ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

小説を書いてみよう!コミュのブラックルビー

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
自分のコミュにて初執筆中の長編です。使いまわしみたいでごめんなさい。これしか作品がなくあせあせ(飛び散る汗)ちなみに視点整理とか全然出来てませんww
とりあえず、1章は終わってるのでちょこちょこのっけていきます。
感想・批評なんかはどしどしどうぞ。我ながらヘタクソだなぁ、と思ってるので、さほどへこみません☆

コメント(8)

「ハハハハハ! 」
 突然、狂気じみた笑い声が暗い部屋の中に響き渡った。
 「ついに……ついにこの時が!」
 声の主は男。手に小さな瓶を抱えた。
 男は嗤う。
 嗤う。
 その手から小さな瓶はすべり落ちてゆく。
 ガシャン!
 音の主は、ガラスの瓶。無残に割れた容器の間から、一筋、また一筋、中の液体が流れ出てゆく。
 その色は、漆黒。
 液体特有の鈍い光を湛えたそれは、黒いしみを残して、広がってゆく。
 広がって、
 広がって、
 ドアにまで達した頃。
 おもむろに男はしゃがみこみ、割れた瓶のひとかけらをつまみ上げた。ガラスを伝って黒い液が床に落ちて行く。
 「もう、誰にも負けない……」
 そう、誰にも。
 もう一度そうつぶやくと、彼は手の内にあるガラスを
 ゴクリと
 飲み込んだ。
 「ハハハ……ハハハハハ! 」
 笑い声はとまらない。
 ありえない行動。
 ありえない状態。
 確かにこの男の行動はありえなかった。
 だが、もう一つ、彼にはありえないことがあった。
 狂気の光を宿して、
 狂気の色を帯びた、
 瞳。

 ――その色は、赤。

「7時になりました。みなさんすみやかに起床してください。7時になりました。みなさんすみやかに起床してください。」
 電子的なアナウンスが天井から降ってくる。
 「うるさいなぁ……」
 横になったままで少年は呟いた。一瞬、起きるつもりで枕もとに手をやってみたが、目当てのものに行き着かなかったのでその気を無くしてしまったらしく、彼はまた布団を被り直して寝返りを打つ。
 「めんどくさい。一限は見送ろう」
 自分に言い聞かせるようにそう呟き、目を閉じる。そして心地よい眠りに落ちようとしたまさにその時。
 「りー君」
 名前を呼ばれた。
 「ねぇ、りー君ってば。学校遅刻しちゃうよ。起きてってばぁ」
 高い、か細い声。明らかに女の子のそれである。
 「おーきーてー! 」
 ついに、彼を起こすためにゆさぶるべく両肩に手が置かれる。これは正直、かなりオイシイ状況ではないだろうか。
 これはもう起きるしかないだろう。起きてかわいい顔を拝むんだ。いや、その前にやっぱりこう、ちょっと髪でも撫でて……
 そう考えながらゆっくりうっすらと開けた彼の目にとびこんで来たのは、
 自分の顔からほんの5センチほどの所まで接近した、

 ゴツい

 男の顔。
 「う、うわああぁあぁ!?」
 とりあえず反射的にその顔に思い切り張り手をくらわせて彼は勢い良く飛び起きた。
 「ああ、やっと起きた」
 ひょうひょうとそう言って立ち上がったのは、顔は異様にごつくデカいが体はスマート、という異様にアンバランスな容姿の男。
 「やぁ、おはよう。リヒトって本当に朝弱いよね」
 ちなみに声は男としては割と高い。顔に似合わず。
 「……心臓に悪いことすんなよ」
 「いや。そんなことはしてないはずだけど。」
 「……」
 少年――リヒトはため息をついてアンバランスな男をねめまわす。
 「おいタケル」
 「ん、何?」
 「いい加減それ、外せ」
 一瞬の沈黙。
 「あれ、分かるんだ?」
 ととぼける男に、
 「さすがにそれくらい見える。てゆうかお前俺の眼鏡隠しただろ。とっとと返せ。あれは俺の生命線だ」
 と冷ややかに対応すると、タケルと呼ばれた男はおもむろに後頭部に手を当て、
 ジーッ
 とファスナー特有の音を立てて、
 顔を脱いだ。
 中から現れたのは、体にみあった大きさの顔。その中身も、さっきまでの暑苦しいほどのゴツい顔とは違い、スッキリとまとまった、整った顔立ちだった。
 「もう。何で本気で怒るかなぁ?」
 「当たり前だろう! 大体お前そんなものどこで拾って来たんだ?」
 「拾ったんじゃなくて、貸してもらったんだよ、シネマ研究会の人に。だってこうでもしなきゃ起きないじゃん、リヒト。」
 「ああ、もう分かった。分かったから黙れ。そして眼鏡を返せ」
 「はぁい」
 渋々、といった体裁でタケルはポケットから大事そうにティッシュでグルグルとくるんだものを出し、それをリヒトに渡す。何やら不満そうに口を尖らせているが、目当てのものを取り返した少年はそれをさらっと無視した。
 「よし、いい子だ。じゃぁ窓を開けてこい。」
 「はいはい。」
 やはり少し口を尖らせたまま、それでも言われた通りにカーテンの閉まった窓に向かい、それに手をかけようとしたタケルは、しかしそこでふと手を止める。
 「タケル?」
 「それにしてもリヒトって変わってるよね。窓なんて開けても仕方ないのに。」
 半ば一人ごとのようにそう呟いて彼はカーテンをすっと引き開ける。
 窓の外は、灰色。
 無機質なコンクリートの壁が見えるのみ。
 「世界は滅びた、か……」

 ポツリと漏らされたタケルの一言は、暗い響きを落とし、散っていった。

「21XX年、地球は滅びました。隕石が落下したのです」
 ざっと1万人ほどが集まる中、壇上に登った男がマイクを手にそう熱弁している。
 大きな公園のような場所。だがやはり空は見えない。頭上にはコンクリートの天井が広がっているだけだ。
 聴衆は主に学生。ほぼ全員が同じ、暗い色のブレザーをはおり、赤いネクタイをしめている。
 そう、「ほぼ」全員。
 ただ、この人混みの中には、紅一点ならぬ白一点がいた。
 「1万分の1」のその称号を勝ち得たのは誰か、もう想像がつくだろう。
 リヒトだ。
 ちなみに他の生徒とは違い、真っ白なブレザーを着ていた訳ではない。単に羽織るべきものを忘れてきただけだ。
 そんな彼の耳を、背後から突然誰かが掴んだ。
「いってぇ!?」
 思わずそう叫んだところ、今度は頭に強烈な痛みが振ってきた。
「の……」
 あまりの痛みに頭を抱えて座り込もうとすると、それを阻止するかのように相手は襟をつかみ、
「来なさい」
 と、返事をする暇も与えずにズルズルと彼をひきずっていった。
 この間、わずか5秒。
 周りにほとんど気づかれることもなく(気づかないフリをしたものもいたが)、彼は連行されていったのであった。

「センセー、辞書の角振りかぶって殴るのは反則でしょう……」
 集会から少し離れた路地で彼は頭をさすりながら訴える。眼の前に立つのは、リクルートスーツに身を包んだ、すらりとした女性。髪をポニーテールにまとめたその女性は、ふう、とひとつため息をついて、それから口を開いた。
「君は何を考えているの。朝の訓辞に正装で来ないなんて」
「あの、あ……いや」
 暑かったからですと答えようとして口を閉ざし、彼は
「寝坊して、急いでいたら忘れてしまったんです」
 と言いなおした。女教師はまたため息をつく。
「忘れたって言っても許されるわけじゃありませんよ。このことはしっかり上に報告させてもらいます。さあ、個人IDを言いなさい」
 ちぇっとリヒトは心の中で舌打ちをする。もちろん顔には出さないが。
「早く。訓示が終わってしまいます。私だって本当はこんなことしたいわけじゃないんですよ。でもね……」
「LHT3340NW0001」
 教師の言葉が終わらない内にリヒトは早口でぼそぼそと呟く。
「え?」
 教師がそう聞き返したちょうどそのとき、背後で大きな歓声が沸きあがった。
「あ、訓示終わったからもう正装でいる必要ないですよね。じゃ、俺行きます。」
 紳士スマイルでそう言って彼は堂々と立ち去ってゆく。その後ろ姿があまりにも堂々としていたので、彼女はもう、呼びとめなかった。
 ただ、その後姿を鋭くにらみつけて、彼女は呟く。
「NW……できそこないの不穏分子が」
 と。

 その瞳はーー赤。


 10分後。リヒトは自分の部屋に戻ってきた。正確には、彼とタケルの部屋だが。
「もうタケルいっちまったかな」
 そう呟きながらドアノブに手をかけると、それを彼が回す前に電光石火の勢いでドアが勢いよく開いた。
 ゴン!
「ぶっ」
「リヒト!」
 中からタケルがこれまた勢いよく飛び出してくる。
「あれ、リヒト?」
 姿が見えない友人を探しておろおろと周りを見回す。
「……おい」
「あれ?今ドアからリヒトの声が」
「お・ま・え・が! 押しつぶしたんだろうが!」
 見事にドアがヒットした鼻を押さえて彼はドアを蹴り戻した。
「あぁっ、リヒト! 大丈夫!?」
 自分がそうしたことにニブくも気づかない上にリヒトの糾弾にすら気づかないタケルは、心配そうに彼に近づく。
「大丈夫? 誰にされたの?」
 わざとなのか真剣なのかは分からなかったが、このルームメイトに文句を言うことをリヒトは諦め、小さく笑みを浮かべて友人の肩を叩いた。
「何でもねぇよ。大したことないから気にすんな」
「そ……そっか。それよりリヒト! また先生に連れて行かれたよね。心配したんよ?」
「ああしたら訓辞聞かなくて済むから楽なんだよ」
「またそんなこと言う……」
 呆れる友人に彼は両手を大きく広げて突然
「21XX年、世界は滅びたのです!」
 と先の男の真似をして見せた。
 突然のことに、タケルはキョトンとした表情のまま固まっている。リヒトは続けた。
「生き残った人々は泣き続けました。目が真っ赤になるまで。ですがいつまでも泣いている訳にはいきませんでした。生きるための手段を考えなければならなかったのです! 幸いにも天は人々に力をお与えになりました。そこで人は力を合わせて頑強な要塞を築きあげました。それがこの場所なのです! 我々は先人の遺志を引き継いでゆかねばならないのです!」
 一気にそこまで言うと彼は言葉を切った。
「すごい。よく覚えてるね。」
 素直な感想にリヒトは鼻を鳴らす。
「そりゃあ覚えるだろう。毎日おんなじ時間にまったくおんなじ内容繰り返されてんだから」
 朝の訓辞。毎朝必ず同時刻に全員が参加しなければならないものである。学生は校長から、社会人は社長から、家庭では父親が、必ず行わなければならない行事である。
 赤ん坊も、病人も例外ではない。
 そんな慣習。
 彼はこの慣習にいい加減飽きているのだった。
「あんなこと聞いて、どうしろってんだろうな。つまらね。」
「リヒト、そんな罰あたりな事言わない方がいいよ。他の人に聞かれてたらどうするのさ」
「知ったことかよ。つうかカバン。遅刻するぜ」
「あ、そっか」
 そんな言葉を交して二人は部屋に戻る。
 と。
 ジリリリリリリ
 天井に設置されたスピーカーから突然けたたましいベルの音が鳴り響いた。
「何……?」
 タケルが心配そうに天井を見上げる。するとスピーカーから電子的な女性の声が流れ始めた。
「水道管破損のため、3フロア第11エリアを緊急閉鎖します。エリア内の方は今すぐその場を離れて下さい。繰り返します……」
「3フロアの11エリアって、ちょうど真上だよね……」
「ああ、水漏れしなきゃいいな」
 そのアナウンスにたいして興味を示さずにリヒトはカバンを持ってタケルの方を振り向く。
「ほら、行こうぜ」
「うん……」
 生返事を返すだけで、呼ばれた本人は天井を見上げたままで動かない。
「タケル?」
 やはり、反応はない。
「おい、タケル。どうしたんだ? こんなのよくあることだろうが」
「あ……うん、ごめんね。」
 ようやく我に返ったらしく、タケルはいそいそとカバンを提げてリヒトの方に駆け寄ってゆく。
「まったく……遅刻したらお前のせいだからな」
「はぁい」
 廊下に出て、部屋のドアを閉め、二人は歩き始める。

 その頭上。
 一つ上の階の部屋。
 そこは狂気の嘲笑が響く、あの部屋であった。
 自らの頭上で今何が怒っているのか、彼らは知らない。

 いつもの訓辞、いつもの会話。
 ありきたりな日常。
 その終息が間近に迫っていることに、彼らはまだ気付いていない。

 まもなく訪れるであろう変革の刻を、彼らはまだ知らない。

 無意識に、少年はふと天井を見上げる。

 その眼鏡の奥の瞳。

 その色は、



 赤。
 白を基調とした、それでもやはり殺伐とした雰囲気の抜けない廊下を抜けると、それとは打って変わって豪奢な造りの螺旋階段が現れる。黒の細いパイプを組み合わせて作られたそれを降りてゆくと出口があり、外に出ることができる。
ドアを開けば容易に外へ出ることができる。
 だが、決して気軽に外には出てはいけない。朝の訓示の時以外は。そのためにわざわざフロア内の建物のほとんどの2階、3階が渡り廊下になっているのである。
 なぜそこまでするのか。
 それはこの第2フロアが「学生の街」だからである。
 なぜ「学生」ごときにそれほど警戒がなされているのか。
 しかし詳しい説明はまた後ほど。今はそれどころではない。
 たった今その出口のドアを開こうとしているのだ。

 リヒトが!

「ねぇ、リヒト、やっぱりやめようよ」
 タケルは小さな声でそう抗議して制服のシャツの裾をひっぱってみる。そんな二人の姿は遠くから見るとまるで幼い子と父のようだ。それにしては「子」は少し大きすぎるが。だが、そんなことをリヒトは気にも留めない。もちろんその言い分も通されない。
 リヒトはすっぱりと彼を無視してドアに手をかけた。
「ああ!」
 思わず声を上げる友人にようやく気づいたのか、それとももともと気づいてはいたがうっとうしくて黙っていたがついに痺れを切らしたのか、リヒトは振り向いてまじまじとタケルを見た。
「なんだよ?」
 今更ながらのその質問に彼はため息まじりに答える。
「だからさ、聞いてなかったの? 外は危ないってば。」
「そんなに構えることないだろ。行ってすぐ帰ってくればいいじゃないか。」
 批判など全く気にしない、見事な答えっぷりである。
「リヒトってば!」
 返事は、ない。
 どうやら何を言っても無駄らしい。そう悟ったタケルはもう一つ大きなため息をついた。
「もう、何があっても知らないから。とにかくリヒト、僕の前歩いてね。」
「へいへい」
 そう受け流して彼はついにドアを押す。

 一体タケルは何をそこまで怯えているのか。
 学園の街の外に潜むものは一体何なのか。
 リヒトはこれからそれを、自らの身をもって知ることになる。

 かくして扉は……開かれた。

 ドアを開け放った瞬間、まず最初に目に入ってきたのはボーリングの球のようなつやつやとした光沢を放つ、ピンク色のボール。
 だが、それを「ボール」だと知覚する頃には彼の眼前にはすでにピンクの平面が広がっていた。
 よけるどころか、悲鳴をあげることすら出来ない。あっと思う間もなく、彼――リヒトの顔に猛烈なスピードでそのピンクの球は、

 めりこんだ。
「ああ!」
 背後から見守っていたタケルは倒れ掛かってくるリヒトを必死に支える。
「ちょ、リヒト……大丈夫!? 」
 もちろん満足のいく返答など返ってくるはずもなく。かといって呻く声すらも聞こえず。これは本気でまずいかもしれない。
「だから危ないって言ったのに!」
 誰も聞く人がいないのをいいことに、タケルは心の声を吐露してため息をつく。
 1分経過。リヒトはまだ動かない。周囲では何かは分からないがもの凄い衝突音や爆発の音が聞こえてくる。いい加減不安になってき始めた彼は、オロオロと辺りを見回して、ついに声の限り叫んだ。
「ストーップ、レナ! 当たったから! リヒト倒れたから! とにかくストップ! こっち来て!」
 その瞬間、ミシッっというヤバげな音を立ててリヒトの顔に猛烈アタックしたあのピンクのボーリング球が、パン! と弾けた。と同時に辺りにおびただしい数の水滴が飛び散る。そしてその水滴はズズズと何かに吸い寄せられるようにある一方向へ動いてゆく。ゆっくりとお互いに合体して、アメーバのような形状になりながら。
 やがて、そのピンクのアメーバのようなものは、床に倒して置かれた小さなガラスの瓶の中に戻っていった。それを一人の人物が拾いあげ、おもむろにコルクで口の部分を封じる。

 その人物の髪は、金。正真正銘のブロンドの長い髪。
 その人物は、リヒトたちと同じように暗い色のブレザーを羽織り、
 しかし、同じ色だが彼らとは違いスカートをはいた、少女。
 同じ「学園の街」に住んでいて、
 「レナ」と呼ばれたその少女の瞳はしかし、彼らとは違う。

 その瞳の色は、ピンク。
 正確には、赤い絵の具にむりやり白い水を垂らしたような、白濁した赤。
 彼女の手の中にあるガラス瓶の中身も、全く同じ色。
 そんな少女は、気を失った友人を盾に狼狽する少年の姿を見つけて、
 うっすらと笑みを浮かべていた。
「おはよ、タケちゃん」
 目の前に気絶した少年がいるというのに、動じもせずに少女は微笑んでそう一言。
 その声音は驚くほどやさしい。いや、正確には不気味なほどに、か。
「あの、レナ。リヒ……」
「ところで」
 リヒトが倒れたんだと言い終わる前に少女は再び口を開いた。
「タケちゃんとリヒ君さあ」
 天使の微笑み。
「なんでこんなところにいるの?」
 やさしさが溢れる、癒しの声。
 それがミスマッチな場所で使用するとそれらは相手にケタはずれの恐怖を抱かせる力がある、ということをタケルはその身で感じた。
「こわっ」
 そして、その心の声を思わず口にしてしまう。一瞬、レナの唇が引きつった。
「……何か、言ったかな?」
「ぃひ!? いや、何も! 何でもないです!」
 うろたえすぎて声が裏返ってしまった。これでは嘘がバレバレである。
「あの、レナを迎えに来たんだ! リヒトが外まで行こうって言うから」
 リヒトが倒れてしまっている今、そんな言い方をすると友人に罪を擦り付けたととられかねない状態だったが、その言葉にレナは小さく肩を竦めただけだった。
「うん、だろうなとは思ってたよ。本当に怒ってるわけじゃないから、そんな構えないで、タケちゃん。」
 声色から不自然さが抜ける。
「私は、こんな危ないところにあんたたちは出てきちゃダメだってことを教えたかっただけだから」
「そのためにリヒト攻撃したの? かわいそうだよ。だって、ミシッて! ミシッていったんだけど」
 リヒトが心配で心配で仕方ない、といった風体のタケルを見て、少女はクスリと笑った。
「大丈夫、手加減したから。一発くらい蹴りあげたら起きるんじゃないかな」
 目の色さえ青ければ生きたフランス人形と言っても過言ではないほどの美貌をもつ彼女は、サラリと物騒な言葉を返しながらおもむろに片足を上げ、
 それを思いきりリヒトの腹に振り下ろした。
「げふっ」
 カエルをつぶしたように、惨めな音を喉の奥で鳴らし、痛さのあまりリヒトはその場でのたうちまわる。そんな彼を見てレナは満足そうに何度かうなずいた。
 人間凶器というのは、まさにこういう人間のことを言うのかもしれない。
「おはよう、リヒ君」
 さっき凶行にいたった者とは思えないほどの極上のスマイルを浮かべてレナは言う。
 しかし先ほどとは違い、1オクターブほど低い、ぶっとい声で。怖さはまさに倍増である。
「なんでまた来たの?」
 リヒトの返事はない。彼は今、痛みをこらえるために歯を食いしばることしかできない。
「まだ自分の身を守ることもできない”NW”のあんたたちが来たらどれだけ危ないか、分かってるでしょう? 外は私たち”覚醒者”がうようよいるんだから!」
 少女の本気の叱責に、思うところがあったのだろうか。痛みをなんとか押し殺してようやく彼は
「……うん、ごめん」
 とささやくような声で謝った。そんな彼を見て、レナはため息を一つ。
「もう、いつもそう言って、守らないんだから。今度こそ約束、破らないでよね?」
「ああ」
 その返答でようやく安心したのかレナは今度は安堵のため息をつく。
「よし。じゃぁ、これ飲んで」
 そういって差し出すのは、少量の、先ほどの白濁した赤い液体。
「ありがとう。」
 毒々しい色のそれを、しかしリヒトは躊躇なく飲み込む。それを見届けて、少女は目を閉じて胸の前で両手を組む。まるで祈るように。そして彼女の祈りに応えるかのように、リヒトの顔に安心感が広がってゆく。
「これで大丈夫でしょ?」
「ああ、ありがとう。でも本当に便利だよな。能力があると。傷も治せるなんてさ」
「これは”水”に備えられてる機能よ。私の力じゃない。私が出来るのは”水”の球を操るだけ。」
 傷が癒えたリヒトは一度、大きな伸びをする。
「なんで一つのことしかできないんだろうなぁ」
 問いかけられたレナは鼻で笑って答える。
「知らない。それこそ神のみぞ知るってやつじゃない? ってゆうか、まだ覚醒もしてない人がえらそうなこと言わないの」
「だな」
 顔を見合わせ、二人は笑いあった。
 訓示の中にこんな文言がある。
「幸いにも天は人々に力をお与えになりました」
 と。そう、人々はある力を得たのである。それが先刻の、レナのような能力。それは瞳の色がリヒトたちのようなただの赤から、それに何らかの色が付加された色に変わり、「覚醒」することで使用が可能になる。
 「水の球を操る」能力だけではない。爆発させる能力、何かを探し当てる能力、その他、とにかく様々な能力がある。
 ただし、各能力者には2つの共通点がある。1つは、「1つの能力しか使えない」こと。そしてもう1つは「必ず自分の瞳と同じ色をした液体を使用しなければならない」ということ。
 だがその二つの制約があってもなお、「覚醒者」の能力は絶大で、危険なもの。それゆえ覚醒者たちが自らの能力を磨く場として「外」が開放され、それがまだの者――つまりリヒトやタケルのような人たちーーは建物の「内」にこもることになったのである。
 これがこの「学生の街」の外が危険な理由であり、この社会のルールでもあった。

「楽しそうだな……」
 二人の会話に割り込む機会を失い、すっかりいじけてしまったタケルは、傍目にも分かるほどぷっくりと頬を膨らませ、天井を見上げていた。あいかわらず一面灰色のそれを、ただじっと見つめ続ける。
「なんかおもしろいこと、ないかなぁ……」
 そう言ってため息をつき、もう一度天井に目をやり、彼はある異変に気づいた。彼の真上の天井に突然黒いしみが生まれたのである。
「なんだろう、あれ」
 そのしみはゆっくりと広がってゆく。
「ねぇリ」
 ジリリリリリリ
 友人を呼ぶ声は、けたたましく鳴り響くサイレンの音にかき消された。
「3フロア第9エリアを緊急閉鎖します。エリア内の方は今すぐその場を離れて下さい。繰り返します、3フロア第9エリアを……」
 しかし、それが終わらないうちに、
「3フロア第8エリアを緊急封鎖します。エリア内の方は」
「3フロア第7エリアを緊急封鎖しま」
「3フロア第6エリアを」
 輪唱のように、いくつもの電子アナウンスが一気に流れ出す。
「なんだ?」
 談笑をやめ、リヒトたちも天井を見上げる。
「なんかあったのか?」
 だが、黒いしみには気づかない。
「3フロア第5エリアを緊急封鎖します。エリア内の方は……」
「ねぇ、これ、窓の方に向かってない?」
 この要塞には、各階に1つだけ、外が見える窓があるエリアがある。それが各フロアの第5エリアである。レナはその場所のことを言っているのだ。
「かもな。な、タケル。お前、どう思うよ?」
 だが、返事はない。タケルは別のことに気をとられていて、その騒動のことを気にも留めていなかったのである。
「タケル?」
 彼が気にしていたのはもちろん、例の天井のしみ。
 サイレンが鳴ったその瞬間、「何か」がそこから落ちてきたのだ。そしてその「何か」は今、彼の手のひらに納まっている。
 黒い、なにかの種のようなもの。それには、何か、禍々しさが含まれていた。
 捨てなきゃ、と頭では思う。だが、身体はその得体の知れないものに強烈に惹かれていた。
 捨てなきゃ、ともう一度頭の中で強く念じる。だが、手は意思とは反対にそれを強く握り締めていた。
「おい、タケルどうしたんだ? 何か変なものでも食べたか?」
 顔を覗き込まれた瞬間、彼ははっと我に返り、
「ううん、なんでもない。いきなりサイレン鳴ったからびっくりして呆けてたみたい」
 と笑ってみせた。
「全く、本当にお前って変わってるよな。それより行こうぜ。ホームルーム始まっちまう」
「う、うん」
 先に立ってリヒトは歩き出す。
 レナは、それに続く。
 そして、タケルは。
 タケルは遠くなってゆく二人の背をじっと見つめて。

 黒い「何か」をポケットに突っ込んだ。

ログインすると、みんなのコメントがもっと見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

小説を書いてみよう! 更新情報

小説を書いてみよう!のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。

人気コミュニティランキング