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いるかコミュコミュの明日は明日の風が吹くのさ。そんな感じで。

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 それは不思議な光景だった。ほんとは一番悔しがるはずの3年生はみんな笑顔で、2年生たちが泣いている。
「えー、皆さん知ってると思いますが、俺たちのチームは、俺が去年この球場でタイムリーエラーをした瞬間から始まりました」
キャプテンの寺井がそう話し出した時、3年生の一同がどっと笑った。今日、寺井たちのチームは高校野球千葉県大会の準決勝でサヨナラ負けを喫した。相手はこれまでに何度も甲子園に出場経験のある私立の強豪校だ。9回裏2対2の同点、2アウトランナー1・3塁からエースの山下が真っ向勝負で投げ込んだストレートは相手の左打者に物の見事に打ち返された。その打球が一二塁間を痛烈に破った瞬間、それまで相手のスタンドから聴こえていたブラスバンドによる「夏祭り」の演奏は、大歓声によって掻き消された。ベンチ入り出来なかった多くの二年生と一年生は、一塁側のスタンドから呆然とその光景を見つめた。
「それからほんとに色々ありましたが、俺たちのチームは先ほどこのマリンスタジアムでグランドフィナーレを迎えました。まあ、俺の感想を言うと、俺たちは最後まで俺たちの野球を貫き通して負けたって感じです」
寺井はそう言うと、若武者のように精悍な顔を少しほころばした。
「俺もさぁ、最後の夏の大会だし、負けたらもっと悔しいかと思ってたんだけど、これがさっぱりなんだよね。全然悔いがないっつーか。それよりも、マリンでこの仲間で野球やれて本当によかったっつーか」
外は強い夕立が降り出していた。近くに落雷したのか、稲光と同時に轟音が響いた。
「去年は俺のタイムリーエラーで負けて、つーかその前に全然自分のプレーが出来なくて、先輩たちに迷惑ばっかかけちゃって、それはここにいる3年はみんなそうだと思うけど、悔しくて、悔しくて、眠れない夜もあったし、もう野球辞めちゃおうかなって思った夜もあったし、お互いを励まし合った夜もあったし、ほんと、色々あったけど、俺、野球やって来てよかった。ほんとによかった」
そこまで言うと、寺井は後輩たちの方に向き直って言った。
「これから新しいチームを作ってく1・2年生は、ぜひ精一杯がんばってください。俺たちみたいな無名の公立高校が甲子園に行くのは、宝くじ当てるぐらい難しい事だけど、それは時にほとんど不可能な事のように思えるけれど、でも、それとは別のところで、自分たちでチーム作って、自分たちで考えて、自分たちの試合して、勝ったり負けたりするのってさいこーに楽しいです。この世の中にこんなに楽しい事あんのかよって言うぐらい楽しいです…」
「俺は悔しいです!」
寺井がそこまで言った時、それまで黙ったいた村田が突然声を上げた。村田は、2年生で唯一のレギュラーだ。
「先輩、俺悔しいです!俺まだぜんぜん悔しいです」
「俺も悔しいです!」
控え投手で、やはり2年生の田中も言った。そっか、寺井は後輩たちを優しい眼差しで見つめた。
「じゃあ、がんばれよ。最後、笑っちゃえるぐらいまでがんばれよ」
いつの間にか、3年生と2年生は向かい合っていた。2年生の多くが泣いていた。彼らは、口々に悔しい、と言った。
「先輩、俺たち今からグランド戻って練習してもいいっすか?俺たち、来年絶対先輩たちの敵討ちますから。先輩たちを絶対甲子園に連れていきますから。そのためなら、俺死んでもいいっすから」
 ひょうきん者で、いつも先輩たちを笑わす多田が、涙声で言った。
 5分後、村田の号令の下、2年生たちは大きな荷物を抱えて、まだ夕立がアスファルトを叩く中を、彼らの高校に向かって駆け出した。今、新しいチームが生まれたのだ。3年生と2年生の様子を眺めてまごまごとしていた1年生に、寺井が陽気な声で言った。
「おい、1年ぼうずー、お前らはどーすんだよ」
 うっす、とか、ちーっす、とか思い思いの言葉を叫んで、1年生たちも2年生の後を駆け出した。
「がんばれよー。今度うな丼でも差し入れるからさー」
山下ののんびりとした声と、3年生の笑い声が1年生の背中を押した。

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