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大衆遊技場 for mixiコミュのコラム

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レトロゲームに関して色々と綴ってみました。
参加者の皆さんによるレス、及び新規投稿も歓迎します。
「フリートーク」と似てますが、あちらは雑多な話題あれこれという事で。厳格に区別はしません。

コメント(28)

「フリートーク」トピックにアップしていた【ゲーム場の思い出】等をこちらに移動しました。
今後はこの手の文章はこちらにアップします。
【ゲーム場の思い出(1)】
中学・高校生の頃が一番ゲーセンに通っていたが、特によく通ったのがタイトー系の「ビデオイン草津」(後の「ジョイランド草津」)だった。当時たて続けにリリースされ、今ではマイナーな存在のB級感漂うタイトーゲーム群はほとんど入荷していた。ピンボールは後年、常に2台設置され、入れ替えサイクルが早かった。
次によく通っていたのが、ビデオイン草津からほど近い「スキーバッティングセンター」。何が「スキー」なのか不明だが、ごく普通のバッティングセンターである。テント内とは言え屋外と近い環境で、夏は暑く蚊によく刺された。ここはナムコ系で、ラジアメのCMで流れるナムコの新作もいち早く入荷した。
【ゲーム場の思い出(2)】
草津駅近くの商店街は子供の頃から頻繁に利用していた。当時は駄菓子屋と映画館二軒ずつ、模型屋などもあった。(数年前に訪れた際には、模型屋が改装してまだ営業を続けていたので驚いた。)

そんな馴染みの商店街に開店したゲームセンターが「ビデオイン草津」である。たぶん初めて利用したゲーセン(ゲーム専門店)である。開店当初の設置ゲームは、ラッソー、ワイルドウエスタン、ミスターDO!、アリババと40人の盗賊など。ガラの悪い店長がしょっちゅうガラスクリーナーでテーブル筐体を拭いていた。店の入口にあるアイスの自販機で買ったチョコモナカを食べつつゲームをプレイしていた。1982年の話である。オープン後しばらくして入荷したゼビウスはさすがにインパクトがあった。またタイトー直営店という事で、同社の大型筐体も続々と入荷した。レーザーグランプリやワイバーンF-0は今となってはほとんどプレイ不可能かもしれない。この店が開店した関連からか、中学校の通学路にタイトーの営業所ができたのも印象深かった。

そして同時期に通っていた近くにあるもう一軒のゲームセンターが「スキーバッティングセンター」。ここは商店街から外れた場所にあり、いつから営業していたかは知らない。初めて訪れた頃の設置ゲームは、ポールポジション、ギャラクシアン、ジャンピューター、チャンピオンベースボールなど。ここはナムコ系の店で、NGを貰ったこともある。自販機で買った瓶コーラを飲みつつ、よくプレイしたものだ。ビニールテントの店舗内は空調など無く、あまり快適な環境ではなかった。

なお、これら二軒の店は、どちらも1ゲーム100円だった。当時、私が住んでいた地域ではインベーダー以降のビデオゲームは100円が当たり前だった。
【ゲーム場の思い出(3)】
これまで書いてきたビデオイン草津、スキーバッティングセンターで遊ぶようになる以前に、スーパーのゲームコーナーによく出入りしていた。
当時、草津駅東口には三つのスーパーマーケットがあった。西友、平和堂、ヒカリ屋。この中で一番思い出深いのが西友の最上階にあったゲームコーナーである。
小学校低学年(70年代前半)から20年間程出入りしている中で、何度も改装があり設置機種やレイアウトは大きく変わってきた。その中でも最初期の様子が一番記憶に残っていて、今でもゲーム機の配置をかなり鮮明に覚えている。70年代終わり頃まで大きな改装は無かったと記憶している。
【ゲーム場の思い出(4):夏編】
地元のゲーム場の話はひとまず置いといて…。
子供の頃は夏休みになるとプールや川、琵琶湖や海などあちこちで泳いでいたものだ。その中でゲームに関する思い出は、海水浴場でのゲームセンター。
はっきりどこの海水浴場で見たかは忘れたが、たぶん渥美半島の伊良湖だったと思う。親戚と一緒に車で行き、国際秘宝館の広い駐車場で休憩したのを覚えている。その時は館内には入らなかったが、父親たちが「つまらなかった」などと話していた。
で、海水浴場のゲームセンター。何だか海の家みたいな感じで、街中ではなく本当にビーチに建っていた。店内は無人で、シェリフのアップライト筐体があったのを覚えている。他にはテーブル筐体があった気がする。あれはやはり臨時設営のゲームセンターだったのだろうか…。YMOの『増殖』が発売された年なので1980年の話だ。

何だか「ゲームセンターあらし」に登場しそうなシチュエーションだと、ふと思った。
海に遊びに来たあらしや一平太一行がビーチのゲーセンでシェリフ対決する光景が目に浮かぶ。全話読んだ訳ではないが、似たようなエピソードだと、初詣での臨時ゲーセンでギャラクシーウォーズ勝負するというのがある。隕石大増量でクリア不可能なのだが、必殺技を編み出し見事ゲームに勝つ。あらしの代名詞「炎のコマ」が初登場した話だ。
ゲーム用語について、私の主観を交えつつあれこれ綴ってみました。
ウィキペディアにも項目があるかもしれませんが、私の文章への影響を避ける為に該当項目は敢えて読んでいません。但し、発売年など客観的データの一部は参考にしています。

【ゲーム用語あれこれ(1):テレビゲーム/ビデオゲーム】
私が初めて触れた業務用(アーケード)映像ゲーム『ポン』や『ブロック崩し』の頃は、それらは単に「ゲーム」と呼んでいた。任天堂『カラーTVゲーム15』が登場した頃から、映像ゲーム全般を「テレビ(TV)ゲーム」と呼ぶようになった。しかし、ブラウン管を使うとは云えテレビジョン受像機を使わない(一部、家庭用テレビを組み込んだ業務用筐体もあった様だが)物を「テレビゲーム」と呼ぶのは、子供心にも少し違和感を感じていた。
私が「ビデオゲーム」という言葉を初めて知ったのは、初の基板録り本格ゲーム音楽レコード『ビデオ・ゲーム・ミュージック』('84)だった。ゼビウス、リブルラブル等ナムコのアーケードゲームの音を収録した物で、画期的な作品だった。同時に私は「ビデオゲーム」という言葉のカッコよさに惹かれ、以後、所謂アーケードTVゲームの事を「ビデオゲーム」と呼ぶようになった。
そして私は「テレビゲーム」は家庭用機を指す言葉として使うようになった。…いや、「テレビゲーム」は余り使わず「ファミコンゲーム」とか「メガドラゲーム」など機種名で呼んだり、「家庭用ゲーム」と呼ぶことが多かったが。
総合ゲーム誌『Beep!』('84〜'89)では「ビデオゲーム」はアーケードを指し、家庭用は「テレホビーゲーム」という独自用語を使っていたが、こちらは全く普及しなかった。
実は前述の『ビデオ・ゲーム・ミュージック』以前にもセガの家庭用ゲーム機SG-1000の箱・本体には「Computer Video Game」の表記がなされた。英語的には家庭用・業務用含めてビデオ(映像)ゲームと呼ぶようだ。
一方、日本では家庭用・業務用含めてテレビゲームと呼ぶのが一般的に通りが良いようだ。インベーダー時代からゲームセンターの看板には「テレビ(TV)ゲーム」の表示をよく見掛けたし、近年でも名著『それは『ポン』から始まった』では「アーケードTVゲーム」が使われている。近代的なゲーム場では「ビデオゲーム」の表記の方が多いようだ。
なお、ビデオモニター使用のゲームでもパソコン用ゲームはテレビゲームやビデオゲームとは呼ばず、パソコンゲーム、マイコンゲーム、PCゲームと呼ぶのが一般的だ。
そういえば「コンシューマーゲーム」という言葉があるのを思い出した。
据え置き型から携帯型まで、家庭用機全般に使えるので便利な言葉だ。
【懐かしの70'sミュージック】
列車運転ビデオゲームといえば、タイトーの『電車でGO!』が有名。しかしこれより前にタイトーから『タイムトンネル』という列車運転ゲームが出ていた。連結・客扱い・危険回避とかなりの本格派(笑) 馴れるまで操作も難しい。
その『電車でGO!』、ゲーム登場より先に私はハルメンズの『電車でGO』を聴いていた。
落ちものゲーム『ぷよぷよ』もしかり。これが出るずっと前からヒカシューの『プヨプヨ』を聴いていた。
『ダンシングクイーン』もしかり…と言いたいところだが、電気音響のゲームの方は見たことない。ABBAの曲の方は大好きで、久しぶりにジュークボックスで聴きたい。
娯楽用ゲーム機の中でも古くからあるのがパチンコ型のゲーム機。ここでは7号営業用のパチンコ台をベースにしたり、役物や風車などパチンコ台と共通部品を使い、釘が打たれパチンコ玉を使用するゲーム機をタイプ別にまとめてみた。
なお、大玉使用のゲーム機は除外した。

【パチンコ型ゲームの系譜(1)】
ゲーム場で見かけるパチンコ型ゲームで最も基本的なタイプが、入賞口に入れば玉が出て、無くなるまでプレイできるもの。
私がよく覚えているのは駄菓子屋にあったもので手打ちの連発台。10円投入で上皿に玉が出て、上皿は半透明の蓋で覆われていた。特定の入賞口に入ると玉とフルーツガムが払い出された。
他にはデパートの屋上で単発台を見た記憶もある。
現在では主に関西の祭りでパチンコの露店が出ることがあり、露店向けにカスタマイズされた台が使われていることがある。
近年あちこちのゲーム場で見かける電動ハンドルの8号転用パチンコもこのタイプに近いが、デジタル管理された一定玉数で強制的にメダルに変換され払い出されるものが多い。
純粋にパチンコの面白さを体験できるのがこのタイプである。

写真1:オートパチンコ(台場一丁目商店街)
写真2:露店カスタマイズパチンコ(造幣局桜の通り抜け)
【ゲーム用語あれこれ(2):EXTEND / 1UP】
アーケードのシューティングやアクションビデオゲームにおいて、プレイヤーキャラが追加される事象は「エクステンド」と呼ばれている。私がこの言葉を知ったのは雑誌「ベーマガ」だった。最初は意味が分からなかったので英和辞典で調べたら「拡張する」とある。マニアックさを出すためにライターはわざとそんな言葉を使ったのだと思ったが、実際、ゲーム画面て"1ST EXTEND FOR 20000PTS"と表示されたり、基板の取説のDIPスイッチ表にもEXTENDの表記を見掛けるので、この語は定着しているのだろう。更にギャプラスのチャレンジング・ステージでEXTENDの文字を完成させたら1機増えるというのがある。ただ私は、仲間内での話し言葉で「エクステンド」は使った事がほとんどない。単に「増える」と言っていた。
では、家庭用機ではどうだろうか。大ヒットしたファミコンのスーパーマリオブラザーズの、取れば1人増える「1UPキノコ」のお陰で、1機増える=1UPという意味が定着した様に思う。なるほど、エクステンドよりは言葉としては非常にわかりやすい。しかし私は、この言葉の使われ方に違和感を感じた。
「1UP」は古くからのビデオゲームファンならスーパーマリオ以前から馴染んでいるはずである。そう、ナムコはジービーからずっと、ゲーム画面てプレイヤー1をこう表示していた。プレイヤー2は勿論2UPである。
ナムコだけでなくコナミも1―UPと表示していたが、スーパーマリオの後に出たファミコン版グラディウスの隠れエクステンドで、1UPの表示を使った。
その他、1機増える言葉として記憶にあるのはEXTRAである。ピンボールではお馴染みだが、ビデオゲームではキューティーQ、レディーバグ、ミスターDO!シリーズなどが、EXTRAの文字を集めるフィーチャーとして採用した。
ついでに、ゲーム中の1機増えるアイテムに描かれた文字を思い出してみる。ゼビウスのSは"SPECIAL"、ASOのPは"PRESENT"、アルゴスの戦士のEは"EXTEND"、アルカノイドのPは"PLAYER EXTEND"、そしてギガスは1UPである。
>>[10]

私の感覚ですが、
EXTEND=「拡張する」ですから、
時間とか、面積とか、体積とか、連続変量であったら、しっくりきます。
従って、時間制のゲームで時間延長の場合は「EXTEND」はとても良いと思うのですが、
残機制のゲームではちょっと違和感を感じます。





 初期の傑作「サーカス」(風船割り)では、EXTEND(データイーストのカタ
カナバージョンでは「ボーナス プレイ」)に何度なっても一回しかプレイでき
なかったので(懐かし横丁で偶然そうなった事がある)、これもエレメカ時代
の名残をほうふつさせますね。
>>[011]

時間制のビデオゲームであるドライブゲームのいくつかも EXTEND という表現が使われています。
例えば、ポールポジションは時間内に周回すると"EXTENDED PLAY"と表示されて時間が追加されます。
残機制ゲームの場合は EXTRA(予備の)の方がしっくりくるかもしれませんね。
>>[012]

「ブロック崩し」など初期のビデオゲームは、スコアで持ち機が1機増え、更にスコアを取ると1回だけ再ゲームできるものがいくつかあります。
この「1回だけ再ゲーム」は、ご指摘通りエレメカの名残だと思います。

ところで、インベーダー亜種の「スペースストレンジャー」、懐かし横丁の純正アップライト筐体でプレイして初めて、再ゲームがあることに気付きました。
全盛期に喫茶店のテーブル筐体でプレイしたこともありますが、下手くそだったのかその時は気付かなかったです。
【ビデオゲーム・メモリーズ(1):ドルアーガの塔(THE TOWER OF DRUAGA ナムコ 1984年】
当時のナムコは数あるゲームメーカーの中でも特別な存在だった。ポストインベーダーとして登場したギャラクシアンは画面が綺麗で内容も面白く、それに続くギャラガも画面のインパクトは低いものの、ギャラクシアン以上の面白さだった。ゼビウスの金属質なキャラは衝撃的で、フォゾンは地元の店ではあっと言う間に消えたけれど、何とも変わったゲームだった。
ゲーム内容もさることながら、マスコミの露出度も際立っていた。ベーマガでの扱い、ラジオ番組(ラジアメ)とCM。更にはNGや関連グッズの配布、レコード(VIDEO GAME MUSIC)の発売やファミコン市場への初期参入など、枚挙にいとわない。
ドルアーガを知ったのはラジオのCMだった。黄金の騎士が囚われの姫を救うため、魔物はびこる塔に潜入し悪の親玉ドルアーガを倒すという。スケールの大きさを感じるストーリーで、どんなゲームなのかワクワクしたものだ。
程なく行きつけのバッティングセンターに設置された。デモ画面ではかっこいいロゴと英文のストーリーとスコアテーブルの表示がループする。プレイしないとゲーム画面が現れない様だ。100円入れる、「チャンチャララーン♪」おお、かっこいい音だ!1Pボタン押す。またまたかっこいいスタート音楽、FLOOR 1スタート!…ん、何このゲーム画面!?自キャラのギル、動きがやけにスローだぞ!何この空豆みたいな緑色の奴!?ボタンを押して剣で突けば倒せるのか。剣を出して緑色に突っ込んでみる…げっ!やられた。取り敢えず鍵を取って扉に行くと面クリアみたいだけど、しかしイライラが募るばかりで、全然面白くないゲームだなぁ。ラジオCMで抱いた壮大なイメージとはかけ離れた、チンケなゲームだこと。ただ音楽や効果音はかなり良い。
ドルアーガの塔初体験の印象はこんなものだった。
しかし、天下のナムコがそんな駄作を作る訳がない。やり込めばきっと面白くなるはずだ、と無理矢理自分に言い聞かせるのだった。

…TO BE CONTINUED
【アメリカ生まれのパックマン】

GAME ONの『ミズ・パックマン』について書いていたら(「レゲースポット訪問記」参照)思い出した事が一つ。
Jr.PAC-MAN (1983 Bally Midway) がそれである。
プレイヤーキャラは頭の赤いプロペラみたいなものを回転させているパックマンの子供。迷路が広く横スクロールし、パワーエサは6つ配置されワープトンネルは無し。ボーナスターゲットは三輪車、凧、太鼓などの玩具である。
私はこのゲーム、京都タワーのゲームコーナーで見たことがある。今はゲームコーナーは無いが、昔は複数箇所に分散してゲームが設置されていた。そのインストには「ドンキーパックジュニア」とあった。いかにも胡散臭いタイトルであり、恐らくコピー品だったのだろう。単独基板で稼働するのを見たのはそれ一回きりだった。その後長らくこのゲームの情報には触れておらず、私の中では幻のゲームだった。
『ミズ・パックマン』と同じく日本発売は無く、家庭用機への移植も無いので知名度はかなり低いと思われる。
写真は「かすが娯楽場」のエミュ基板『Game Not Over』より。なんと1匹設定だ。(タイトル個別に設定可能)
【ビデオゲーム・メモリーズ(1):ドルアーガの塔(THE TOWER OF DRUAGA ナムコ 1984年】その2

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TwitterのTLでドルアーガの話題が流れていたので、私も書いてみました。まぁ、私の場合は、自力で宝箱の出し方を解明したとかいう、熱い話ではないので、そういった猛者の武勇伝と比べたらつまらないとは思いますが、こちらに転載しておきます。
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滋賀県草津市のナムコ系バッティングセンターで、稼働したての『ドルアーガの塔』の5階メイジに苦戦していた'84年夏。名古屋へ行ったついでに寄ったキャロット(ナムコ直営ゲーセン)には、予想外のナムコの新作『パックランド』が稼働していて驚いた。その店には公式や同人による色々な物品が配布・販売されていた。そこで入手したのが、同人物の「ドルアーガの塔・宝箱一覧表」。コピーされた物で、一見客の私が容易に入手できる程大っぴらに出回ってた事に、更に驚いた!流石に都会は違うな!地元に帰って、こっそりその紙を見ながらドルアーガをプレイ、短期間だけトッププレイヤー気取りを味わえた(笑)
「宝箱一覧表」を手にした当初はドルアーガは、空豆みたぃな変なキャラがいたり訳わからん死に方するつまらないゲームという認識だった。ほぼ同時稼働(当時の感覚では)の『パックランド』の方がずっと面白かったが、ナムコだから何かあるんだろ?という期待を込めて、ドルアーガとも付き合った。
「宝箱一覧表」は仲の良い友達には見せていたので、仲間内で試行錯誤していたのは最初の6階までだった。サクサク先に進めるようになって、ようやくドルアーガの面白さがわかってきた。
まだネットが無い時代のサークルとも無縁の普通のゲーム少年が体験した都会と地方の情報伝播の差の一例。
みなさん、こんにちは。私は電気機械ゲームのリストに取り組んでいます。
私はすべての EM アーケード ゲームの名前、製造年、会社、および写真を見つけようとしています。

あなたが楽しんでくれることを望みます。 どんな支援にも非常に感謝しています。

https://earlyarcadesjapan.blogspot.com/2022/02/introduction.html

リストは現在 2700 ゲームの長さです。
>>[16]

大昔、新宿スポーツランド西口店(後のCLUB SEGA)がまだ平屋(プレハブ?)だった頃、Ms.PAC-MANのピンボールを見かけたことがあります。あとはフリスキートムとロボレス2001。あの頃は、店とそこで遊んだゲームの記憶が密接に絡み合うことがままありました。ゲームスポット21で人生唯一ハイスコアボードにミスタージャンで載ったときはタッパー(バド版かサントリー版かは不明)にDiscs of TRON、後楽園青いビルのルパン三世等々。
>>[19]

初めまして。いやこれスゴいですね。読むのにものすごく時間がかかるくらい。いずれはIPDBみたいなスゴいデータベースになれば。
新宿で初めて定額制を導入したカーニバル24ではROBOTRON2084、PEPPER2とVenture(Winky)、それからティップタップ。ミラノ座のビルではマンハッタン、高田馬場はゲームブティックにタイトー、ファンタジア、ディンドン、ザ・ゴリラ、BIG BOXほか1軒少なくとも認識してたからいくらでも出てきます。ゼビウス、SINISTAR、TENPEST、TAITO USAのZOOKEEPER、ディスコNo.1、ミンキーモンキー、ディグダグ、イスパイアル、ドンキーコング3、いやマヂできりがない。
>>[19]

本当に凄いリストですね!1800年代のマシンから記録しているなんて!
私もあなたの作成したEMアーケードゲーム機リストを参照する事によって、今後のゲーム機の特定が容易になりそうです。
私自身のゲーム機に関する知識は、まだまだ全然足りていないとは自覚しています(^^; しかし「好き」という気持ちで補われていれば良いかと思っています。
>>[20]

「店とそこで遊んだゲームの記憶が密接に絡み合う」これ、すごく分かります!私も、そういったエピソードを思い出しながら文章を書ければ、ここのネタとしてはしばらくいけそうですが、しかし、他人が読んで面白いと感じてもらえるかどうかは別問題。 場合によっては話を盛る事も必要か?(^^;
ハイスコアボードは......人気作はちょっと難しいので、地元のゲーセンのマイナーゲームでちまちまネームエントリーしてボードに書いてもらいました。
ミスタージャンといえば、マイムマイムが印象的でした。
>>[21]
ありがとう! それをオンラインデータベースに変えたいと思っています。 また、最終的には日本の誰かに渡す予定です。
>>[23]
気に入って頂けてとても嬉しいです。
方法論に関する注意事項をお読みください。 情報は流動的であり、さらに多くの修正が必要です。 私が不足している多くのリソースがあります。
いつの日か、すべての日本のアーケード マシンを簡単に識別できるようになることを願っています。

私のエレメカサイトを広めるのを手伝ってくれませんか? https://earlyarcadesjapan.blogspot.com/2022/02/introduction.html

宣伝の仕方がわからない。 昔のアーケードゲームが好きな人には是非存在を知ってもらいたいです。
十分な数の人がそれを楽しんでくれれば、レアな素材を持っている誰かが私と共有してくれることを願っています.

これは私が探しているもののリストを保持しているページです。
私が聞いたことのないものはおそらくもっとたくさんあります!
https://earlyarcadesjapan.blogspot.com/2022/04/research-materials-wanted.html

私は日本語を知りません。 私はカナダ出身で、英語しか話せません。 サイトの拡散にご協力いただければ幸いです。
ありがとう!

マシン、写真、情報を毎週サイトに追加しています。
~Caitlyn
私を当惑させていたいくつかの謎に対する答えがあります。

マシンディレクトリの一部に記載されていた「スターサッカー」の由来を発見。
https://earlyarcadesjapan.blogspot.com/2023/01/star-soccer-by-crompton-sega.html

ダック・シュート と スリーウェー・ビンゴ の 2 つのセガ ゲームに適した年が与えられました。
https://earlyarcadesjapan.blogspot.com/2023/01/1975-duck-shoot-by-sega.html
https://earlyarcadesjapan.blogspot.com/2023/01/1973-3-way-bingo-by-sega.html

タイトーの1972年製電動サファリの存在を確認しました。
https://earlyarcadesjapan.blogspot.com/2023/01/1972-safari-by-taito.html

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