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2009年07月24日16:29

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減点法と得点法

子供の教育法で、褒めて伸ばすことが大事とよく言われる。
これはダメだ!何でこんなことしたんだ!と怒鳴りつけるより、よくできたね!こうしたらもっと良くなるよ、と教導していくことの方が有効だということは誰も異論のないところではないだろうか。
禁止ではなく許可を、減点ではなく得点を与えることでやる気が出て子供は伸びていく。

それは子供に限ったことではない。
職場で上司が部下に対して示すべき態度も同様だ。

さらに言えば、こうした態度は何も教育に限ったことでもない。

ものづくりでも議論でも、否定、減点の発言は何も生み出しはしない。
行為や意見の否定は、間違った方向に進む時間や労力を無駄にしないという効果はあるかもしれないが、実際のところ創作の現場でも民主主義議会でも、その無駄が実は無駄ではなかったりするものだ。

だから、評価すべき点だけを正しく評価し、そうでないところはとりあえずスルーすればいいのであって、何もことさら非難する必要はない。

そのスルーにしても、見るべきところを探す努力をせずに、一か所悪ければすべて没というようなやり方で行うとしたら、そこからは当然何も建設的なものは生まれないだろう。


何を当たり前のことを、と思われるかもしれない。
でも、現実社会はその当たり前が行われていないものだ。


感情に任せて子供を怒鳴りつけ、行動を抑制し、部下の失敗をあげつらい、なぜ出来ないんだと非難する。
議論をすれば相手の失点ばかりを探し、それを攻撃することで自分を優位に立たせようと躍起になる。



僕は現実生活はともかくも、せめてネット世界では得点法で接していきたいと心がけている(実際は完璧にそうとはなかなか言えないんだが)。
リアルな接点のないネットの中で、相手の欠点を批判しても意味がない(ネット世界の批判程度では相手は決して翻意したりはしないだろう)。結局それは自分が溜飲を下げるためだけ自己満足であり、しかも批判したところで決して気分が晴れることもない。

玉石混交の情報の中では、無駄情報を批判するのはそれこそ時間の無駄で、有用な情報だけを評価して自分の中に取り入れていくのが「正しい」ネットとの付き合い方だろう。

面白いと思った意見に反応し、それに便乗して自説を述べたり、展開させたり、あるいは関係ないような話でも好きに発言して、それを互いにポジティブに評価していく。

つまりこれはブレインストーミングのやり方だ。

ネットの中の会話手法はブレインストーミングでいきたいものだ。


僕のマイミクでも、良太郎さんやh_imaginさんは、まったくこのやり方で日記にコメントをくれる。
面白いところを指摘し、そこから広げたアイデアを披露したり、関係なくてもそこから思いついたことを気兼ねなくコメントしてくれる。
それで僕も、全く最初の話とは違う思いつきをしてレスしたり、新たなテーマを得て別の日記を書いたりする。

そもそも、そんな形で利用されるのがブログの正しい在り方なんではないだろうか。

ちなみに良太郎さんもh_imaginさんも第一線のクリエーター。
ポジティブにものを作り出していこうとする姿勢がそういうところにも表れるのだろう。



一方で、否定・批判でしかないコメントを書き込む人もいる。
交流のある人ならいいが、たいてい書きっぱなしで二度と現れない。彼らは何がしたいのだろう。満足もしてないだろうに。
そういう人たちは、どんなに人生経験があろうと知識があろうと、ネットというツールの性質をわきまえずにいる点で、未熟・稚拙の印象をぬぐえない。

否定・批判は、それをくだらない意見だと思わせるような立派な意見を別に述べることで十分達成できるだろう。
相手を貶めるような発言は必要ない。その意見が優れていれば相手の翻意を得ることもできるではないか。


減点法は相手も自分も矮小化させる。
得点法でいきたいものだ。
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