
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