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小説を書いてみよう!コミュの偽りの友情〜だけどそれは温かくて〜

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これは、『精霊記』シリーズのまだ載せていない三部目をかき終えてから、つくったお話になります。
かなり長い短編になります。(A4 36行41桁で 36枚)

設定は高校二年の時(3・4年前)から考えていたのですが、最初のさわりを書いて嫌になり、ずっと放置しておいて、気づいたのが、大学入ってすこし経って(2年前くらい)から続きを描き始めました。完結しているまつの作品では、これが一番新しいかな?

現代ものファンタジーなので、もしかしたら調べが足りず、変なところもあると思いますが、見つけたら感想、意見お願いします。
あと、誤字脱字を直していないので、大量にありますが、御了承ください。

コメント(10)

   *****
 
雨がしとしとと降り始め、昼過ぎだというのに辺りが暗く染まっていく。
 今月になって何回降っただろう。街を歩く人々はもう雨は慣れたのか、皆、傘をさして平然としている。
 その街の店と店の間にある路地を入り、その奥の路地裏で二人の少年が傘もささずに立ち止まっていた。
 その場に来て、もう十分程の時間が経つのにも関わらず、二人は沈黙のままお互いに違う方向を向いていた。その静けさが、大降りになった雨の音をさらに大きく響かせる。
「もう、俺には関わるな……」
 沈黙の中、視線も合わさずに急に声をかけられた上に、この雨の音のせいで目の前の少年が何を言っているのか、聞こえなかった。
 何故か聞いてはならないような感覚に苛まれ、聞き返すことができないまま、ただ茫然と少年をみていると、彼は首だけを動かしてこちらを見て、
「もう、俺には関わるなと言っている」
 彼が何を言っているのかは分かった。しかし、何故そんなことを言うのかまでは、理解できなかった。
 彼と自分は幼いときから十七年間一緒に育ってきて、幼馴染みというよりは、兄弟に近い存在だった。そして、唯一無二の存在だった。決して、仲が良いというだけの付き合いではなかったはずだった。
 お互いに今までなんどもケンカをした。男同士のためか、殴り合いにまで発展してしまったこともある。彼の、自分の感情を表に出さないことが原因で、何度も迷惑かけられたことだって忘れてはいない。
 自分と正反対な性格だからこそ、釣り合うのだと、信じてきたたった一人の親友が、今、口にしたことは、少年にとって深く傷ついた一言だった。
 もう一度聞き返すことも、反論することもできないまま、少年は、立ち去ろうとする親友を、それでも必死にくい止めた。
「お前とは、もう関わりたくないんだ、望……」
 眉根を寄せてこんなにも苦悶の表情を見せる彼の姿など、今まで見たこともなかっただけに、望と呼ばれた少年は、一瞬焦りを覚える。
 理由を聞きたかった。しかし、信じられない言葉で震える身体に、声を出したいのに出ない、渇いた喉が望の意識とは反して邪魔をする。
 そんな望の心情を知ってか知らずか、少年が身体ごと彼の方に向き直り、
「俺は、お前に……」

     *****
 
 視界が白くぼんやりと開けるのと同時に、鋭い機械音が耳を刺激する。
 その音に驚き、薄かった視界がハッキリと広がり、それと同時に頭に衝撃が走る。
 目の前の白い天井に、これもまた白い蛍光灯が烈良く並んでいる所など、今まで生きていた中で学校しかないが、こんな機械音がする学校など、工業化ですらあり得ないわけで、ここが学校ではないことは、痛む頭でも考えられた。
 ここがどこだか辺りを見渡そうとすると、頭の痛みに伴って、身体全体に激痛が走った。どこがどう痛いのかさえ、自分では理解できないほど、ただ、全身に電気が通ったように痛いのだ。まあ、実際電気の痛みなど知らないのだが……とにかく、気を失ってしまうのではないかというほどだ。辛うじて気を失わなかったのは、未だに慣れないこの機械音のせいだろう。
「お姉様〜! 彼、目を覚ましましたよぉ!」
 機械音と同じに鋭いような、それでいて甘いような女性の声が聞こえる。
 誰かを呼びに行き、数分もしないうちにもう一人の女性を連れて戻って来る。
「大丈夫ですかぁ?」
「…………」
 見知らぬ年上だろう女性に、覗き込まれる形で聞かれ、少年は言葉がでなかった。
 ぱくぱくと口を動かしていると、
「こらこら。そんなんじゃ彼がびっくりするだろう」
 半ば呆れたような、からかっているような声音で、彼女よりもさらに年上だと思われる女性が少年の額に手の平を当てる。
 自分に害を与えるわけではないと悟った少年は、警戒することもなく、目の前にいる女性二人をただぼんやりと見ているだけだった。
 一人は二十代前半くらいの軽い感じの女性で、もう一人は医者なのか、白衣を着ていて、しかしそれがさまになっている二十代後半くらいの女性だ。どうして自分はこんなことになっているのだろうと、思わず考えてしまう。
「安心して。私たちはここ、保護センターのただの社員だから」
 怖がっているわけではなかったが、建前としてなのだろうか、白衣の女性はそう言った。
「保護……センター?」
「そう、身内の居ない人や捨てられた子供を保護している所よ!」
「君、名前は?」
 ここがどういう場所なのか、まだはっきりと理解する前に、名前を聞かれて、少年はとっさに、
「……のぞ……む……」
 頭に浮かんだ言葉を口にした。
 何故だろう、どうしてここにいるのか、何故こんなにも身体が痛いのか、思い出そうとしても、出てくるのは『のぞむ』という自分の名前と、
「洋っ!」
 とっさに頭に思い浮かんだたった二つの名前のもう一つの方を、飛び上がると同時に叫んでいた。しかし、痛みに阻まれて置きあげれずに背中を再びベッドに預ける。
 何故、思い出そうとしても思い出せないのだろう。不思議と彼の瞳からは涙が溢れていた。
 白衣の女性が、しばらく寝ていろと言って、少年は目を閉じた。
 
     一

 望が次に目を覚ましたのは、それから三時間が経った時のことだった。
 ずっとそこにいたかは分からないが、望が起きるのと同時に白衣の女性が体温計を持ってきて計れと言ってきたので、彼は何の抵抗もなくそれを自分の脇に入れた。
 不思議と前に起きたよりも痛みがない。それでもまだ頭は痛む。
 約三分ほどの時間で体温計は鳴り、それを白衣の女性に渡すと、彼女は安心した表情になった。
 眠っていたときにでも熱があったのだろうか、望にはその記憶はなかった。
「起きて早々に悪いんだけど、あなたのことを聞いてもいいかしら?」
「…………」
 少し頭がいたいことを考えて欲しいが、ただ話をするだけなら差し支えはない。ましてや、断る理由もないのだ。それに、望には何故、自分がここにいるのかも知りたいところだった。
「……わからないんだ……。望って自分の名前と、洋って……多分友達だと思う人の名前しか出てこない……」
 白衣の女性は望が話し出したと同時に、ベッドの横に腰を掛けて話を聞く形をとった。
「綾音、書く物を持ってちょっとこっちにきなさい。それから、さっきのプリントも持ってきて」
「はあ〜い!」
 遠くからあの甘い声が聞こえる。
 嫌味ではないが、彼女の声はどうも頭に響く。望は頭痛を堪えるのに必死だった。
 白衣の女性に呼ばれて、彼女にプリントを渡しながら腰を掛けた女性は、ニコリと望に笑顔を向けた。
「ああ、私たちの自己紹介がまだだったわね」
 プリントを読もうとした白衣の女性が、思い出したようにそう呟いた。
「私の名前は森山千尋。ここの社員で担当は医師よ。身体の調子が悪かったら気軽に声をかけて」
 白衣をきていたのは、医師だからだったのか、と半ば感づいてはいたものの納得する。
「そして、あたしの名前はね、皆瀬綾音。同じくここの職員で、担当はカウンセラーですっ! よろしくねぇ」
 カウンセラーがどういうものか、望は詳しくしらないが、なんとも相談しやすいというか、しずらしというか、しかし、掴みは悪くはなかった。
「悪いけれど、あなたのことは調べさせて貰ったわ」
 プリントを見ながら千尋は淡々とそう言った。
「持月望、十七歳。公立の普通高校に通っている。家族構成は父、母の三人暮らし」
「そんな情報……」
 信じられないといった感じで望は千尋の方を見る。
 しかし、覚えているのはその中でも自分の名前と歳くらいだった。
 父と母がいると言われても顔も名前も何も覚えてはいない。
「あなたは、昨日の夕方に雨の中路地裏で倒れていた所を発見されたのよ。発見してくれたのがうちの社員で良かったわよ。変な所に連れて行かれると、説明しろだとかなんだとか言って、尋問の毎日だもの。ましてや、望くんは記憶喪失の可能性もあるわ。そんな子に尋問なんて、辛いだけよ」
「記憶……喪失?」
「何も覚えていないのでしょう? ちゃんと調べたわけじゃないから、一種のショック状態って可能性もあって、すぐに思い出すかもしれないけれど、きっと、記憶を失っているはずだわ」
 だから、何も思い出せないのか、と望は落胆した。
 不思議と怖くはなかった。
 記憶がなくても、普通なんだと実感した。
 普通の人だったらどんな反応をするのかな、などと、そんなことを考えてみる。
「それで、なんでそんな所にいたのか、それは覚えているかしら?」
「雨……路地裏……分からない……」
「そうよね。やっぱり覚えていないわよね……」
 何故、そんな言い方をするのか、望は気になったが、あえて聞くことでもないと思ったので、次の言葉をまっていた。
 何を聞かれても分からないと答えることしかできないが、自分のことももっと知りたいと思った。自分のことなのに、人に聞くのは変な感じだと、望は思わず笑みをもらしていた。
「熱も出してたし、いきなりこんな所に連れてこられて、不安じゃないかと心配してたけど、大丈夫みたいね」
 望の笑みを見ていたのか、千尋は望に対して笑みを返した。
「今日はここまでにしておくわ。色々聞いてもただ不安にするだけだし、記憶がないなら、時間をかけて思い出せばいいことだからね。私たちもできるだけ協力するから、望くんも頑張ってね」
 彼女の笑みは勇気が出てくる。
 記憶がなくなって、不安なのかは分からないが、疲れているのは本当だった。そういってもらえると、ここにいる罪悪感もなくなる。望にはそれが嬉しかった。
「部屋はここを使ってもらってかまわないわよ。あと、そっちの机にここの設備の配置と説明書があるからよく読んで置いてね。ここ、広いから見取り図とか読まないと迷うからね」
「お昼とかも食堂でもとれるし、ルームサービスも頼めるのよ! 自動販売機とかはファイルに入ってるカードを挿入させれば、使えるから使ってね」
 今まで、千尋の隣で望が言ったことを目もしていた綾音が、声をだした。
 彼女が喋るとその場は明るくなる……というよりも、むしろうるさくなる。
「あとは、これから望くんの記憶回復のために班が組まれたんだけど、今、みんな忙しくて呼べないから後々紹介するわね。それじゃあ、ゆっくりとしててね」
 そう言って、二人は部屋から出ていった。

 お昼を大分過ぎていたが、望は何も食べる気がしなかった。ずっと寝ていたせいなのか、思い出せない『洋』という名前のせいなのか、どちらにしろ、動くのも面倒で、ベッドに横たわったままただぼうっとこれからの事について考えていた。

 プープープー
 プープープー
 いつの間にかまた寝てしまっていたのだろう。望は、部屋の呼び鈴で目を覚ました。
 ベッドの枕元にある時計を見てみると、午後六時を指していた。
 面倒だったが、呼び出されている以上は出なければならない。少なくともここでお世話になっている身であれば、当たり前のことだろう。
 ドアを開けると、そこには綾音ともう一人知らない男の人が立っていた。
「やっほー! 夕食一緒に食堂でとらない?」
「いや、別に俺は……」
 そこまでしなくても、罰は当たらないだろう。
 まだ食欲もなかったし、ルームサービスでも頼めるならそっちにしようと考えていたが、
「今なら、みんなのこと紹介できるし、これからも一緒にやっていくどうし、交流を深めておいた方がいいと思うよぉ?」
「まぁ、やることもないし別にいいけど……」
 そこまで言われて断る理由もない。面倒だがただ食事をして話をすればいいだけなら、とそう納得して望は綾音たちと共に食堂に向かった。
     二

食堂には夕食時間とは思えないほど、人がそれほどいなかった。
 皆はルームサービスなのか、それとも、ここの近くにあると教えて貰ったレストランにでも言っているのか、それほどうるさくならずにすむと、望は内心ほっとした。
 何故、ほっとしたのかは分からないが、そんなことを考えていても仕方がないために、指示された席へと腰を掛けた。
 五・六人掛けのテーブルで、まだ班の人達は来ていないらしい。
 移動中に紹介された吉岡トオルという男が、望の隣に座る。その前に綾音が座り、辺りをキョロキョロと見渡している。
「そう言えば、皆瀬さんはカウンセラーと聞いたけれど、吉岡さんは何を担当されてるんですか?」
 名前と歳は紹介されたのに、担当の職種を聞いていなかったことに、望は思い出す。
「ああ、僕は栄養士だよ」
「栄養士って俺には全然関係ないんじゃないですか?」
「あ、さっき説明不足だったかなぁ? 担当の班を決めたって言ったけど、実は班って最初から決まっているんだよねぇ」
 そういうと、綾音は立ち上がった。
「そんなことより、みんな来ないから先に食べてよう! 何がいい?」
 そんなこと言われてもと、悩んでいると、
「そこにメニュー表があるよぉ」
 一通り目を通してめぼしいものを口にする。
 隣にいるトオルはランチBを選択していた。
「じゃあ持ってくるね」
 彼女の行動は早い。
 別にいい、自分でやると声を掛けようと思った瞬間には、もうカウンターのあたりにいた。
「まったく、行動力が早いのはいいけど、話を終わらしてから行って欲しいよね……」
 半ば呆れ顔をしたトオルが、
「で、さっきの話の続きなんだけど」
 と、話を繰り出した。
「僕たちは就職してから少しして、あらゆる患者が診れるように、バランス良く職種別で班が決められているんだ。グループ同士の仲も悪いと困るからって好きな者同士で組んでるわけ。だいたいが四・五人の班だけど、例外もあるかな。ちょっと珍しい患者が来ると、急遽別の班からそこの班にいない職種の人とかが呼ばれることもあるんだよ」
 長い説明の上に、理解ができないでいると、トオルはごめんといった感じで話を止めた。
「まあ、望くんには栄養士がいなくても平気なんだけど、別にいても悪いわけじゃないから、ただいるだけ。ま、カウンセラーじゃないけど、女性に言えない話があったら、相談に乗るから。それくらいはできるしね」
 トオルはクスっと笑った。
「何、何の話し?」
 三人分の食事を難なく持ってきた綾音が興味津々に聞いてくる。
 いや、こっちの話しとトオルが流すと、綾音も大して気にした様子もなく、望とトオルの前にトレイを置いていく。
 それから自分も椅子に座り、食べ始めようかと思いきや、目の前の、二人のトレイに目が泳いでいる。
「あたしも、望くんと同じスープスパにすれば良かったかな?」
 今更後悔しても……と思ったが、まだ口に付けていために、交換もできる。望はそう綾音にそう言うと、
「ううん。あたしは、この海老フライが食べたかったから、大丈夫! それに明日だって食べられるしね」
 だったら始めから言わないで欲しい、と望は内心毒づいた。
 それから、保護センターのことや、患者のことなどを色々聞いた。勉強になったことも多くあった。
 何故、ここで働くことを決めたのかまで、綾音は語ってくれた。
 話しに夢中になっていると、
「これ、もーらいっ!」
 と、いきなり綾音がトオルの海老フライを奪い取る。
「ちょっ、綾音! 僕の海老フライだろ!」
「いつまでも食べないからいらないのかと思ったの!」
「まだ自分のがあるだろう!」
「いいの〜」
 半分涙目になりながら、トオルは海老フライを取り返してもらうよう抗議に出るが、ダメと綾音は一歩も譲らない。
 海老フライを持ったまま手を右左へと動かしていく。
「おっと、いいもの貰い!」
 綾音の箸から海老フライを取り上げ、有無を言わせぬ速さでそれを口に含んだ男は、彼女の隣へと腰を落とした。
 そして、前にいる望に向かって一瞬笑みを浮かべた。
「あ〜、あたしの海老フライ!」
「お前のじゃなくてトオルのだろ」
 いや、人のだと分かっているのにそれでも食べるって……と、望は呆れた。
「トオル、ゴチ!」
 しっぽだけになって返ってきた海老フライに向かって、涙でうるんだ瞳を向ける。
「って、なんでトオルのだって知ってんのよ! いつからいたわけぇ?」
「お前がトオルの海老フライを奪い取るところは、この俺の1・5の視力でばっちりと見たがな」
「だったらなんでもっと早くにこないの?」
 そう言ったところで、彼の前に置かれているトレイに気が付いた。
 そうだ、あたしらがさきにご飯食べてたんだ、と綾音は今更ながらに思い出す。
「あの、ふたりは高校からの知り合いで、保護センター公認のベストカップル第二位に入っているだよ」
 海老フライの逆恨みからか、トオルがわざと聞こえるように、言わなくてもいい他人の事情を望に耳打ちする。
 当然、綾音は反応し、トオルの頭をポカポカと叩く。
 彼女の彼氏という目の前の男は、全く気にした様子はない。
「二位? じゃあ一位は?」
「一位は当然……」
「あら、もうみんな来てたの? じゃあ私も夕食頼んでこないとね」
 そう言って現れたのは、白衣姿の千尋だった。
「千尋さんですよ!」
「ん? 何が?」
「保護センター公認、ベストカップルの話です」
 何の負い目もなく、トオルは軽く口にする。
「あぁ。私たちは、カップルとは又違うわね。例えるなら絆の深さ、でしょ」
 さすが年上なだけあって、綾音とは反応が違う。
 千尋はそれだけ言い残すと、カウンターに歩いていった。
「千尋さんと、ここの社長は夫婦なんだよ」
「それで、公認……」
 望は呆れて良いのか感心していいのか、分からなかった。
「おっと、俺の紹介がまだだったよな。俺は、新井耕治。情報担当だ。よろしくな、望」
 新井耕治と名乗った男は、剽軽に握手を求めてくる。
 望はそれに答えるべく、手を差し伸べた。
 千尋が戻ってきたのはそれから五分もかからぬうちで、皆で夕食を楽しんでいた。
 最初は面倒だと思った望も、いつしか、この温かい雰囲気に包まれて笑顔が浮かぶようになった。
 
 知らない人といきなり食事をして、自分の過去さえ覚えてないのに、何を話せばいいのかと悩んでいたが、保護センターで働いているだけあって、望のことを気遣ってくれているのだろう、と自然に皆と話すことが楽しくなる。
 夕食の時間はあっという間に流れて、食堂も閉まる時間になった。追い出された5人は、やることもなく自分の部屋に戻ろうとする。そして、それは望も同じだった。
 四人とは反対の方向に部屋がある望は、じゃあ、とひと言だけ言って踵を返した。
「待って。これを渡しておくわ」
 千尋が、五枚ほどのA4のプリントを望に手渡す。
 何だろうと確認する望に、
「明日からの予定表。診察とか色々あるからね。ほとんど部屋を動かなくてもいいんだけど、時間帯とかもあるから、渡しておくね。一通り目を通して置いて。それじゃあお休みなさい」
 ニコリと笑みを浮かべて、千尋は踵を返して歩きだす。
 後ろでは綾音が大きく、お休みと手を振ってくる。
 望は手を軽く挙げるだけで返答した。

 部屋に戻ってきた望は、渡されたプリントに目を通した。
 十分ほどして読み終えて、そのままベッドに横になって疲れた身体を休めるために、寝ることにした。起きていてもやることがないのだと、洋のことは考えていてもしょうがないと、そう思いながら、自然に夢の世界に入っていく。
     三

 人の通ることのない路地裏は、闇に包まれていて、まるで地獄へと誘う入り口の様に見える。
 その路地裏から抜ければ、そこはうってかわって明るい世界だった。
 まだ夜中とは言えない時間なだけに、人の通りも激しい。仕事帰りのサラリーマンや遊び終わって家に帰ろうとしている学生でごったがえしている。
 だが、だれも地獄への入り口で起きていることを知らない。
 それは……
「てめぇ、女だったら食事の1つでも作りやがれ! 仕事ばっかやってっと、モテねーぜ!」
 嘲笑するかのように怒鳴る長身痩躯の男の大声に、
「女が食事を作らなきゃならなねぇなんて、誰が決めたんだよ。差別してんじゃねーぞ、コラ!」
 その細くて白い肌に、腰まで伸ばした艶のある黒髪を頭の上で一つに結び、風に躍らせている姿からでは想像ができないほど、やたらと口の悪い女の声が、行き交う人々の視線を一瞬にして集めている。
 そんな二人のやりとりに近づく人がいるわけもなく、約五メートル離れた所から歩きながらじっとみているだけである。
 二人のケンカと、後方の地獄への入り口が、人々の足をそれ以上彼ら側には進ませないのだ。
 そして、ケンカはさらにヒートアップする。
「女がそんな口の悪いききかたしていいのかよ!?」
「女、女って、男も女もカンケーねぇだろうが!」
 そして、いがみ合う2人の前に、地獄からの使者が現れた。
 もちろん、そんなものいるはずはなく、ただの人間である。
「そのくらいにしておけ……」
 本当に地獄からの使者だと紹介されても、納得してしまいそうな黒づくめの陰気な男が、二人のケンカを仲裁する。
 その言葉をきっかけとして、二人はふんっと背中を向け合う。
 これがいつもの日常だった。街へ来るときの遊びと言ってもいい。
「けど、やっぱり女は綺麗な方がモテますよ」
「お前も差別をするか!」
 女が睨むと、闇から出てきたもう一人の、陰気な男とは正反対な、陽気な男がまいったと言うように両手を胸の前に出す。
 ケンカがおさまり、その場が静かになると、街を歩く人の視線も進行方向を向くようになる。
「終わったんだろ。だったら帰ろうぜ!」
「ああ……」
 四人はそれから物音一つ立てず、まるでそこにいないのではないかと思うほど、静かにその場を去った。

 二十分ほど歩いて辿り着いた所は、闇に包まれた倉庫の前だった。
 街を外れて周りは一面のアスファルト。そして、その片隅には、人が住むには役に立たないだろう廃家があった。もともとそこは牛小屋だったのか、なかなかの広い空間だが、それを見て人は寄ってくることはない。いつ壊されてもおかしくはないものだった。
 その廃家の中は、外と比べるほどぼろくはなかった。
 多少の誇りと柱の古傷が目に付くが、生活するにはそれほど問題はなかった。掃除をすれば誇りはなくなるし、古傷もそれで柱が倒れてくるほどでもないものだ。
 四人がここに住み始めてから、もう一年が経っていた。
 お互いの性格が分かり始めていた時期でもある。もちろん、自ら本音などを話すことはないが、一年も共に生活していれば、自然に分かってしまうのものである。
 路地裏の前でケンカしていたのも、本気ではない。ただの遊びなのだ。
 四人とも歩き疲れた身体を、口も聞かないまま、座ることで休ませている。部屋に静寂が訪れた。
 その静寂は、四人の中で唯一女であるナツのひと言で破られた。
「あいつ、最期になんて言ってた?」
 その言葉は、路地裏にいた陰気な男に向けられる。
「命乞いをしてきた……」
「もちろん、最期まで聞きませんでしたけど」
 彼の言葉に満面の笑みで付け足しをしたのは、共にいた陽気な男、フユだった。
「でもよ、あんな芝居やってて、俺たちが犯人って気付かれねーか?」
「僕たちはプロだ、心配はいりませんよ、ハル」
 ハルと呼ばれた路地裏前でナツとケンカしていた男は、その大きな身長と体格に似合わず心配性である。
 ハルとナツはいつでも暇つぶしにケンカしているが、今回は、全てシナリオだったのだ。
 街の人を路地裏に近づけないための芝居である。
 そして、その二人のケンカを止めた、陰気な男の名はアキという。いつも冷静で何を考えているのか分からない。
「プロ、か……世の中には最悪なプロもあるもんだな」
「殺し屋という仕事が最悪だと思うのか、テメーは?」
「うっせぇよ。警察にとっては厄介な組織だろうよって意味だ!」
「特に僕たち『殺し屋・四季』はね……」
「なんにしろ、警察に我々が捕まることはないということだ」
 『殺し屋・四季』というのが4人のグループ名である。その名の通り、裏世界では有名な組織で、よく依頼される。
 一ヶ月に四・五回はくるだろう。
 四人の本名の中にそれぞれ別の季節が入っていることに気付いたナツが、コードネームを決めて、組織名もそれにちなんで四季と名付けたのだ。名付け親はフユだが、皆その名前に文句はないらしく、そのまま改名されることはない。
 誰一人、皆の本名を知らないためか、四季でつけられたコードネームを呼ぶことが当たり前になっている。
 案外安易に考えられたのだった。
「そう言えば、前に突っかかってきた少年くん、生きてるみたいですよ? アキ、ちゃんと殺しました?」
「へぇ、珍しいこともあったもんだなぁ。お前が殺して生き残れる奴がいるなんてよ」
「て、抜いたんじゃねーの?」
「いや、確かに殺したはずだ。生き残れるはずはない。人違いだろう」
 とは、言ったものの、ナツの情報は十中八九間違いない。自分でも本当に死んだのかは確認していなかったが、しかし、殺したはずである。
 もし、生きていたとすれば、そうとう運がいいか、やはり、ハルの言った通り手を抜いていたのかも知れない。
「今度そういうことがあったら、依頼の三回分は任せませんからね」
 フユが手の指を三本立てて、ニヤリと顔をほころばせる。
「ああ……」
 アキは、付き合っているのが面倒だと言うような顔をしながら、返事をする。
    四

 食堂を出てから自分の部屋に戻った耕治は、しばらくして千尋の部屋に入って行った。
 その手には分厚いプリントがある。
「千尋さん、ちょっといい?」
「ええ。もう、仕事も終わったしね」
「本当は綾に最初に見せようと思ったんだけど、今、琴美のところにカウンセリングに行ってるから、終わったら来るようにも言ったけど、先に読んでくれないか?」
「いいわよ」
 そう言って、千尋はプリントを預かる。
 すぐにプリントを真剣に読む千尋の横で、耕治はコーヒーを煎れ始めた。
 数分してその分厚いプリントを読み終えた千尋は、信じられないという表情で、耕治を見た。
 彼は、全て本当のことさ、と目で訴えながらコーヒーを千尋の前に置いて、自分は近くにあったソファに腰を掛け、溜息を吐いた。
「私たちは、望くんに早く記憶を取り戻して欲しくて、研究を重ねてきたは……でも、これって……」
「千尋さんもそう思う? 俺も、望には早く楽になってもらいたいって、できるだけ多くの情報を集めた。けど、結果、こういう形になって出てきてしまったんだ」
「記憶を取り戻すってことは、今まで関わってきた全ての人のことを思い出すってことよね……」
 千尋は頭を抱えて、もう一度プリントに目を通した。
「でも、これを望くんが知ったら……」
「だから、千尋さんと綾に相談しようと思ったんだ」
 耕治のコーヒーを持つ手に力が入った。

*****

 望は、学校から家の岐路へと着こうとしていた所だった。
 授業が終わってすぐ、急遽部活のミーティングをやると、サッカー部の先輩から連絡があり、それを知らない両親にも連絡をいれることができなくて、帰る時間が三十分も遅くなってしまった。
 夏の夕方は少し日が出ていても、時間はもう夕食の時間である。望の帰りを待っている両親は、きっと心配しているに違いないと、彼は家まで走っていた。
 家が見え始めた所で、前から同じ歳くらいの黒づくめの男が二人で歩いてくるのが見えた。この暑い時期に黒い服を来ているなど、信じられない。望は走って汗を掻いた分と、目の前の男たちをみて暑さを感じた汗をぐいっと腕で拭った。
 顔は良く見えなかったが、望と擦れ違ってもこちらを気にした様子がないことから、彼は自分の客ではなく、両親の客だと思い、そのまま気にとめることなく家へと走り続けた。
「父さん、母さん、ごめん。今日、急に部活があって……」
 ドアを勢いよく開け、居間に入って肩で息しながらはき出すように言ったところで、彼の動きは止まった。
 目の前の光景を見て、望は息ができなくなった。
 長方形のテーブルには今日の夕食が用意されていて、望の帰りを待っていたのか、その夕食は食べた様子はなく、その前のテレビが付いていた。
 望の父は、夕食の前までテレビは見るが、夕食中は見ない。
 本当に望の帰りを待っていた様だ。
 だが、彼が帰ってきても返事がなかった。待っていたのであれば、返事くらいはするはずだ。しかし、それがない。
 そして、彼の目は、テーブルから少し離れたソファを映した。
 水色のカバーが掛かっていたソファは、何故が赤く染まっていて、その床にはぐったりと横たわった父が、母を下にして動かなくなっていた。
 望は何が何だか分からない状況の中、信じられない光景を見て重くなった体を一歩一歩動かして両親に近づいた。
「父さん、母さん? なんで、こんな所で……」
 言葉が上手く出てこない。
「……何が……何があって……」
 身体が震える。父の背中に触れようとした手の指先までが、震えていた。
「……の……ぞむ……」
 父の下にいた母が、血を吐きながらかすかにそう呟いた。
「母さんっ!」
「ごめんな……さっ……」
「母さんっ!」
 もう、何を口にだしたらいいのか、望は分からなかった。ただ、必死に母を呼ばないと、もう一生、慣れ親しんだその声が聞けなくなる気がして必死に叫んだ。
「……私たち……が……いなくて……も……しっ……り……生きて……」
「……さん……母さん……母さんっ……母さんっ!」
 望の目から涙が溢れ出した。
「母さんこそ、しっかりしてよ!」
「のぞむ……愛し……」
 母の言葉はそれ以上続かなかった。

*****

「母さん……しっかり……っ!」
 頬に冷たい感触を感じて、望はゆっくりと目を覚ました。
「涙……」
 頬に触れ、それが何か分かると、今見ていた夢が自然に頭に浮かんできた。
「母さんって……俺の……」
 望には、夢に出てきた女性の顔に覚えはなかった。しかし、夢では母だと言っている。夢なのだから不思議なことが起きてもおかしくはないと思ったが、自分の記憶と何かが関係しているのではないかと思い始めた。
 誰に相談しようか考えた。
 夜遅い時間で、急に部屋を尋ねたらきっと迷惑だ。だが、この不気味な怖い感覚に一人で絶えられるほど、望は強くなかった。
 飲み物を飲んで落ち着こうと、望は部屋を出た。


 あれから、どのくらいの時間が経ったのだろう。千尋の静寂の部屋には、小さな掛け時計の針の音が響いている。はりの音が聞こえるほど、二人ははお互いに黙っていた。
 もうすっかりコーヒーも飲み終え、カップには何も残ってはいない。
 千尋は頭を抱えて、何度も耕治の持ってきたプリントを読み返していた。しかし、それについてのコメントはない。
 彼の方から話しかけるのでもなく、ただ、二人の会話は止まってしまった。
「ふぅ……」
 静寂を破ったのは千尋の方だった。
「これを、望くんに話してみる?」
 その第一声は、耕治にとってとんでもないことだった。
「それはっ……」
「分かってる、分かってるけど……。もし、これが原因で記憶が戻るかもしれないじゃない? 望くんには過酷過ぎると思うけど……」
「けれど、もし望が受け入れなかったら……そしたらあいつはどうなる!?」
「それは……」
 千尋は口を閉じた。
 後に繋げる言葉がない。
「相談しにきて俺が言うのもなんだけど、俺はまだ言わない方がいいと思う。今のあいつは絶対に信じない。いや、信じることができないんじゃないか? せめて、もう少し記憶が戻ってからでも遅くはないと思うが……」
 千尋は自分の考えにも、耕治の考えにも納得していた。しかし、実際に行動をするとなると、どちらにしていいのか、わからなくなる。
「お姉様? 耕治? いる?」
 二度目の静寂が訪れたその時、綾音が千尋の部屋へと入ってきた。
 二人の真剣な表情とその場の空気を読み、綾音も真剣な顔をする。入ってきてすぐに、千尋からプリントを渡されると、彼女は早速読み始めていた。
 その後も二人が喋ることもなく、ただ、綾音が読み終わるのを待っていた。
「その顔は、一通り読み終わった顔ね」
 千尋は、コーヒーをソファに座ってプリントを睨み付けている綾音に手渡した。
 すると綾音は眉間に皺を寄せた顔を今度は千尋へと向ける。
「千尋はどう考えてるの?」
「あら、いつもと違って真面目じゃない。いいわ、かわいい妹に特別に教えてあげるわ。本当は全てあなたの判断なんだからね」
「分かってるよ!」
「医者としてなら、すぐにでも教えてあげたいわね。それであの子が記憶を取り戻してくれるきっかけになるかも知れないからね。それで、あなたの意見は?」
 千尋は自分の椅子に腰を下ろして、足を組み意見を述べた。
「あたしは、もう少し待つべきだと思う。色々な人の色々な相談を受けてきたからわかるけど、あたしは、患者さんが楽な方法で進めていきたい。人によってすぐに言ってもいい人と、悪い人がいるはずだから……」
「望くんは、悪い方なの?」
 千尋の問いかけに、綾音はすぐに答えることができなかった。
「……友達って、やっぱり大切だと思うから。全てを知ってしまったら、取り返し返しのつかないことになるかもしれない……」
「だったら、あなたの思うようにやりなさい。私はあくまで医者なんだから、私が診るべきところは身体よ。そして、あなたの診るべきところは、ここ」
 そう言って、千尋は綾音の胸に軽く手を当てた。
 その手がとても温かく、力を与えられているように感じた。
「悩むのは、お前らしくないだろう。いつもの明るさはどこへいったんだ?」
「分かった、分かった。もう悩まない。あたしのやりたいようにやりますぅ!」
「ようやく綾音らしくなったじゃない。頑張れ!」
「二人のお陰。ありがと……」
 綾音は立ち上がり、小さくガッツポーズをする。
「でも、秋元洋って奴ぅ? 親友の両親を殺して、それで、望くんも殺そうとしたのよねぇ……最低……幼い頃から一緒にいた、望くんを裏切るなんて……」
「綾音……」
 耕治が綾音の肩をポンと叩く。
 ゴンっ
 瞬間、俯いていた綾音も、ドアの方を見た。
 すぐに耕治が部屋を開けると、そこには誰もいなかった。しかし、床にはまだ口の開いてない缶ジュースが落ちていた。
「水滴がついてるってことは、さっき買ったばかりだな」
「どうしたの?」
 綾音が、ドアの前に立ったまま戻ってこない耕治の方を向く。
「誰かいたの?」
 千尋も不思議そうに視線を向ける。
「ああ、望が走っていくのが見えた」
「それって、もしかしてさっきのあたしの言葉、聞いちゃったとか……」
「多分な。ドアの前にいれば、それほど小さくなかった声だ。聞こえていてもおかしくはないだろうな」
 缶ジュースを持って部屋に戻ってきた耕治は、ソファの前のテーブルにそれを置いた。
「さて……」
「急いで望くんの部屋に行きましょう」
 耕治の考えていることが分かったのか、千尋がそう言って立ち上がった。
    五

 ガチャっ
 勢いよく部屋に飛び込んだ望は、ドアに鍵を掛けてその場に座り込んだ。
 まだ息が苦しく、汗が額から流れ出す。
「……はぁ……はぁ……洋……が……俺の両親……を……」
 夢で見たことを、飲み物でも飲んで落ち着こうと部屋を出たが、自動販売機の近くにあった千尋の部屋を見て相談しようと思い、しかし、なかなか入れないでいたら、綾音の言葉が耳に入ってしまった。
 思い出せない記憶。
 洋という名前。
 両親の殺される夢。
 そして、タイミング良く彼が自分の両親を殺したとのことを聞いた望には、記憶がなくても、それが全て真実であると確信があった。
 家の前で擦れ違った黒づくめの男たちが、両親を殺したに違いないと、夢を思い出す。
 自分の中で、夢と記憶がシンクロしてしまったことに、不快感を覚える。
 どこに怒りをぶつけて良いか分からずに、望は部屋の物全てを投げ捨てた。ベッドの布団に、まくらを投げつけ、机にあったプリントや筆記用具を全てばらまいた。
 近くに置いてあった分厚い施設のファイルでさえ投げ捨て、プリントがバラバラに部屋に舞い散った。
 荒れる息を押さえることなく、その場に座り込んだ。そして、足下に落ちてきた一枚の紙に視線を向ける。
 四方がボロボロで、その紙全体が赤茶色と変色している一枚の写真。手にとってみると、そこには、幼い自分ともう一人、同じ歳の少年が写っていた。
「……俺と……洋……?」
 そう口にすると、突如激しい頭痛が襲ってきた。
 痛みと伴って、頭の中に微かに声が聞こえてくる。
 男の声……。
 二人……。
 雨の中……。


「何でだよ! 何で俺と関わりたくないんだよ!」
 そう言ったのは、望の方だった。
「もう、お前と一緒にいたくなくなった。どうせ、高校を卒業したら俺らは別々の道を歩きだすんだ。今別れたって大して変わりはしないだろう」
 望の問いに、写真に写っていたもう一人の男、洋が答えた。
「嘘だ! 洋はそんな奴じゃなかった! 言葉も少ないし思ってることも口にしなくて、何を考えている奴だか分からないけど、誰よりも優しくて、絆とか友達とか、そういうの裏切らない奴だったじゃないか! なのに、なんでお前が……」
「そんなもの、ただの形にしかすぎないと分かったからさ。人間は一人では生きられない。だから仲間や友達といった輪を作る。俺はそれに飽きただけだ。そして、そんなものに縛られ続けているお前にも飽きただけだ」
 言葉そのものが、氷のように冷たかった。
 彼の瞳も、望を見ているのではなく、どこか遠い、そしてその先は闇だった。
「だから、俺の父さんと母さんを殺したのか……俺に飽きたから、俺が嫌いだから……」
「気付いていたのか……」
 洋の瞳が望の方に向いた。
 その目は、些かおどろいているようにも見えた。しかし、それで動揺するのではなく、彼はフッと鼻で笑う。
「本当に、お前が……」
 確信はあった。しかし、それを否定して欲しかった。何かの間違いだと言って欲しかった。
「ああ。お前の親を殺したのは、俺だ。だが、お前とは何の関わりもないことだ。お前の両親を殺してくれと、依頼を受けたからやった事さ」
「依頼……?」
「さっき俺らはいずれ、別々の道を歩きだすと言った。そして、俺にはその道が見つかった。そう、殺し屋という道がな」
「ころ……し……や……?」
 その言葉に望は喉をゴクリと鳴らす。
 そんなものが本当にあるのかなど、知らない。しかし、望はしっかりとその言葉を耳にした。
「そんな、嘘だ! 否定しろよ! 望の父さんと母さんを殺したのは俺じゃないって、否定してくれよ!」
 それでも、望は、まだ信じられなかった。
 親友の洋が、そんなことをするはずがない、と。人を殺すことなんて、できない……と。
 意識する前に身体が動いてしまう。
 洋の胸ぐらを掴み、ただ怒鳴ることしかできなかった。彼の口から違うと聞きたかった。
 望の腕が洋の身体を揺さぶる。それに苛立ち、彼は腰に掛けてあったホルスターから銃を出し、一瞬にして望の耳スレスレを狙い撃つ。
 望は、その事態を把握するのに時間がかかった。
 しかし、手は震えていて洋の服を掴んではいない。足も立っているのが不思議なくらい、ガタガタと震えている。
 そして、洋の手には銃が握られていた。
 サイレンサーがついていたのか、大きな音はしなかった。銃を発砲したのに人が集まってくることもない。
 望は、やっと事態が飲み込めて、その場に腰を抜かした。
 目は瞳孔が開いていて、脂汗が吹き出てくる。
 その汗は、雨で地面へと流されるが、それでも額からは流れるように汗が出る。
「ふっ……銃が初めての奴の反応だな。間抜けなお前を見るのは初めてではないが、今までで一番間抜けだな」 
 洋は、そんな望の顔を見て嘲笑した。
 汗だけではなく、望の瞳から涙が流れ始めた。
「銃が怖くて泣いているのか、それとも両親が殺されて泣いているのか」
「……がはっ……はぁはぁ……はっ……はぁ……」
「呼吸困難になる程とはな……」
 地面に手を突き、肩で苦しそうに息をする望の姿を、ただ冷たい視線が見下ろしていた。
 フッと再び鼻で笑い、洋は踵を返してその場を立ち去ろうとする。
 しかし、何かに掴まれて足が動かなかった。
 後ろを振り返ると、望が力の入らない震えた手で、洋のズボンの裾を掴んでいた。
「ふっ、俺を恨むか?」
 血の気の引く涙顔で、望は首を横に振る。
「……はぁ……戻っ……はっ……はっ……ぜぇぜぇ……こ……い……っ……はっ……」
「ふざけるのもいいかげんにしろ……」
 手に持っていた銃を、瞬時に望の左肩に定めて、トリガーを引く。
 その銃弾は一ミリも狂うことなく、彼の左肩に命中する。
 銃弾を受けた衝撃で、望は洋のズボンの裾から手を放し、痛みに悶え、嗚咽する。
 洋は抵抗することのできない望の身体を、壁に押し付けた。
 その反動で望は更に顔を歪ませる。
「俺はお前と違ってお人好しでも何でもない。本来ならば依頼がなければ人は殺さないことにしているが、お前は、この俺が今すぐに殺してやる」
 洋の表情は氷のように冷たいものから、炎のように熱いものへと変わっていた。
 次に彼が銃を向けたのは、望の右足だった。
 ガウンという音と共に、望の身体が沈んだ。鮮血が雨に流され、コンクリートへと流れていく。
 望は小さく嗚咽する。
「お前みたいな奴は一瞬で殺してしまうのは惜しいな……」
 洋の口が、斜めに吊り上がる。
「……ぜぇぜぇ……はっ……は……」
 痛みと銃への恐怖、親友の信じられない言葉で、望は言葉を出すことができない。
 洋の足が彼の鳩尾を蹴り上げる。
 望は吐血し、数メートル蹴り飛ばされ、その場で倒れて動かない。そんな彼に詰め寄り、再び、鳩尾や銃で撃ち抜いた足を蹴り飛ばす。
 やがて、望の嗚咽もなくなり、目は焦点があっていなく、半開きになった口からは血と共に涎が流れている。
(俺は……殺されるのだろうか……もう、身体が動かない。洋……洋……)
 望の目から一筋の涙がこぼれる。
 それを見て、洋は最期の銃弾を彼の胸目がけて撃つ。
「がはっ……」
 それ以上声がでなかった。
「……これでお前も親のもとへ行ける。あの世で感謝することだな」
 薄れていく意識の中で、立ち去る洋の背中を見つめる。
 呼び止めることもできないまま、望の意識は途切れる。
 
 雨はまだ降り続いていた。


 洋と家族の記憶が一部、頭痛と共に蘇ってきた。
 雨の中、路地裏で倒れていたと千尋から言われていたことを思い出す。
 保護センターに運ばれる前に、自分と洋が何をしてきたのか、夢と、写真と綾音の言葉で思い出した。
 そして、洋との関係……。
 彼とは、友達という簡単な言葉では表せない。友達以上、親友……。いや、無二の存在というべきだろうか……。
 その洋に裏切られ、その衝撃のあまりに記憶を失った自分を悔やんだ。
 まだズキズキと痛む頭を押さえ、望は足下に落ちていた写真を見た。
 望はそっとその写真をとると、優しい笑顔を向けた。このボロボロの写真が、まだ自分と洋を繋いでいると思えたからだ。
 取り戻した記憶。まだ全てではないけれど、望にとってはそれだけで充分だった。
 そんなことを考えていると、ドアを叩く音が全く耳に入らなかった。
 その音に気付いたのは、それからしばらくしてからだった。
 頭痛がして、今は、千尋たちに合う気がしなかったが、記憶が戻ったことを伝えなければと、鍵を開けた。
 真っ先に入ってきたのは、耕治だった。
「お前、さっき千尋さんの部屋の前にいただろう」
 単刀直入に言われ、ただ頷くことしかできなかった。
「あたしが言ったこと……もしかして聞こえてた?」
 耕治の後ろにいた綾音が恐る恐る聞いてくる。
 それにも望は、ただ頷くことで答えていた。
 その場の空気が思いのが、誰にでもわかった。
「けど、そのお陰で、少しだけ記憶取り戻したから……」
「え……」
 綾音は嬉しさと、不安が混じった表情を望に向ける。
「その写真……」
 ドアの前で立っていた千尋が、綾音の肩越しに見た、望が持っている写真に気付く。
「それ、望くんが運ばれてきたときに君の服の中に入っていたものだわ。気が付かないうちになくなってて、不思議だと思っていたんだけど……」
「ああ……この写真と、皆瀬さんの言葉で俺は洋のことを思い出せたんだ。感謝してるよ」
「でも……」
 綾音は不安を隠しきれなかった。
「大丈夫です……。洋は俺の親友だから。考え方が違うのはいつものことだったし、俺はまだ死んではいません」
 表情は頭痛を我慢していているようで、辛そうにしていたが、望の声は、優しさそのものだった。
「俺が生きてたのは洋の計算違いだったか、あるいわ、わざとなのか、その辺は分かりませんが、今は彼との関係を取り戻すためにただ、時がくるのを待っていようと思っています」
 望の言葉の一つ一つに、三人とも重みを感じていた。そう、彼の決意は揺るがないものだと……。
「望くんがそこまで言うのならしょうがないわね。あなたが運ばれて来てから今までのことを全て、正直に話すわ」
 千尋が溜息をつきながら、望の部屋に入ってきた。
     六

 散らかった部屋を片付けた後に、千尋を中心に、話をする態勢に入っていた。
 いつの間にか時間は深夜を回っていた。
「話をする前に、これ……見覚えない?」
 千尋はそう言うと、ベッドに腰を掛けている望にペンダントを手渡した。
 そのペンダントは、形を成していなかった。ロケット状になっている銀属性のそれは、中心が抉られて穴が空いていた。そして、その周りは焦げていて使い物にはならない。
 しかし、型くずれしたそれに望は見覚えがあった。
 しばらく考えているうちに、ベッドの横に置いて置いた写真を見ると、そこには、そのペンダントをかけてポーズをとっている自分がいた。
「これは……幼い時に俺の誕生日プレゼントだって、洋がくれた……」
「そうだったの……」
「お姉様ぁ、なんでそれをお姉様がもってるのぉ?」
 そう綾音が聞くと、千尋は直接その質問に答えるのではなく、真剣な面持ちで口を開いた。
「あの日の全てを話してあげる……」
 その場の空気が再び重くなる。
 千尋の話は、望自身信じられないことだった。
 保護センターに運ばれたあの日、雨の降りしきる路地裏で倒れていた望は、偶然施設の人に発見されて保護された。それは、以前千尋から聞いていた。
 そして、話はこう続いた。
 望の親友である秋元洋は、今から一年前に高校を卒業して大学には行かず、望と別れてから一年が過ぎ、そして再開した。
 その望と離れている時期に、『殺し屋・四季』に所属したと、耕治の情報で調べてあった。そのプリントを耕治から手渡される。
 見れば、本当に洋が望の前から姿を消した時と重なっていた。
 それを見て、虚ろに覚えている路地裏での、殺し屋に入ったと告げた洋の顔が頭に思い浮かぶ。
「本当に殺し屋なんかに……」
 望は、自然とプリントを持つ手に力が入る。
「こっちが『殺し屋・四季』の情報だ」
 新たに渡されたプリントに目を通すと、そこには、洋の他に3人の名前があった。名前といっても、コードネームだと耕治が付け加える。
「俺の情報能力を持ってしても、ここまでが限度だ。『殺し屋・四季』……裏の世界では有名な組織で、報酬は高額らしいが、依頼成功率は百パーセントといわれているらしい」
 そして、その組織名でも分かるように、四人のコードネームは、それぞれ春夏秋冬であり、その中の一人である秋元洋が、その一人の『アキ』である。と、耕治は説明する。
「そのアキってやつの下の文を見てみな。今まで依頼されてきた、いや、殺してきた人の内容が載ってるよ」
 言われた通りに目を通してみると、そこには殺された人の名前と、依頼主の名前が書いてあった。もちろん、依頼主が殺し屋の組織に本名を語るわけはなく、その多くは偽名だった。
 しかし、殺された側の名前は皆本名であり、それを証明したのは、『持月遙』という名前と『持月秀明』という名前を見たときだった。
「母さんと、父さんの名前……」
 望の手が震える。
「そのもっと下。それ新しい順になっているから、その辺見てみな」
「持月……望……俺の、名前……」
「そういうこと……お前の名前が入っているということは、あいつは、お前を生かすつもりはなかったということだ。だけど、お前は生きている」
「それって、どういうこと?」
 訳が分からず、ひと言も口を開かなかった綾音が、じれったくなったのか、そう聞いてくる。
「お前は、アキって奴の情けなんかもらってないってことだ」
「でも、なんで助かったの? 胸を銃で撃たれて……」
 綾音が言いづらそうに、そう言うと、
「アキとしては、望くんを本当に殺そうとしていた。けれど望くんは、秋元洋に助けられたのよ」
 耕治の話を聞いて理解したのか、千尋が口を挟む。
「え? どういうこと?」
 しかし、まだ綾音はわかっていないようだ。そして、それは望も同じ事だった。
「そのペンダントよ。望くんが運ばれて来た日、私は医者として彼の手術に立ち会ったわ。もちろんサポートとしてで、実際に手術を施したのは、私の上司だけどね」
 望は左手で握りしめていたペンダントを見つめる。
「銃弾で撃たれたのは三カ所。左肩の付け根の部分と、右足の太股、そして胸。左肩の弾は貫通していたけど、足と胸にはしっかりと弾があったわ」
 聞いているだけでゾッとする。綾音は悪寒を感じて背中をブルブル震えさせていた。
「けれど、胸にはうっすらとした火傷の後しかなかったのよ」
「それって……」
 望は、話の結末が分かりかけていた。
「そ。あの日、ううん。そのペンダントを貰ったその日から、望くんは肌身離さず首に掛けていたはずよ。そして、そのペンダントに弾が食い込んでいて、致命傷にはならなかったってわけ」
「なんでずっとかけていたってわかったの?」
「よく見て。そのペンダント、鎖の部分が赤茶色に変色しているでしょう。それは、水につけるとできる錆びよ。学校のプールやお風呂の時は外していたにしても、夏の暑い日に一日中かけていて、その上、何年も使っているのだもの、汗で錆びてしまうのは、当たり前でしょう」
 綾音はなるほど、という顔をしていた。
「それに、手術中に見えたんだけど、望くんの首にできている赤い傷。それは鎖をつけていたためにできた擦過傷じゃないのかしら? 一応、薬は塗ってあるけど、まだ残っているはずよ」
 望は、じぶんでも気付かなかった傷に触れる。
 昔、十歳の誕生日の時に貰ったペンダントが、今の自分を助けた。
 それを実感すると、望は嬉しくなる。だが、すぐに現実に戻ることになる。
 確かに秋元洋には助けられたが、現実として、彼に命を狙われたことは確かだ。それを望はひしひしと実感する。
「でも、なんで今になってそのペンダントを渡したの? 望くんの目が覚めたときでもよかったんじゃないのぉ?」
「大切なペンダントだっていうのは、薄々と分かっていたわ。ここに運ばれてくるときに、握りしめていたんだもの。だから私は、これが記憶を取り戻す鍵になるんじゃないかって思ったの。それで、時がくるまで私が預かっていたのよ。でも、その前に記憶が戻ったみたいだけどね」
 千尋は笑顔を望に向ける。
「いや、この写真を見る前に渡されていたら、それで思い出したと思いますよ。俺の大切な宝物ですから……」
「でもさぁ、その殺し屋さんって、殺した人とか分かってるのに、どうして捕まらないのかなぁ」
 綾音が最もな意見を述べる。
 その答えは望も聞きたかった。
 親友が早く捕まればいいとは思わないが、耕治がここまで分かっているのに、警察がわからないはずがない。
「全てに、証拠がないんだ。だから、警察はその四人を捕まえることができない。それに、顔もはっきりとはしていないからな。そこは、プロと褒めるべきところかな」
 耕治は感心した。
 そんな中、望はただ違うことを考えていた。
 まだ警察に捕まっていないということは、どこかでまた会える可能性があるということだ。
 もう一度会って話がしたい。
「望くん、大丈夫?」
 ぼうっとしている望を見て、千尋が声をかける。
「あ、すみません……」
「長く話し過ぎちゃったかな。まぁ、望くんの記憶も少しだけど戻ったし、あともう少しは、これからじっくりと時間をかけていきましょうか」
 そう言って立ち上がった千尋は、綾音と耕治に部屋に戻ろうと促す。
 気が付けば、1時間近く話をしていたらしい。
 部屋を出る前に、ゆっくり寝るようにと千尋から言われた。
 しかし、寝ることなどできなかった。
 記憶を取り戻したことによって、洋との思い出が、溢れていた。
 幼い頃に毎日遊んでいた日々のこと。
 一足先に小学校を卒業し、ブカブカの学ランを着て、中学生という大きな一歩を踏み始めた洋を見る毎日。
 同じ高校に入ろうと、受験勉強を頑張った夜。休みの日には洋が勉強を教えてくれたことを、望は思い出した。
(洋……やっぱり俺、諦められないよ。お前と、もう一度話がしたい……)
 窓ガラスにうっすらと映る自分の顔を見て、望は決心した。
だが、望の力では洋に会うことができない。居場所など、プロの殺し屋が他人に教えることなどしない。
 しかし、それで望が諦めることはなかった。
   七

 深夜二時を回った街は、二十四時間営業の店を除いては、もう閉店していた。
 人の通りも少なくなってきたが、夜の仕事に向かう女性やその客、仕事の残業帰りの男がポツポツと歩いている程度である。
 そして、夜の時間が仕事の殺し屋も、この街に訪れていた。
 四人の黒ずくめの姿を隠すことなく歩いている。
「今日は仕事がおおいよな〜。特に時間指定してくる依頼ばかりじゃねえか!」
「そうイライラするんじゃねーよ。それが俺たちの仕事だろう!」
 頭の後ろで手を組んで歩きながら文句を言うナツに、ハルが返答する。
 その後方を歩いているフユは、手にメモを持ち、場所を探しているようだ。そして、彼の隣に歩いているアキはまったく口を開かない。
「おい、フユ! 今回は俺にやらせろよ!」
「なんだと、それならあたしがやるってんだよ!」
「まあまあ、ハルとナツは事を大きくしすぎるから困るんですって」
「それなら、今は深夜なんだからいいだろうが!」
 手の間接をゴキゴキと鳴らしながら、ハルが言う。
「いっつもアキだけじゃあ、楽しくねえのよ」
 この日、見張りしかやっていないナツが、つまらなそうに訴えた。
「分かりました。アキも、依頼ではなかったけれど一度失敗しましたし、今回は二人に任せましょう。けど、最後の証拠隠滅の作業を僕に押し付けないでくださいね……」
「お、おう……」
 満面の笑顔で、こう言う時の、フユの腹の中は、何を考えているか……いや、何を企んでいるか分からない。
 ハルは喉から声を絞り出して、返事をする。
 そんな会話をしているうちに、目的地に到着した4人は、それぞれ自分の持ち場に移動を始める。
 ハルとナツはペアでターゲットの家へ侵入し、残りの二人は、家の周りの道で見張る。
 幸いこの家は道の隅にあり、正面から入るにも、周りから入るにも、道は二つしかなかった。
 アキとフユは、エル字形になっている道路の角で、壁に背を預け、見張りを始める。お互いの顔は、視角になって見えない。
 しかし、その場の雰囲気だけで、空気が重く感じてしまう。
「今回、見張りになったことが、そんなに不満ですか?」
「いや……。お前の言うとおり、以前失敗しているからな」
「それなら、そんなに殺気を放たないでください」
 フユの声は至って普通だった。
 一般の人間がこの殺気の中にいたら、逃げ出したくても逃げ出せないくらいだろう。腰を抜かすか、怯えた表情で脂汗を流すか、どちらかの反応をすることは間違いない。いずれにしても声は出ないはずだ。
 だが、アキの隣にいても、動揺ひとつすることなく話しかけてくるフユは、四人の中でも一番この仕事に慣れているだろうと思わせる。
「俺は、見張りでも別に構わない。不満なのは、何故、お前とナツではないのかと言うことだ。奴は……ハルは事を大きくしすぎる」
「馬鹿正直というか、無鉄砲というか……。純粋なんですよ、彼は……。分かってあげてください」
「殺し屋に純粋か……」
 口元を少し緩め呆れた様に鼻で笑うと、それ以来アキは口を開かなくなった。
 フユも、会話をすることもないのか、黙ったままである。
 二人がその後声をだしたのは、人の気配に気付いた時だった。
 暗闇の中、気配を消さずに殺し屋に近づいてくる人など、その道にまった無関係なものだけだろう。逆に気配を隠している方が妖しいののだが、それでも、気を緩めることはなかった。
「す、すみません。こんな夜遅くに……あの、人を捜していて」
 暗闇から現れたのは、アキと同じ歳くらいの少年だった。
 深夜ということもあり、街灯のないこの道では、他人の顔などよくは見えない。それでも、大体は見当がつく。
 何も考えずに出てきたせいか、その手には何も持ってはいない。
「人捜しですか」
 つかつかと、その少年に向かって歩きだすアキを制し、フユは持ち前の敬語で相手に警戒心を与えることなく、ただの青年を装った。
「……あの、秋元洋って知ってますか?」
「秋元……洋?」
「あ、えっと……僕は持月といいまして、彼とは親友……だったんです」
「そうですか……」
 フユが先ほどとは違う、冷たい笑顔でそう答える。
 後方では、『秋元洋』と聞いただけで、ますます殺気だったアキが、フユを睨み付けていた。その目が、どけと言っているのが分かる。
「もし知ってたら、彼がどこにいるか教えてくれませんか?」
「ええ、いいですよ」
 そう言うフユの横を通り抜け、望の前に出たのは未だ殺気を放っているアキだった。
 その瞳が、フユから望に移ったのが分かった。
 フユはフッと笑うと、
「彼が……秋元洋ですが?」
 そう紹介すると、彼は2人を見守る位置に徹する。
 望は、目の前にいる少年が、洋であることが信じられなかった。
 黒づくめの服を着て、こんな夜中に、しかも人の通りが少ない、こんな所にいるのは、今、仕事をしているからなのだろうと、そう思う事しかできなかった。
 暗闇で顔が見えないが、しかし、その冷たく鋭い視線が、自分から一瞬たりとも離れないことに気付く。
 自然と汗が流れる。
 殺されかけた記憶が蘇ってくる。
「本当に、洋……なのか?」
 半信半疑で聞いて見ると、彼は声を出すこともなく、静かに頷いた。
「俺が生きていても、動揺しないんだな」
 その言葉にも、彼は反応を示さなかった。
 ただ、望の前に立ち、彼をただ睨み付けるだけである。
「話がしたい、一緒に来い!」
 そう望がいうと、洋の表情が少し変化する。
 驚きなのか、納得なのか、一瞬目の色が変わったように見えた。
「行ってもいいですよ。親友なんでしょう?」
「……後は、任せる」
 そうひとこと言うと、洋は望に着いていった。

*****

 その頃、保護センターでは、望担当のグループが忙しく施設を走り回っている所だった。
 深夜二時を過ぎているのだから、起きている社員は、急患担当か交替で診なければならない人だけである。
 望がグループの人達に無断で施設を抜け出してから、三十分以上は経っていた。
 望と話をした後に、心配になった綾音が彼の部屋に行くと、ノックしても返事が返って来なかった。そして、部屋に入ってみれば、そこに望の姿はなかった。
 机の上には、握りしめてぐちゃぐちゃになった、殺し屋の情報の紙が置いてあるだけで、その他の手がかりはなかった。
 だが、綾音達にはそれだけで充分だった。
 望は、アキ……秋元洋を捜しに行ったのだと、そう確信する。
 しかし、その殺し屋がどこにいるのかは、耕治の情報能力でさえ調べがつかなかったのだ。それほど遠くには行っていないはずと、彼らは望を追うために、準備をしている所である。
     八

 街から外れた路地は、ネオンや店がなく、人の姿がやっと見えるほど暗さである。
 わざわざ人の通りが少ない所を選ばなくても、この時間に人が通とも思えない。望はあえて、すぐに話ができるように、普通の路地を選んだ。
「洋……俺はお前に殺された。前に、俺の親を殺した日に、お前の姿を見て、嬉しさと不安でお前を追いかけて……もしかしたら、こいつが俺の親を殺したんじゃないかって……そう思うと、怖かった」
 洋の方に振り向かず、彼に背中を向けてそう言うと、後ろにいる彼からは、何も返事が返ってこない。
「けど……俺を殺そうとしたときに、そして今、全てが分かったよ……」
「全て……」
 その言葉に興味を抱いたのか、洋がひと言そう呟く。
「ああ……」
 望は、今にも泣きそうなのを堪えて、洋の方に向いた。
「お前は、本当に変わったんだなって……」
「ふん……」
 洋は鼻で笑うと、
「変わったわけではない。気付いたんだ……」
「気付いた?」
「人生とは、儚く脆いものだとな……そして、それは人も同じだということもな」
 そう言うと、洋は腰に掛けてあるホルスターから銃を抜いて、望に標準を定める。
 望の喉がゴクリと鳴いた。
 今の洋なら、必ず撃ってくる。
「こんなもので命を落とすくらいに、脆いものだからな」
「それで、何人の人の命を奪ってきた!」
「……馬鹿馬鹿しい、覚えているわけがない」
「父さんと、母さんだって……その銃で……」
 息が上がってくるのが分かる。
 心臓の音が早くなっていく。
 一度銃を前にしただけでは、恐怖感を消すことができない。
 その洋の指が絡まっているトリガーを引けば、一瞬で命がなくなる。
「それで、お前は俺になんの用だ? また前にみたいに、俺のところに戻ってこいなんて、甘いことを言うのか?」
「違う!」
「ほう……」
「違う……もう、お前が遙か遠くにいることは分かった。別人なのもわかった。俺のところに戻ってこなくてもいい。だからせめて、人の命を奪うことだけは止めて欲しい……」
 望の瞳に涙が溢れる。
 泣くものかと決めていたが、意志とは逆に、我慢すればするほど溢れてくる。
「……自首してくれ……」
「…………」
「そして、こんな暗い世界から、出てきてくれよ!」
「望……」
 洋がアキになってから、初めてその名で呼ばれた。
 望は、俯いていた顔を彼に向ける。
「昔、俺が落ち込んでた時、一人で暗いところに閉じこもってた時、お前は俺を助けてくれただろう! 暗い所にいたら見えるモノも見えなくなる。明るい所へ出てこいって!」
「十年も前の事だろう……その時の俺はまだ子供だったからな。そう信じることができただけさ」
「俺は、その言葉で救われたのに……」
 望は、自分に言い聞かせるように、小さい声で呟いた。
 その声は、洋には届いていない。
「話はそれだけか? ならもう消えろ」
 洋は、トリガーを握る手に力を込める。望に照準を定めて、今にも撃ちそうな勢いだ。
 もちろん、望自身も撃たれることは覚悟している。一度撃たれたのだ、覚悟してしまうのは当たり前だった。しかし、信じてはいない。
 まだ、洋が自分と会話をしているということは、まだ洋を救える機会があるということなのだ。
「洋、俺は!」
 望は懐から一枚の写真を撮りだし、洋に近づこうとする。
 すると、そこから近づくなと言っているのか、右足に銃弾が撃たれた。次第に熱を感じて、膝を折る。
 彼の望み通り、望はそこから一歩も動くことができなくなった。
(やっぱり、一発で心臓は狙わない。まだチャンスはある!)
 銃弾がいづれは足にくることは予測ができた。これ以上、自分に干渉するなという一撃が……。
 だからこそ、分かる。
 殺し屋といってもプロだ。依頼ではない人は殺さないだろう。
「洋……俺は、昔からお前といるのが好きだった。どんなときも一緒だって、まるで兄弟みたいで……」
 望の手から写真が落ちる。
「覚えているか? 十歳の時の誕生にお前がくれたネックレス。俺、いつも身につけていたんだ。そして、今でも……」
「ふん……それが何だというのだ。そんな物で俺の心が変わるとでも思っているのか? そんな簡単にこの道を選んではいないさ」
「洋っ!」
「最後のチャンスだ。話はそれだけか? 今ならお前を殺さずに、逃がしてやる。だが、これ以上俺に関わるのなら、即お前を殺す」
 洋……いや、アキの目は本気の目だった。しかし、洋としてでは、やはり、本音を隠しているように見える。
 プロが自分の顔を見られて、しかも本名を知っていて逃がすというのは、おかしな話しだ。きっと、それは洋の心……。
「自首……っ!」
 サイレンサーの銃は、音もなく望の胸を一瞬で赤く染めた。
 洋の心が少しでも残っていたのだろうが、実際に勝ったのはアキとしての心の方であった。
「……よ……う……なん……で……」
「消えろとチャンスを与えたつもりだったが、やはり、お前には理解できなかったようだな……」
 望は腕をできる限り洋の方に伸ばした。
 もう力が入らないその腕。目の前が霞む瞳。一向に止まることのない足と胸の鮮血。
 洋が本当に撃つとは思っていなかった……いや、信じていなかった望は、静かに目を閉じて、そして二度と動くことはなかった。
 動かなくなった望の前に足を折り、手から落ちた写真を拾う。
「お前は許すと言ったが、その目は俺を恨んでいた。そうだろう……」
 当然、返事は返ってこない。
 洋はフッと鼻で笑って、写真を捨てようとした。
 すると、裏に字が書いてあることに気付く。その字を読むと、そこには目を疑うことが書いてあった。
【お前の両親を殺したのは、お前の仲間なんだろう。なら、そんな奴らといたら駄目だ。いつか、お前も殺される。俺には良く分かるから。両親を仲間に、親友に殺された俺なら分かるから。だから、今度は二人で暮らそう。何も悲しむ必要はない。何も不安になる必要はない。怖がることもない。俺たち二人ならなんだってできる! だから、俺と一緒に……】
 中途半端なところで終わっている、変な文章だった。
 しかし、その半端加減が洋の胸には痛かった。まるで心臓にナイフをさされても死ねないような、そんな痛みが走った。
「俺に殺されると、分かっていたのか……いや、二人で暮らそうと書いてあるのだから、それはないか……。第一あの頭だ、俺のこと最後まで信じていたのだろう……相変わらずというか、なんというか……っ!」
 洋は、自分で自分が饒舌になっていることに気付いた。
 いつも感情を出さないと言われていて、どうやって感情というものを出すのか分からなかった。だが、望と居るときだけは、他の人と話すときよりも楽しかった。
(この感覚はなんだ! なぜ俺はこんなにも饒舌なんだ……。感情なんて、自分にはないはず……)
 そして、その原因が横で動かない男だと分かった。
「フっ、自首か……確かに、依頼でもない人を殺してしまったからな」
 そう言う洋の身体は震えていた。
 自分が望の両親を殺した。そして、望を殺した。
 自分の両親が仲間に殺された。そして、自分は……。
(殺されるのか……)
 手紙に書かれていた内容が、現実に起こってしまうような気がした。
 そして、まだそうと決まったわけではない事に、自分は怯えているのだろうか。
 死ぬのは怖くはない。それどころか、死にたいとまで思ったこともあった。人生は儚くて、つまらないものだと気付いてしまったから。
 だから、生きている間だけでも楽しいことを見つけようとした。それが、殺し屋の道だった。
 自分が死ねない分、人に死んでもらう。そして、自分が死ぬ時をまっていると。
 だが、今は死ぬのが怖い。
 望と同じように、殺されるのかと思うと、身体が震え出す。
 そして、後悔の念が身体中を駆けめぐった。
(今更、後悔したって……遅いだろう……)
 今まで奪ってきた命が自分の手の中にあった。
 洋はそれを幽霊にでも触られているように、怯え、投げ飛ばした。
 カラカラと、銃がコンクリートの上で回った。
(変わらないと思っていた。望にも、変わらないと……殺し屋の道は最後まで通ると言った……。なのに、こんなにも早くしかもさんざん反論した望の言葉で変わるとは思いもしなかった……)
 洋は拳を握りしめた。
「……もう、遅いか……」
 動かなくなった望の身体を見て、洋は自分がやるせなくなった。
 震える身体を無理に張り、洋は仲間がいる方向とは逆の方向に歩きだした。
 その手には、幼い頃にとった自分と望の写真がある。
 もうすぐ深夜の三時を迎える。きっと、新聞配達の人が通だろう。その前に、自分が行くべき所へ行かなければならないと思った。
「おや、何処へ行くのですか?」
 聞き覚えのある声に、洋の身体はビクリと硬直する。
 優しい口調。しかし、よく聞けばそれは氷のように冷たい声である。
「もう、終わったのか?」
 洋は何気ない顔をして仲間の方を振り返る。
 三人の気配を察知した洋は、もう仕事が終わってフユと共に来たのだと、瞬時に理解した。
「ああ。お前のことはフユから聞いてたが、なかなか戻ってこねーから、様子を見に来たんだよ。ちゃんと少年を殺したかってな」
 全身血しぶきで赤く染まっているハルが言う。
「だが、ちゃんと殺したみたいだな……」
 ナツは返り血を浴びることなく、仕事をこなした様だが、右手には肉片やら内蔵の一部がべったりとくっついていた。
「それで、僕たちは反対側にいたのに、そっちに向かおうとしたのは、何故ですか?」
 不気味な笑顔でフユが問いかけてくる。
(気付いている……あいつの顔は……俺が自首しようとしていることに気付いている)
 洋の額から汗が流れた。
 同じ殺し屋、レベルは互角だろう。逃げても追ってくるのに一苦労のはずだ。
 洋は、言い訳を考えて隙をついて逃げる計算を、頭の中で瞬時に計算した。しかし、
「言い訳など通用しませんよ……」
 そのフユの声と共に、ハルとナツが洋を拘束し、地面に伏せさせ身体の自由を奪った。
 ハルの力は洋よりも強い。かといってナツの隙を突くことも難しい。彼女は身軽な分、瞬発力に長けている。逃げてもまた抑えつけられるだけだ。
「君の動きは見え見えですよ。筋肉の軋み、額から垂れた汗、そして、隙を見つけるかの様な瞳。まるで、逃げようとしているのがバレバレです」
 洋は舌打ちするだけで、為す術がない。
「おおよそのことは分かっています。あなたが僕たちから逃げて何をしようとしているのかもね」
「俺を殺すか?」
 そう言った瞬間、フユの顔に笑顔が浮かぶ。
 そう、殺し屋四季の中で一番殺しが好きなのは、彼だ。いつもハルに譲って自分は見張りをしているが、人を殺して一番喜んでいるのは、フユである。
 しかも、その殺し方は、残酷だった。
 これでもかというほど、相手が一番苦しむやり方で、殺すことを選ぶ。
 俺はどんな殺され方をするのだろうな……洋は自然にそんなことを考えていた。
 別に生きていても価値などない、未練もない。生きていても死んでも変わりはしないだろう。そう思っているのだから、不思議と恐怖感はなかった。
「さよなら、アキ……いいえ、秋元洋くん……」
 不気味なほどの笑みを浮かべ、洋の髪を掴み上げると、その額に銃を当てた。
 何も思い残すことはない。
 ただ一つ、言わなければならない言葉がある……
 ぱんっ!
 サイレンサーの銃は音を出すことなく、洋の頭を貫いた。
「すなまかった……のぞ……む……」
 それが、洋にとって最期の言葉になった。
 ほぼ、即死といってもおかしくはない。フユにしては珍しい殺し方だった。
 洋と望の死を確認すると、秋の季節が抜けた殺し屋四季の三人は姿を消した。
    九

 深夜の中の深夜。
 そろそろ新聞配達をする、バイクの音が聞こえてくるころだった。
 そんな時刻、雨がしとしとと降り始めた。
 そして、雨音と共に数人の足音が響く。
 四人だろうか、傘もささすに走っていると、先を行く青年、耕治が急に足を止めた。
 エル字型になっている不思議な道を曲がった少し先、一人の少年がそこに横たわっていた。
 それに気付き足をとめ、後からくる仲間をまっていた。
 それほど離れていたわけではないが、一足遅くに着いた綾音と千尋、トオルは、耕治の見つめる先に視線を向けて、
「酷いっ!」
 綾音は目を背け。
 千尋は歪んだ表情で目を瞑る。
 トオルは口を押さえて、言葉すら出てこない状態だった。
 少し落ち着いた千尋が、横たわっている少年に歩み寄る。
「脳に一発。しかも、至近距離から……。これじゃあ、即死に間違いないわね」
 そう言うと、血の池に顔を埋めている望の親友の手を見る。そこには幼い頃に撮ったという写真が、力強く握りしめられていた。
「なんで……」
 信じられないといった顔で、洋を見るトオル。
 それに答えたのは綾音だった。
「多分、殺し屋をやめるつもりだったのよ……」
 カウンセラーである彼女には、その写真の裏に書かれていた望の手紙を見ただけで分かった。
「望はっ!」
 洋がここにいるということは、きっと、彼に会いにいった望もいるだろうと、耕治が辺りを見渡した。
 望は、洋とそれほど離れていないところに横たわっていた。
 洋の遺体をその場に置き、四人は望の元へと駆け寄る。
 耕治が彼の身体を抱き寄せると、雨に流された血がだらだらと垂れている。それを見て、千尋は遅かったとばかりに、へたりと座り込んだ。
「雨に濡れてるからといっても、この血はまだ新しいわ。体温だって、まだかすかに残ってるもの……」
「もう少し早く、僕たちが気付いていれば……」
「二人とも、死なずにすんだのかも……しれない……」
「くそっ!」
 耕治はやるせない気持ちと、自分の情けなさを、地面に向けて叩きつけた。そして、態度に表さなくとも、それは他の3人も同じだった。
 しかし、いつまでもここで落ち込んでいるわけにもいかず、二人を一度保護センターに連れて帰ろうと話しをする。
 家族もいない、身元もわからない2人がこれからどの様な扱いになるかわ分からないが、四人の気持ちは同じだった。
 二人のことが他の社員、特に生体科の人に気付かれてしまったら、実験に使われてしまう。それだけは避ける為に、早々に保護センターに戻り、四人の手で、弔うことにしようと決める。
「でも、なんか不思議な気持ち……」
 保護センターへの帰路の途中、ずっと黙って泣いていた綾音が、急に口を開いた。
「突然緊急の患者が入って、あたしたちが彼の担当になって、色々話したりしてたけど、それが全てここ一週間以内に起きたことなんて思えなくて」
「夢みたいってこと?」
 綾音が何を言おうとしているのか、今一理解できなかった千尋がそう聞くと、
「夢っていうより、幻って感じかなぁ? あたしの中に彼の存在は確かに刻まれたのに、今はもういない……けれど、彼は確かに生きていた」
「俺たちだけでも、覚えていてやろうぜ。あいつが確かに生きていたってことをさ」
 綾音の頭をポンと軽く叩いて、笑みを浮かべる。
 その背中には、望がいた。
「最後には記憶を取り戻した彼も、僕たちのことは覚えていてくれたはずだからね」
 洋を背負っているトオルも、綾音と同じ気持ちなのだろう。
「こういう仕事をやっていると、一日や数日間の出会いはつきものだからね。だから私たちは、患者さんのことを忘れない。保護センターを出ても、しっかりと生活できるように支援してあげることが大切よ」
 三人は千尋の言葉に深く頷いた。
 雨が降っていて辺りはくらいが、夜明けの時間が訪れた。
 四人は静かに保護センターの一室を借り、二人をそこに眠らせた。そして翌日、誰にも見つからずに葬儀ができるように、それぞれ準備を始める。
 
保護センターは、この日もいつもと変わらない朝を迎える。


*****

 暗く淀んだ倉庫の中、そこには3人の姿があった。
 一人抜けた、殺し屋四季のメンバーの仕事場所といってもいい。
「それにしても、お前にしては珍しいな」
「何がですか? 僕は依頼ではなくても、自分にとって邪魔なものは排除していきますよ?」
 アキをフユが殺したところをはっきりと見ていたハルが、疑問を投げかけると、何を今更という顔をして、フユは答える。
「そうじゃなくてだな、お前が即死にさせるなんて珍しいと言ってんだ!」
「そんなこと、聞かなくてもわかるでしょう?」
「お前、いつも一番苦しむ殺し方をしてなかったか?」
 ハルの疑問に、いつも反論しているナツでさえ同感しているようだった。
「アキはあれでも一応殺し屋でした。そんな彼に死ぬまでの時間を与えていたら、僕たちの身元がばれてしまう恐れがあります。それに、何か証拠を残されてしまう場合も考えられます。僕たちにとっても彼にとっても、あれが一番の方法だったんですよ」
 アキの頭を貫いた銃を握りしめ、フユは不気味にしかし、どこか嬉しそうに微笑む。
「いつも退屈そうにしていたお前も、少しは緊張感のある体験だったってことか……」
「お前の言っている意味は、やぱり理解できねえな」
 ナツが頭の後ろで手を組む。
 そして、ふと何かを思いついた様に、
「アキが居なくなったんだから、組織名を改名したほうがいいんじゃないか?」
 と、そんなことを言い出す。
 考えるのが面倒だと、そっぽを向くハル。
 何でもいいと興味の無いフユ。
 アキが抜けても、殺し屋四季は変わることはなかった。
 そして、新たな依頼実行の日を待っているのだった。

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