ドイツＢ級ハード・ロックという、当事者にとっては失礼なジャンル名を付けたのは、いったい誰だったのだろう。たぶん、たかみひろし氏あたりであって、日本でのみ通用するジャンル名なのだろう。
いわゆるドイツ・ロック（クラウト・ロック）のようなサイケデリック・アヴァンギャルドではない。ドイツロマン主義に立脚するクラシック寄りのシンフォニック・ロックでもない。その中間に、ドイツ独自の70年代ロック群があった。しかし、イギリスのハード・ロックとも違って、ブルースでもない。英語を基本としていて、ギターがサウンドの中心なのだが、メロトロンを使ったりしていて、哀愁を漂わせた曲も多い。このため昔から、ドイツＢ級ハードは、プログレの一ジャンルとして扱われてきたのだ。
・ 曲 バンド アルバム
�� Out in the rain / Jane [ Here we are 1973 ]
ジェーンは、メロトロン奏者を含む４人組。繊細なギターに哀感のあるヴォーカル。ドイツロマン主義とハード・ロックのまさしく中間地点だ。メロトロンがきらめく暖かい慈雨のように降り注ぐ中で、泣きギターがまるで蝶のように舞い踊る。メロトロンがエスカレートして行き至福の瞬間が持続する。シンフォ・ロックでもこれだけ幻想的な演奏はめったにない。曲によって様々なサウンドを展開するところが、ドイツＢ級ハードらしくて、私としては、このジャンルの代表としたい。
�� Eclipse of mankind / Eloy [ Destination 1992 ]
エロイは、７０年代から長く活躍するドイツでは重鎮のバンド。長い間に、ヴォーカルとギターのフランク・ボーネマンを中心とするプロジェクトのような存在になって行った。７５年作が代表作とされているが、私はこの曲が一番好きなので、こちらを挙げておく。メロディアスなヴォーカルに、ストリング・キーボードの空間。初期はピンク・フロイドの影響が強かったが、よりメロディーを重視して、泣きギターもポップなものとなっている。
�� My dove / Kin Ping Meh [ Kin Pin Meh 1972 ]
キン・ピン・メ―は、ウェルナー・シュテファンがヴォーカルを専任し、メロトロン奏者もいる５人組。バンド名が面白い響きだが、金瓶梅のことだという。どおりで、ジャケットが何人もの美女にかしづかれる東洋風のものなわけだ。この曲は、全くプログレ調のメロトロン入りバラードで、叙情味たっぷり。ハード・ロックにお約束のように入っているバラードには、食傷気味なのだが、そういうのとは違う。ドイツＢ級ハードの場合は、時代が古いので、様式美ハード・ロックではないのだ。みんなそれぞれに個性的だ。途中で、テンポが速くなって、ソリッドなギター・ソロが入る。
�� Fisherman's dream / Nine Days Wonder [ We never lost control 1973 ]
ナイン・デイズ・ワンダーは、こちらもメロトロン奏者、専任ヴォーカリストを含む５人組。クラウト・ロックでは全く使われなかったメロトロンだが、Ｂ級ハードではよく使われていて、クレジットにわざわざ書いてある。メロトロンによって叙情を追求しようとしたことがわかる。この曲は、ピアノに乗せた哀切なヴォーカル。そしてメロトロンが波のように押し寄せる。夢見るような情景が展開する。キーボードによって空間を作るという意味で、本質的にはシンフォであったと言える。
�� Hetzjagd / Prof. Wolfff [ Prof. Wolfff 1972 ]
プロフェッサー・ウルフは、５人組。ハモンド・オルガンの長いイントロに続いて、ドイツ語による哀愁のヴォーカルが歌われる。ドイツＢ級ハードは、英語のバンドが多いので、ドイツ語によるものは珍しい。暗さをたたえたオルガン・ロックである。深い緑色の沼に子供の死体らしきものが浮かんでいるジャケットも暗鬱で、ドイツの奥深い森を思わせる。
�� Visions / Epitaph [ Epitaph 1971 ]
このバンドは、１９７１年という早い時期に、エピタフというバンド名を使用していて、キング・クリムゾン「エピタフ」に感化されたメロトロンたっぷりの曲を披露した。メロトロン奏者を含む４人組で、４人ともヴォーカルができる。しかし、シンフォニック・ロックの方向に行くことはなくて、その後はハード・ロック・バンドとして活躍したらしい。エピタフというだけあって、ともかくメロトロンの洪水がすごい。ゆったりした曲調で、ちょっと粗い。
�� Free baby / Lucifer's Friend [ Lucifer's Friend 1971 ]
ルシファーズ・フレンドも１９７１年だ。オルガンに乗せて、高音ヴォーカルがシャウトする。ヴォーカリストは、レッド・ツェッペリンのロバート・プラントのようで、かなりうまい。クォーターマスに似た曲もある。演奏もうまい。７１年当時、日本盤も発売されていたので、音楽雑誌で見て、私も名前だけは知っていた。「悪魔の友だち」というバンド名が、印象的だった。スコーピオンズよりも早い時期に、メロディアスなハード・ロックを既に完成させていた。
�� Eclipse / Ikarus [ Ikarus 1971 ]
イカルスも、１９７１年だが、こちらは６人編成で、サックス・フルート・クラリネット奏者を含んでいる。それだけに、上ずった声のいかにもなオルガン・ハードに続いて、途中からサックス・ソロによるジャズ・ロックになる。しかし、それだけで終わらず、更にはオーケストラが入って来て、クラシカルになったりもする。「なんでもあり」のところがＢ級と言われたゆえんだが、型にはまらず自由に冒険をしてみようというのが、当時の時代精神だったのだ。基本はガンガン言わせるオルガン・ロック。
�� Circles /Sahara [ Sunrise 1973 ]
サハラは、７人と大所帯のバンド。この曲は、大所帯とは思えない軽快なテンポで、生ギターに乗せて、意外にもきれいなヴォーカルとコーラスが展開する。しかし、別の曲では、ヴォイオリン・ソロが入ったり、ブラス隊、更にはオーケストラまで入ってクラシカルになったりする。こうなるともうハード・ロックを超えている。しかし、選出したのは、ヴォーカル・メロディーの良さで、短い曲にした。
�� Silver lady star / Andromeda [ Andromeda 1970 ]
アンドロメダは、ベース奏者のゲリー・フレミングとギター奏者のトニー・ヘンドリクの２人を中心とする４人組らしい。１９７０年の作品というのは、今回の１０選の中でも最も早い時期だ。サウンドは、ピアノに導かれて始まるオルガン・ロック。もっさりした感じのヴォーカルに、重いドラムス。後半、ブラスに女性コーラスが入って、ややジャジーになりながら、壮大に盛り上がる。
[次点] Greenfly / Krokodil [ An invisible world revealed 1971 ]
クロコダイルは、４人組で、シタール奏者やハモニカ・フルート奏者がいる。当時、ドイツのコンピレーション・アルバムで日本盤が出ていて、私も名前は知っていた。しかし、実はスイス人のバンドがドイツで作品を出していたらしい。メロトロン奏者もいて、このバンドも洪水状態なのだが、何がすごいかというと、ハーモニカと一緒にメロトロンが奏でられるというのは初めて聴いた。ヴォーカルはブルースっぽくて、ジミ・ヘンドリクスのようだ。ヴォーカルとハーモニカは合うのだが、メロトロンが不調和なところが、なかなか刺激的。
[番外] Wind of change / Scorpions [ Wind of change 1991 ]
スコーピオンズは、ドイツのメロディアスなハード・ロックを代表するバンドであって、誰もこのバンドを「Ｂ級」とは言わないだろうし、プログレに分類する人もいないだろう。へヴィでハードなのだが、ヴォーカルはハイトーンであくまでもメロディアス。ギターも泣き泣き。こういうサウンドは後に「パワー・バラード」と呼ばれたとのこと。スコーピオンズも７０年代から活躍するバンドなのだが、取り上げた曲は、ソ連のペレストロイカに感銘を受けて、ソ連国民に対する協力を歌った曲。しかしこの年１９９１年の暮れ、ソ連は崩壊し、２０世紀に君臨した国家は消滅してしまったのであった。
○プログレ・ドイツ・ロマン主義の曲１０選（２０１０年１月２３日）
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1395858701&owner_id=9666295
○ドイツ・ロックの奇妙な曲１０選（クラウト・ロック、２００８年１１月１６日）
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=996396446&owner_id=9666295
ログインしてコメントを確認・投稿する