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小説を書いてみよう!コミュの不眠症の僕は彼女と遊ぶ

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自分のブログからの転載です。短編ですが、少し長いかもしれません。批評は可、というか是非して頂きたいです。初投稿にして処女作となります。

以下、本文


一. 不眠症と離人症
 眠れなかった。あまりに眠れなかった。二日続けての徹夜。いや、三日間かもしれない。
こうも眠れないと、普通は軀の調子がおかしくなってくるものだが、不思議とそれはない。
 まぁ、いい。タバコが切れたから買ってくる。そのうち眠くなるだろう。
 靴をはいた瞬間、頭痛。そして思考。タバコは3日前にカートンで買ってあるはず。
 そして、俺の喫煙ペースならこんなに速く無くなることはないはず。とはいえ、眠らないと、普段寝ている時もタバコを吸うことになるのだから、量は倍くらいにはなるだろ。
 「不眠続きだったから消費増えたのかね」
独りごちる。そしていつも行く、最寄りの、何の変哲もないくせにやたらと張ってあるチラシの多いコンビニへ。
時刻は午前0時5分。玄関を出てコンビニまで歩く。違和感。正体の分からない違和感。
 コンビニに着き、違和感の正体に気がついた。灯りが消えている。24時間営業のはずのコンビニで、灯りが消えている。コンビニだけではない。周りに電気エネルギーを消費するタイプの、人工的な灯りは何一つ見当たらなかった。ただ満月と星空だけが灯りと呼べる物だった。
 停電か?急に広範囲の灯りが消えたなら、それが一番考えやすいし腑に落ちる。
 しかし、人も見当たらない。夜中だからそんなに人がいるはずでもないが、それにしても、無人としか言いようのない気配。
 「おうい、誰かいませんかー?」
 呼びかけに答えはあった。だが、それは曖昧模糊として、何と返事をしたのかすら聞き取れなかった。ただ一つ、若い女の声であるということと、何故かその声に懐かしさと哀しみと入り交じった感情を、少しだけ抱いた以外は。
 「人いるんだろー。この状態はどういうことなんだ。停電なのか?返事をしてくれ」
 と大声で言い。瞬間、寒気を感じた。いやこれは寒気なんていうものじゃない。見られている感覚。墓場で感じる寒気と同じようなもの。そして“ソレ”が現れた
 「こんばんは。吉田健一郎さん」
 声に振り向くと、少女が居た。やはり何故か懐かしさのような哀しみを覚える顔。14歳くらいで、黒いワンピースを着ている。大人になればかなりの美人になるに違いない顔立ち。
このままでも、ある種の特殊な性癖を持った人々にはたまらないルックスだろう。特殊な性癖を持たない俺でさえ、見蕩れてしまいそうな、そんな少女だった。
 「君、お家の人は?何でこんな夜中に出歩いてるの?」
 「家の人?家族という意味なら居ない・・・というか意味がないわ。私はこんな夜遅くに出歩いているわけじゃない。こんな夜遅くでないと出歩けないのよ」
 「家族が居ない?その年で一人住まいは難しいでしょ?」
 「だって居ないんだもの。正確には、居るけど意味がない。それに、あなた私の年齢を勘違いしているわね。少なくとも、あなたよりは年上よ。その辺は適当に理屈をつけてもらってかまわないわ」
 話がまるでかみ合わない。夜にしか出歩けない?俺より年上?まぁ、俺より年上というのは、まぁ単純に成長の程度が悪かったのかもしれないが。しかし、なんか高飛車な感じの子だな。年上ってのは本当なのかもしれない。しかし、夜にしか出歩けないってのはどういうことだ?周りの状況もある。目の前の彼女なら何か知っているかもしれない。
 「夜にしか出歩けないってどういうことだい。一人暮らしで俺より年上だったら昼も夜も関係なく出歩けるはずだろ?」
 彼女は、今初めて見せるような、憂いと悲しみと決意をない交ぜにしたような表情を見せた後、少しだけ、ほんの少しだけ哀しそうに言った。
 「それは私が夜にしか存在できないから。私は、人ではないのよ。だから、普通の人とは共に生きられない。」

コメント(7)

二. 人外のお時間

 人ではない?なんだ、オカルト系のマル電か?とも思った。しかし、この違和感といい、灯りが消えてることといい、人がいないように感じることといい・・・それに、さっきから感じていた寒気は、墓場のものとは違って来ていた。寒気ではあるが、夏にかき氷を食べているときのような、不快ではない寒気になってきていた。
 「分かったことにしてやる。お前が人でないと言うなら、何なんだ?それに、なぜ俺だけこんな場所・・・と言うか状況にあるんだ?」
 「私は“何者でもない”わ。強いて言うなら、幽霊。でも別にあなたを祟り殺そうなんてことは考えてないし、そもそもできないわ。だから安心なさい。健一郎君」
 「幽霊ねぇ、まぁこんな状況だから、信じてやろう。で、何で俺がここにいるんだ」
 「それは、あなたが───────だからよ。これでいいでしょ?私と少しだけ遊ばない?友達いないのよ、私」
 「え・・・・・」今、何か、ナニカ、凄くすごくスゴク大事なことを聞いた気がする。
 その言葉は、すっと胸に納まるようで、それでいて絶対的な拒絶を示したくなるような言葉でもあった気がする。
 「悪い、俺がここにいる理由をもう一度説明してくれ」
 「やぁよ。時間がもったいないじゃない。一度説明して理解できなかったなら、貴方自身で考え、そして受け入れる事ね。それより遊びましょう?遊んでくれるのよね
?」
 すごくはぐらかされた感があるが、まぁ無理に聞き出さなくても、いずれ自然に分かる、いや、理解するような、そんな予感がする。
 「まぁいいけど。遊ぶつったって何するんだよ。電気通ってないんじゃゲーセンもカラオケもできねぇぞ。後、タバコ欲しいんだけどコンビニも閉まってるしな」
 「だったら、そこのコンビニに入って好きなだけ持ってくればいいじゃない。他にお菓子とか、必要ならお金も持ってくればいいわ」
 「ああそうか、人いないもんなってお前それ犯罪じゃねぇか」
 「人の住む世界ならね。でも今は夜の世界。たとえばあのコンビニの店員は、昼の世界で普通に営業しているわ。でも夜の世界にはこれない。つまり、この世界は昼の世界に置き去りにされたものの世界。そこで物を盗んだって、何にも言われないわ。昼に戻ればコンビニに泥棒が入ったことは分かるでしょうけど、誰もあなたが盗んだなんて分からないし、そもそも店は24時間営業していて、泥棒の入る余地なんてないのに物とお金だけが減っている。そんな珍事件にされるのがオチよ」
 「つまり、ここでは結構やりたい放題?」
 「そうよ。欲しい物はどこかから持ってくればいい。とりあえずタバコ取ってきなさい」
 どうも悪いことのような気がするが、彼女の声には、強制力があるような気がする。ともかくも、コンビニの中に入った。ドアは鍵もかけられておらず、すんなり開いた。中は・・・無人。本当に勝手に持ってくのか?バレないからってそれはちょっとどうかと思う。しかし、彼女の言うことが本当だとして、10カートンとカップメンやらスナック菓子やらを山ほど持った。
それからレジの中身(鍵がなかったのでレジごと壊した)6万円程度と集金袋の中身10万円を店の奥にあった段ボール箱に詰めて戻った。
 「派手にやったのねぇ。でも、夜にしかできない、悪いことをするって楽しいでしょう?人間って本来そんなものなの。普通の常識があるから悪いことはいけないことだと思ってる。でも実際、“普通”から離れてみると、悪いことを楽しめるのよ。この世界は普通から離れているでしょう?ま、これが昼に見つかると厄介だから、私にできることだけしてあげる。神法:認識困難属性付与(エンチャント)」
 「って、最後のは何なんだ。シンポウって何なんだ?」
 「簡単な術よ。これをかけられたものは“認識されること”が困難になる。あなたはこの段ボール箱が何なのか知っているから認識できるけれど、あなたと私以外の人には認識できない。つまり、そこにあるのは見えているのだけど、認識できない。車の運転で言うところの、認知・判断・操作のうち認識ができない」
 そう平然と言い放つ彼女は、見た目こそ幼いが、堂々たる貴族、あるいはファンタジー世界の魔女といった感じがあった。
 「で、そんな術を使えるお前は一体何者なんだ。ただの幽霊って感じじゃないぞ」
 「んー、仮に月詠と名乗っておくわ。一応ここでの通称。神様ではないけどね。神様の月読命は男の神様だしね。それより、取ってきた物持ったままだと邪魔だから、一回家に帰って置いてきたら?それくらいの時間でちょうどアレがやってくる頃ね。」
三.午後13時、夜の目覚め
「アレ?どうせろくでもないことなんだろうが、まぁ分かった。置いてくる」
 そうして歩き出した時、不意に月詠とさっき名乗りだした少女が言う。
 「ああ、そうね。家に時計があるなら見てみると面白いわ。腕時計でも置き時計でも構わないけど、デジタル時計の方が分かりやすいわよ。アナログ時計のもまた乙なものだけど。」
分かった、と呟いて、家に帰り荷物を置き、机上のデジタル時計を見てみた。
明らかにおかしかった。この時計は12時間表示だから、今の時間は大体午前1時のはずだが、表示では13時00分となっているのだ。この時計は13時などという表示はしないはずなのに、デジタルチックな文字で、13と確かに表示されているのだ。時計合わせのボタンを押すと、今度は29時61分となり、どれだけ合わせようとしても、27時だとか99時だとか、滅茶苦茶な時刻がランダムで表示されるのだ。ストップウォッチにしてみると、数字がマイナスの方向に増えていく。
・・・なるほど。夜の世界ってのはこういうことか。人間のものさしでは測りようのない時間・世界。この状況を表すには、それに相応しい時計が必要なのだろう。いや、そもそも時計が必要無いのかもしれない。
なぜ俺がこんな世界に紛れ込んだのかは置き去りのままだ。いや一度聞いている気がする。覚えている気がする。だが、それを考えようとすると、何だかとても厭な気分になった。とはいえ、、彼女はおそらく唯一の手がかりなのだ。月詠のところにいこう。彼女と離れたら、もう二度と普通に戻れない気がする。終わり。強制終了。不正終了。そんな気がする。一方で、彼女はあまりに蠱惑的だった。確かにルックスはかなりいい方だろう。しかし、それ以上の何かが、彼女にはある気がするのだ。俺は遠い昔に彼女と会っていて、あんまり良い別れ方をしなかったような、気がする。ともかくも、コンビニ前に戻ろうか。
そして戻ってきたコンビニ前には、今更驚くべきことではないが、やはり驚嘆に値する光景が広がっていた。
変な怪物がたくさんいて、それぞれに何かを叫んでいる。一応認識できる言葉で叫ぶ怪物、ただ叫ぶ怪物、それらを鎮めようとする怪物。
月詠は、どうやら怪物たちと談笑しているようだ。よく見ると彼女のワンピースの裾には破いたようなスリットがあった。女性が一着しか服を持っていないということはあるまい。要するに、この服は近くの安い衣料品店から貰ってきた(盗んできた)ものをそういう風にして着ているのだろう。切ってあるのではなく、無造作に破いてある。強姦魔がするように。
なんというか、これは普通の性癖の持ち主でも悶えるだろう。
「あ!健一郎!遅いよ!これぞ夜の世界名物、百鬼夜行!昼の世界にも同じようなのあるけど。なんだっけ。変なネズミ遊園地のやつとか色々あるらしいけど、こっちの方が迫力あるでしょ!」
まぁ、迫力は失禁するくらいにあるな。
「しかし、百鬼夜行ってことはこいつら全員妖怪なんだろ?どうして普通に会話ができるんだ?」
思えば月詠には謎が多い。自分を“何者でもない物”と定義し、それでいて妙な術は使え、本名も謎のままだ。    ダガ。モシ序盤の一幕デノ彼女の一言を、ちゃんと聞いていれば、全ての謎は氷解しただろう。だが。あれは、アレハ。聞いてはいけない。理解してはイケナイ。理解したが最後、全てを理解するとともに、自分の存在の危うさを知ってしまうだろう。つまりそれは、俺、と、いう、存在、の、否定。つまり、ソレハ・・・・彼女をも否定することになる。ただ一つ彼女に関して言えることは、彼女が俺の名前を知っていたということだ。それと、彼女の身体に対する、劣情とはまた別に存在する感覚。
しかし、それを理解することもまた、終わりへと繋がっていくのではないか。不眠症から始まった、変な女性との変な逢瀬。その終わりは、俺が下すような、気がする。
恐れを抱きながら、月詠に問う
「月詠は、どうして奴らと話ができるんだ?」
「夜の住人は夜の住人同士話ができるから」
なぜ恐れを抱く必要がある?
「でも俺は会話できなかったぞ」
なぜ、恐れ、る
ああ、次の彼女の言葉を聞いてはいけない!聞いてはいけないんだ!
四.夜のめざめ

「健一郎は、まだ完全な夜の住人じゃないから」
聞いてしまった!そうか!俺の不眠症の原因も思い出した!逆だったんだ!残酷な運命も、哀しき宿命も。そして、それら全てを受け入れなければならないという因果も、全て受け入れる時が来てしまった!
「健一郎君。哀しいの?ごめんなさい。あなたを騙していました。」
俺が全てを思い出したと同時に、口調を変える月詠。いや、これは月詠じゃない。これはもっと大切な人の言葉だ。
「ああ、君が俺をこちらに連れてきた理由を聞いていたのを、聞いていながら忘れようとしていた言葉を思い出した」
「そんなこと・・・言ったかしら」
あのとき、俺の問いかけに答えて、単に聞き取れなかっただけだと思っていたフレーズ。
それを言えば、終わりになると分かっている。分かっているから言いたくない。哀しい。
しかし、言わなくてはならない。今それがやっと、はっきりとした。
「月詠、お前は確かにこう言った。俺を連れてきた理由は“初恋の人だから”だろ?合ってるか?」
月詠と、こちらではそう呼ばれる、ただの少女は涙をこらえながら答えた。
「そう、です。私たちはかつて昼の住人の恋人同士、だった・・・」
そう、俺たちは恋人同士だった。それがなぜ、今夜の出来事、夏の夜の夢のような事態になったのか。それは俺と彼女で説明しよう。
俺たちは、周りからも不似合いだと言われつつも、俺が12歳のとき、14歳の彼女と付き合うことになった。お互いにとって初恋だった。子供の初恋故にに何もかもが手探りながら、何もかもが楽しく、幸せな時間だった。しかし、その楽しい日々は長く続かなかった。
 数ヶ月が経った日、もともと体の弱かった彼女は急病で死んだ。病名は、12歳の少年には理解するに難しすぎるものだった。
俺は悲しみに暮れ、学校へもろくに行かなくなり、不良同然の生活をしていた。
だが、今の俺は夜の側にいる。それはつまり・・・
「そうです、あなたは死に至ろうとしている。最後に一度だけ、遊びに行きましょう。終わりという名の、遊びです。」
「どこだ、そこは。電気も何にもないんじゃどこへ行っても同じだろう」
「いいえ、一つだけ、同じでない場所があります。遠いので、術を使います」
「聖法:加速・垂直飛翔・方向を166へ・平行飛翔」
 そうして、感覚で時速500kmくらいの速度で飛んで来たのが、病院である。
五:不眠症の僕は彼女と遊び、全てを理科す 


 「さぁて、みっちり歯の浮くような言葉を語り合ったところで、一つ提案があるのよ」
 「って、いきなり口調が月詠のものに戻ってるぞ。で何だ」
 「私だって偉そうに喋りたいの!それくらい魅力的な提案なのよ!私は、あなたの言う妙な術を使える。それは知っているでしょう?」
 「まぁ、喋り方は割合どうでもいい。で、まぁそうだけど、それで俺を助けることができるとか言うのかよ」
 「まぁ、できるかどうか問われたら、できるわね。ただし、これはかなり大がかりだから、私自身へのダメージも大きい」
 「どれくらいのダメージだ?」
 「魂魄のうちどちらか片方か、あるいは両方を失う程度」
 「それってゾンビになるか本当の幽霊になるかこっちでも死ぬかってことじゃねぇか」
 「健一郎。あなたは生きていたい?それとも死にたい?」
 生きたい。しかしそれは、沙夜子を犠牲にするということだ。生きたいところだけど、沙夜子を犠牲にしてまでは生きたくない。
 不意に唇に温もり。
 「ごちゃごちゃ考えないの。やる時はさっさとやっちゃった方が楽よ」
 と、強がりながら俺に命令してきた。
 「考えれば私の方が年上だったじゃない。生きてた頃も私の方が強かったでしょう」
 確かに沙夜子は、口調こそ柔らかかったが、その実、高飛車な子でもあった。
「いや、でも、お前の犠牲で俺が助かるってのは何かドラマみたいでこう」
 「だから喋らないで。魂魄の移動は口移しが二番目に効率いいんだから」
そんな場合ではないが、悪戯っぽく質問してみる。
「一番目は何なんだ」
 「そ、それくらい察しなさい。それが希望ならしてあげてもいいけど」顔を赤らめる月詠こと沙夜子
 「いや、それはいい。だけど」俺のために沙夜子が犠牲になる必要はあるのか?
「だって俺は別に死んだっていいわけだし」
 「馬鹿!」沙夜子は遂に涙を流し始めた。
涙を流しながらも、口づけを続ける。
 「本当なら、健一郎は夜の世界を見ることもなく死んで、訳の分からないまま魑魅魍魎の一軍に加わるはずの人です。それを職権乱用して連れてきたのは何故か、忘れたわけじゃないですよね」
 もう強がることを諦めたのか、口調は俺の知っている沙夜子のそれになっていた。
「初恋の・・・人だから」
 「そうよ。ずっと愛してた。私が死んでも、月詠となっても。だから、お姉さん命令です。生きてください!」
 「でも!でも俺だって沙夜子を失いたくない!」
 「私はもう死んでるんだからいいんです」
 「それでも!」
 「いいからいいから。お姉さんの命令通りにしなさい」
 という問答の間にも、沙夜子の命は失せてゆく。後はただひたすら、喋ることもせずに口づけを続けた。そして何分間か、何時間か、何日間か。短いような長いような時間の後に後には吉田健一郎一人が残った。
 彼は始め嗚咽し、慟哭し、悲しみの涙を流したが、やがて、はじめ変な少女として現れ、彼を惑わし、また彼を愛し、後になってから己の最も愛した人であることを明かした少女のことを想い、歩き出した。彼は、昼へと帰還する。月森沙夜子の追憶を持って。彼は、おそらく道を間違えない。月森沙夜子という、幼き頃に愛し、幼き頃に別れ、そして先ほど、幼き姿のまま自分を助けてくれた存在を忘れない限り。
六. Last Awaekning(最後の交わり)

 「さーて、みっちり歯の浮くような言葉を語り合ったところで、一つ提案があるのよ」
 「って、いきなり口調が月詠のものに戻ってるぞ。で何だ」
 「私だって偉そうに喋りたいの!それくらい魅力的な提案なのよ!私は、あなたの言う妙な術を使える。それは知っているでしょう?」
 「まぁ、喋り方は割合どうでもいい。で、まぁそうだけど、それで俺を助けることができるとか言うのかよ」
 「まぁ、できるかどうか問われたら、できるわね。ただし、これはかなり大がかりだから、私自身へのダメージも大きい」
 「どれくらいのダメージだ?」
 「魂魄のうちどちらか片方か、あるいは両方を失う程度」
 「それってゾンビになるか本当の幽霊になるかこっちでも死ぬかってことじゃねぇか」
 「健一郎。あなたは生きていたい?それとも死にたい?」
 生きたい。しかしそれは、沙夜子を犠牲にするということだ。生きたいところだけど、沙夜子を犠牲にしてまでは生きたくない。それなら死んで化け物として夜の住人になった方が・・・・不意に唇に温もり。
 「ごちゃごちゃ考えないの。やる時はさっさとやっちゃった方が楽よ」
 と、強がりながら俺に命令してきた。
 「考えれば私の方が年上だったじゃない。生きてた頃も私の方が強かったでしょう」
 確かに沙夜子は、口調こそ柔らかかったが、その実、高飛車な子でもあった。
「いや、でも、お前の犠牲で俺が助かるってのは何かドラマみたいでこう」
 「だから喋らないで。魂魄の移動は口移しが二番目に効率いいんだから」
 「一番目は何なんだ」
 「そ、それくらい察しなさい。それが希望ならしてあげてもいいけど」顔を赤らめる月詠こと沙夜子
 「いや、それはいい。だけど」俺のために沙夜子が犠牲になる必要はあるのか?
「だって俺は別に死んだっていいわけだし」
 「馬鹿!」沙夜子は遂に涙を流し始めた。
涙を流しながらも、口づけを続ける。
 「本当なら、健一郎は夜の世界を見ることもなく死んで、訳の分からないまま魑魅魍魎の一軍に加わるはずの人です。それを職権乱用して連れてきたのは何故か、忘れたわけじゃないですよね」
 もう強がることを諦めたのか、口調は俺の知っている沙夜子のそれになっていた。
「初恋の・・・人だから」
 「そうよ。ずっと愛してた。私が死んでも、月詠となっても。だから、お姉さん命令です。生きてください!」
 「でも!でも俺だって沙夜子を失いたくない!」
 「私はもう死んでるんだからいいんです」
 「それでも!」
 「いいからいいから。お姉さんの命令通りにしなさい」
 という問答の間にも、沙夜子の命は失せてゆく。後はただひたすら、喋ることもせずに口づけを続けた。そして何分間か、何時間か、何日間か。短いような長いような時間の後に後には吉田健一郎一人が残った。
 彼は始め嗚咽し、慟哭し、悲しみの涙を流したが、やがて、はじめ変な少女として現れ、彼を惑わし、また彼を愛し、後になってから己の最も愛した人であることを明かした少女のことを想い、歩き出した。彼は、昼へと帰還する。月森沙夜子の追憶を持って。彼は、おそらく道を間違えない。月森沙夜子という、幼き頃に愛し、幼き頃に別れ、そして先ほど、幼き姿のまま自分を助けてくれた存在を忘れない限り。
Epilogue/monologue

健一郎は病院のベッドの上で目覚めた。長い、長い夢を見ていた気がする。実際のところ、昏睡中でも夢は見るらしい。医師は皆、あまりの急激な回復に驚いていた。死ぬ率が90%越えだったものが、ある一瞬を境に急激に快方に向かったのだ。その一瞬、別の世界では別の健一郎と、ある女性の物語があったのだが、健一郎はそれを朧気にしか覚えていない。覚えていたとしても、単に夢で片付けられるものだろう。しかし、彼は気づくだろう。
自らの唇の紅きを以て。彼女と遊んだ日の過程で盗んできた大量のタバコと少しの現金が自宅にあることを以て。そして、彼女の名前を叫んだ声帯の違和感を以て。最後に、月森
沙夜子と月詠という少女の名を以て。
あとがき
短編と言いながら結構長かったです。


実はブログ版を元にちょっとだけ加筆修正をしています。
この作品のテーマは「ここでは無い、ここに似ている世界」と「時計の針が13番目の数字をさす時刻」で、幻想小説的なものを書こうと思って書きました。
ところがどうも恋愛、それも悲恋を書いてしまいました。
作中にもある遠り、月読は本来の日本神話では男での神様なのですが、あえて小夜子の通名を月読としました。彼女が夜の世界の住人で、その中でも割と位が高いので、あえて神様の名前を付けました。
非常に台詞が多いので、月読との会話を楽しむ作品になりました。
ちなみに、健一郎の状態は、私が重病でICUに入院してたころの実体験として書きました。
実際に、昏睡状態のときに見た夢は、ずっと自分のアパートで眠れないというものでした。

まだまだ稚拙ですが、ご評価をお願いいたします。

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