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意味不明小説(ショートショート)コミュのとある傾国の物語(前)

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【一.試練】
「磔に斬首、石打ち、火炙り。どんなに苛烈な死罪でも、おぬしの罪は償えまい。このうえは存在の欠片も残らぬよう、魂魄を消し去るべし。そう思うておったのだが」
 監守の声が冷たく固い牢獄に響く。
「『責められるべき行いの数々はかつての主の意によるところ大きく、またこの永きに渡る魂の幽閉においてもはや反逆の気色も見えぬ。心根さえ正しくあれば、彼の者の類稀なる通力は天地に恵みをもたらすであろう』」
 憎くて堪らなかったはずの監守の声が、今はただうるさい。早く立ち去ってはくれないだろうか。眠りの続きに戻りたい。
 だが、そうはいかないようだった。
「我が主の温情に感謝せよ。我が主はおぬしに試練をお与えになった」
――試練?
 尋ねた声は音にはならない。肉体はこの監守によってとうに滅せられ、牢獄に閉じ込められたのは魂のみなのだ。
「おぬしはこれから、もう一度生まれ直すのだ。その生を清く正しく生き抜くことができたなら、かつての罪は赦されよう。我が主に仕えることも適うであろう。ただし」
――ただし?
「一つでも過ちを犯そうものなら、魂の死を免れることはできぬと思えよ」

 言葉を返す間もなかった。意識が遠のき、気付いた時には女は何やら暗くて狭い場所で産声を上げていた。

【二.今は昔の物語】
 目覚めて最初に感じたのは息苦しさだった。
 永い幽閉生活で忘れていた、息をするという感覚。動こうにも手足は短く、小さい。通力も思うままにならぬ。
 女はひたすら空気を求めて泣き、持てる力のすべてを注いだ。

 女がもがいているちょうどその時、一人の翁が竹林を歩いていた。名を讃岐造という。竹を取り、それで様々な細工を作ることで日々の暮らしの糧を得ていた。
 いつもの通り、竹を見繕いながら歩いていると、何やら赤ん坊の泣き声がする。さては捨て子か、と思いそちらへと足を向けた。すると、一本の大きな竹が金色に光り輝いている。泣き声もどうやら、そこから聞こえてくるようだ。
 あまりに不思議な出来事に、翁はしばし呆然とした。しかし止まぬ泣き声に、やがて我に返った翁は鉈をふるった。

 突然に視界が明るくなり、女は温かな腕に抱きかかえられた。見たことのない趣向の衣を着た翁であった。
「なんと、可愛らしい赤子だろう」
 聞きなれない言葉だったが、何を言っているのかは分かった。監守の言った通り自分は赤ん坊から生まれ直したのだと、女は理解した。そして翁の言葉や衣から、ここがかつて暮らしていた国からは遠く離れた土地であることも。
 そもそもどれだけの時間、牢獄にいたのか。それまで自分の生きた時間と同等なだけの時が経った頃、数えるのをやめてしまったため、女にはそれすらわからなかった。
 知らない国、知らない時代。ここで一から生きていかねばならぬ。
――なんという面倒なことをしてくれたのだ……。
 心の中で呟いても、翁には聞こえない。
 穏やかに笑う翁は女を抱え、そのまま家へと連れ帰った。赤子の泣き声に応じたように、頭上の鴉がカアカア、と鳴いた。

【三.不思議な力】
 翁には妻があったが、二人は子どもに恵まれなかった。
 それゆえに連れ帰った赤ん坊を見た媼(おうな)は喜び、二人はその子を自分たちの子として育てることにした。
 その子は普通の赤ん坊よりも小さかったが、成長は普通の子どもよりもはるかに早かった。三月経つ頃にはすっかり年頃の娘になったその子は大変美しく愛らしく、その姿から『かぐや姫』と名付けられた。
 姫はきっと仏か神の使いに違いない。翁も媼も自分たちの元へこの美しい娘を遣わしてくれた天の意思に感謝した。

 体がある程度の大きさに育つと『かぐや姫』と名付けられた女は手足の動かし方はもちろん、通力の使い方も思い出し始めた。
 そして姫は、自分がかつて会得していた九つの通力のうち、一つを除いて力を封じられていることに気付いた。
 監守の仕業だろう。今の姫は遠く彼方を見通す力も、空を自在に翔ける力も使うことができない。唯一つ残されていたのは、真実を見抜き、明らかにする力のみ。
 八つもの力を封じられたのはもどかしかったが、一つだけでも通力が残っていたのがありがたかった。人ならざる力が体にあるがゆえに成長が早く、また、無意識にも「竹の中に赤ん坊がいる」という事実を翁に示すことができたのだろうから。

 姫がやってきてからというもの、翁の家はしだいに豊かになっていった。それというのも、姫が示した場所へ行くと珍しい色の竹があり、それを使い作った道具は面白がった貴族の邸に高い値で売れるのだった。
 またある時、姫は翁に太さの違う竹ひごを編んではどうか、と言った。試しに、と翁が籠を編んでみると、大変美しい編みに仕上がった。そしてそれもまた高く売れた。
 姫はあまり気持ちを表に出す娘ではなかったが、竹細工が売れ、翁や媼が喜ぶと控えめに笑うのだった。その姿がまた美しい。まるで天女のようだ、と翁と媼は不思議な力を持った賢く愛らしい姫を、ますます可愛がった。
 二人は姫に美しい着物を拵え、邸を建て、立派な垣根や門を取り付けた。

 今更一生をやり直すなど面倒この上ない。
 正直なところ、姫はうんざりしていた。あのまま眠らせておいて欲しかった。そのうえ『清く正しく』、である。
 監守は千里眼の力を持っていない。おそらく姫の周りに監守の配下の者がいる。姫の行動を監視し、逐一、監守に報告しているはずだ。今は猶予期間を与えられているものの、本来ならば死の刑に処せられるべく、囚われていたのだ。通力を私欲に濫用すれば、監守は即座に姫の魂を消滅させるだろう。
 しかし、翁と媼の暮らしは貧しかった。善良で正直に生きているゆえに自分たちの食べるものに事欠くことすらある。姫は人ではないため、多少食べずとも死ぬことはない。だが、翁たちはどうだ。ただの人、それも七十を超えた老人なのだ。彼らに何かあれば、姫は今生での居場所を失う。それではただでさえ面倒な人生が、更に面倒になる。
 姫は考えた。
「自分を拾い育ててくれた恩義のある人たちのため、力を使うのは『清く正しく』ないことであろうか?」
 否。人間はそれを『孝行』と呼び、『清く正しい』と尊ぶ。

【四.求婚者たち】
「竹取の翁の邸に、かぐや姫という美しい娘がいるらしい」という噂は、次第に世間に広まった。
 翁の邸の周りには、姫を一目見ようとする男たちがうろつくようになった。垣根や門に阻まれ、姫の姿を見ることは容易ではなかった。だが、男たちは昼夜問わず邸を覗き込み、運良く姫の姿を垣間見ることのできた者は、その美しさに息を呑んだ。
 求婚の申し込みも数え切れないほどあったが、それを聞いても姫はただ眉を顰め、困ったように言うのだった。
「わたくしは、どなたとも結婚するつもりはありません。このまま、お二人と暮らしたいのです」
「もちろん、いつまでもいてくれて構わないのですよ」
「お前が望まぬというのなら、すべて断ってしまおう」
 媼と翁が姫の手を握りそう言うと、姫は安心したかのように頷くのであった。
 だが、その美しさは更に噂を呼び、身分の高い者たちまで邸にやってくるようになった。

 「厄介なことになった」と姫は思った。
 市井の者たちなら、まだ求婚を断ることは難しいことではなかった。だが相手が貴族、地位も権力もある者となるとそうはいかぬ。ただただ断り続ければ、翁や媼が恨まれ、憂き目に合わされることもあるだろう。
 しかし、かといって求婚を受け入れることはもっとできない。
 監守は「我が主に仕えることも適う」と言っていた。監守の主は姫を自分の元に仕えさせることを望んでいるのだ。それにも関わらず、他の者と婚姻を結び、仕えるなど忠義貞操に反する。『清く正しい』生き方とは言えぬ。相手が誰であれ婚姻を受け入れれば、姫は魂ごと罰せられるであろう。
 翁と媼も姫のことは可愛くてたまらないのだが、このところでは断りの返事をすることには頭を悩ませ、疲れている。言葉には出さないが、姫の通力ではそれがわかるのだ。
 二人に断ってもらうことはもう限界だ。ならば。

 多くの者は求婚を断られて去って行ったが、最後に五人の公達が残っていた。石作皇子、車持皇子、右大臣阿倍御主人、大納言大伴御行、中納言石上麻呂という。
 ある夜、いつものように翁の邸の周りにいた五人は、翁に呼び集められた。
 翁はそこで、姫からの言伝を皆に伝えた。
「わたくしの言うものを持ってくることができた方にお仕えいたしましょう」
 五人はどよめいた。翁は姫の言葉を続けた。
 石作皇子は「仏の御石の鉢」、車持皇子は「蓬莱の玉の枝」、阿倍御主人は「火鼠の裘(かわごろも)」、大伴御行は「龍の首の珠」、石上麻呂は「燕の産んだ子安貝」。
「持ってくることができないのであれば、わたくしのことはどうぞ今後一切、お忘れくださいまし」

 もしも持ってくる者が現れればそれまでであった。だが誰一人、本物を持ってくることはできなかった。
 石作皇子はどこぞの山寺の鉢、車持皇子は職人に作らせた玉の枝、阿倍御主人は唐渡りの衣をそれぞれ持ってきたが、姫は通力によりそれらが贋物であることを暴いた。
 大伴御行は捜索のため船を出したが、嵐に合い、病の床に就いた。石上麻呂は屋根に上り子安貝を探していたが滑り落ち、これも病の床に就き三日三晩苦しんだ後、ついには亡くなった。
 姫が難題を出したゆえに人死が出たことで、「監守に裁かれるのでは」と冷や冷やしたがお咎めはなかった。姫が直接手を下したわけではないこと、操を貫くための行動であったこと。おそらく、その辺りが理由であろう。
 かくして、この難題により、姫への求婚はぱたりと絶えた。

【五.帝】
 求婚者は絶えたものの、姫の噂は国中に広まって行った。
「この世の者とは思えない美しさ」、「不思議な力を持っているらしい」、「求婚を申し出る者には大層な難題を出し、それを果たせないことを理由に婚姻を断っている」、「おそろしく気位が高いようだ」。
 いつしか噂はときの帝の元へと伝わった。帝は大いに興味を示し、早速翁の家に遣いをやり、姫に会いたい旨を伝えた。
 遣いの者は浮足立ち、帝からの言伝を聞いた翁や媼も、さすがにこの申し出には驚きと喜びの色を見せた。
 だが、帝の願いは叶えられなかった。
 姫は、帝の申し出をすら断ったのだ。

 「いい加減にしてほしいものだ」と、姫は扇に隠れて溜め息を吐いた。
 このところ連日連夜、帝からの遣いがやってくる。何度も断っているのだが、諦めない。「この秋の空と同じように、女の心も変わりやすいもの」などと言い、しつこく姫に心変わりを求めてくる。「いつまでもいてくれてよい」と言ってくれていた翁や媼も、天下の帝の言葉では、さすがに何とか受けてもらいたいと思っているようだ。
 何とかしなければならないが、難題を出そうにも帝ほどの権力があれば大抵の品は手に入る。また、手に入らずとも難題自体に腹を立て、理不尽な責めを負わされる可能性もある。
 頭を悩ませるが、なかなか良い案は思い浮かばなかった。気分を換えよう、と姫は庭に面した部屋の戸を少し開けた。ばさばさ、と表で鳥が飛び立つ気配がした。
 空を見上げると闇夜に丸い月が白く輝いている。
「そういえば、今日は中秋の名月だとか」と、翁と媼の話を姫が思い出した時だった。
がた、がたん。垣根の向こうから音がした。

 狩りの帰り、帝は翁の邸へと立ち寄った。垣根越しに見ると、月明かりの下、輝くばかりに美しい人がそこにいた。
 姫のあまりの美しさに帝はしばし呆然と眺めていたが、我に返るとすぐさま、家来に命じて輿を邸へ寄せさせた。
 そのまま邸へと上がり込み、驚き逃げようとする姫を連れて行こうと手を伸ばした。
「おやめください! そのようなことをすれば、わたくしはすぐさま消え失せてしまいます」
 ぴかり、と金色の光がその場に満ち、帝は目が眩み、立ち竦んだ。

 姫の言葉の真実の輝きによって帝が目の眩んだ隙に、姫は邸の奥へと逃げた。捕まり連れて行かれれば、監守は主への裏切りと見なし、姫を魂ごと消し去るだろう。姫は必死に走った。
――いやだ。……いやだ、いやだ、いやだ! いや! 死にたくない!
 急ぎ走るも、裳という着物の動きにくいこと。後ろを振り返った途端、長く引きずった裾が絡まり、姫は倒れ込んだ。
 後ろでは眩みから回復した帝が、追い付こうとしている。
「来ないで!」
「そのように言わずとも……。何も無理に連れて行こうというのでは、ない」
 姫の拒絶に、帝は狼狽え、繕うような言葉を吐いた。
「嘘です!」
 姫は通力を使った。
 嘘の言葉は闇となり、煙のようにもうもうと辺りに立ちこめ、帝を覆った。
 帝は驚きの叫びをあげた。
「わたくしに嘘は通じません。そして先ほどの言葉は真実。わたくしは、あなたのものにはなりません。……どうぞお帰りくださいませ」

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