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著作権は悪であるとハッキリ言うコミュの「著作権は悪である」とはっきり言ってみた

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たけくまメモに触発されて、「著作権は悪である」とはっきり言ってみた

---ch-houki@bunka.go.jp
件名「法制問題小委員会中間まとめに関する意見」
1.個人 氏名・柴岡秀一
3.住所 東京都杉並区高円寺北xxxx
4.連絡先(xxxx@xxxx)
5.該当ページおよび項目名 案件番号185000283 「文化審議会著作権分科会法制問題小委員会中間まとめ」に関する意見募集の実施について
6.意見

●著作権一般に対する私見

著作権自体を廃止しましょう。

そもそも、著作権は、憲法により保障されるべき表現の自由を制限する形で作られています。本来ならあってはいけない、行きすぎな権利です。
これは、著作者の保護によって、文化が育成され発展される可能性があるため、あえて許されていたと考えます。
しかし、昨今のネットなどによる発表機会の多様化などにより、著作権はむしろ、文化の発展に対する障害になってきました。
著作活動を生業としない著作者は、すでに無視できないほど文化に供与し、むしろ生業とする著作者以上文化を底支えしています。
所有者のあるものは文化ではありません。公共のものになってはじめて文化と呼べます。
このままではウルトラマンも仮面ライダーも金太郎や忠臣蔵のような文化になることはないでしょう。

時代の変化に合わせるなら、著作権自体を廃止あるいは制限するべき時に来ているのに、一部の人に対する既得権の保持と利益供与のために、存続どころか強化しようというのが、理解に苦しみます。
それこそ文化に対する罪ではないかと思います。

国家100年の計を考えるなら、最初に著作権を放棄した国が、次の世界の文化を担うことになるでしょう。

●18ページ 親告罪の範囲の見直しについて

見直しには反対いたします。

ネットオークションや路上などで販売されている違法複製ソフト(海賊版)等については、あくまで現行法の範囲内での規制で充分だと考えます。
---

なんか、イナカのボケジイみたいな文章で、われながら悲しくなったけど、
もうガス抜きでも何でもいいんだ・・・

11/15までにコピペしてch-houki@bunka.go.jpに投稿してくれるとうれしいけど、どうかな

■文化庁へのパブコメ・私案@たけくまメモ
 http://takekuma.cocolog-nifty.com/blog/2007/11/post_959e.html#more

コメント(8)

便乗して以前に私が書いた文章のコピペを。
利用したければ自由にコピペをどうぞ。著作権は完全に放棄します。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――
そもそも、あらゆる創作とは模倣に過ぎない。
少しでも創作活動というものに関わるものなら誰でも理解することである。
たとえば現代でも「ロミオとジュリエット」をアレンジしたような作品をしばしばみるが、シェイクスピアのそれも彼のオリジナルではない。
ゲーテの「ファウスト」も有名だがファウストという人物像はゲーテが生み出したものではない。
それでもなお彼らが評価されるのはそのモチーフをうまく調理した「アイデア」にこそある。
つまり著作物の本質は「アイデア」なのだ。
そして著作者がなにより怖れるのは「アイデア」が盗用されることだ。
しかしその「アイデア」は著作権で保護されない。発表すらされていない「アイデア」などもってのほかだ。
自らの「アイデア」は自らの手で守らなければならない。
というより、「アイデア」の保護など決してあってはならない。
「ファウストをモチーフにして作品を書く」という「アイデア」に著作権を認めてしまえばおよそすべての創作活動が禁じられるようなものだ。
ゆえに著作権は根本から矛盾しているのである。

それでもあからさまな「パクリ」は規制すべきだろう、と思われるかも知れない。
この点についてしばしば以下のような議論を目にする。
韓国がパクリ商品をつくった。
それに対し反論「日本も欧米からパクリまくったじゃないか」。
再反論「日本はただパクるだけでなく独自のアレンジを加えた。同じパクリでも全然違う」。
こうして日本人はおのれのちっぽけな矜持を維持する。
つまりパクリにもただの模倣と独創性への昇華との二つがある。
後者であればパクリは許される、しかし前者は許してはならないという主張だ。
はて、日本のパクリははじめから「独創的」だったのか?
はじめは今の韓国のようにまったくの丸パクリだったのではないか?
結果として、元はパクリでも「独創的」と称することのできる作品となった。
ならば韓国のそれもいずれ「そう」なるとも考えられるのではないか?
韓国の「パクリ」への糾弾は出る杭を打つ浅ましい行為にしか見えない。
「そう」なるまで待ってあげられないのか?
別にパクリを推奨するのではない。
明確な線引きができぬ以上法が関わる問題ではないというだけだ。
「パクリ」とは劣化コピーだ。「パクリ」には商品価値がない。問題はそれだけだ。
それは法が糾弾すべき「悪」ではなく自然によって淘汰される「劣」なのである。

あるいはP2Pや海賊版の問題。
しかしMSが戦略としてみずから海賊版を普及させていることからもわかるよう、海賊版が普及することは利益こそあれ害はない。
確かにP2Pにより「買うはずだった」客が買わなくなるという損害はある。
だがそれ以上に「買うはずのなかった」客がその作品に触れることになる。
結果、販売戦略にとってなによりも重要な「名」が売れる。
創作者が求めるのは「商品」が売れることより「名」が売れることだ。そして「名」が売れれば「商品」も売れる。
これほど「創作意欲」が高まることはない。
いい作品であればあるほどP2Pの普及は利益に働く。パッケージではなく中身で判断されるからだ。
P2Pを怖れるのは自分の作品に自信のない臆病者だけだ。そんなものは淘汰されればいい。それが結果として創作活動を発展させる。
しょうもない「恐怖」などを根拠に法を制定するから矛盾が生じる。

著作権が文化の発展のためにあるならば著作権という考え方はそもそも矛盾する。
著作権が文化の発展のためではなく利権のためにあるのであれば、そんなものは要らない。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
饗庭淵氏の、著作権をコーヒーにたとえた11月01日の文が
私の文と違って他人にも伝わり易そうなものに思えたのだけど、
いつのまにか友人の友人までへの公開に…

すみません。ちょこちょこ公開レベルをいじっているもので。現在は全体公開です。
そうですね。いい文章だと思いました。
明治の口語運動前後のような差を感じました。
別に砕けてるとか、しゃべり言葉だというわけではないのに、耳が従いやすい文章だと思います。

議論においては、「わからない」方が圧倒的に有利って点もうまく付いてますね。
彼らは、不勉強さを最大の武器にしてますから。
「ダウンロード違法化」不可避に
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0712/18/news065.html

ひどいことになりましたね。
この問題を受けて日記を書きました。どうぞご参照を。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=658124707&owner_id=4511929
まぁ予想通りの展開。

■総務省、デジタル放送を録画して無制限にコピーできる機器を規制へ
(GIGAZINE - 12月25日 12:00)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=370389&media_id=49
http://gigazine.net/index.php?/news/comments/20071225_friio/



>著作権だとか売り上げなどより文化の発展・国民の知的水準の向上のが何倍も重要
実は、著作者の権利云々は建前で、
その知的水準の阻害そのものが国の目的かも。
>知的水準の阻害
実は日本では聖徳太子の時代からやってるんですよね、それ。
為政者にとって都合のいい思想・宗教だけを取り入れ、利用する。邪魔なものは排除する。
豊臣秀吉のキリスト教迫害もその一つ。
日本人はそれに慣れすぎてしまっている。
ですが現代日本は民主主義。
国の主権は国民にあるのです。政治屋ではありません。
著作権からは少し逸れますが、非常に関わりの深い問題ですので『日本/権力構造の謎』のご一読をオススメします。

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