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虐待を受けてきても幸せになれるコミュの自分にとっての幸せの定義

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コミュ内全体

エイサクです。ちょっと久しぶりに投稿してみます。

以前投稿させて頂きました時、Aiさんから″虐待は根深い″ということと、″これから″という意味をずっと考えていました。

自分は22歳の時、仕事を理由にして実家を出ました。高校を卒業後就職してはいましたが、それまでお酒を飲んでいる怖いだけの父親と精神疾患を抱えた母親とずっと一緒でした。学校では小学三年生〜中学二年生までたった一人のいじめる子とはいえ、いじめを受けていました。

そんな子供時代を生き抜く為に身に付けた方法が、その場にいていないふりをするという方法でした。

22歳でやっと家から出たからと言って、社会に適応することは容易ではなく、かなりの失敗を何度もしました。

現在36歳になり、色々あって父子家庭です。唯一思っていることは、自分の娘には自分のような人生を歩んで欲しくないということです。

最近、その怖いだけの父親が亡くなりました。親戚や知人が集まるような父親ではありませんでした。自分一人で看取りました。

ある哲学者の言葉に親を愛せない者は幸せにはなれないという言葉を知ってからずっと気にしていました。とある自助グループでそのようなことを発言すると、大笑いされてしまいました。それでも愛を与えてもらえなかったのに、どうしたら親を愛せるかと考えました。赦すことも愛の一つということを知って、きっとあんな父親や母親でも何かあったに違いないと思うようになり、亡くなる少し前に赦すことができました。結局真実など分かりはしませんでしたが…。すると、母親は大分前に亡くなっていますが、その時は全く悲しくなかったのですが、不思議と父親が亡くなった時、少しだけ涙が出ました。

しかし、父親が亡くなったからといって何も良くならないどころか、周囲には一般的な葬儀を何故しないのかと不審に思われるだけでした。また、悩みました。

そのとある自助グループに参加したとき、機能不全家族のことを話し合うと、年配の女性の方が、子供らしくいられなかった家庭のことと言っていました。これが″虐待の根深さ″の根元だと思います。

子供らしくいられなかったということは、要は感情を表に出す方法や本当の自己表現を知ることなく、体だけ大人になってしまった大人という気がします。未だに出し方が分かりません。

つまり、治らないと思いました。じゃあ、″これから″どうやって生きていこうかと考えました。

ずいぶん長い間普通になりたいと思っていました。普通とは何かと言えば、親から愛情を受けて育った人のようにということや、周りで楽しそうに生きている人と同じようにということです。

周りの人がしているような同じことを自分もすれば同じになれると思ってきました。その環境を整えようとして、最終的には家まで建ちました。一時、周りには認められて、良いように思われました。しかし、この何の問題もないように見せることこそが、最大の問題でした。娘は家を嫌がるようになりました。そこまできてやっと気が付いて、普通になるということを止めようと思いました。

最近では、夜よく眠れると体調も良くて、清々しいです。これだけで十分に幸せなんじゃないかと思うようになりました。そうした時、娘以外の全てを手放す決心がつきました。

どんなに普通を目指して努力をしても、退屈、寂しさ、不安、緊張というものが付きまとっていた気がします。社会に出ている、人間の営みの中にいる以上、緊張はなくならないものと思っています。不安は普通を目指すことを止めた時に薄れた気がします。そして、安心して眠れることに幸せを感じた時、退屈と寂しさはほとんど消えました。

人それぞれ定義が違うとは思いますが、虐待を受けた子供にこそ幸せは必要に思います。

大変長文で失礼しました。

コメント(3)

エイサクさん、コミュニティーにご参加の皆様、こんばんわ。
管理人Aiです。
なんだかんだでコメントをするのが遅くなり、日がたっていました。
わたしは、関東に住んでいるのですが、暑い日がずっと続いていましたね。
皆様の住んでいる地域はどうですか?
身体に気をつけて過ごしていきたいですね。

さて、
エイサクさんのコメント、もう一度読み返しました。
一度じゃたりず、もう一度もう一度と何度か読み返しました。
それに対して思うことはたくさんあります。
思うというより、感じることですね。

なんともいえないざわざわ、、っとした心がゆれる感覚。
小さい頃、必死に生きようとがんばってたあの頃。
愛されたいと願い、生きていくために自分なりに一生懸命考えていたあの頃、虐待を受けていた小さな自分を少し思いだしたからです。

たぶん長くなるので細切れに投稿していきます。
きっと思いのままにそのままを綴っていくので、意味がわからない文章、おちのない話にもなると思います。
興味がある方だけ読んでくださいね。
続きます。
エイサクさんが書いてくださっていた文章で、心が動いたのが、ここでした。

そんな子供時代を生き抜く為に身に付けた方法が、その場にいていないふりをするという方法。。

これありますよね。
辛いこども時代を生き抜く為に身につけた方法。身につけなきゃ生きてこれなかった虐待を受けたこどもたち、わたしたち。

小さなこどもは守られていい存在、愛されていい存在。
軽んじられない存在。
軽んじてはいけない存在。
(これは小さなこどもだけではなく、人間すべてですが)

機能不全家庭で育ったこどもは、大人になったとき社会に適応できないことは多くあります。
わたしもそのひとりです。
たくさんずーっと悩んできました。
社会に適応できない自分をやっぱり自分には価値がないと自分を自分で否定する材料に使って、
自分をいじめてしまうこと多くありました。
そこから抜け出したくて、自分を変えたくて、幸せになりたくて、一生懸命がんばってきたなぁ。
そんな自分がいたなぁ。
そんなことを思いだしました。

続きます。
エイサクさんのコメントから感じたこと、また綴らせていただきます。
感じたことを書いて、それがなにと思う方もいるかもしれません。
ですが、わたしは、わたしはこう思う、こう考える、こう感じる。

ということを自信をもって表現させていただきたいなぁと思ってます。

そういうのが合わない、なんか嫌だなぁともし思われる方がいたら、コミュニティーから退会するもよし、コメントをみないもよし、自由なので、
ここのコミュニティーの方がなにをどう感じたとしても、それは自由です(*^^*)
人を軽んじたり、傷つけたり、そういうことをしなければなにをどう感じるのも個々の自由意思だとわたしは考えてるので、このコミュニティーがコミュニティー参加者さまにとってプラスになったり、ほっとできるのであれば、ぜひ活用してくださいね♪
また話が脱線しました。すみません。

エイサクさんの書いてくださってた投稿のこちらの言葉。

ある哲学者の言葉に親を愛せない者は幸せにはなれないという言葉を知って、、、

親を愛せない者は幸せにはなれない。

親を愛さなきゃいけないなんて誰が決めたんだろう。
愛せないなら愛せないんだから仕方がない。

ふいに自然に愛せたなら、愛せたでもちろんいいし、
愛せないで一生を終わるとしても、それのなにがいけないのだろうと。

そうわたしは感じました。

ただわたしたちは、幸せになるために、幸せを体感するために生まれてきてるのだから、親がどうとか友達がどうとかではなく、

ただ自分自身が最高に幸せであるかをまずひとりひとりが真剣に考え向き合っていくこと。
それが大切なんじゃないのかなぁとわたしは感じました。

長文失礼しました。

また思うことがあったら、コメントやつぶやき、トピックをたてていきます。

エイサクさんやその他みなさんも、自由にこの場所を使ってくださってだいじょーぶですからね♪
ではでは。

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