久しぶりに兄が来た。胃がんで全摘手術を受けたが体調に何の不安も無かった兄が、その後腸閉塞を起こしその時救急病院で受けた手術の結果が思わしくない。前回会ったときにはすっかり痩せていて、食べても食べても栄養が身に付かないと嘆いていた。二人っきり
夏の終わり頃だったかと思います。すぐ近くにそこそこの広さの駐車場があったのですがいつの間にかそれが無くなって、家が建ち始めました。「マンションが建つのでしょうねえ」「でもお隣のマンションの日照権で問題になりますよね」「もしかしたら、お店かもし
「お越しいただいたら山が喜びます」この一通のメールを受け取って、私の心は動いた。あんまり大勢で押しかけるのも迷惑だろうし、車が運転できて時間的に身軽な人を・・と考えてふたりの男性に運転手さんを願い出た。快く承知してくれたので、同じく身軽な生
脱サラをした長女の婿は、本日大阪を出て夫婦で福岡に帰ってきます。福岡大好きの婿殿の新たな出発です。私の住む所から、スープの冷めない距離に事務所兼住いを構えました。二年程前でしたか、ミュージシャンの息子が長い東京の暮らしから足を洗い(笑)帰福
わたしの末娘は幼稚園の頃から独学でピアノを学んだ。そして結婚して生れた娘にピアノを教えた。その孫娘は、高校の合唱コンクールのピアノ伴奏部門で優勝した。本格的にピアノを習って上手い生徒が多い中、何故孫の演奏が審査員の目に留まったのかと娘に聞い
初盆は去年だったので、今年お参りに来てくださった方はごく少なかったのですがそれでも、初盆には体調を壊して来れなかったからと、わざわざ遠いところをお運びいただいた方も居られます。お供物を備えてくださった方にはそれらしくお返しをしましたがその中
わたしの夏には、大きなイベントが二つある。一つは、7月半ばに催す小唄の「ゆかた.会」そしてもう一つは、ギタリストの梅田光雄さんが率いる「スラップ ステイック」の8月恒例の夏のツアーである。そして昨夜、そのライブがあった。ギター、ピアノ、ベース
私は今とても節約をしている。夫が健在のときは、どの部屋もみな電気をつけて明るくしておいた。使わない部屋に明かりをつけるのはもったいないと思ったから電気を消すと夫は「点けておいておくれ」という。そのため何時もどの部屋も明かりをつけていた。夫が
一昨日ゆかた会が無事終了した。新しい会場とあって、どのような運びになるかと心配したが事なきを得た。みんなの演奏中に、空は一転かき曇り、ピカピカごろごろと雷さん。唄の文句ではないけれど「おお、怖わ」でもこれも一興。演奏の出来栄えはと言えば、数
先日、20年来お稽古に通ってこられた生徒さんが亡くなられた。奥様ともにお稽古に来られた人だった。今、奥様はさぞ悔恨の念に駆られておられると思う。なぜなら、私が昨年夫を亡くして、心に突き上げてくるのは悔恨の念。あの時どうしてああしなかったのだ
このたび長女の夫は、会社を辞めた。長年、「辞めたい辞めたい」と呪文の如く(?)いっていた彼は念願かなってようやく、辞めるにいたった。最近は「辞めてよかった。やめてよかった」とこれまた呪文の如くであるらしい。子供がいないということは気楽で、も
去年浪人をして今年何とか滑り込んだ大学で、孫は青春を謳歌しているようである。長年続けた野球は止めてしまったようだが、今度は野球を客観的に見る側に立った。先日、「気が向いたら読んでみてください。」と母親からメールが届いた。そこに記されたアドレ
あるマイミクさんのブログを拝見していて、幼かったころのことを思い出しました。その記憶の連鎖の中に、忘れられない先生のことを思い出します。あれは小学三年生の二学期のこと。私はそれまでに家庭の事情で二度転校しました。それは一年生の三学期と、そし
昨年6月初めてのCDを作成した。今回は前回参加していない人と、師範を加えての作成である。昨年のレコーゲイングスタジオでの収録は、平常心を欠いた演奏ばかりであった。そこで二度目はお稽古場でカセットテープでの録音にした。雑音も多々あり、CDを作
先日大阪から帰福していた娘が、博多駅のパン屋さんでパンを買い求めてきた。三月一日に開店したが、たいそう評判で、連日客が長蛇の列を成しているという。そこで、娘は一度買ってみたいと、ことのついでに博多駅まで足を運んだ。相変わらずの行列で、並ぶの
今、桜の花がすばらしい。近くの桜並木はほぼ満開です。昨年のことでした。桜ももう散るばかりの風情の頃でした。生徒さん二人と、近くの桜を愛でようということになり、お稽古の合間に下駄を突っかけて桜並木の下に歩を進めました。「きれいねえ」「すばらし
今のわたしは守銭奴か?守銭奴の意味を調べてみました。「溜め込むことばかり考えて、けちな人」、とあった。これを読む限り守銭奴ではないな、と安心。だって溜め込めるわけが無い。でも半分は当たっている。だってけちになった。夫が亡くなって自分ひとりの
昨年12月4日に「気に染まぬ祝賀会」と言う日記を書いた。参列するか否かは、案内状を貰ったときに欠席に丸印をつけて返信したので事なきを得た。舞台での祝儀曲を吟味し、幸い、私どもの流派で作られた合唱して可笑しくない曲があったのでこれを選び練習に
昨年12月4日に「気に染まぬ祝賀会」と言う日記を書いた。参列するか否かは、案内状を貰ったときに欠席に丸印をつけて返信したので事なきを得た。舞台での祝儀曲を吟味し、幸い、私どもの流派で作られた合唱して可笑しくない曲があったのでこれを選び練習に
現在私たちの小唄のおさらい会は、名の通った料亭で催しています。そのわけは、ある人の口ぞえで、かなり安い金額で請け負ってもらえたからです。ところがいつの間にかじわじわと押し寄せるように、いろいろな形で値上がりしてきました。約束が違う!と言いた