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だれでも使える応急手当コミュの応急手当を学ぶ理由

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なんだか講習会では義務のように語られている応急手当・・・
皆さん本当にそう思いますか?

わたしは、応急手当は義務ではなく善意だと思うんです。
私が応急手当を学び始めたのはまさに少しは人の役に立つことしろ!!なんて言われたからでした。

あいさつや近所の掃除もそうだと思うのですが、義務だとやる気がだんだん重荷になるような気がします。
皆さんはどう思われますか?

コメント(41)

すけちんさん ありがとうございます。
でもすごい!!私も見習います。
人道、今の時代忘れられてますよね。

確かに私も最近まで
ダイビングの資格をとるためにやらなきゃならないと思ってた。

けど、自分にも何かできるかもっていうことに気がついたら
義務感じゃなくなりますよね。

早く人のためにとは思えるよう見習います。

最近ジムにやっとAEDが設置されてたけど
実際に使える人がどれだけいるのかと不安になります。
> すけちんさん!!すっごく貴重だと思います。ぜひ他の「なるほど〜」もお願いします。

> miyukiさん
そうですよ、一人の義務感で助けられるほど命って軽いもんじゃないですよ〜

最先端の医療技術のあるにほであるからこそ、多くの方の善意を結集して守れる命があると思うんです・・・

最先端の医療技術までバトンをつなげるといいですね
がんばります
中学の頃から機会あるたび講習に出てます!!
「何かあっても対処できる人」に憧れて(?)、興味本位で学んできました。

そんな僕も今ではボーイスカウトの指導者。安全管理のために、1から学びなおしましたよ。っても日赤の再講習でしたけど。子供達に教える関係もありますし・・・。

昔っから僕は熱血漢である故、「自分の義務」みたいな感じになっています。定期的受講も「自分への課題」です。f^_^;
仲間意識が強いせいですね、きっと。

救急法を学ぶべきか否かは、其々の立場によって変わってくると思います。
僕なんかは上記の理由で、役職上の責任(=義務)が発生しますが、個人的に(所属集団に関係なく)学ぶことに関しては人道的精神によるものだと。

それに講習会ってことは「救急法を学ぶ意志のある者」による集団ですよね?
だとすると、人道の精神や、善意が成立ってる上での話になるので、多少義務っぽく進むのも無理ないかなぁと思います。
「あーゆー時は、そういう目的で、こう対処」ってのが講習でやってることですし。

振り返ってみれば、
救急法=使わないに越したこたぁない技能
と知ってからは、リスクマネジメントを意識的にするようになりました。「安全」の最後の砦ですからね。

でも確かに車の教習や学校の授業で救急法は義務っぽい位置づけにされてた気もします。
「なぜ救急法が必要なのか」、それを考え、理解するゆとりが必要だったってことですか・・・。
> テルルさん
私自身胸部圧迫をしているときにいつもゆとりをもてないんです。ろうそくのような顔色の方が、自分の目の前に横たわっていて自分が効果的な胸部圧迫が行えているのか?この人は助かるのか?助けたい!!なんで早く救急車がこないんだ!!ちゃんとしたお医者さんに運んでくれるか?考えることがいっぱいありました。

助からなかったことのほうが助かったことより多いのは、私の練習が足りないのか?ゆとりを持てるように頑張る必要もあるんですよね・・・これは義務感かもですね
>HIROさん
「胸部圧迫」って心臓マッサージのことですか!?
そんな現場を経験なさっていたとは・・・。

僕は2度、交通機関での事故(自転車事故と階段転倒)に遭遇しました。いずれも「今日に限ってかよ!?」って日(遅刻しそう!)でした・・・。

両方とも傷病者の意識はあったのですが、僕の頭が真っ白になって、励ますので精一杯でした。

これらの出来事を通じ、救急法は体得するものだと痛感しました。
思考回路が停止しても出来るように、講習(訓練)は何回も出る必要があるんだなと思いました。
実は海で仕事をしているんです。めったにないけど・・・
私の仲間で誰にも負けないくらい練習をしていたつもりでも胸を押すときに力が入らないんですよ〜

でもねやっているうちに助けたいと思う気持ちが高まって力が出てくるんです。

テルルさんの頭の中が真っ白になって励ますだけで精一杯・・・
その方が生きているのなら精一杯でなくて充分な手当てをしたんだと思いますよ。励ますだけと胸を押すことの違いは、手当てをする人の気合の違いではなくて、同じやる気があるのならば傷病者の状態の違いだけです。

かりに傷病者がお亡くなりになったとしても精一杯以上できることはないんです。

千里の道も一歩から・・・
蘇生の道は声をかけて通報することから・・・

私が言うのはおこがましいけど、本当に人を助けたければ講習に行くことより毎日であった人が今倒れたらどうするか考えることだと思うけどな〜

自分ではできないと悩むよりできる人を早く呼ぶことも立派な応急手当だと思うんだけどどう思いますか?

蘇生術の必要な現場はたぶん想像以上に緊張するんじゃないかな〜
僕の場合は、大切な家族が倒れたら・・・というのと、海辺で仕事をしてますから、いざという時に自分の使命を成し遂げたい・・・という理由で、応急手当があります。

「善意」?「義務」?僕の場合は微妙なところですが、人が死ぬ・・・というのはとても悲しいことですもんね。それが身の回りの大切な人だったら、特に・・・。
応急手当ってどんな感じなんだろう?私は職業柄、心肺停止や蘇生の場面に出くわすことが多いです。冷静に対処する自身はありますが仕事を離れてそういう場面に遭遇した時は・・・って考えると自信ないですね。応急手当が全て完璧に出来なくても目の前に横たわっている人を助けたいという気持ちや周りの人達と協力しながら何か1つでもいいから行動に移すということが大切なんだと思います。完璧じゃなくても貴方のその1つの行動が命をつないでいくんだと思いますよ。やらないよりはやった方が予後が確実に変わると思います。
TOSHIさん!! こん○○わ??
応急手当の現状って、生きて欲しいと言う気持ちが切れないことが一番大事だと思うんです。意識不明から蘇生された方に声が聞こえたと言われたことがあります。その時はちょっと重傷すぎて手は出せませんでした。意識不明・呼吸は少しある・頭部と右手に開放性の外傷・・・・・声かけていただけでした。
しかもあろうことか「死ぬな〜!!」「がんばれー!!」でした。でもこれ傷病者が助かったからOKかな。
完璧にやることよりもっと重要なことがあることに気づいてもらうために応急手当を普及したいですね・・・

ご協力お願いします。
やっぱり聴覚って最後まで残ってるんですね。職業的に改まってそんな声かけしたことないから実感ないけど…。「声が聞こえた」なんて言われたなんて素晴らしい事ですね。HIROさんの声で戻ってこれたんだから。そういう感動というか神秘というか…うまく言えないけど世間に普及するといいですね。これからドンドン広めていきましょう。
一般人が早く動いて、技術の高い救急隊が、最先端の医療技術につなぐ・・・これで助かる人が増えるって習ったんですよね〜これかなり感動したし自分のやることが見えてきたんですよ・・・

私一人の力では限界が見えている。私の手当てはすべての救命士さんやお医者さんに早くゆだねるための途中経過・・・

「できることをできる限り早く実行すること」これ人として、「応急手当に参加する自信をもってもらう」これ指導者として・・・

テストに合格することで応急手当ができるようにはならないってのが実感で、合格しなくとも助けられることもあるってのが現実

応急手当に認定書なんて必要ないし・・・ただ講習を修了しただけでできるかどうかは常に自分次第だね
昨日、一昨日とEFRという民間団体のインストラクターになりたいという方のために指導員の講習会をしておりました。

そこで気づいたことなのですが、私が普及したいのは応急手当で、受講されている方は心臓マッサージだけを応急手当だと思っているんだ〜

なぜ気づいたかと言うと、講習会の途中でこんなことめったにないからな〜 えっ!?ってところからでした。

皆さんはどう思われているかわかりませんが、
 ○具合悪い人がいて、声かけてだめそうなら救急車を呼ぶ。
 ○鼻血を出している人がいてティッシュを渡す。
 ○駅で酔っ払って嘔吐している人に下に落ちないよう支える。

ほとんどはこのような状況です。皆さんいつもやってますよね。そして声をかけてみて反応がなければ、普通に息しているか?息しているあ〜よかった!!息していない。吹き込まなきゃ!!って続いていくと思うんです。

倒れている人発見!!大出血の確認!!意識確認!!気道確保!!この方がかなり特殊なというか、ほとんどありえない状況です。
呼吸停止・循環停止の患者が倒れているとわかっていれば、本来は発見した時点で救急隊を呼んだほうがいいわけだし・・・

みなさんが、CPRを応急手当のかなり特殊な状況でいつもしていることが応急手当なんだ〜なんて思っていればいいな〜なんて思いました。

声かけて答えてくれれば、呼吸も循環もあるって思ってもらえばいいだけだと思うのですが・・・

その時点で何をするか?上手か下手かはテストの上での話しです。できないという選択肢もあります。でも命の鎖をつなぐためできる限りのことをしたい!!これがだれにでもできる応急手当だと思うのですが

みなさんはどう思われていますか?
応急手当ってどんな簡単なことであれ、「今の状態をできるだけ悪化させない」ためにするものだと思います。自分の身近にいる人が苦しんでたり、血を流していたりするときに何かしてあげたい、という気持ちがまずあって、でも何の知識もなしに手当すると、もしかしたらもっと症状を悪化させることがあるかもしれないし、治療の妨げになることをしてしまうかもしれない。

だから、私たち市民も応急手当の正しい知識を学んで、できるだけ的はずれなことをしないようにすることが理想なんだと思います。

私も病院の講習会で勉強するまで、正しい応急手当の方法を知らなかったんですよね。でも、そのことに気が付いたのは、講習会を受けたからだし、講習会受講後は、正しい処置がわかるからこそ、少しは自信をもって行動できるようになりました。

例えば、切り傷とか火傷のような小さなケガの手当をする場合でも、以前は何となくやっていたことが「静脈からの出血だからまず直接圧迫止血」とか「火傷は氷水で冷やすのでなく、流れ続ける水道水で冷やす」とか、知識に基づいて判断できるようになりました。いや、むしろ重傷の人を前にしたら冷静に行動できないかもしれないから、小さなケガなどのときの方が応急手当の知識が活きるのかもしれません。

また、「人が生命の危機に瀕している状態」がどんなものか事前に知っておくことで、ある程度重篤かどうかの判断ができるし、そうでない場合は余計な不安を感じたりせず落ち着いて対処できる、という効果もありますよね。

応急手当の最終手段は確かに心肺蘇生法だけど、傷病者の状態にはいろいろな段階があるのですし、「小さな手当」も大切にしていく姿勢こそが、「普段の生活の中で役立つ応急手当」につながっていくのだと思います。
りゃまさんみたいな方がいると勇気が100倍になります。
本当にありがとうございます。

私たちの応急手当指導団体の指導員数は3,000名ほどいますが、その中にはやるかやらないかわからない心肺蘇生法を熱心に教えて、受講者の思いがそこ一点に集中してしまいます。

その結果、擦り傷の手当てしかできなかった。声をかけることしかできなかった。と自分の行為をたいした手当てでないと評価してしまう受講生もたくさんいます。私は、これで100点の手当てできているジャンと思います。

応急手当の評価は心肺停止の患者に何ができるか?ではなくあなたの目の前の命の対して何ができるかに決まってます。

指導員の方には、
傷病者を発見したらまずは声かけてもらえるようにする。これが最大の目標!!

それができれば、傷病者が反応するから問題なければそこで終了!!

これが人生で一番良く使う応急手当なんだよ!!って言っているのですがわかってもらえないんですよね〜

これは、私が間違っているのかな・・・なんて思うこともしばしばあります。

もし間違えてないよって思う方がいれば、どのように説明したらこの3,000名の指導員に伝わると思いますか?
ご意見お願いします。

私は応急手当の指導をしているものとして、助けるために胸も押すし、人工呼吸もするし、これは当り前のことです。すごいことでもなんでもありません。それを指導をしているのだから

でも、応急手当の普及の壁となっているのは、自分の当り前を受講生に押し付けていること

自分にはできないのですぐに人を呼ぶ。そんな方がいたとしても私は、サバイバルチェーンのひとつとして命をつないだ重要な役割を果たしている思うのですが・・・
ゾルバさんのおっしゃる通りですね〜
そんな内容を話し合えるといいですね・・・

がんばります。
HIROさん、悩む必要ないですよ。間違ってないですよ。応急手当の意味を調べてみました。応急=とりあえず急場を切り抜けるための対策・手段。応急手当=負傷・急病などの際の一時の手当てってありますよ。指導方法もあるのかもしれないけれど教えてもらう方も何を学びたいのか、何を知りたいのかっていうとこが一番大事じゃないのかな?指導員がそこを理解してないから「心肺蘇生」=講習になっちゃうんじゃないのかな?心臓マッサージも大切かもしれないけど一般の人が求めているのは救命じゃなくて救命に繋げる為の手段だと思いますよ。
きっかけがなんであれ、
講習会に参加する人が仕事上の強制だったとしても、
そのうけた講習会によって、
はじめの一歩を踏み出せることが大事なことじゃないのかな?

いろんな講習会があって、いろんな教えかたしてると思うけど、
資格をとるだけじゃなくて、
バンドエイドから始まる講習をしてる人もいると思いますよ。

私の見たHIROさんの講習はそんな講習会でしたよ。
ゾルバさんの言うようにバンドエイドが、普通の応急手当ですよね〜

その普通の応急手当ができない人なんていないわけで、そのスキルをちょっとだけ高めたい人がほとんどだと思うんです。

でも私みたいな指導をする人が、その受講生の要望を理解せずに講習会を開催しているから悲劇ですよね〜

講習会で倒れている人を見つけたらどうしますか?といきなり質問して、受講生は何もできませんと答えます。私はこれが当たり前だと思います。倒れている人の倒れている理由もわからなければ、想像している状況も千差万別だと思います。

指導者は、大出血の確認!!周囲の確認!!もしも〜しなんて答えを期待しているんですもんね・・・

このコミュに参加している皆さんに、私のようないたらないまま指導者と名乗っている人間を鍛えていただきたいと思います。

このコミュに参加している皆さんに必要なことは、テストに合格する知識ではなく、自分にとって一番大切な命を守り事だと思っています。

私のようなものが命の大切だよなんて諭そうとは思っておりませんし、助けなければだめでしょなんてお説教する気もないし、バンドエイド貼ることと胸部圧迫することと違いがあるとも思ってないし、相手の具合がどうであれとにかく一歩前に出るかどうかそれですべてが決まると思ってます。

このコミュで一歩前に出るために、障壁となっていることがあれば、できないと思ったことがあればどんどん情報交換して欲しいと思ってますのでよろしくお願いします。

私自身もう少し具体的に応急手当について語ってみようと思いますので、みなさんコメントもお願いしますね・・・
だいぶ議論が盛り上がっていますが、別に誰の教え方が悪いんでもなく、「普段の生活で使える応急手当」を教えるシステムもないし、教わりたくても教わる機会がない、という現実につまづいている人がたくさんいるんでないかな、というのが私の感想です。

私だって、以前は消防署の「普通救命講習」で初歩の応急手当教えてくれるのかなーぐらいに思っていました。だって、「普通」ってつくし、心肺蘇生法とかは「上級」講習会でやるのかなと。でも、実際には普通とはつくけどやっぱり「救命講習」なのでした。

私は病院でも講習会受けましたが、「救急災害ボランティア」の講習であっても、最初の講義では「このとき、あなたならどうしますか?」と銘打った○×クイズみたいなプリントを渡されました。「やけどをした→軟膏か油を塗る」「鼻血が出た→上を向かせ頸の後ろを軽くたたく」「蜂に刺された→小便をかける」といった出題です。みんなで思った通り○×付けて、講師の解説を聞いたのですが、自分で×だろうなとは思っても、その理由と、それならどうしたら正解かっていうのは結構わからなかったので、解説を真剣に聞いちゃいました。
でも、こういう身近なテーマから入ることで、今後はこういうことに対処する場合でも、「できるだけ正しい応急手当」を意識しなければいけないんだな、と思うと同時に、「自分は医療機関につないでいく立場として応急手当に当たるんだ」という自覚をはっきり持つことができました。

一般の人にバイスタンダーとしての知識と技術を身につけてもらい、救命率を上げたいという意図も理解できますし、大切なことだと思いますが、知識ゼロの受講者のレベルからスタートする応急手当の講習会があってもいいんじゃないかと思います。

どこかでこういう講習会やってるんでしょうか?
もしご存じの方がいらっしゃれば、ぜひ情報をお寄せください。
そうすれば、応急手当の普及に取り組んでいる皆さんの助けになるんではないでしょうか。
そうなんですよね。応急手当っていうと救命手当になっちゃうのが現状なんですよね。これから徐々にそういう講習会が増えるといいですね。
色々なご意見が白熱してますね。
私は実際に救急法の指導員資格を持ち、年に数回講習を担当しています。
問題は「伝授の仕方」の様に思えますが、違ったかな?^^;
僕らの所属する組織では、概論、心肺蘇生法、傷と止血、包帯、骨折・捻挫・脱臼、急病、運搬、救護と広範囲な内容の講習を展開してます。
知ってる方は何処の講習かお解かりですよね。
確かに重要視されているのは心配蘇生法です。
命に関わる事なので重要視され、それに多くの時間を費やすのは当然ではあるのです。
「先進国標準まで救命率を上げる!」ってのが至上命題って感じなんですが、
実際にDOA(心肺停止状態)の傷病者に遭遇する事って滅多に無い事ではあるんです。
現に僕も遭遇した事はありません。
確かに誰しも何らかのCPR(心配蘇生術)を知っている事に越した事はないのですが、
問題は身近で日常で役に立つ知識と技術なんですよね。
指導内容も規定はあるものの、何か考えなくてはいけないですね。
教える事に意味があるのではなくて、伝えた人が実際に何かをやろうとする勇気を出してくれる・・
そんな講習が本来の講習のあり方なんでしょうね。

バイクで多くの仲間を失いました。
二度と血だらけの仲間を目の前に呆然と立ちすくす姿だけはしたくない!
そんなんで始まったんですから、初心忘れるべからずですね。

他人の手当てって勇気がいりますね。
指導員になってから数回路上で包帯巻いてた事があります。
「出来たら関わりたくない!」ってのが殆んどの人の本音でしょう。
交通事故ですから、「グチャグチャになってたらど〜しよう」とか
実際に考えちゃいます。
「でも行かなきゃ!」って心の声に押されて現場に行くんです。
それに近い時には、包帯巻きながら足は震えていますよ^^;

僕が担当する講習の時は、最後に必ず言うんです。
「自信が無くてもいい。何も出来なくていい。教わった事の何かを思い出せばそれでいい。ちゃんとできなくていい。一番大切なのは、その場に歩み寄る事。何か出来る事があるかもしれない・・」ってね。
皆さん、初めまして。
私は乳幼児を対象とした応急手当を主に勉強しているのですが、
講習内容はやはり心肺蘇生法に多くの時間を割いています。
それは、「一番重篤な状態」は心肺停止で、その救命には
CPRが必要であり、やはり何の知識も体験もない場合よりは
講習で習った方が「最初の一歩」を踏み出しやすい、、、と
言う理由からです。

こちらに書き込みされている皆さんも、きっとこのことはよく
理解されていることと思いますが。
(的はずれなコメントでしたらゴメンナサイ・・・)

ですが、やはり「日常によく起きる事故や病気の手当」の必要性も
充分理解出来ますし、私もそう言った講習会がもっと増えればとも
思っています。

私も何どか子どもがいる親御さん向けの講習会をさせて頂いた
ことがありますが、その時の内容は「事故防止」についてに
かなりの時間を割きましたが、CPRのことも講習には少なくても必ず
盛り込むようにしています。
ポイントはゾルバさんの言う通り病院に行くか行かないかだと思います。でも自分の身内の場合に限りですよ・・・

病院に行かないとしても、他人に応急手当をする場合の薬の使用はご本人の許可を得てからでないとだめだと思いますよ。
細かいことを色々言うと難しくなるから全部だめだと思っておいた方が簡単だと思います。ご本人が使って欲しい〜と言えば本人の医師で使用するということを前提に手伝うならいいと思いますが・・・

自分や家族への薬の使用と他人への薬の使用も分けて考えた方がいいでしょうね・・・

やっぱり薬のことは医師や薬剤師さんが専門に勉強しているわけだから、治るか治らないかと法律的にどうなのかも責任ある立場の方に聞いて認識した方がいいかもしれませんね。
『震災時では重症以外の傷病者を病院へ連れて行かないように』
現場の医者でも無い人が重症、軽症の判断出きるのか疑問ですよね。
判断すのは病院及び救護所です!
何処の講習かなあ〜??
ウチの組織だったりして(恥)
災害地で救護所を設置する者ですが、あきらかにおかしいです。

「自分や家族への薬の使用と他人への薬の使用も分けて考えた方がいいでしょうね・・・」
そのとおり、別物と考えるべきでしょうね。
原則的に医薬品の使用禁止って項目があるんですけど、狭心症や糖尿病その他の病気で受診されており、発作時服用って薬のみ許可ってのがウチの教科書的内容です。
基本的には使用は×となってます。

医薬品の使用は治療と考えられますので応急手当ての範疇を超えると思われます。

でも、自分や家族に対しては使っちゃいますよね。
danchiさん ほんとそうですよね〜
現場の医者でも無い人が重症、軽症の判断出きるのか?
私なんかだと声の大きさとかで決めちゃうかも知れません。この判断はかなり危ないですよね〜
泣けばOKとかたんこぶできればOKとかこれもわからないし・・・

でも、一般人に重症の患者と言っているのだから、私が重症だと思えばOKってことですよね?その結果、病院で「はい!!あなたは後回し・・・」って意味じゃないんですかね〜

災害時に、病院で後回しにされたら軽症ってことで安心して待たないとって言ったほうがよさそうですね。われ先に・・・なんてお医者さんに詰め寄って治療の邪魔しないようになんて感覚も伝えたいですね〜

私は大災害に直面した経験がないので、自分が重症だと思っていて(自分のことだから)後回しにされた時どうなるか?できるだけ医療機関の足を引っ張らないようにしないとなんて思ったりもします。胸を押すことはできるけど、治療を待つことはできるか・・・

災害についてトピックを立てますので、医療機関の方の混乱を少なくするためどのような動きになるかコメントお願いします。
>>何処の講習かなあ〜??
>>ウチの組織だったりして

>…かもしれません(笑)

私たち(の団体)よりはぜんぜんましだと思いますよ・・・
私の所属する組織では、まだそこまで考えてませんから
今日からみんなで考えます!!

応急手当を学ぶ理由は、治す方法を学ぶのではなく病院に行くか行かないか判断する方法であったり、病院に行かないのならこれから治癒(治る)するか悪化するかを判断することかもしれませんね。

診断・治療(治す)は、お医者様の仕事なんですよ。

昔、油がはねてちょっとしたやけどをした、うちの祖母が受傷部に味噌をつけたんです。私はそんなことをしても治らない!!と言ったのですが、ほっといて自然治癒するやけどなら好きにさせてあげた方が精神衛生上もよかったのかもしれない・・・なんて思ったりして反省したこともあります。

軽微なケガなら迷信もありだけど、病院に行く場合はお医者さんに任せてよって切り分けをすることも応急手当の重要な部分だと思いますけど・・・・・

指導者側にその切り分けができていないとするならば、応急手当の講習会を受講するこのコミュに参加している皆さんが、切り分けて聞いてもらえるともう少し簡単になるのでは。。。。。なんて思いますが、どう思いますか?
また・また〜
って私はお呼びでないっすね

皆さんのお陰です。ありがとうございます。
これからも宜しくお願いします。

もっと勉強します!!
実際の問題として、擦り傷や軽度の切り傷は医療機関に行かないですよね。
本人が「ヤバイ!」って思った傷や病状が最初の判断基準かもしれませんね。
他人からの手当てを必要となった時点でそれは医療機関に連れて行くものだと思います。
とか言っても、絶対にこ〜だ!って言い切れない事例が有るのも医療の世界。
医療現場の人間ですから、自分の専門職としての知識と救急法の整合性の不一致に悩んだ事も多々有りなんですが、
救急法自体「概ね良好」って感じのスタンスなんです。
なので伝授する方も難しいのです。
なので、基本的には「医師や救急隊員に引き継ぐまでの応急・救命の手当てであって、必ず医師の診察を受けさせる」ってのが入ってくるんです。

組織が大きくなると小回りが利かなくなるので協定変更にも時間が掛かる。
指導員も解ってはいながら内容先取りで講習は出来ないのです。
組織としては講習内容にバラつきは許されませんので個人的な見識で講習することは出来ないはずなんですが・・・・
てな感じです。

医療機関は災害時には重症、中等症、軽症全ての患者さんが来院(押し寄せる)するはずなんです。それに対応しなければなりません。
トリアージなんです。
優先順位は付けなければなりません。
重症に限らず、軽症も「やば!」って思ったら医療機関のトリアージを一度は通らないといけないと思われます。
トリアージは医療機関の初期診察に相当しますから、その判断に従うのが良いと思います。そこで「後日で大丈夫」っていわれたら後日でいいんですよ。

各医療機関は被災後の持てる能力の全てを使って対応するのが使命です。だけど確かに地域によっての温度差はありますね。
喉元を過ぎれば・・・・ですよ。
関東直下は明日かもしれないのにね。
> danchiさん
トリアージがあるって是非皆さんに知ってもらいたいですね・・・
関東直下いつ来るかわからない???ですよね〜
地震の時に持ち出すもの。これ結構準備している方多くなってきたみたいですが、このバックは持ち出したのですが自分の家族が意識不明・・・

少なくともこのシナリオには、できる限りの行動をしたいですね!!頑張ります。

私は仕事柄、医療関係者と海に行くことが多いのですが、そこでの約束事は、手と口でやる応急手当は私の仕事、頭と薬を使う治療は皆さんの仕事。救急車が来て状況が整うまで行動の段取りお願いします。なんて言っています。

突然の事故は、医療関係者も丸腰です。心電図もなければ除細動機もありません。大切な命に対する不安はみんな同じなんですよね〜

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