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史跡コミュの吉見百穴(ヨシミヒャッケツ)

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 埼玉県比企郡吉見町

 1923年03月07日指定

 古墳時代末期の6世紀末〜7世紀末に造られた横穴墓。
 横穴墓は丘陵や台地の斜面を掘削して墓としたものであるが、死者が埋葬された主体部の構造は古墳時代後期の横穴式石室とほとんど同じである。百穴が分布する一帯は凝灰質砂岩と呼ばれる比較的掘削に適した岩盤が広がっており、当時の人々は掘削するのに適した場所を探して横穴墓を造ったと考えられる。
 1887年に発掘調査が実施されているが、わずかな写真と出土品を残すのみで詳細な情報はほとんど残っていない。現在確認できる横穴の数は219基である。
 横穴墓の形態は数種類に分類することが可能であるが、ほとんどの横穴の壁際には10〜20cm程の段が作られている。これが死者を安置した部分であり、一つの横穴に二つの段があるということは複数の人が葬られたことを示している。また、横穴墓の入り口には「緑泥片岩」と呼ばれる山間部に分布する緑色の石の蓋が立てかけられていた。この蓋の存在は、横穴に死体を葬った後であっても、再び石室内に入ることが可能であることを意味する。こうした構造から、横穴墓は一つの横穴に複数の死者を葬る「追葬」を前提にしているのである。これは古墳時代後期に造営された古墳の石室構造と同じものである。
 大東亜戦争中の1944〜45年には地下軍需工場が造成された。
 一部の石室では天然記念物のヒカリゴケが自生する。

*吉見百穴ヒカリゴケ自生地
 http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=13388710&comm_id=320240

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