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教育の議論コミュの叱ることと怒ることは違う!?

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よく、「叱ることと怒ることは違う。それらを区別して実践することが大切だ。」なんて言われますが、本当にそうなのでしょうか?

叱るときは理性的に。怒るときは感情的に。という分類でもされるているかのように語る方がいます。しかし、理性的に言って分かる子どもには、それほど「叱る」必要もないように思います。「注意」で充分なのかもしれません。

「感情をあらわにして叱る」からこそ、子どもの心に届くのではないでしょうか?そのときには、本当に心から怒りに奮えなければ、子どもには見透かされるような気がしてなりません。

現代の子は「叱られる経験が足らない」という声もよく聞きますが、「ちゃんと叱ること」を大人がどうとらえているかの方が大切なように思えてなりません。

コメント(11)

叱ることと、怒ることが、違うことはよく知られている。
叱ることは、相手を良くしようとしている。
怒るは、自分の感情をぶっつけている。
感情をあらわにしたら、終わりですね。
感情的な人は、気分次第だから、
考えもころころ変わる。
そんな適当人間の指導には、従う気にはなれません。
子どもは、そういうところには敏感です。
「ちゃんと叱ること」のできる大人は減ってきていると思う。
ゆっきーさん

「触らんといて」という人は、単なる
意地悪おばさんです。
いつかどこかで、足でけられるかも。
確かに。例に出されたように「叱る」という段階までいかず、自己中心的に「怒る」人が多いからこそ、「叱ると怒るは違う」という言葉が広まるのでしょうね。

私もゆっきーさんのような対応をすると思います。やはり、相手に届くように伝えることを何より考えなければなりません。「触らんといて」なんて言われたら、「そんなん言われるんやったら、もう触らんわ!」と反抗心を持ってしまいます。「自分の行いが悪かった」という自覚の持てる伝え方が大切でしょうね。

何度言っても分からない。注意されたことを止めない。そういう子には心から「怒って叱る」。それが大切だと思うのですね。私も日頃はあまり感情を露わにしないタイプなんですが、何度かそういう叱り方をしたことがあります。
kurichさんがおっしゃっていることに同意です。
「怒る」は相手への影響を考えずに気持ちをぶつけること(主は自分)。
「叱る」は相手へのアフターケア(配慮とか)も含め、相手の言動を正すこと(主は相手)。
と私は認識しています。「叱る」際の手法の一つとして感情をぶつけることは有効だと思いますが、相手への影響を考えずに行い、アフターケアもしないなら単なる感情の押し付けとなります。
あむく@さん、こんにちは。
お邪魔します。じぞうです。

おせんべいjjさんも書かれているように、叱ることの目的あるいは注意することの目的は「最終的に子どもの行動を変えさせること」あるいは「子どもの態度を変えさせること」だろうと思います。
そのために、教師や親がどのような態度で子どもに接することが最も効果的なのか、という視点で考えてみることにします。

怒ったり叱ったりしなくても理屈をきちんと説明して理解できる子どもであれば(=これが大半だとは思いますが)、怒ったり叱ったりする必要はそもそもない、というお話はその通りだろうと思います。

問題は、これが通じないケースをどう扱うかだと思います。「通じない」というのは私が思うには「実体験が足りない」のではないか、ということです。
要するに「約束を破ったら嫌われる、信用されなくなる」という話をしたときに、「嫌われる」とはどういうことか「信用されなくなる」ということがどういうことなのか、実体験がないのでイメージできない子どもが、「説明しても通じない」子どもなのではないかと思うわけです。

そこで当の子どもに「実体験していただく」ために、演技として「怒っている大人」を演じて子どもに理解させる、というのが「叱る」ということなのではないかと思います。そこでは映画に出演している俳優と同じように「演技であることがバレたら気持ちが通じない」という覚悟で、「本気を演じる」必要があろうかと思います。しかしそれは「俳優として演じている」わけなので、頭の中は冷静でクールな状態で演技をします。子どもに「伝えたい」ことがあるから、道具として「叱る演技」を使う、それが「叱る」だと思います。

そうではなく、大人同士のけんかと同じような次元で「やられたから腹が立った」ということで、ストーリーも後のことも何も考えずに、その場の感情に任せて大声で言葉を発するのは「怒っている」だけということになろうかと思います。
大人の男女の間でもそうですが、その場の感情で発言してしまうと、相手を傷つけるような言葉も思わず言ってしまうことがあります。
つい先日も新聞の育児相談で「自分の子どもに、あんたなんか生まれて来なければよかったのよ、と言ってしまった」という記事を読みました。取り返しがつかないとまでは言いませんが、そう言われた子どもの心の傷を修復するにはかなりの年月を要すると思います。

「怒る」ことはできるだけ避け、「叱れる」ようになりたいと思います。
>>[0]あむく@さん

>しかし、理性的に言って分かる子どもには、それほど「叱る」必要もないように思います。「注意」で充分なのかもしれません。

同意します。

>「感情をあらわにして叱る」からこそ、子どもの心に届くのではないでしょうか?そのときには、本当に心から怒りに奮えなければ、子どもには見透かされるような気がしてなりません。

「感情を露にする」ことには反対しませんが、「子どもの心に届く」かはやはり内容に拠るのではないかと思います。何故なら、内容が伴わず(整合性がない等により)に感情が露にされれば、合理的な学習余地が小さいのに対して、感情に晒せることによる恐怖心等のマイナス感情を覚えるだけとなり、結果としてその効果は小さいものになると考えられるからです。

>現代の子は「叱られる経験が足らない」という声もよく聞きますが、「ちゃんと叱ること」を大人がどうとらえているかの方が大切なように思えてなりません。

そもそも大人の側で、感情的な興奮がないのであれば、「注意」や「指導」で十分であり、「叱る」必要はないと思っています。何故なら、あくまでも子供が修正しなければならない理由を理解することが重要であり、子供に「服従」を強いることが目的ではないはずだからです。

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