私が生まれた１９５６年の１０月は、ハンガリー動乱の最中だった。ハンガリーは旧ソ連圏にあって、ソ連からの自立を求めたが、踏みつぶされて終わった。その後、ソ連とは一線を画する方針を打ち出し、旧ソ連圏諸国では軒並み禁止されていた西欧のロックを広く認めた。それだけでなく、ロッカーを公務員にして、外貨獲得に励ませたのだという。ベルリンの壁崩壊に当たっても、ハンガリーは主導的な役割を果たした。そんなハンガリーのロックは、最初から可憐なるプログレであった。
・ 曲 バンド アルバム
�� En voltam (It was me) / East [ Huseg 1982 ]
古今を通じてイーストは、ハンガリー・シンフォの頂点だ。１９８１年から９５年までに９枚のアルバムを出し、２０１２年には復活ライブも行っている。セカンド・アルバムは、ハンガリーの「クリムゾン・キングの宮殿」とも言うべき完成度を誇る。キーボードの洪水に切々たるヴォーカルが悲しみを秘める。そして流れる男女合唱が荘厳だ。ドラムスも多彩な音色を展開する。中世と現代をつなぐタペストリーのようなサウンドだ。
�� Egi szerelem（天国の愛） / Omega [ Trans and dance 1995 ]
ハンガリーの国民的バンド、オメガは５人組。ピアノに乗せた悲哀を込めたヴォーカルは、ハンガリー語のため、少し昭和歌謡を思わせるところがある。しかし泣きの強いギターは、暗くていかにも東欧風。この曲など非常に叙情的で美しい。全体としてはプログレ・ハード。「東欧の辺境バンドは、古臭くて、ださい」という固定観念を作ってくれた先駆者でもある。１９６８年から２０１４年までの４７年間に４２枚のアルバムを出している。化け物のような長寿バンドであり、１００万人の動員力を有するという。
�� Nyar / Color [ Uj szenek 1982 ]
コロルは、オメガ・フォロワーと言うべき４人組。ヴォーカリストが２人いて、そのうち１人がとても高い声を出す。プログレ・ハードのストレートな曲が多いが、この曲など、2人のヴォーカルが掛け合いをして、実に愛らしい。暗めの情感を込めて、バラードをじっくりと歌い上げる。コラル(Koral)というプログレ・ハードのバンドがあって、綴り違いなだけかと思ったら別バンドだった。サウンドも似ている。
�� Like you've never been / Nine Books [ Nine Books 2011 ]
現代バンド、ナイン・ブックスは、さすがに洗練されている。ヴォーカルは英語。旧ソ連圏時代の過去と、ＥＵの一員としての現在とでは、音楽の景色が全く違う。キーボード・ドラム奏者とギター奏者のデュオなのだが、これにヴォーカリストがゲストで加わって、実質的には３人。ノリの良いキーボードとドラムスは、ＥＬＰ風。しかしヴォーカル・メロディーは、明朗なようでいて、どこか暗さを感じさせる。こういった哀切さが私は好み。ヨッシー様の推薦。
�� Victory of death / Rumblin' Orchestra [ Spartacus 1998 ]
ランブリン・オーケストラは、７人編成で、１人の男性がドラムス、ベースとヴォーカルを受け持ち、他の６人は全員Ellaという名前の女性だと思われる。その６人がキーボード、フルート、チェロ、トロンボーン、オーボエ、ヴァイオリンをそれぞれ専任で担当。バンド内オーケストラにしても、特異な編成だ。結構ノリが良くて気持ちよさそうに歌っているが、続く長い間奏では、クラシックからジャズへと変転。ヴァイオリンのソロなど志が高そう。オーストリア・ハンガリー帝国の貴族趣味がプログレに転じてこうなったという感じ。
�� Out of great valley / Random Deeds [ Basis of comparison 2000 ]
ランダム・ディーズは、４人組の現代バンド。プログレ・ハードが基本だが、英語で歌う現代風なサウンドだ。泣きのギターが激しく号泣する。ギターの響きも、ヴォーカルも、更にはキーボードの使用法まで、ピンク・フロイドから強く影響を受けている。ハンガリーのバンドはこのような暗い楽曲が良く似合う。しかし、ビートルズのようなノリノリの明るい曲もあるのだ。
�� Hiding from the sun / Cosmic Remedy [ The Cosmic Remedy 2013 ]
イエスタデイズの中心人物だったボガティ・ボコル・アコスが新たに作ったコスミック・レメディ。フィンランドのパイダリオンから来たドラマーを含む４人組。声が低いが良く伸びる専任の男性ヴォーカル。ほかにゲストの女性ヴォーカルの曲が３曲ある。アコスのギター・プレイは、さすがの技巧だ。すっかり洗練されていて、インターナショナルになっている。
�� Na felszall a kod ( In the fog ascends ) / Solaris [ Marsbeli kronikak(火星年代記）1984]
８０年代のソラリスは、スタンダードな５人編成だが、ヴォーカル・フルート奏者がほとんどヴォーカルを歌わず、フルートを雄弁に吹きまくるのが特徴。ほぼインストルメンタルなのだが、まるでフルートが歌っているかのように饒舌。しかも演奏は完璧というほどうまい。「ハンガリーのシンフォでは、ソラリスが１番」という人もいる。キーボードがソロを取り、ギターがソロを取り、そして夢幻的な空間にフルートが乱舞する。
�� Modern idok / After Crying [ Elso evtized 1996 ]
クラシックとロックの癒合を形態上も達成してしまったアフター・クライング。何しろ１３人編成で、ロック・バンドとしての基本４人のほか、９人は全員オーボエ、フォガット、トロンボーンなどのバンド内オーケストラを担当。音響は完璧にクラシックだ。低音ヴォーカルで東欧らしいメロディーとハンガリー語のヴォーカル。大人数バンドらしい分厚い音響の曲もあれば、そうでなくて楽器ソロが中心の小曲もある。「２１世紀のスキゾイドマン」をやったり、ジョン・ウェットンと共演したり、自由闊達に創作をしている印象。
�� Seven / Yesterdays [ Holdfenykert 2006 ]
イエスタデイズは、イエスのライブ・アルバムからバンド名を取ったと思われる作風。しかし女性ヴォーカルなので、私に言わせればルネサンスに似ている。基本は５名だが、このほか女性ヴォーカル2人とフルート奏者、パーカッション奏者が加わって、本作では9名がメンバーとなっている。人数が多い割には音はそれほど分厚くなく、西欧スタイルのシンフォだ。拍子変化が多くて、フルートやキーボードのソロを含み、楽曲は複雑な展開をたどる。
[次点] Atomorcu lany / Locomotive GT [ Locomotive GT V 1976 ]
ロコモーティヴＧＴは、1970年代にオメガと並んで人気を博した4人組のアイドル・バンド。ダブル・ヴォ―カルで、ゆったりとしたバラードが魅力。イーストもそうだが、バンド名は英語なのに、ヴォーカルは母国語というのが、この頃の流行だったようだ。このバンドもオメガのように、長い期間にわたって国民的な人気を保ち続けたのであり、1971年から2002年にかけて、17枚のアルバムを残している。
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