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動画共有サイト同好会コミュの(音楽) 黒人女性ブルース

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やはり、黒人ブルースといっても
男性カントリーブルースと女性クラシックブルースは
別トピにした方が貼りやすいので分けました。

まずは
マ・レイニーやメイミースミスなどをまじえた戦前の女性ブルースシンガー
(戦後に発見されたカントリー系女性ギタリスト&シンガーエリザベスコットン、ゴスペルのロゼッタソープを含む)の紹介ビデオ。
Queen Mothers of the Blues (sampler)http://video.qooqle.jp/?v=LMVM1XpcqlA&title=Queen%20Mothers%20of%20the%20Blues%20%28sampler%29
このへん「映画音楽」トピに貼ったWCハンディの伝記映画の時代そのものです。

(写真はビリー・ホリデイ。紹介ビデオにはでてきませぬw)

※とりあえず
黒人ブルーストピからちびちびこっちに移転してきます。

コメント(10)

順を追うと、
1912年、WCハンディによって初めてブルースが楽譜となって一般に広まり、
1920年にマミー・スミス(最近はメイミー・スミスと発音)が
黒人歌手として初めてブルースを録音("That Thing Called Love"と"You Can't Keep a Good Man Down,")
これがそこそこヒットしたためレコード会社は同じ年の8月に『CRAZY BLUES』を録音。
この『CRAZY BLUES』が100万枚の大ヒットを記録し、1920年代女性(ジャズ)ブルースが続々レコードに吹き込まれるようになったとか。
それらの曲の映像はないですが、こちらで試聴はできます。
http://www.hmv.co.jp/product/detail.asp?sku=633749

メイミー・スミスが歌ってるフィルムは残ってるです。
トピトップ紹介ビデオで少しだけ映ってたビデオの全編。
(youtubeではなく、フランスのyoutubeと言われる【dailymotion】から)
「Lord! Lord! 」 http://www.dailymotion.com/relevance/search/mamie%2Bsmith/video/x1f4rp_mamie-smith-1939
(DLはhttp://javimoya.com/blog/youtube_jp.phpでできまつ♪)

こっちはyoutubeークーグルで「Mamie Smith - Harlem Blues」
http://video.qooqle.jp/?v=BdqybqA9fyg&title=Mamie%20Smith%20-%20Harlem%20Blues

最後はレコードの盤面のみ画像でw
http://video.qooqle.jp/?v=NzNZf0wUrO8&title=Mamie%20Smith%20-%20Let%26%23039%3Bs%20Agree%20To%20Disagree

メイミー・スミスは専門のブルース歌手と言うよりはボードビリアンに近いようですが、
彼女の『CRAZY BLUES』の大成功がブルースの録音ブームを導いた、つう事のようでつ♪
《マ・レイニー》
メイミー・スミスの成功により盛んに女性ジャズブルースの録音が行われるようになる。

マ・レイニー(1986年生まれ)はメイミースミス(1983年生まれ)より齢下だが、すでにブルース歌手として20年近い経歴をもっていて、23年に初吹き込みの機会を得る。(なお、この年齢はあまり当てにならない。この当時も女性の年齢サバ読みは多かったらしいww)
南部のボードビル旅芸人一家に生まれた彼女は14才の時にはもうステージを踏んでいて初レコーディングの時にはもう20数年のキャリアの持ち主。格が違うという感じ。
マ・レイニーのマはもちろん「ママ」の黒人風の呼び方。で当然旦那さんは「パ」レイニーw
紹介ビデオの中からマレイニーの部分のみ「Ma' rainey」
http://video.qooqle.jp/?v=JarxxbSEdYc&title=%C3%A9%C2%96%C2%93%C3%A4%C2%BE%C2%8B ヒット云々は別にして、彼女の歌に影響を受けている女性歌手は多いようだ。

美人系のメイミー・スミスと違って、人間味溢れる容貌wのマ・レイニーはフィルムが残ってないようだ。(いつか発見されるかもだが)
で、これはマ’レイニーの孫ローズマリー・レイニーがお祖母さんの再現をしているフィルム。Freight Train Blues_http://video.qooqle.jp/?v=9IJgwv0BmRQ&title=Freight%20Train%20Blues

で、もう一度、本人の声。 しかしこのアニメはどうも。。。w
「Ma Rainey & Her Georgia Jazz BandMa Rainey-Booze And Blues (October 15, 1924)」
http://video.qooqle.jp/?v=aUBB2r09HAU&title=Preview%20of%20Joanne%20touring%20Second%20Life%20Capitol%20Hill%3A
全曲聞きたい人はこちらへ→http://www.archive.org/details/Rainey
(プレイヤーの三角ボタンを押せば再生)
「ベッシー・スミス」(生年は1894年、1895年、1892年など諸説あり)

20年代に始まるジャズっぽい女性達のブルースは「クラシックブルース」とか言われます。
クラシックブルースで最大のスターはなんといってもベッシースミス。
ベッシー・スミスたち兄弟は8才の頃から道ばたで歌ってお金を貰ってたそうで、
ベッシーが13才頃、マ・レイニーの一座に入ります。
マ・レイニーがブルーズを直接教えたかどうかは不明ですが、影響は当然受けたでしょう。一座の前座(ダンサー)で旅回りを経験したあと、20才頃から別の一座に入って各地を巡業しはじめてベッシー自身の人気も上がっていき、23年に初レコーディング。
その曲(「ダウン・ハーテッド・ブルース」)の200万枚を越える大ヒットで不動の人気を固めた、ということのようです。


25年に吹き込んだセントルイスブルース。
サイコロ賭博などで稼いでいる伊達男ジミー(ベッシーの恋人か亭主)が浮気してる現場を見つけ、喧嘩して、ジミーが出ていったあとのシーンからでつ。
(Bessie Smith "St. Louis Blues")http://video.qooqle.jp/?v=w7KKjYMPbpY&title=Bessie%20Smith%20%26quot%3BSt.%20Louis%20Blues%26quot%3B
この29年の短編映画が、現在のとこ残っているベッシースミスの唯一の映像らしいす。
(※全編は他の動画共有サイトに上がってましたので、「映画音楽・音楽映画」トピに貼っておきます。http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=15835871&comm_id=1854612_34番)

初期のクラシックブルースにギターは入ってなかったですが、1920年代後半には男のブルースも録音されるようになり、
ジャズ系のクラシックブルース歌手も演奏にギターを取り入れるようになりました。
ベッシースミス "You Gotta Gimmie Some"(写真のみ)
http://video.qooqle.jp/?v=xKn-QVQzISo&title=The%20Empress%20of%20the%20Blues
若い時美人だったのが写真で判りますね〜。


ベッシーより歌の実力は上だったと言われるクララ・スミスは、映像はおろか写真だけのビデオすらありません。。
↓こんなんでいいから他のスミス(クララ・スミス、トリクシースミス)も聴きたいす。
(Bessie Smith)http://video.qooqle.jp/?v=WUDyPj32AuA&title=Bessie%20Smith



1929年の大恐慌をきっかけに、ベッシーが基盤にしていた北部での売り上げも衰え、
(彼女が酒におぼれて太ったためという説もあるが)
南部サーキットを始め、1937年南部ミシシッピーを回ってる途中で自動車事故に遭い、
片腕切断、意識不明のまま南部の黒人専門病院で息を引き取りました。

※1 ベッシースミスは、200円で新品CDが買えます。100円ショップ「ダイソー」です。
http://members3.jcom.home.ne.jp/3234275001/female%20singers%20collection%206.htm
今回いろいろ検索してオイラもこれを初めて知り、近所の商店街の中にあるダイソーで
さっそく手に入れました。w
ついでに、エラ・フィッツジェラルドとビリーホリディのカップリングCDや、ジャズ系も(キングオリバーとかテディ・ウィルソンとか)併せて6枚買いました。
(合計で1200円www)

※2 [女性ブルース]トピックとしてを独立させたのを機にあちこちサイトを見て回ってにわか知識を仕入れて垂れ流してますw
はっきり言って、垂れ流すにわか知識の真偽は保証致しかねますですある┏○w
≪アイダ・コックス≫ (生年はこれまた1896,1889,1896年と諸説紛々w )
アイダ・コックスは3大スミスやマ・レイニーと共にクラシックブルースの大物のひとりでつ。
彼女もまた、他のクラシックブルース歌手たちと同様奔放な性意識の持ち主だったようで
家出してミンストレル一座で芸人Alder Coxと結婚。23年に初レコーディングを行うまでにはジェリーロールモートンと何度か同棲し、その後、今度はブルースピアニスト、ジェシークランプと結婚、と自由な精神を体現している一人です。
(彼女は自作のブルースも多く作っていてその中でも性的な自由を暗示した歌詞があるとか)

紹介ビデオに入ってた「アイダ・コックス」の全編。
「Ida Cox - Woman's No Fool」http://video.qooqle.jp/?v=Zt0y0MMX2u8&title=Ida%20Cox%20-%20Woman%27s%20No%20Fool
ジョージア州出身のアイダ・コックスはやはりジャズよりもブルーズ感覚が強いっす。
ビッグビルブルーンジーがマネージャーをしてた時期もあったそうです。
アイダ・コックスは、ベッシーを始め多くの20年代クラシックブルースシンガーと違って、30年代に入ってもレコーディングをコンスタント(別名でw)続けた珍しい部類の歌手です。

途中で病気(ステージ中に脳卒中で倒れた)によるブランクはあるものの、1961年にもレコードを吹き込んでいます。
試聴可サイトhttp://www.hmv.co.jp/product/detail.asp?sku=85713
それから6年後の1967年にガンで無くなってます。
《ローザ・ヘンダーソン》(生年,1896年)

検索のネタとして「ブルースのすべて(1974年ニューミュージックマガジン増刊)」のブルース人名事典の項を主に使ってるのですが、戦前のブルースとなるとほとんどが「no much」で何もでてきません。
何十人もそんな状態で空振りしてると、
たとえレコード盤が回ってるだけのビデオでもヒットすると貴重に感じるでありますw

ローザ・ヘンダーソンも初期クラシックブルースでは名の売れた歌手なのですが。。。
「Rosa Henderson - Nobody Knows the Way I feel 'Dis Mornin'」
http://video.qooqle.jp/?v=ZFF5Ev6PJis&title=Rosa%20Henderson%20-%20Nobody%20Knows%20the%20Way%20I%20feel%20%26%23039%3BDis%20Mornin%26%23039%3B


もともとはカーニバルの一座にいて歌を歌っていて、23年に吹き込みをする機会を得、その後31年までレコーディングを続けていたのですが、旦那のスリム・ヘンダーソンが死ぬと、ショービジネスへの意欲を失い、ニューヨークのデパートの店員になったそうです。
時々、慈善事業で歌ったりしながら1968年,72才で亡くなったそうです。
《ビクトリア・スピヴィー》(生年1906年、1908年、1910年諸説ありw 何れにしてもこのトピ初の20世紀生まれ)

紹介ビデオのしょっぱなに出てきたビクトリア・スピヴィー。
多くのクラシックブルースシンガーがドサ回りでコメディアン的要素も身につけたようですが
この人もビデオ見るとかなりコメディアン要素持ってたようです。(ただし若い世代の彼女は単独でクラブやパーティを回っていたそうでミンストレル一座の経験はないようです)

※ジャズ系エンターテナーはサッチモからサミーデイビスJrにいたるまで キャラクターの滑稽味も人気の秘密だったのかもです。
(ブルーストピにいずれ貼る予定の男性ジャズブルーズ歌手ジョーハンターなどは、声だけ本人を使ってフィルムではわざわざコメディアンに差し替えられたものまであります。)

ビクトリア・スピヴィーのアイドルはアイダ・コックスだったそうですから
26年に16才で「Black Snake Blues」をヒットさせた彼女はやはり新世代に属するのでしょう。
トピトップの紹介ビデオでは細切れになったたビデオの全編(1963年)
「Victoria Spivey - TB Blues」http://video.qooqle.jp/?v=DHIXT6k24Zg&title=Victoria%20Spivey%20-%20TB%20Blues

大恐慌も乗り越えて、比較的コンスタントにレコーディングを続けたスピヴィーでしたが、
戦後の50年代にはゴスペルに転向してショービジネスから足をいったん洗いました。
しかし、60年代にブルースブームが再燃するとショービジネスの世界に戻り、
自分のレーベル(スピヴィーレーベル)を設立、ブルースマンを中心に色んなレコードを自身のレーベルから送り出しました。
60年代のグリニッジビレッジ系の若手フォークシンガーも発掘し、その中には
ボブディランやジャニスイアンが含まれています。
スピヴィはボブ・ディランの「ニュー・モーニング」のジャケ裏にも写真が載ってるそうでつ。
(唯一ディランで持ってたLPだったのだけど、現在行方不明につき未確認)

1976年没。
《アルバータ・ハンター》(生年、当然の如く1892年とか1895年とか1897年とかいろいろw)

アルバータ・ハンターは
「人生を3度生きた女」(伝記タイトル)です。

84才のアルバート・ハンター
「Alberta Hunter at age eighty-four」http://video.qooqle.jp/?v=v_1xUmRkzYk&title=Alberta%20Hunter%20at%20age%20eighty-four


アルバータは11〜2才頃に家出し、シカゴの売春宿で働き、若くして結婚、
売春宿が殺人事件で閉鎖されるとナイトクラブで働き初め、
母親を呼び寄せてお金を稼ぐことに専念しました。
亭主は南部に働きに行き、実はレズビアンだったアルバータは
そのまま旦那とは二度と会うことなく、女性の恋人とつきあいだしました。
ゲイのラグタイムピアニスト、トニー・ジョンソンと知り合い、
彼の作った歌をクラブで歌ったりしてシカゴではかなり知られるようになっていきます。
しかし、治安の悪かったシカゴで彼女のバンドピアニストが射殺された事にショックを受け、
ニューヨークへ向かい、そこで1921年に初レコーディングします。

世界初といわれる白人/黒人が一緒に録音したレコードを出したり、
曲も相当数を吹き込んだようですが、実際に発売されたものは少なかったようです。

アルバートハンターは曲作りの才能もあり、
ベッシースミスのデビュー曲「ダウン・ハーテッド・ブルース」も実はアルバータの作です。
29年の大恐慌後は一時、ヨーロッパに移住、30年代半ばにアメリカに戻ってきて
再びレコードを出し始めたがヒットはしませんでした。

40年代にはアルバイトしながら、ライブ活動を続け、
50才を過ぎて、母親が死んだ後1956年に歌手をやめます。
そして、年齢を詐称して看護婦の勉強を初め、
60歳で准看護師資格を取り病院で働き始めます。

61年には、白人の間で突如ブルースブームが起き、
アルバート・ハンターもブルースヴィル・レコーズから初のアルバムを発表しました。
(数多くの曲をレコーディングしていたにもかかわらず、彼女にとっては初の単独LPでした)

しかしアルバート・ハンターは、
レコーディングした事など関係なしに看護婦の仕事を20年続け、
70才の引退年齢( と病院は思ってましたが、実はその時アルバータは80才過ぎてましたw)まで現役看護婦を続けました。
彼女自身は看護婦をまだまだ続けたかったようです。
(彼女はマザーテレサを尊敬していました)

で、なんと83才で歌手として再デビューします。
カーター元大統領が彼女のファンで、ホワイトハウスで歌った事もあるそうです。
「Alberta Hunter at age eighty-four - Part Two」http://video.qooqle.jp/?v=rXH0XiTl4NQ&title=Alberta%20Hunter%20at%20age%20eighty-four%20-%20Part%20Two

再デビュー後の彼女は何枚もコンスタントにLPを出し、伝記も出版され、
若きクラシックブルース歌手、看護婦、に続く第3の人生を
1984年に亡くなるまで続けました。
《シッピー・ウォーレス》(生年 1898)

「シッピー・ウォーレス」は大声であったかみのある,
テキサスのブルース一家出身の歌手。
(兄も弟もブルースミュージシャンでキングオリバーやルイアームストロングと友達で
シッピーも自然に歌手となっていったようです。シッピーは有名なブルースマン、ヘンリー・トーマスの叔母でもあります。)

「テキサスナイチンゲール」として売り出されていた彼女は1923年に初レコーディング
29年までコンスタントに録音し続けました。
これはまさにその1923年に録音された曲。
「Sippie Wallace - Shorty George Blues」http://video.qooqle.jp/?v=W275Mx5WXXU&title=Sippie%20Wallace%20-%20Shorty%20George%20Blues
テキサス独特のモーン唱法(呻くように音を伸ばす)が特徴的でつ。


恐慌後もデトロイトに移って、ショービジネスを続けましたが、
1935〜36年に叔母、夫、兄を立て続けに亡くし、宗教に打ち込んで
教会でオルガンを弾き賛美歌を歌うのみで30年近く過ごします。
1966年、自分のレーベルを作っていた旧友ビクトリア・スピヴィーに説得されて
彼女のレーベルで録音しLPを発表します。
http://www.hmv.co.jp/product/detail/223884(たぶんwコレ。試聴可)

このレコードを聞いて感激し、
シッピーに傾倒したのが当時学生だったボニーレイットです。
(ボニーレイットはデビューLPでシッピーの作品を2曲歌ってます。)
シッピーが脳卒中で倒れたあとも彼女の復帰の手助けをし、
ボニーも一緒になって作った82年のシッピーの2度目の復帰LPはグラミー賞の候補にもなりました。
http://musico.jp/contents/artist_index.aspx?id=a983X(←試聴できます。ボニーの声も聞こえます)

そして、84才の時のライブ。(クーグルではアクセス拒否のためyoutube)
「sippie wallace montreux 1982」http://www.youtube.com/watch?v=fRNL2NfTJPI&eurl=http%3A%2F%2Fvideo%2Eqooqle%2Ejp%2F%3Fv%3DfRNL2NfTJPI%26title%3Dsippie%2520wallace%2520montreux%25201982

シッピーウォーレスは1986年に没してます。
最後に もう一度、若いときの歌を。
「Baby I Can't Use You No More(1924)」http://video.qooqle.jp/?v=dtXdo7RjFtI&title=preg%20%232
《エヴァ・テイラー(Eva Taylor)》(生年 1895)

クーグルで偶然見つけたクラシックブルース歌手。

全く聞いたことのない名で、オイラの古いブルース関連本にも載ってないっす。
日本語(エバ(エヴァ、イブ)・テイラー)でヤフー検索してもまったくでてこず、
グーグル検索すると、クーグルビデオのおいらタグが先頭になってますたw(苦笑)

英語で検索したら外国サイトを翻訳した日本語サイトがありやした。
http://sound.jp/mr-win/Eva-Taylor-kaisetu.htm

1895年生まれだそうですから20年代に活躍していた他の女性歌手達と同世代で22年にはレコーディングしていますから、完全にクラシックブルース歌手そのものですが、日本でこれほど知名度がないのはやはり歌唱力の問題でしょうかw ま、たしかに声量ないですが、それなりにラブリーではあるですw

ミズーリ州セントルイス出身。子どもの頃から寄席芸人(ボードビル)の世界にいたエバは、ヨーロッパや南太平洋などへの旅公演も経験していたようです。
21年に結婚したジャズマン、クラレンス・ウィリアムスと共に、イーストコーストのナイトクラブや劇場を主な活動の場としたようです。ラジオ番組ももっていたとか。
40年代にいったん引退しましたが、1965年、旦那のクラレンス・ウィリアムスが死亡したあと、また人前で歌うようになったようです。
1974〜76年ごろにはスエーデンやデンマークなどでレコーディングもしているそうです。
youtubeにたくさん上がっているビデオ群は全部同じセッションで復帰後のものだと思われます。
(上がっているビデオは全て載せますが、多いので2つに分けます)

「Sugar Blues / Eva Taylor」http://video.qooqle.jp/?v=pXR6nQAt-EY&title=Sugar%20Blues%20v%2F%20Eva%20Taylor
こういうタイプのジャズを演奏するのはもう白人ばかりになってます。
否定的な意味ではなく、黒人の昔のスタイル・遺産を白人たちが大事に受け継いでいることはいいことと思うのです。このオールドジャズバンドが古いタイプの黒人演奏をやることでマネービジネスをしてるとも思えないですしねw。
(youtubeのサンハウス映像にクレーム付けまくって消してるスティーブグッドマンと違ってwやつは自分の教則本の心配でもしてるのでしょうかw ブルースマンたちの演奏ビデオを使った教則ビデオも出してるようなので、なんか権利をもってるのかもしれませんがw)

「Papa De Da Da m/ Eva Taylor」http://video.qooqle.jp/?v=Dk9P1BLfbh0&title=Papa%20De%20Da%20Da%20m%2F%20Eva%20Taylor
後半、バンド演奏の部分になると帽子を片手にエバが元ボードビリアンらしい動きをしている。

☆この曲のオリジナルに合わせて、子どもたちの成長を写真で見せる微笑ましいビデオ。
"Papa De-Da-Da" http://video.qooqle.jp/?v=M0wfmIQAsII&title=%26quot%3BPapa%20De-Da-Da%26quot%3B
エバの若い時の声。サイトにも書いてありましたがたしかにさほど声量はありません。が、なんとなくラブリーw

「Mandy Make Up Your Mind m/ Eva Taylor」http://video.qooqle.jp/?v=dzpYgsK714s&title=Mandy%20Make%20Up%20Your%20Mind%20m%2F%20Eva%20Taylor
ややアップテンポの曲。この齢になったエバにはややしんどい感じもしないでもないっすが。

「Sister Kate v/ Eva Taylor」http://video.qooqle.jp/?v=1tYUk0JUDng&title=Sister%20Kate%20v%2F%20Eva%20Taylor
やはり、このテンポの方がこの時のエバにはいい気がするっす。

「Eva Taylor - Barefoot Blues」http://video.qooqle.jp/?v=06v1SZYUnfc&title=Eva%20Taylor%20-%20Barefoot%20Blues
もう一曲、若いときの声。画面はずっとレコードのみw
《エヴァ・テイラー(Eva Taylor)》(続き)

同一セッションを全部貼っておきます。
まったりしたい時に聴いてみてください。

「I Found A New Baby v/ Eva Taylor」
http://video.qooqle.jp/?v=xKZtTFwR6zA&title=I%20Found%20A%20New%20Baby%20v%2F%20Eva%20Taylor
やはりこのテンポがいい。スローではベース代わりのチューバが効いてる。

「Baby Won´t You Please Come Home v/ Eva Taylor」
http://video.qooqle.jp/?v=v7H4hR6-9EA&title=Baby%20Won%C3%82%C2%B4t%20You%20Please%20Come%20Home%20v%2F%20Eva%20Taylor
このテンポが好きなのはブルース好きだからだろうかw一箇所雑音あり。

「Of All The Wrongs v/ Eva Taylor」
http://video.qooqle.jp/?v=FvyKWpaT1Cg&title=Of%20All%20The%20Wrongs%20v%2F%20Eva%20Taylor
このサウンド、チューバなどの使い方は、考えてみればウッドストック系のシンガーソングライターのグッドオールドミュージックで多用されてるサウンドなわけでつ。


「Cakewalkin´Babies from Home m/ Eva Taylor」
http://video.qooqle.jp/?v=C_8WuJ8qLNY&title=Cakewalkin%C3%82%C2%B4Babies%20from%20Home%20m%2F%20Eva%20Taylor
アップテンポ。アップになるとバンジョーがかなり効いてくる。
このアップは楽しい。(歌のできは別としてw)エバも乗って、足踏みなどしてる(ボードビル時代はこういう間奏時に踊りで活躍したんだろうなw) 

亭主のクラレンス・ウィリアムスのビデオもあるので
それはジャズトピに貼っておきます。興味のある方はどぞ。

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