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アナタが作る物語コミュの【ファンタジー】神話夜行 5 新宿御苑

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 ちょっと変形タイプです。
 写真は1本のこぶしの樹と数本の桜の樹。それと桜の樹にみつけた鳥の巣。

 4500文字くらい。初出 09/04/03

 こちらはシリーズ作品です。これだけでもわかるように書いたつもりですが、できましたら1話を読んでいただけると設定がわかりやすいかもしれません。

神話夜行1はこちらから↓
 http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=73750993&comm_id=3656165


                       夜
 
 気がついたら新宿御苑に来ていた。ぼんやりといつものベンチに座っていた。
 いつ入場料を払ったのだろう。春子は憶えていない。
 北の新宿門から入って右に折れて、母と子の森エリア。
 昼下がりの広い公園には、彼女以外の人影は無かった。
 
 大都会の真ん中に、ぽっかりと大きな公園がある。池がいくつもあり、流れがあり。フランス式庭園、イギリス式庭園、日本式庭園。そして春子がよく来るこの『母と子の森』。丁寧に人の手が入っているとはいえ、ただの広場と木々。鳥の声。大きすぎる空間。
 木々の向こうに見える高層ビルだけが、ここを大都会だと告げている。
 ブランコもすべり台も無い。ただの広い芝生に林。でも遊びに来る親子連れはいる。
 遠くから電車に乗って来る客達ばかりではない。。
 新宿の商業地区といっても、しゃれた店が並ぶ表通りや、法人で埋まった高層ビル以外の建物もある。裏通りに入れば、都会の真ん中にも普通の住民は居る。古い木造の家。そして、春子のように分譲マンションに入った新しい住人。

 排気ガスも無く、車も入ってこない芝生で、子供達は転がって遊ぶ。秋にはどんぐりを拾い、春にはお花見をする。
 乳母車の中の子供達。よちよち歩き。三才、四才、五才。
 どの年齢の子供達を見ても、春子の心は傷ついてしまう。
『なぜ私には子供がいないのだろう?』
 なのに時間ができるとこの公園に来てしまう。そして、子供達の姿を捜す。

 加藤春子、二十八歳。五歳年上の雅夫と結婚して三年、まだ子供はない。
 子供のためには専業主婦でいたい。だから、結婚と同時に仕事を辞めた。
『いつでもいい。すぐにでも子供が欲しい』
 そう思っていたのに、三年が過ぎて、まだできない。
 医者に行ったが、特に異常は無かった。夫にも行ってくれと言ったが仕事が忙しいと断られた。
 忙しいのはうそではないだろう。週に二・三回しか一緒に夕食を取れない。
『でも、二人の未来の子供のためだ。時間ぐらい作ってくれてもいい』春子はつい、夫に不満を感じてしまう。

 何回か言い争いになった。『自然に任せればいい』と夫は言う。
『もう待てない』そう春子は思う。
 もう二十八歳。三十歳なんてすぐだ。二十代のうちに産みたい。
 二人っきりの家庭の家事なんて、すぐに終わってしまう。
 やる気になれば、まだまだやる事はあるのだろう、とは思う。でも、やる気になれない。子供がいたら…。何をしていても、そこに考えが行き着き、結局座り込んで、ぼんやりと子供のいない自分の事を考えてしまう。
 夫が帰ってきた時に、電気もつけずに暗い部屋で泣いていた事がある。夫が帰ってきてはじめて、外が暗い事にも、自分が泣いている事にも気がついた。そんな自分が怖いと思う。

『一人で家に居たくない』
 夫が独身のうちに買っておいたマンションを、いつものように、ふらりと出たのは覚えている。ぼんやりと歩いて、新宿御苑まで来てしまったのだろう。
 我に返ったものの、やはり家に帰る気が起きない。
『待っていたら、誰か来るかもしれない。それはかわいい子かもしれない。私の顔をのぞきこんで、にっこりと笑ってくれるかもしれない』
 そう思うと春子は帰れないでいた。たとえ傷ついたとしても、一時は幸せでいられる。

 時々、強い風が吹き、土ぼこりが舞った。春が近づく季節には、天気が安定しない。強風の日も、雨の日もある。でも、今日は落ち着いた陽気のはずだった。
 風も変だった。時おり渦を巻くような突風が春子の周りで吹いていた。北から、南から…。
 まるで、だれかが動き回っているかのような風だった。

 日がかげってきて、肌寒くなって来た。
『家に帰ろうか? でも、同じ一人なら、まだここのほうが耐えられる。あの家には帰りたくない』
 ひざの上の自分の手をぼんやりながめて、ため息をついた。

「おねえさん。隣に座っていい?」

 急に声をかけられて、春子は驚いて顔を上げた。
 十七歳か八歳ぐらいの男の子が、ベンチのすぐそばに立っていた。

『いつのまにそばまで来たのだろう。さっき周りを見た時にはだれも居ないと思ったのに』

「え、ええ」

 今時には珍しい、四・五人は座れる大き目のベンチだった。
 春子がベンチのはじに移動すると、反対のはじに男の子は座った。
 なるべくそっちを見ないようにした。
『もう少ししたら、何気なく立ち上がり、家に帰る事にしよう』

「おねえさん。赤ちゃんがいるんだね。寒くない? だいじょうぶ?」

 ぎょっとした。思わず相手を見た。そして、初めてちゃんと見る。
 肩までの、ボブのような、おかっぱのような、黒い髪。
 茶のジャケットにダメージジーンズ。こまかな模様の薄手の春セーター。
 筋肉が無いと思えるほどの細身。
 美少女と言ってもいいような、美しい若者だった。
 十七・八歳。おとなびた者も中にはいる年令だが、若者からはむしろ幼い印象を受けた。
 右ほほに一筋、五センチほどの浅いキズがあって、そこから血が染み出ていた。

「いいえ。私、妊娠なんてしていないわ」

 世間話をするような馴れ馴れしい口調の相手に、春子は固い口調で答えた。
 警戒心が砦を作った。むしろ腹が立っている。
 そんな軽い冗談でも、人によっては深く傷つく事をこの若者は知らないのだろうか。

「ううん。居るよ。赤ちゃん。ぼくにはわかるんだ。男の子だよ」

 若者が、手を伸ばした。届かない事はわかっているのに、伸ばした手の先に自分のお腹がある事に気がついて、春子は両手で自分のお腹をかばった。

「コウ!」

 だれかの呼ぶ声が聞こえた。広場の真ん中で一人の男性がこちらを向いて立っていた。
 黒い皮のジャンパーとパンツ。鋲を打った黒い厚底の靴。
 三十歳に入ったところだろうか。短い黒髪に、太いチェーンのネックレス。
 やくざに見えないのは、鍛え上げた筋肉と、堂々としているが丁寧な身のこなしのせいだろうか。

 男が手にした携帯を閉じて胸のポケットにしまった。
 コウと呼ばれた若者が手を上げて

「はあちゃん」

 と答え、男の元に走り寄った。

『二人も居たなんて気がつかなかった』

 思わず周りを見回した。いつのまにか風がやんで、さらに日が落ちてきている。だれもいない。
 いつものこの時間なら、何人かの人影があった。ジョギングをする中年の主婦。帰りたくないとダダをこねる子供とその母親。急に不安がこみ上げてくる。

「はあちゃんとは呼ぶな。羽鳥と呼べ。
 それより、何をしていたんだ?」

「あのおねえさんのお腹の中で、赤ちゃんが寝ていたから見てた。
 とても小さくて、おねえさんはまだ気がついていなかったみたいだけれど…」

 羽鳥とコウ。二人の会話は春子には聞こえなかった。

「帰るぞ」

 そう言って羽鳥はコウのほほのキズにふれた。

「待って」

 コウが右手を出すとその手のひらに赤い糸くずのような物が集まってきた。

「さっきの奴に切られちゃったぼくの髪の毛…」

「どうする気だ?」

 ふうっとコウが息を吹きかけると、二・三センチに切られた赤い髪の一本一本が小さな子供に変わった。
 幼稚園児が着る黄色いスモッグに似た、でも赤い服を着た赤い髪の小さな子供達は五・六人はいただろうか。
 きゃらきゃらと笑い合いながら、コウの手から地面へと飛び降りて、どこかへ走って行った。

「おねえさんにプレゼント。
 ほんのしばらくの時間、ぼくの気が残っている間だけれどね」

 そう言うとちらりとベンチの春子を見た。
 ベンチで春子は震えていた。見間違えで無ければ、さっき男の人が若者のほほの傷にふれた時、その傷は消えた。現に今、傷は無い。

「なんで、ぼくが閉じた空間に入ってこれたんだろう」

「何も考えていなかったんだろうな。彼女。
 さっきコウが閉じた方法は、意識のある者から、この場所をその意識から消す方法だった。
 ここに来ようとしている者は来れなくなる。ここを忘れる。
 だが…、彼女はきっと、何も考えずに無意識にここへ来たんだ」

 二人が春子を見ながら何かを話している。なにか恐ろしいものを見ていると感じていながら、春子もまた、二人を見続けていた。動けなかった。
 何かが初子のカーディガンのすそを引いた。下を向くと赤い虫? 数匹、春子のひざにいる。
 叫びそうになって気がついた。虫は二本の足で立っていた。スモッグのような服を着ている。
 赤い髪。赤いスモッグ。幼稚園児のように笑う子供達の、楽しそうな顔はさっきの若者に似ている。

 夕べの夫の言葉を思い出した。

『きみは変だ。精神科のカウンセリングを受けた方がいい』

 その時は『ひどい言葉だ』と春子は思った。でも、今は…。

『今、私は幻覚を見ている』

 助けを求めるように立ち上がり、思わず二人を見た。
 その春子の目の前で男が鳥に姿を変えた。顔は女。体は鳥。鳥の胸には女の裸の乳房がついている。
 春子は短く叫び、両手で自分の口を押さえた。

 若者が鳥の足にしがみつき、鳥はふわりと舞い上がった。
 いつのまにか白い布のような物が若者の体を包み、鳥がその包みを大事そうに両足でぶら下げて飛んでいく。
 夕日を横切って飛んで行くその黒い影を見て、春子は思わず場違いな言葉を漏らした。

「コウノトリが赤ちゃんを運んでいる…」

 力なく、崩れるようにベンチに座り込んだ。またカーディガンのすそを、袖を、赤い小さな子供達が引いた。

『もういい。なにもかも。私はもう普通じゃない。もういい』

 小さな子供達はにこにこと笑いながら、指を差している。指差す方向を見ると、つぼみをつけた桜の樹と満開のこぶしの樹があった。

「きれい…」

 泣きそうになりながらもつぶやいた。

『もう、私は狂っている。
 こんなにも私はもろかった。私には母になる資格なんかなかった。赤ちゃん…。
 だけど、きれい。桜色の桜の樹。真っ白なこぶし…』

 春子の心の中に、先ほどの若者の言葉が渦を巻いた。

『居るよ。赤ちゃん。ぼくにはわかるんだ。男の子だよ』

『居るよ。赤ちゃん。ぼくにはわかるんだ。……』
 
『居るよ。赤ちゃん。……』

『居るよ。……』

『……』


 気がついたら、春子は新宿御苑に来ていた。いつものベンチにぼんやりと座っていた。
 広い公園には、人影は無かった。夕日が赤い。
 ずいぶんと長い間ぼんやりとしていたようだ。4時半の閉園の時間が近い。
 いつもなら、まだ誰かしら居る時間なのに、今日に限ってだれも居ない。

 周りを見渡して気がついた。広場の反対側。ピンク色の桜が何本も咲き始めている。
 そしてその中に一本。こぶしの真っ白な花が満開だった。

『こぶし…大勢の使用人の女性に取り囲まれた、王子様のようだ…』

 春子は自分の連想に、思わずほほえんだ。

『もう春なのね。気がつかなかった。
 春なら…急がなければ。
 やりたい事が、やらなければいけない事が、たくさんある。

 あした美容院に行って髪を短く切ろう。長いままだとじゃまだわ。
 それから、ヒールの低い靴を買おう。急いで走っても転ばないように。
 カーテンを春物に、もっと明るくて薄い、日ざしの入る物に替えよう。
 それから、もっと部屋を整理して、今のうちに要らない物は捨てておかなくては。
 それから…。それから…。

 やらなければならない事がたくさんある。
 いつ赤ちゃんが来てもいいように、準備をしておかなくてはならないわ』

 立ちあがり帰りかけた春子が、笑顔で広場を振り返った。

「ありがとう」

『私は誰に言ったのだろう?』言ってから春子はそう思った。
『きっと春に。桜とこぶしの樹に。それから誰かに。暖かな何かを伝えてくれた誰かに』

 …終わり

神話夜行6はこちらから↓
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