mixiユーザー(id:809109)

2010年03月05日12:53

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「アバター」 の語源詳解。







湯のみ 「アヴァター」 ね。国語辞典には、まだ、載ってないかもしれんすけど、英語の辞典には、大昔から載っとるんですよ。辞書の説明を読んでみましょう。

――――――――――――――――――――
avatar [ 'ævəˌtɑɚ | 'ævəˌtɑ: ] n.

1. The incarnation of a Hindu deity, especially Vishnu, in human or animal form.
2. An embodiment, as of a quality or concept; an archetype: the very avatar of cunning.
3. A temporary manifestation or aspect of a continuing entity: occultism in its present avatar.

1. ヒンドゥー教の神、特にヴィシュヌ神が、人や動物の形をとって化身として現れたもの。
2. ある種の性質・概念が具現化したもの。何かの典型的な例。 (例)いかさまの権化。
3. ある種の現象の一時的な状況・局面。 (例)オカルティズムの現状。
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湯のみ どうどす。「神の化身」、「権化」、「一時的状況」 というのが、従来の用法なんですね。これがわかってないと、 occultism in its present avatar なんてのを 「アバターのプレゼントに見える神秘主義」 なんてデタラメをやらかしかねない。

湯のみ この単語は古うガスよ。1784年初出。与謝蕪村が亡くなった年です。

   …………………………

湯のみ もちろん、もともとは、ヒンドゥー教の概念を説明するために導入されたコトバであるわけです。サンスクリットを借用したもの。

   áva- [ ' アヴァ ] <前置詞、接頭辞>
        「〜から(離れて)、下へ」 off, away, down

湯のみ これは、印欧祖語

   *au [ アウ ] <前置詞、副詞> 「〜から」 from

に由来します。英語などのゲルマン語には残っていませんが、たとえば、ロシア語では、

   у u [ ウ ] <前置詞、接頭辞> 「〜のもとに」

になっています。

湯のみ また、語基部は、次の名詞です。

――――――――――――――――――――
तार tāra [ ターラ ]

तार tārá- [ ター ' ラ〜 ] m./f./n. (√tṝ) carrying across, a saviour, protector (Rudra) VS. xvi, 40 ŚiraUp

m./f./n. <形容詞> 越えて行くところの。 <名詞> 救世主。庇護者。
…………………………
語根 tṝ = 通過する、(川を)渡る、(海を)渡る/浮かぶ、泳ぐ/〜を通ってたどり着く、目的を達する、(ある時期を)生き抜く、学問を究める/全うする、やり遂げる/〜に打ち勝つ/手に入れる/競う/存続する、保つ/救う、〜から解放する。
…………………………

• high (a note), loud, shrill, (m. n.) a high tone, loud or shrill note TāṇḍyaBr. vii, 1, 7 (compar. -tara and superl. -tama) TPrāt
○<形容詞> (声の調子が)高い、大声の、甲高い。(m. n.)高い調子、甲高い声の調子。

• mfn. (ft. stṛ́?) shining, radiant Megh. Amar. Kathās. lxxiii Sāh
○ m./f./n. <形容詞> 燦然と輝く。
• clean, clear L
○きれいな、明瞭な (辞書)
• good, excellent, well flavoured L. Sch
○よい、すばらしい、味付けのよい。

तारः tāráḥ [ ター ' ラふ ] m. 'crossing', dus-, su-
○ m. <男性名詞> 「通過すること、渡ること」
• 'saving', a mystical monosyllable (as om) RāmatUp. ŚikhUp. Sarvad. Tantr
○「救うこと」。
――――――――――――――――――――

   तॄ tṝ [ tɻ: ] [ ター ]
     ← 印欧祖語 *terə-, *trā- 「〜を越える」

という印欧祖語に遡る動詞は、現代語にはほとんど残っていません。ゲルマン語では、まったく消失。ラテン語では、単独の動詞としては残らず、

   intrō [ ' イントロー ] <動詞> 「入る」。ラテン語
   inter [ ' インテル ] <副詞・前置詞> 「〜のあいだに」。ラテン語

といったところが、われわれの知る最も親しいものです。

湯のみ ところが、これらは、フランス語を通じて英語に入り、日本語にもなっているので、以下のような単語の “” で囲った部分がサンスクリットの तॄ tṝ [ tɻ: ] と同じものです。

   en"ter" エン"ター"
   in"tro" イン"トロ"
   en"tr"ance エン"トラ"ンス
   in"ter"ior イン"テリ"ア
   ex"tra" エクス"トラ"、エキス"トラ"

湯のみ 言ってみれば、この部分は、 avatar の "tar" と同源ですね。


湯のみ また、 ava- の接頭辞つきの動詞は、以下の意味となります。

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अवतॄ avatṝ [ avatɻ: ] ※ r は母音である。上に長音記号がついているので、
   長音の r。これは、米国英語の語末の -er のごとき音。反り舌の母音。

○(〜へと)降りて行く、(〜から)降りてくる。
○(神が)化身となって地上に降りる。
○(〜へと)向かう、到着する。
○(〜に)顔を出す、出席する。
○適所に存在する。
○引き受ける。
○打ち勝つ。
○沈む。
○下ろす、取り去る、〜をあとにする。
――――――――――――――――――――

湯のみ つまり、この動詞、言うて見れば、

   ava- 「地上へ」
    +
   tṝ 「渡る」
    ↓
   avatṝ 「地上へ渡る」

という構成なんすね。「渡る」 というのはナニかを越えて、AからBに移ること。それは、「天上」 から 「地上」 へと渡ってきたことを言うんですね。

湯のみ サンスクリットで、動詞から名詞を派生する場合、もっとも簡単な方法としては、 -a という接尾辞を付けるものがあります。
湯のみ ただ、サンスクリットの難解さは、そうした場合、動詞の語根で、

   母音の交替

という現象が起こります。 tṝ という語根の場合、

   tṝ + -a → tara [ タラ ]

なんですが、この語形はあるにはあるものの、 avatara という語形は、あまり、使われてこなかったようで、もうひとつ “階次” の高い母音に交替して、

   avatṝ [ アヴァタァー ] + -a → avatāra [ アヴァターラ ]

となります。理由は知りめへん。いずれにせよ、 -a が付くことで 「〜すること」 という名詞になります。


――――――――――――――――――――
अवतार avatāra [ アヴァ ' ターラ ]

अवतारः avatāraḥ [ アヴァ ' ターラフ ] m. (Pāṇ. 3-3, 120) descent (especially of a deity from heaven), appearance of any deity upon earth (but more particularly the incarnations of Vishṇu in ten principal forms, viz. the fish tortoise, boar, man lion, dwarf, the two Rāmas, Kṛishṇa, Buddha, and Kalki MBh. xii, 12941 seqq.)
○(とりわけ、天上の神が)地上へ降りること。なんらかの神が地上に降りて姿をなしたもの (特に、ヴィシュヌ神の化身。それは、主として、以下の十の形で現れる。すなわち、魚、カメ、イノシシ、ナラシンハ (ライオンの頭の獣人)、小人、2人のラーマ (ラーマーヤナのラーマ王子とパラシュラーマ)、クリシュナ、ブッダ、カルキである。

• any new and unexpected appearance Ragh. iii, 36 & v, 24, &c., (any distinguished person in the language of respect is called an Avatāra or incarnation of a deity)
• opportunity of catching any one (Buddh.)
• a Tirtha or sacred place L
• translation L
○あらたに唐突に現れること。
○名高い人物は、敬語で、Avatāra、すなわち、神の化身と呼ぶ。
○運良く誰かを見つけること。(仏教書)
○ Tīrtha、すなわち、聖地。(辞書)
○翻訳。(辞書)
――――――――――――――――――――


湯のみ こういうことです。

湯のみ これはサンスクリットの例ですが、現代インド諸語にもこの単語はあります。たとえば、ヒンディー語を見て見ましょか。

――――――――――――――――――――
S اوتار अवतार avatār, and H. औतार autār (rt. तॄ with अव), s.m. Descent (especially of a deity from heaven), appearance of any deity upon earth; incarnation (more particularly of Vishṇu in ten principal forms, viz. 1˚ Matsya, 'the fish'; 2˚ Kaććhapa, 'the tortoise'; 3˚ Varāha, 'the boar'; 4˚ Nr̤i-singha, 'the man-lion'; 5˚ Vāmana, 'the dwarf'; 6˚ Paraśu-rāma; 7˚ Rāma; 8˚ Balarāma, or Kr̤ishna; 9˚ Buddhā; 10˚ Kalkī);—any new and unexpected appearance or phenomenon; any pious or distinguished person (in the language of respect or flattery); a wicked, depraved or quarrelsome person (ironically);—crossing (=utār); translation; a tīrth or sacred place of Hindū pilgrimage:.
—autār dhārnā, autār lenā, v.n. To become incarnate, to appear in the world (a deity)
サンスクリット起源 اوتار अवतार avatār [ アヴァ ' タール ]、また、ヒンディー語では औतार autār [ アウ ' タール ] <男性名詞> (特に、天上の神が)地上へ降りること。地上における神の姿。化身 (とりわけ、ヴィシュヌ神の十の姿。すなわち、1. マツィヤ 「魚」、2. カッチャパ 「カメ」、3. ヴァラーハ 「イノシシ」、4. ナラシンハ 「獅子男」、5. ヴァーマナ 「小人」、6. パラシュラーマ。7. ラーマ。8. バララーマ、すなわち、クリシュナ、9. ブッダ、10. カルキー。
──予期せぬ、あらたな登場、現象。(敬語、追従で)信心深い人、名高い人。(皮肉に)邪悪でケンカ好きの人。
──横断すること。翻訳。ヒンドゥー教の巡礼地。
──—autār dhārnā, autār lenā 化身する、(神が)この世に現れる
――――――――――――――――――――

湯のみ サンスクリットを借用した “堅い発音” と、ヒンディー語に伝わってきた “崩れた発音” があるのがわかります。おそらく、語義のほうでも、「サンスクリット」 から流入した “堅い語義” と、「ヒンディー語」 に伝わってきた “崩れた語義” が混ざっているでしょう。
湯のみ たとえば、「邪悪で、ケンカ好きの人」 という語義はサンスクリットには見えませんし、名高い人を 「アヴァタール」 と呼ぶとしても、古代のように、単なる “敬語” ではなく、“追従” でもある、という記述が加わっています。

湯のみ 上の記述を見てわかるとおり、

   現代インドにおける अवतारः avatāraḥ 「アヴァターラフ」
   の発音は、語末の音が墜ちて、 avatār である

ということがわかります。これは、サンスクリットを正式に発音する場合でも、こうだ、ということです。正式な発音でなければ、ヒンディー語で 「アウタール」 でいいわけですから。

湯のみ つまり、

   英語の avatar というのは、サンスクリットの avatāra の
   語末の -a を落としているわけではなく、インド人の発音に
   忠実に従ったものにすぎない

というわけです。

湯のみ カクして、英語では avatar となったわけですね。

  …………………………

湯のみ Wikipedia の Avatar の項目は、開口一番、こう述べています。

――――――――――――――――――――
An avatar is a computer user's representation of himself/herself or alter ego, whether in the form of a three-dimensional model used in computer games,[1] a two-dimensional icon (picture) or a one-dimensional username used on Internet forums and other communities,[2][3] or a text construct found on early systems such as MUDs. It is an object representing the user. The term "avatar" can also refer to the personality connected with the screen name, or handle, of an Internet user.[4] This sense of the word was coined by Neal Stephenson[5] in 1992's Snow Crash who co-opted it from the Sanskrit word avatāra which is a concept similar to that of incarnation.

「アバター」 はコンピューターユーザー自身の代理となるもの、すなわち、化身である。

   コンピューターゲームにおける3次元のタイプであろうと、

   2次元のアイコンであろうと、

   あるいは、インターネットフォーラム、コミュニティ、
   初期の MUD といったテキスト形式のオンラインゲームにおける
   1次元のユーザーネームであろうと

それは、かまわない。それは、ユーザーの代理となる存在である。

“avatar” というコトバは、インターネットにおける画面上の名前、すなわち、ハンドルネームと結びついた人格的存在を指すこともある。この意味による語の使用は、ニール・スティーヴンソン Neal Stephenson が1992年 (平成4年) の作品 “Snow Crash” でおこなったもので、それは、化身 incarnation という意味に近い概念を持つサンスクリットの avatāra という語を援用したものだ。
――――――――――――――――――――

湯のみ ちょっと意外だったのが、

   「ユーザーネーム」 でさえ、“アヴァター” である

という事実。ちょっと、ふ〜んですね。

湯のみ この、ニール・スティーヴンソンの 『スノウ・クラッシュ』 というのは、ハヤカワ文庫で2001年に出ていますが、現在は、品切れのようですね。アマゾンには古書が出てます。

湯のみ ペーパーバックでは、アマゾンUSで、新書が $10程度で入手できます。もっとも、アマゾンジャパンにも在庫があり、新書が \1,323なので、こちらのほうが、はるかに安うございますね。

湯のみ アッシは、この本を読んでいないので、どのような使われ方をしているのかわかりません。


湯のみ 将来、この avatar という英単語が、ごく普通の常用語となったとしたら、

   「ロボット」 というコトバとともに、つねに、
   カレル・チャペックが引き合いに出されるように

   「アバター」 というコトバとともに、つねに、
   ニール・スティーヴンソンの名が引き合いに出されるようになる

でガショウ……
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