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半蔵門かきもの倶楽部コミュの第99回 ロイヤー作 『就活』 課題『鈴』

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「ガーア〜。終わった――」
 俺は研究室の机に自分の額をキツツキのようにぶち当てた。
「何があったんだよ」
「就活終わった――。人生失敗した――」
「どうして」
「面接の後、連絡があってだめだって」
「仕方ないよ。次をあたるしかない」
「ショックだったのは、その後の言葉だよ。『君が前の大学の学部の新卒だったら採用したけど、大学院は余計だったね』って言われたんだ」
 俺はいわゆるFラン大学出身で、学歴ロンダリングのために東京六大学の一つの大学院の修士課程に入学し1年半が過ぎ、今まさに就職活動をしているところだ。
「それがどうしたんだよ」
「ショックに決まっているだろう!」
 吉岡はキョトンとした顔をした。
 俺は高校時代は剣道部の部活に打ち込んでいた。子供の頃に祖父がプレゼントしてくれた『赤胴鈴之助』の漫画に影響を受けて、剣道教室に通うようになり、ついには高校剣道界で個人で全国のベスト8になった。だが、高校で燃え尽き、大学の進学にあたり剣道から足を洗った。受験勉強はしていなかったが部活の実績で推薦で大学に入学できた。その大学はいわゆるFランと言われている大学だった。でも最近は学校の序列を重視する学歴社会は解体してきたと言われていたので特にこだわりはなかった。だが、20歳を過ぎると社会の現実に目覚め、Fラン大学出身は就職に不利だと思った。そこで、高校時代の剣道部の時の練習のように英語を猛勉強して、数ランク上の私大の大学院に進学したのだ。
「なあ、お前、将来どうするんだよ」
 涼しい顔をしている吉岡に訊いた。
「分からない」
「はあー。お前といると調子狂うよ」

 数日後、俺はスキップしながら研究室に入った。
「どうした? 元気だな。就職決まったのか?」
「いや、まだだけど朗報だ」
「なんだい?」
「就職の説明会に出たら、偉い先生や経営者が、これからは俺たちの時代だって話をしてくれた」
「俺たちの時代?」
「日本では大学合格まで勉強しても大学進学後、とたんに勉強しなくなるし、大学院の進学率も世界の先進国に比べて低い。これまでのように工場勤務の産業労働者が経済の原動力の時代なら別だが、これからはオタク的こだわりをもった本当の意味での愛知者が企業や国をリードする時代で、そういう人材を求めているというんだよ!」
「ふーん」
「今の俺がまさにそれにぴったりだと思わないか」
「別に」
「おいおい」
 俺は吉岡の反応に少しむっとしたが、彼に訊きたいことがあった。
「それで、面接では最近の読書歴が訊かれるらしいんだ。レポートとか論文の参考文献ではなくて、自分が好きで読んだ本だ。そこで、どんな本を読めばいいのかアドバイスが欲しい」
「そう言われてもな……」
「あのさ、前にベストセラーになった、人間は宗教とかのフィクションを発明したから、この世界の覇者になったっていう、なんとか革命について書かれた本を読んだことにしようと思うんだ」
「読んだことにするのか?」
「ああ。それで一応、エビデンスとしてアマゾンで一冊注文して手元においておこうと思うんだ」
 俺はスマホを取り出した。
「この本で間違いないよな」
 俺は『人間革命』という題名のベストセラーを吉岡に示した。
「それはやめておけ」
「どうして?」
「いや……。それは違う」
「これベストセラーだぞ」
「その……」
「じゃあ、いいや。なら、別のおすすめを紹介しろ」
 吉岡は何冊かの本を挙げた。
 どれも聞いたことのない題名の本だったが、一応メモした。

 結局、俺は高校時代の剣道の師範のコネで、大手の警備保障会社に就職した。やはりベストエイトになったことが決め手だった。
 今の会社の待遇はよい。警棒を使った逮捕術はすぐに教官役の先輩を超える技量となった。
 最近、トレーニングも再開し、徹底的に身体を鍛えている。
 学位、学歴などは妄想だ。
 頼れるのは己の筋肉、ただそれだけと実感した。
 本など読んでも何も得ることはない。
 そういえば、大学院で哲学を専攻していた吉岡はどうしているのだろうかと思った。その後消息は聞かない。おそらく就職先がなく路頭に迷っているのだろう。哲学なんかを専攻するからだ。俺よりも地頭がいいのにもったいない。悲惨な人生を歩むことになるのは、やつの自業自得としか言いようがない。
 俺は、今、自分が体育会系の人間で本当によかったと心から感謝している。
 筋肉こそが力だ。体力こそが正義だ。
 いつの時代でも変わらぬ真理だ。
 

コメント(8)

>> 俺は『人間革命』という題名のベストセラーを吉岡に示した。
>>「それはやめておけ」
ざぶとん一枚

>> 学位、学歴などは妄想だ。
>> 頼れるのは己の筋肉、ただそれだけと実感した。
そういう人間に私もなりたい・・・

>> そういえば、大学院で哲学を専攻していた吉岡はどうしているのだろうかと思った。
>>その後消息は聞かない。おそらく就職先がなく路頭に迷っているのだろう。
>>哲学なんかを専攻するからだ。俺よりも地頭がいいのにもったいない。
>>悲惨な人生を歩むことになるのは、やつの自業自得としか言いようがない。
・・・僕の同級生くらいの時代はそうだったかもしれないですね^^
いまは答えのない問いにあふれててそうでもないのかも&意外に哲学こそが生き抜くための
本来の知恵かもと思ったりしてます

天使シリーズとまたテイストが違いますね^^
>>[2]
早々の感想をありがとうございます!

 天使の形而上学が非現実的霊性的精神的幻想にかたよっていたので、そのアンチテーゼとして反対側に振ってみました。
 すなわち肉体的現象的唯物的機械的世界観です。
 ちなみに自分は某大学と某大学院の講師(残念なことに文学や思想関連ではなく、反対側の功利的現世的資本主義的な企業の経営管理や経営的法務関連のお題)をしており、そろそろ9月ということで、大学のことを思い出し、ふと書いてみたものです。
 ただ作品はディフォルメされた非現実で、実際の現場や教え子たちとは似ても似つかない世界ですけど……。
作者が文武両道を極めているので、>筋肉こそが力だ。という一文も説得力がありますし、もし、「知力こそが力だ」と言われても、普通に納得します。でも、どんなに時代が変わっても、資本主義の競争社会に身を置く営利企業である限り、哲学専攻オタクなどという、社会をナメているというか、反社会的といってもいいような不可解な学生は、よほどトガッた採用担当でなければ採らないと思いますが。
こちらにも感想をありがとうございました。哲学オタクに対する会社の目線は、そんな感じだと思います。経営のトップが対外的に発言をする場合には哲学の知識が何かの役にたつことはあっても、採用の場ではネガティブなのは、会社というものの存在の本質を考えるとやむないかと思います。
『存在と時間』で哲オタすぎた反省文みたいなのが、この『就活』です。どちらも連日の猛暑で少し頭のネジが狂ってオタク度が増した結果(つまり少しばかりの狂気)ということで、生暖かい目で見て、スルーしてください。もう少し涼しくなったら飲んだくれの懲戒弁護士の話でも書いてみようかと思います。
〉「ショックだったのは、その後の言葉だよ。『君が前の大学の学部の新卒だったら採用したけど、大学院は余計だったね』って言われたんだ」
…自分も就活で似たようなことを言われた経験があったので、こちらはなかなか身につまされながら読みました笑

俺氏のように頭の切り替えが早ければ、たとえ事故や病気で全身麻痺になって体力が失われたとしても、すぐに立ち直りそうな気がします。挫折を挫折と思ってなそうな性分、羨ましいですね
>>[7]
感想をありがとうございます。引用の部分は実際にそう言われているのを聞いたことがあり、単なる空想ではないので、すこし苦いリアリティがあったかもしれません。
実はこの話で書きたかったのは知対体力という二項対立ではなく、何かを達成しなくてもそのままで人はよく、さらに自分にあった、自分に天が授けてくれた才を素直に伸ばせばもっと素晴らしいものになるという考え方です。つまり主人公の彼は無理して高学歴のインテリにならないと幸せになれないとか人としての価値が低いというのではなく、そのままでOKでさらに、自分が活きる場所で得意を伸ばせば(そんな場所やスキルは誰にでもなにかしらある)もっとOKという哲学です。

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