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2013年10月25日12:21

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【介護】 魔法て、アンタ・・・(^^;

ワタシは、認知症の母をワンコと二人で在宅介護しています。

このニュースの内容は、まぁ基本だと思うけど、実際に毎日介護する身となると、身体的・心理的負担はかなりのものになります。
ワタシ自身も、普段は普通に接することができるけど、体調の悪いときや頭痛のするときは、母の言動を否定するようなことを言ったり、怒ったりしてしまい、よけいにややこしいことになります(笑)。

認知症は遺伝するものではない。
誰もがかかりうる「病気」です。


ワタシの父方の祖母は認知症で、母はその面倒をほとんど1人で見ていました。
母方の親族血統に認知症だった人はいません。
でも、母は自分が苦労させられた祖母と同じ認知症になってしまいました。

お医者様によると、65歳すぎたら4人に1人、70歳すぎたら3人に1人は認知症なのだそうです。

それがどういうことかというと、結婚すると親が4人になりますよね。
その中の1人が認知症になる可能性が非常に高い、ということ。
自分自身が認知症にならなくても、介護でかかわることになる可能性は非常に高いんです。

絶対に「他人ごと」、「自分には関係ない」病気ではないんです。
この先の世の中では、多分誰もがかかわることになる(当事者が自分であれ親であれ)病気です。


ワタシは、かつて「うつ病」が「恥ずかしい病気」から「誰もがかかりうる心の風邪です」といわれるようになって、心療内科に行くことが普通になり、「自分はうつ病です」と堂々と言えるようになったのと同じように、「認知症」も気軽にカミングアウトできるようになる環境を作ったらいいのに、と思います。

カミングアウトしておけば、親切にしてくれる人はいっぱいいる。
カミングアウトせずに、患者を他人と同席させるとその人は「コノヒトはなんでこんな不可解な行動をとるんだろう?」と戸惑うだけで終わってしまうんです。

「コノヒトは認知症なのだ」ということが予めわかっていれば、対応の仕方だって付き合い方だってわかるのに、と思います。

「認知症」はいわゆる「狂った人」ではない。
欠落している部分もあるけれど、正常な部分も充分に残っているんです。

幸い、ワタシはカミングアウトしまくった結果、周囲の人たちの親切に恵まれて介護生活を送ることができています。

2回目のせいか「意外となんとかなるもんだ」というのが実感です。


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■「魔法のよう」な認知症ケア
 http://news.mixi.jp/view_news.pl?edia_id=133&from=diary&id=2626576

■見る 話しかける 触れる 立つ−4つの柱

フランス生まれの認知症ケア「ユマニチュード」が注目されている。ケアの方法を変えることで認知症の人も変わり、意思疎通が図れるようになるという。とりわけ、治療のために拘束や薬の使用を余儀なくされる医療機関で「人としてのケアができる」と評判だ。「魔法のよう」と称されるケアの一端を紹介する。(佐藤好美)

「なんでそんなことするの!」
ビデオから叫び声が流れた。総合病院の病棟で、2人の看護師が認知症の高齢者にケアをしている。看護師の物腰はごく自然なのに、老女は悲鳴を上げる。看護師らは困り果てた様子だ。

ビデオを見せた後、国立病院機構「東京医療センター」総合内科の本田美和子医長が、集まった医療職らに声をかけた。

「皆さん、高齢の認知症の方に快適な生活をしてもらおうと思い、なんとか役に立ちたいと思っているのに、そうならない不条理さを日々、感じているのではないでしょうか」

続いて本田医長は、ユマニチュード実施から数日後、同じ女性が穏やかにケアを受ける映像を流した。女性は「怖くて怖くて、泣いていたのよ」と話していた。対応するのは同じ看護師だが、一人はケアに専念し、もう一人は女性のごく近くから顔を見つめ、話し相手に徹している。

先月、東京都内で「病院職員のための認知症研修会」が開かれた。主催は「全日本病院協会」(西澤寛俊会長)。招かれた本田医長が約160人の看護師やリハビリ療法士らに「ユマニチュード」を講演。ワークショップを行った。

ユマニチュードは、フランス人のイブ・ジネストさんとロゼット・マレスコッティさんが完成させた。ケアの柱は、(1)見る(2)話しかける(3)触れる(4)立つ−の4つ。約150の技術があり、フランスの病院では向精神薬の処方が減ったり、スタッフの負担減により離職率が低下したりするなどの効果が報告されているという。

本田医長は技法をフランスで学び、教える資格を得た。「ユマニチュードは、世の中にある『良いケア』を体系化したもの。個々の技術はこれまで行われてきたものでも、フランス的な哲学で裏打ちされ、包括的に行う点が新しさです。人は見つめてもらい、誰かと触れあい、言葉を交わすことで存在する。そして、死に至る日まで、できるだけ立つことで人としての尊厳を自覚する。こちらがそう対応を変えることで、患者も変わっていくのです」と言う。

東京医療センターでは、本田医長の他に3人の看護師が初級インストラクターの資格を取り、実践している。導入で、治療に非協力的だった人が口の中に軟膏(なんこう)を塗らせてくれたり、ケアの際につばを吐いたり、ひっかいたりしていた人が「ありがとう」と言ってくれるまでになった。本田医長は「良好なコミュニケーションが持てるようになることでケアの困難な状況が改善し、患者本人と看護師双方の負担が減っている」と話す。

この日、本田医長は医療職にこう語りかけた。「優しさを伝える技術は後天的に学習できる。個人の優しさを追求されると、うまくいかないときには心が折れて燃え尽きるが、ユマニチュードは技術として行うもの。つらい思いをせずに実践できるんです」

■背景に患者の増加と治療困難

医療機関でこうした技法が求められる背景には、認知症の入院患者が増え、治療が難しくなっていることがある。認知症の人は入院や治療の理由が理解できず注射を嫌がって暴れたり、点滴を抜いたりすることもある。拘束や鎮静剤の使用も珍しくないが、「動けない状態」にすれば患者の全身機能は低下する。医療職は矛盾に悩むのが現状だ。

全日本病院協会・プライマリ・ケア検討委員会の小川聡子(としこ)医師は研修会の冒頭、参加者に「認知症の患者さんを精神科へ送っても問題は解決しない。抑制はしたくない。しかし、(抑制を避けて)院内で転倒されて事故報告を書き、心が折れそうになる日々ではないでしょうか」と挨拶した。

医療機関の中には、徘徊(はいかい)や管を抜くなどで他の患者に危害を与えかねない認知症の人を断る所もある。

小川医師は「断らない病院では、尊厳を持って患者さんに対応したいのに方法が分からず、結局、医療職が疲弊してしまう。ユマチュードは医療職の心に響く方法だと思う」と言う。会議後、参加者からは「病院に帰ったら、早速、実践してみたい」と、期待に満ちた声が上がっていた。

■「同じ目の高さで話す」が最も大切

嫌な相手、関わり合いになりたくない相手と視線を合わせないようにした経験はないだろうか−。ユマニチュードには4つの柱があるが、家庭でもできる3つを示した。

最も大切なのは「見る」こと。相手を威圧する見下ろす視線や、斜めや横からの視線は避け、同じ目の高さで話す。対等な関係を伝えるためだ。認知症の人は視野が狭いため、近づくときは正面から近づき、鼻先20センチくらいの距離から見る。チラッとではなく、「0・4秒以上」(本田医長)見る。

話すときは前向きな言葉を選ぶ。医療機関では「おはようございます。点滴です」より、「おはようございます。良い天気ですね」と話を始めることが推奨される。会話を楽しんでいる雰囲気を伝えるためだ。相手の反応がなくても黙りこまない。2人で体を拭くときは、一人が患者の体を支えて前から向き合い、視線をとらえて話す役になり、もう一人が体を拭く役になる。

立てる人には、歯磨きや清拭の際に立ってもらう。筋力保持のためだけでなく、立つことで視界が開け、より多くの情報が届くという。
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