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2017年01月27日22:45

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平安五神伝外伝 閉ざされし屋敷の主8

相手が交渉の出来る理性の持ち主であった事に内心で感謝しつつ、光元は無言で従い黒髪の男と膝を付き合わせる形で座った。万一戦闘に転じた場合両手が自由の方が有利になるため、未だ起きない沢女はそっと懐に忍ばせておく事とする。
先程の台詞から大水を操っていた張本人である事は明白。ならば付随して明かされたも同然の答えだが、本人の口から直接言質を取っておく。

「貴方がこの空間・・・異界を作り出した方・・・ですか?」
「そうであるとも言えるし、そうでないとも言える」

しかし予想を外れ、返って来たのはなんとも煮え切らない答えであった。

「と言うのも、此処にいるという事は何かの意図があっての事だろうが、しかしその目的や方法をオレは知らない。勿論、脱出の方法も」
「え・・・何かの拍子に強く頭を打った・・・とか?」

男は横に首を振る。意図した事態ではない、という相手に光元も眉をひそめるしかない。

「・・・貴方と、貴方の記憶の状況を詳しく教えて頂けませんか?」
「そうだな。一人で考えるのも飽きていた所だ。他人に口に出して聞かせれば拍子に浮かんでくるものもあるかもしれん」

相手が人間の子供であるからか、男は特に事情を話す事に警戒を見せなかった。あくまで光元の事は記憶を手繰る理由としているだけで、あまり問題解決の頼りにしていない、とも言える。
男は自分の記憶を必死に掘り出しているのだろう、顎に片手を当てて視線を彼方に泳がせる。

「知識と言えるもの…物の名前、使い方、組み合わせ方は覚えている。しかしそれを自分が使ったという記憶はない。自分の名も、親も、育った経緯も、どのようにして暮らしていたかも」

視線が少年に戻って来る。

「気が付いたらこの家屋に一人転がっていた。出口を探して延々歩き回った事もあるが、オレには空の部屋しか辿り着けなくてな・・・観念して此処で何か思い出せるものはないかと頭を捻っていた所だ。そこにお前がやって来た。気配が湧いた場所は気配で判るから、そこまで送り出せばお前もこの屋敷を彷徨わずに済むと思ったんだが」
「あぁ・・・そういう事ですか・・・」

なら津波でなく直接注意勧告に来ればよかったのに、と思わない事もないが、一応こちらを気遣っての行動であったとして喉奥で苦言をこらえる。

「貴方のお話を聞いて全容が判った気がします」
「なに・・・?」

光元の発言に男が眉を動かす。光元は激しい運動から落ち着いてきた呼吸を更に深呼吸して整える。息切れしながらもったいぶっても格好がつかないので。

「ぼ・・・私達は貴方のご存じの通り外の世界から来ました。と、言うより貴方が何らかの事情で異界から私達の住む都、そこで建てられている最中の屋敷にやって来た・・・私達から言えば外の世界と言えるのは此処です」

想定していなかったのだろう男が目を見張る。記憶がないのだから無理からぬ話だ。

「どうやら現在、この屋敷の構造は貴方を投影した作りになっているようです。『建設中の屋敷』という不完全なものを、異界が貴方の思念を織り交ぜて補完しようとしたのでしょう。整った調度品は貴方の知識。覚えられた形そのままに利用されることを待っている知識そのもの。何もない部屋は、貴方の記憶のあった場所。この空白の空間は私が通ってきた道でも特に多く、貴方が喪失した物量・・・記憶の大きさを示しているように思います」

少年陰陽師は目を細める。

「・・・今の貴方には、己の思い出と言えるものが何もないんですね」
「・・・そういう事、のようだな」

光元の言葉で自分の事態を理解した男は静かに目を閉じる。観念した面持ちであった。

「見知らぬ子供・・・情報をくれた事に感謝する。せっかく来てもらったところ悪いが、オレは他者との交流を求めていない。この世界はまもなく閉じる・・・基礎たるオレが感じているのだから事実、そうなるのだろう。そうすれば異界としてのこの場は隔絶され、本来の人間の土地としての機能を果たすようになるはずだ。消える世界に生まれた者は、共に消えるのが定めというもの。オレはそれに甘んじようと思う」

この崩壊しそうな世界から脱出する・・・そこがどんな場所か判らなかった時点では抱けていたその希望は砕けた。袖の中で拳が握りしめられたのだろう、膝の両腕が僅かに震えた。

「そうするしかない。オレを基礎に作り上げられた異界というなら此処の中心はいつまでも、どこまでもオレ自身だ。中心が動けば全体が動く。端の出口にたどり着けるはずもない」

伸ばした両腕に己の頭部が触れるはずがない。実際やってみれば小さな子供でも理解出来る問いだ。だから外の世界からやって来た部外者は立ち去れ・・・わざわざ巻き添えを食らう事もあるまい、と言外に言っているのに・・・。
それなのに、目の前の子供は首を横に振る。僅かな発言からあれだけの推察を述べた聡い少年が、それを是としない。
光元は子供らしい、屈託ない笑みを浮かべる。

「・・・貴方は、とても保守的な人ですね。あるものをありのままに受け止めようとする。それは潔(いさぎよ)いけども・・・変える事の出来る運命から逃げている、とも受け取れませんか?抜け出せない世界の貴方の元に外から出入りできる私がやってきた。これは貴方の中の認識を改めることが出来る良い機会だと思うんです」
「それは・・・」

男は諦観で閉じていた瞳を開く。そういえば己の心配ばかりで念頭に置いていなかったが、この子供はどうやってこの異界まで来たというのだろう。外は人の住む都と言っていたが、単なる迷子や神隠しに遭った子供がこんな自信たっぷりに妖異の男と対峙し、対等に話せるものだろうか。
男の中で好奇心というより警戒心が浮かび上がる中、今度は少年の方が瞳を閉ざす。そして、

「・・・・・・疲れた」
「何?」
「このかたっ苦しい物言い疲れちゃった」

肩を落として膝を崩す。

「君がそんな楽な話し方してるんだからさ、僕だって崩して構わないよね?ね?」
「あ、あぁ・・・」
「ありがと!ふぅ〜・・・」

整然とした姿勢がよほど苦痛だったのだろう、子供のくせにどこか年寄りじみた吐息を零して一息つく光元。男は思考を続けるのも忘れて、彼の別人の如き変わりように唖然とした表情を向けている。他人の人格が乗り移ったのでは、と心配した程だ。
人心地ついたらしい光元が咳払い。そして男に向かって身を乗り出し、右の人差し指を突きつける。
「君って自分の事さえ物のように考えられる合理主義だと思ってたんだけどさぁ、よく考えれば記憶がなくて自分の事がよくわかってないから、他人と己を同列にしか見れないだけなんじゃないの?何があるかわからない世界が怖くて踏み出せないんでしょ?でもそこで全部諦めて捨てちゃうのってさぁ、すごく勿体ないと思う!何も持ってないって事は、これから何でも始められるって事なんだから!」

光元は右手の残りの指を広げ、上向ける。

「実は僕も新しい土地に引っ越してきたばかりでさ、初めての事ばかりなんだ。だから、よかったら一緒に頑張ろうよ。初心者同士!」

突き出された手を見ていた濃緑の瞳が少年の顔へと移る。

「・・・その提案に満更悪い気はしないが・・・なぜそこまでオレに肩入れする?」
「問題事とか面倒事とかに肩どころか、首を突っ込みたがるのが僕の性分なの」
「ふむ・・・」

男は再び顎に手を当てて考え込む。

「何?僕の顔に何かついてる?」
「いや・・・なんとなく懐かしい気がしてな・・・」
「あれ?会った事あったっけ?」
「いや、そんなはずはない・・・と思うんだが・・・」
「だよねぇ。僕は一切君と面識ないし。でも過去に同じ背格好の知り合いとかいたのかもしれないね。早速思い出せそうなきっかけが見つかってよかったじゃん!」
「そうだな」

男は床に両袖をついて膝を進め、光元の手を取る。

「お前に言われなければ思いつく事もなく、異界の狭間で一生を過ごしていただろう。感謝する」
「いえいえ!これから初めてさん同士、一緒に頑張ろうね!」
「・・・で、意気込んだのはいいが実際どう解決するつもりだ?」
「それはね・・・」

光元は左手の袖をゴソゴソし始め、やがて一枚の呪符をつまみ出す。

「陰陽師の弟弟子におまかせあれ・・・!」


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