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哲学が好きコミュの※凍結※進化論を否定したがる人が多いのはなぜだろう?

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※当トピックを凍結とします。


※理由
二週間ルール違反
コミュずれ

※参考
自然界には家族的類似ではない類似は存在しないのではないか
https://mixi.jp/view_bbs.pl?id=102862639&comm_id=929559&page=1&from=first_page
2026年02月19日 06:12

進化論を否定したがる人が多いのはなぜだろう?
https://mixi.jp/view_bbs.pl?id=102879780&comm_id=929559&page=1&from=first_page
2026年02月27日 11:23


 解剖学者の養老孟司先生が「進化論は科学ではない」というのを聞いたことがある。理由は「反証を許さないから」ということらしい。確かにダーウィンの適者生存という言葉の「適者」とはダーウィンによれば生き残ったものが「適者」ということになってしまうので同語反復になってしまう。そういう意味では確かに結果論的であり、養老先生の科学学説の定義には合致しないのだろう。彼の考える科学理論としての一つの学説とするにはには構えが大きすぎるのだ。哲学者の田島直人先生は「進化論はリサーチプログラムだ」と述べている。「リサーチプログラム」をAIで調べたら「時間的経緯の中での理論の推移や進化をとらえる科学哲学の概念」とある。大まかに言えば科学理論を磨き上げる時の態度や方法というような意味だろうか。

 もちろん、養老先生も田嶋先生もダーウィンが真正の科学者であることは否定しないはずだ。ダーウィンの進化論の画期的なところは何といっても進化という概念を恣意的な思い込みから解放したことにある。現存する生物はあまりに複雑で機能的に洗練され過ぎているために偶然できたものとは考えにくいのである。主観的にはどうしても超越的な意志が働いていると考えたくなる。特にダーウィンの生きているキリスト教社会ではあらゆる秩序に神の意志が行き渡っていると考えられていたのだから、人間も神によって設計されたものでなくてはならなかったはずである。そういう意味でダーウィンの進化論は科学にとって重要な一歩であったことは間違いない。

 ダーウィン没後既に200年以上経過したが、未だにダーウィンの進化論に異を唱える人は多い。どうしても超越的な意志の働きを信じたい人は「動物の眼や鳥の羽のように精巧なものが偶然できるはずがない』と主張する。眼や羽が偶然できるということが信じにくいということは私も認めるが、そういうものを創造しようという超越的な意志があることを信じることは容易いことなのだろうか? 

また進化論を否定しない間でもその真意を理解していない例もある。もっとも多い勘違いは「麒麟は高い所の葉っぱを食べるために首が長くなった」式の考え方は根強い。ダーウィンの進化論はそのような目的論的な説明からはほど遠い、キリンは首が長いから高い場所の葉っぱを食べるのに有利であることは間違いないが、それはキリンが意図したことではないし、首が長いことは必ずしもいつも有利に働くとは限らない。たまたま首の長いキリンでもその生息する環境の中で生き残ることができたというだけのことである。

はなはだしいのは自分勝手な思い込みをダーウィンの進化論だと言い張っているのもある。

> https://www.jimin.jp/kenpou/manga/first/

自民党は憲法改正の立場を進化論を材料に説明しているのだがあまりにひどい曲解なので各方面から批判されているのだか堂々とそのまま放置している。日本の政治を担っている政党の科学音痴ぶりがうかがえるので背筋が寒くなります。日本の基礎科学に関する予算がだんだん貧弱化しているのも納得。日本の未来はあまり明るくないと思います。


トピック作成日時
2026年02月27日 11:23
 

コメント(7)

ゼロポストで紹介した自民党の憲法改正キャンペーンでは「最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き残るのでもない。唯一生き残ることができる者は変化できる者である。」となっている。

ここでいうところの「変化できる者」の「者」というのは何のことだろう。変化する主体ということだろうか?

はっきり言ってそんなものどこにも存在しない。添付した図を見ると確かに猿のようなものがだんだんと変化しながら人間に近づいているように見える。しかし、この中のどれをとっても変化しているものなど無いのである。猿として生まれた個体は猿として、人間として生まれた個体は人間としての一生を全うするだけで変化しているものなどいない。ただ親と違った子供が生まれてくるというだけのことである。無数に枝分かれしていく系図の中の一部だけを取り出して恣意的にプロットしてさも一つの方向性のある流れのようなものを抽象化してそれを変化する主体と勘違いしているだけである。

その様に見ていくと変化しているものだけが生き残っているように見えないことも無い。しかし、遺伝子の変異はほとんどの場合が生存には不利なので、自民党の憲法改正キャンペーンにある「唯一生き残ることができる者は変化できる者である」というのは決定的に間違いである。確かに環境が変化すれば以前の環境に適応していた種は生存出来なくなる可能性が大きい。そういう意味では、遺伝子に変異がなければその子孫が生き残れないこともあるだろう。が、遺伝子にある程度の安定性がなければそもそもその種は奇形だらけでたちまち滅亡してしまうだろう。憲法改正にもある程度の慎重さは必要である。
※副管理人です。

※当トピックを凍結とします。


※理由
二週間ルール違反
コミュずれ

※参考
自然界には家族的類似ではない類似は存在しないのではないか
https://mixi.jp/view_bbs.pl?id=102862639&comm_id=929559&page=1&from=first_page
2026年02月19日 06:12

進化論を否定したがる人が多いのはなぜだろう?
https://mixi.jp/view_bbs.pl?id=102879780&comm_id=929559&page=1&from=first_page
2026年02月27日 11:23


以上です。

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