古くはコウジョウ、コウテツオーがいて、ミスターシービーやマティリアルなど追い込みで魅了した馬は多くいますが、とんでもない追い込み馬のお話です。
「カリフォルニア・コメット（カリフォルニアの彗星）」シルキーサリヴァン(Ｓｉｌｋｙ Ｓｕｌｌｉｖａｎ)
牡・栗（赤）毛・米国産 １９５５年生 １９７７年死亡
父Ｓｕｌｌｉｖａｎ 母Ｌａｄｙ Ｎ Ｓｉｌｋ(Ａｍｂｒｏｓｅ Ｌｉｂｈｔ)
通算成績：２７戦１２勝 ２着１回 ３着５回
「カリフォルニアの彗星」「赤い弾丸(レッド・ブレット)」など数々のニックネームで呼ばれる稀代の追い込み馬、シルキーサリヴァンは凄まじいほどの常識外れのレースでシービスケットやマンノウォー、セクレタリアトなどとともにアイドルとなっている伝説的な存在です。
１９５７年３月、ハリウッドパーク競馬場の２才未勝利戦でシルキーサリヴァンはデビューします。彼はこのレースで２０馬身も離されながら猛烈な追い込みで勝ってしまいます。思いもしなかったパフォーマンスに関係者も驚き、「今まで乗ったことも見たこともない馬」とベテラン騎手のジョージ・タニグチに言わせ、レジー・コーネル調教師はこのスタイルこそが彼独自のものなのかもしれないと考えました。シルキーは続く１２月のゴールデンゲートフューチュリティSでもデビュー戦と全く同じ展開でレースを運び２７馬身差を逆転勝利。レベルの上がったレースでの勝利は、実力が本物だと周囲に確信させました。３歳になったシルキーは、カリフォルニア・ブリーダーズ・チャンピオンS(１６００m)でも信じられないレースぶりを披露します。ここまで１９戦１６勝を誇る地元屈強の強豪オールドプエロを相手にシルキーは４０馬身という信じられない後方から追い込み、クビ差届かなかったものの２着に食い込んだのです。この時のシルキーサリヴァンはラスト1ハロンを10秒0(10秒を切っていたとも）で駆け抜けたと言われています。次戦は２月のアローワンス、シルキーに恐れをなした他の馬が序盤からハイペースで飛ばしたため、前を行く馬たちとは４１馬身も離れる形となりました。この日のシルキーは絶好調で素晴らしい伸びを見せます。直線半ばで先頭の馬をとらえ、余裕を残してゴールしたのでした。驚くのは、このレースが１３００ｍの短距離戦だったということです。
とんでもない追い込み馬が西海岸にいるという噂は東海岸にも伝わり、ダービー候補とされるまでになっていきます。４月になるとケンタッキーダービーの前哨戦が各地で行われ始め、シルキーもサンタアニタ競馬場のサンタアニタ・ダービーに出走します。この頃になると彼の名声は全米各地にまで広がり、サンタアニタ・ダービーの日は一目見ようと各地から溢れんほどの観客が押し寄せ、４月としてはサンタアニタ競馬場の入場者数新記録となる6万人以上もの人たちが集まる騒ぎとなりまた。
レースは予想通りのシルキーが最後方からいく展開。前走までとは違ってケンタッキー・ダービーを狙う多くの重賞ウィナーが出走しています。ブリーダーズCSでシルキーサリヴァンを破ったオールドプエロをはじめ、ダービー候補にもなっているヨークなど２１頭の多頭数。しかも先頭を走るジョージエックスにはシルキーのデビュー戦に騎乗したG・タニグチ騎手が乗っており、シルキーサリヴァン対策のために果敢に逃げれるだけ逃げる戦法に出ました。シルキーサリヴァンはハイペースでレースを引っ張る先行馬のために序盤の４ハロン足らずで他馬との差は３０馬身にまで広がってしまいました。ダート１３００ｍのこのレースで残り２ハロンを切っても一向にシルキーが上がってくる気配はありません。馬群が１０００ｍの標識を通過した時、まだ２８馬身も後方でノラリクラリと走ってるシルキーの姿を見て観客にどよめきが起こり始めました。誰もが「これでは勝てない」と諦めかけたとき、一人だけ彼の力を信じていた男がいました。それはシルキーに騎乗しているW・シューメーカーでした。彼は待ち続けました“その瞬間”が来るのを。そして遥か前方にいた馬が３コーナーを回り視界から消え誰もいなくなったとき、シューメーカー騎手はシルキーの重心が突然下がるのを感じました。とてつもない爆発的なエネルギーに彼は次に起こるであろう光景を予測はしながらある種の恐怖さえ感じていたのです。
”And now here comes Silky Sullivan!” サンタアニタダービー
シルキーサリヴァンがやって来た！サンタアニタの衝撃
２８馬身差もの後方から猛追して大逆転勝利。
シルキーサリヴァンの画像です。
http://
※シルキーサリヴァンは２番目に収録。
最初の画像はブロードアピールです。ガーネットステークスとなっていますが、伝説の根岸ステークスです。彼女も今年はＤＩの花嫁になります。
「カリフォルニア・コメット（カリフォルニアの彗星）」シルキーサリヴァン(Ｓｉｌｋｙ Ｓｕｌｌｉｖａｎ)
牡・栗（赤）毛・米国産 １９５５年生 １９７７年死亡
父Ｓｕｌｌｉｖａｎ 母Ｌａｄｙ Ｎ Ｓｉｌｋ(Ａｍｂｒｏｓｅ Ｌｉｂｈｔ)
通算成績：２７戦１２勝 ２着１回 ３着５回
「カリフォルニアの彗星」「赤い弾丸(レッド・ブレット)」など数々のニックネームで呼ばれる稀代の追い込み馬、シルキーサリヴァンは凄まじいほどの常識外れのレースでシービスケットやマンノウォー、セクレタリアトなどとともにアイドルとなっている伝説的な存在です。
１９５７年３月、ハリウッドパーク競馬場の２才未勝利戦でシルキーサリヴァンはデビューします。彼はこのレースで２０馬身も離されながら猛烈な追い込みで勝ってしまいます。思いもしなかったパフォーマンスに関係者も驚き、「今まで乗ったことも見たこともない馬」とベテラン騎手のジョージ・タニグチに言わせ、レジー・コーネル調教師はこのスタイルこそが彼独自のものなのかもしれないと考えました。シルキーは続く１２月のゴールデンゲートフューチュリティSでもデビュー戦と全く同じ展開でレースを運び２７馬身差を逆転勝利。レベルの上がったレースでの勝利は、実力が本物だと周囲に確信させました。３歳になったシルキーは、カリフォルニア・ブリーダーズ・チャンピオンS(１６００m)でも信じられないレースぶりを披露します。ここまで１９戦１６勝を誇る地元屈強の強豪オールドプエロを相手にシルキーは４０馬身という信じられない後方から追い込み、クビ差届かなかったものの２着に食い込んだのです。この時のシルキーサリヴァンはラスト1ハロンを10秒0(10秒を切っていたとも）で駆け抜けたと言われています。次戦は２月のアローワンス、シルキーに恐れをなした他の馬が序盤からハイペースで飛ばしたため、前を行く馬たちとは４１馬身も離れる形となりました。この日のシルキーは絶好調で素晴らしい伸びを見せます。直線半ばで先頭の馬をとらえ、余裕を残してゴールしたのでした。驚くのは、このレースが１３００ｍの短距離戦だったということです。
とんでもない追い込み馬が西海岸にいるという噂は東海岸にも伝わり、ダービー候補とされるまでになっていきます。４月になるとケンタッキーダービーの前哨戦が各地で行われ始め、シルキーもサンタアニタ競馬場のサンタアニタ・ダービーに出走します。この頃になると彼の名声は全米各地にまで広がり、サンタアニタ・ダービーの日は一目見ようと各地から溢れんほどの観客が押し寄せ、４月としてはサンタアニタ競馬場の入場者数新記録となる6万人以上もの人たちが集まる騒ぎとなりまた。
レースは予想通りのシルキーが最後方からいく展開。前走までとは違ってケンタッキー・ダービーを狙う多くの重賞ウィナーが出走しています。ブリーダーズCSでシルキーサリヴァンを破ったオールドプエロをはじめ、ダービー候補にもなっているヨークなど２１頭の多頭数。しかも先頭を走るジョージエックスにはシルキーのデビュー戦に騎乗したG・タニグチ騎手が乗っており、シルキーサリヴァン対策のために果敢に逃げれるだけ逃げる戦法に出ました。シルキーサリヴァンはハイペースでレースを引っ張る先行馬のために序盤の４ハロン足らずで他馬との差は３０馬身にまで広がってしまいました。ダート１３００ｍのこのレースで残り２ハロンを切っても一向にシルキーが上がってくる気配はありません。馬群が１０００ｍの標識を通過した時、まだ２８馬身も後方でノラリクラリと走ってるシルキーの姿を見て観客にどよめきが起こり始めました。誰もが「これでは勝てない」と諦めかけたとき、一人だけ彼の力を信じていた男がいました。それはシルキーに騎乗しているW・シューメーカーでした。彼は待ち続けました“その瞬間”が来るのを。そして遥か前方にいた馬が３コーナーを回り視界から消え誰もいなくなったとき、シューメーカー騎手はシルキーの重心が突然下がるのを感じました。とてつもない爆発的なエネルギーに彼は次に起こるであろう光景を予測はしながらある種の恐怖さえ感じていたのです。
”And now here comes Silky Sullivan!” サンタアニタダービー
シルキーサリヴァンがやって来た！サンタアニタの衝撃
２８馬身差もの後方から猛追して大逆転勝利。
シルキーサリヴァンの画像です。
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※シルキーサリヴァンは２番目に収録。
最初の画像はブロードアピールです。ガーネットステークスとなっていますが、伝説の根岸ステークスです。彼女も今年はＤＩの花嫁になります。
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コメント(14)
衝撃の映像を見たご感想はどうだったでしょうか。
シルキーと言ってもどこかのクラブ所有ではありません。
デビュー戦(１１００ｍ)の手綱を取ったタニグチ騎手は「まさか先頭の馬に届くなんて。あんな馬初めてだよ。空を飛んでるようだった。」とＤＩに乗った豊のような発言をしております。
また、数多くの名馬を知る騎手シューメーカーはシルキーについてこう言っています。「彼に乗る時は必ず２つのことに注意しなければならない。まずどんなことがあっても最初の８００ｍは馬の好きにさせること。間違っても馬を追うようなマネはしてはいけない。たとえ、馬が歩いていたとしてもね。それが出来たら後は簡単だ。馬から落ちないように必死にしがみついておくだけだから」と。
史上２番目に速いタイムでサンタアニタダービーを勝ったシルキーサリヴァンは１番人気でケンタッキーダービーに出走します。後に競馬殿堂入りする歴史的名馬ティムタムがその生涯で唯一１番人気を外したのがこのレースでした。
シルキーと言ってもどこかのクラブ所有ではありません。
デビュー戦(１１００ｍ)の手綱を取ったタニグチ騎手は「まさか先頭の馬に届くなんて。あんな馬初めてだよ。空を飛んでるようだった。」とＤＩに乗った豊のような発言をしております。
また、数多くの名馬を知る騎手シューメーカーはシルキーについてこう言っています。「彼に乗る時は必ず２つのことに注意しなければならない。まずどんなことがあっても最初の８００ｍは馬の好きにさせること。間違っても馬を追うようなマネはしてはいけない。たとえ、馬が歩いていたとしてもね。それが出来たら後は簡単だ。馬から落ちないように必死にしがみついておくだけだから」と。
史上２番目に速いタイムでサンタアニタダービーを勝ったシルキーサリヴァンは１番人気でケンタッキーダービーに出走します。後に競馬殿堂入りする歴史的名馬ティムタムがその生涯で唯一１番人気を外したのがこのレースでした。
結果としてシルキーはケンタッキーダービーで１２着と敗北します。理由はいくつか伝えられていますが、レースの前日に発熱していたこと、慢性的な呼吸器系の疾患を抱えていたと言われる馬に距離が長かった、大雨で最悪の馬場コンディションだったなど。陣営は勝つことがとても困難であると感じていたようですが、大雨にも拘わらず集まった多くのファンのためにもシルキーを出走させる決心をします。幸いなことに熱も治まったシルキーはいつものように先頭から３０馬身差も離れた最後方からレースを進めて観客を沸かせました。ゴール直前で猛追を見せ上位には届かなかったものの僅差まで詰め寄っていました。集まったファンはシルキーサリヴァンの競馬スタイルを見たかったので彼らしい走りをした結果に失望はしませんでした。
このレースを全米に中継したＣＢＳテレビは「スプリットスクリーン」という画面を２分割する初の試みを行っています。シルキーと前の馬たちを１つの画面に映すことは無理があり必要から生まれたアイデアでした。
前述したような敗因も一理ありますが、私の考える１番の理由は距離にあったのではと思います。父系が典型的な短距離血統のザボス系であり、ケンタッキーダービーという相手関係を含めて距離に限界があったと考えます。
勝ったのはティムタムでした。
ティムタム(Ｔｉｍ Ｔｉｍ)
牡・鹿毛・アメリカ産 １９５５年生
父トムフールＴｏｍ Ｆｏｏｌ 母トゥーリーＴｗｏ Ｌｅａ(Ｂｕｌｌ Ｌｅａ)
戦績１４戦１０勝２着１回３着２回４着１回
主な勝鞍１着：ケンタッキーダービー・プリクネスS・フロリダ・ダービー、２着：ベルモントS
このレースを全米に中継したＣＢＳテレビは「スプリットスクリーン」という画面を２分割する初の試みを行っています。シルキーと前の馬たちを１つの画面に映すことは無理があり必要から生まれたアイデアでした。
前述したような敗因も一理ありますが、私の考える１番の理由は距離にあったのではと思います。父系が典型的な短距離血統のザボス系であり、ケンタッキーダービーという相手関係を含めて距離に限界があったと考えます。
勝ったのはティムタムでした。
ティムタム(Ｔｉｍ Ｔｉｍ)
牡・鹿毛・アメリカ産 １９５５年生
父トムフールＴｏｍ Ｆｏｏｌ 母トゥーリーＴｗｏ Ｌｅａ(Ｂｕｌｌ Ｌｅａ)
戦績１４戦１０勝２着１回３着２回４着１回
主な勝鞍１着：ケンタッキーダービー・プリクネスS・フロリダ・ダービー、２着：ベルモントS
ゴリさんが初めて聞く名前と言われるのも無理はないと思います。
カリフォルニアに生まれカリフォルニアに育ったシルキーは、それまでに地元生まれの名馬が殆どいなかったこともあって今もカリフォルニアの人々には特別な存在のようです。
スプリント戦で馬群から３０馬身も４０馬身も離れたポジションから捲くる無謀なレースぶり、その常識を覆す走りは一代芸とも言えるものでした。マイル以上のレースは勝てず、米国競馬シーンの最前線を行くような名馬ではなかったし、種牡馬となってからも特に優秀な成績を残したわけではない彼が愛され続けているのは独自のレーススタイルを頑なに貫いたところにあると思います。
現在においてＳｉｌｋｙ Ｓｕｌｌｉｖａｎの名前は代名詞的な使われ方をします。競馬用語としては、スプリングＳのマティリアルが直線で１１頭のごぼう抜きを演じたときに岡部が言った「ミスターシービーしちゃった」と同じように、とてつもなく離れた後方から追い込む様子を「シルキーサリヴァン」といい、それで勝つことを「シルキーサリヴァン・フィニッシュ」と呼ぶそうです。また競馬以外では「一か八か」「大逆転」という意味で使われるそうです。
カリフォルニアに生まれカリフォルニアに育ったシルキーは、それまでに地元生まれの名馬が殆どいなかったこともあって今もカリフォルニアの人々には特別な存在のようです。
スプリント戦で馬群から３０馬身も４０馬身も離れたポジションから捲くる無謀なレースぶり、その常識を覆す走りは一代芸とも言えるものでした。マイル以上のレースは勝てず、米国競馬シーンの最前線を行くような名馬ではなかったし、種牡馬となってからも特に優秀な成績を残したわけではない彼が愛され続けているのは独自のレーススタイルを頑なに貫いたところにあると思います。
現在においてＳｉｌｋｙ Ｓｕｌｌｉｖａｎの名前は代名詞的な使われ方をします。競馬用語としては、スプリングＳのマティリアルが直線で１１頭のごぼう抜きを演じたときに岡部が言った「ミスターシービーしちゃった」と同じように、とてつもなく離れた後方から追い込む様子を「シルキーサリヴァン」といい、それで勝つことを「シルキーサリヴァン・フィニッシュ」と呼ぶそうです。また競馬以外では「一か八か」「大逆転」という意味で使われるそうです。
追い込みといえば馬ばかりではなく、騎手にもおりました。得手としていたのは昨年９月に亡くなった吉永正人さんでした。
中央競馬ワイド中継の長岡一也さんは吉永さんへの追悼の意味で自身のコラムに書いています。
初期の頃の吉永正人騎手と言えば、ゼンマツ、コウジョウのストレッチランが強烈でした。馬群からポツンと離れた最後方から追い込むコウジョウの姿は、今では見ることのできないプレイで、実況アナウンサーにとり競馬のダイゴ味を伝える爽快感を演出してくれました。どういう確信があってあの騎乗になるのか、いつも本人に聞いてみたいと思っていたものです。寡黙な彼のその心を探ることは難しく、まだ東京競馬場に厩舎があった頃、それとなく話しかけたことがありました。その時静かにひと言、本当は逃げる方が好きなんだともらしたことがありました。追い込みの吉永と呼ばれることへの、彼の騎手としての意地をみた思いで、そのひと言はずっと胸に残りました。
井崎脩五郎さんは社台グループ発行月刊誌『Thoroughbred』平成１８年１０月号に書いています。
吉永正人さんが亡くなって、思い出すことが次々に頭に浮かんでくる。昭和４６年の金杯。番組上では東京の芝２０００ｍで行われることになっていたのが、前日の降雪のためにダートの２１００ｍ戦に変更になった。馬場は不良である。出走してきたのは１４頭。吉永騎手が手綱を取るコウジョウは、単勝オッズ７.７倍の５番人気だった。もしもこのときの金杯が当初の予定どおり東京の芝２０００ｍで行われていたら、末脚鋭いコウジョウはおそらく１番人気になっていたことと思う。前走の天皇賞・秋で５着に追い込んで来ていたし、この金杯で強敵になると思われたメジロムサシとアカツキテルが、感冒と繋靭帯炎で揃って取り消していたからである。ところが、それら強敵が出てこないにもかかわらず、コウジョウは５番人気という低評価だった。それは一にも二にも、ダート変更になったからである。いくら末脚が鋭いといっても、ダートでは追い込みがきかないだろうと思われたのだ。それまでコウジョウは、ダート戦で４・３・１・１０・５着という成績だった。いずれも追い込むレースをしようとしたものだが、届いたのは、５頭立てで行われた４００万下のレースだけだった。他のレースはすべて追い込みが不発に終わり、３着というのも勝ち馬からは１秒１もの差がある内容だった。しかもコウジョウは、ふつうの追い込み馬ではないのである。１頭だけポツンと離れた最後方。おまけに４コーナー手前まではまったく仕掛けず、直線だけで追い込んでくるのである。いくら何でもあのドンジリ強襲では、オープンクラスのダート戦では届きっこないと多くのファンが考えたのである。だから、前走で天皇賞５着という実績を残しているのに、５番人気にとどまっていたのだ。
そしてこの金杯で、コウジョウは案の定のレースをするのである。大逃げをうったハクエイホウが向正面の半ばを通過するとき、コウジョウは大きく離れたシンガリをポツンと進んでいたのである。スタンドからは少しく失笑も洩れたように記憶している。ところが、その位置から、コウジョウは追い込んで勝ってしまったのである。本当にまさかだった。ダートでこんな追い込みがきまるのかと、口あんぐりだった。レース後のインタビューで、吉永騎手は「ダート戦なので、きょうは少し早目に行きました」と語った。あれで早めなのかよと、思わず顔を見てしまったことを覚えている。そういう、ドシリと肝の坐ったところのある騎手だったのだ。いくらダート戦になったからといって、馴れない好位付けなどをコウジョウにやらせたら、それでリズムが狂って末脚が甘くなってしまうことを、感覚でワシ?みにして知っていたのである。だから、いつもどおりのレースをさせたのだ。この、いつもどおりというのが、吉永騎手ならではのところだった。舞台が芝からダートに替わろうが、あるいは、これ以上ない大舞台になろうが、吉永騎手はまったく動じることがなかった。
あれはミスターシービーの皐月賞のときのことである。昭和５８年４月１７日の中山競馬場である。前哨戦の弥生賞を快勝したミスターシービーは、単勝２.４倍の１番人気に支持されていた。雨が降り続いて馬場は不良。このときも、われわれの予想は裏切られた。このところずっと追い込みの競馬をしているミスターシービーでも、きょうは馬場が不良だし、頭数が２０頭と多いから、泥をかぶったり、外を回されたりで追い込みは不利。だから、中団につけて、ペースや前の様子を見ながらレースを進めるのではないかと思ったのである。ところが、吉永騎手はミスターシービーにいつもどおりの競馬をさせたのである。馬場状態も、頭数も、そんなことは関係ないと言わんばかりのレース運びだった。１コーナーを通過するときが２０頭立ての１７番手。先頭はもう２コーナーにさしかかろうとしているのに、そんなところにいて泰然と構えていたのである。そして向正面から激しく手を動かして順位を上げていき、ゴールまで追いっぱなし、ゴール寸前は叩きっぱなしで、抜け出して勝ってしまったのである。こんなことなら、前半もう少し行っていたほうが楽に勝てたのではないかと思うのだが、いつもどおりと決めたら頑として揺らがないのが吉永騎手だった。
吉永騎手を応援しつづけた寺山修司さんは、このとき、フジテレビの競馬中継のゲストとして出演されていて、スタンドのベランダでレースを見終えると、感に堪えない様子で「吉永は鈍だねえ」とおっしゃった。その「鈍」は、こうと決めたら些事にまどわされない、骨太な性格とこの日のレースぶりを、ひとことで表現されたものではないかと思う。誰れもがとがって手早い行動をしている現代にあって、吉永騎手の「鈍」は稀少で、そこを寺山さんは愛されたのだろう。いまごろは天国で、話しかける寺山さんに、いつもどおりの無言でうなずいておられるのではないだろうか。なんだか、見えるような気がするのである。
中央競馬ワイド中継の長岡一也さんは吉永さんへの追悼の意味で自身のコラムに書いています。
初期の頃の吉永正人騎手と言えば、ゼンマツ、コウジョウのストレッチランが強烈でした。馬群からポツンと離れた最後方から追い込むコウジョウの姿は、今では見ることのできないプレイで、実況アナウンサーにとり競馬のダイゴ味を伝える爽快感を演出してくれました。どういう確信があってあの騎乗になるのか、いつも本人に聞いてみたいと思っていたものです。寡黙な彼のその心を探ることは難しく、まだ東京競馬場に厩舎があった頃、それとなく話しかけたことがありました。その時静かにひと言、本当は逃げる方が好きなんだともらしたことがありました。追い込みの吉永と呼ばれることへの、彼の騎手としての意地をみた思いで、そのひと言はずっと胸に残りました。
井崎脩五郎さんは社台グループ発行月刊誌『Thoroughbred』平成１８年１０月号に書いています。
吉永正人さんが亡くなって、思い出すことが次々に頭に浮かんでくる。昭和４６年の金杯。番組上では東京の芝２０００ｍで行われることになっていたのが、前日の降雪のためにダートの２１００ｍ戦に変更になった。馬場は不良である。出走してきたのは１４頭。吉永騎手が手綱を取るコウジョウは、単勝オッズ７.７倍の５番人気だった。もしもこのときの金杯が当初の予定どおり東京の芝２０００ｍで行われていたら、末脚鋭いコウジョウはおそらく１番人気になっていたことと思う。前走の天皇賞・秋で５着に追い込んで来ていたし、この金杯で強敵になると思われたメジロムサシとアカツキテルが、感冒と繋靭帯炎で揃って取り消していたからである。ところが、それら強敵が出てこないにもかかわらず、コウジョウは５番人気という低評価だった。それは一にも二にも、ダート変更になったからである。いくら末脚が鋭いといっても、ダートでは追い込みがきかないだろうと思われたのだ。それまでコウジョウは、ダート戦で４・３・１・１０・５着という成績だった。いずれも追い込むレースをしようとしたものだが、届いたのは、５頭立てで行われた４００万下のレースだけだった。他のレースはすべて追い込みが不発に終わり、３着というのも勝ち馬からは１秒１もの差がある内容だった。しかもコウジョウは、ふつうの追い込み馬ではないのである。１頭だけポツンと離れた最後方。おまけに４コーナー手前まではまったく仕掛けず、直線だけで追い込んでくるのである。いくら何でもあのドンジリ強襲では、オープンクラスのダート戦では届きっこないと多くのファンが考えたのである。だから、前走で天皇賞５着という実績を残しているのに、５番人気にとどまっていたのだ。
そしてこの金杯で、コウジョウは案の定のレースをするのである。大逃げをうったハクエイホウが向正面の半ばを通過するとき、コウジョウは大きく離れたシンガリをポツンと進んでいたのである。スタンドからは少しく失笑も洩れたように記憶している。ところが、その位置から、コウジョウは追い込んで勝ってしまったのである。本当にまさかだった。ダートでこんな追い込みがきまるのかと、口あんぐりだった。レース後のインタビューで、吉永騎手は「ダート戦なので、きょうは少し早目に行きました」と語った。あれで早めなのかよと、思わず顔を見てしまったことを覚えている。そういう、ドシリと肝の坐ったところのある騎手だったのだ。いくらダート戦になったからといって、馴れない好位付けなどをコウジョウにやらせたら、それでリズムが狂って末脚が甘くなってしまうことを、感覚でワシ?みにして知っていたのである。だから、いつもどおりのレースをさせたのだ。この、いつもどおりというのが、吉永騎手ならではのところだった。舞台が芝からダートに替わろうが、あるいは、これ以上ない大舞台になろうが、吉永騎手はまったく動じることがなかった。
あれはミスターシービーの皐月賞のときのことである。昭和５８年４月１７日の中山競馬場である。前哨戦の弥生賞を快勝したミスターシービーは、単勝２.４倍の１番人気に支持されていた。雨が降り続いて馬場は不良。このときも、われわれの予想は裏切られた。このところずっと追い込みの競馬をしているミスターシービーでも、きょうは馬場が不良だし、頭数が２０頭と多いから、泥をかぶったり、外を回されたりで追い込みは不利。だから、中団につけて、ペースや前の様子を見ながらレースを進めるのではないかと思ったのである。ところが、吉永騎手はミスターシービーにいつもどおりの競馬をさせたのである。馬場状態も、頭数も、そんなことは関係ないと言わんばかりのレース運びだった。１コーナーを通過するときが２０頭立ての１７番手。先頭はもう２コーナーにさしかかろうとしているのに、そんなところにいて泰然と構えていたのである。そして向正面から激しく手を動かして順位を上げていき、ゴールまで追いっぱなし、ゴール寸前は叩きっぱなしで、抜け出して勝ってしまったのである。こんなことなら、前半もう少し行っていたほうが楽に勝てたのではないかと思うのだが、いつもどおりと決めたら頑として揺らがないのが吉永騎手だった。
吉永騎手を応援しつづけた寺山修司さんは、このとき、フジテレビの競馬中継のゲストとして出演されていて、スタンドのベランダでレースを見終えると、感に堪えない様子で「吉永は鈍だねえ」とおっしゃった。その「鈍」は、こうと決めたら些事にまどわされない、骨太な性格とこの日のレースぶりを、ひとことで表現されたものではないかと思う。誰れもがとがって手早い行動をしている現代にあって、吉永騎手の「鈍」は稀少で、そこを寺山さんは愛されたのだろう。いまごろは天国で、話しかける寺山さんに、いつもどおりの無言でうなずいておられるのではないだろうか。なんだか、見えるような気がするのである。
シルキーサリヴァンは種牡馬となり、当時で５００ドルというリーズナブルな種付け料は彼が亡くなるまでそのアイドル的な人気とともに変わることはありませんでした。種馬としては特筆すべき子を残しておらず、日本でも彼の血を持つサラブレッドは見つけることはできませんでした。母Ｌａｄｙ ｎ Ｓｉｌｋは４代を経て１９９３年生まれのハローベア（父Ｗｉｎｄ ａｎｄ Ｗｕｔｈｅｒｉｎｇ）が輸入されています。近親にはティンバーカントリーがおります。
もう一つ伝説のレースをご紹介します。リアルビジョン（父サクラユタカオー）のヤル気のなさがたまりません。
http://www.youtube.com/watch?v=ah8W564AdwE
もう一つ伝説のレースをご紹介します。リアルビジョン（父サクラユタカオー）のヤル気のなさがたまりません。
http://www.youtube.com/watch?v=ah8W564AdwE
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