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書庫 「葉っぱ猫」 mixi処コミュの長編/まじょ森の赤い魔女・?−2

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 ◆ ◇

「──は、すぐ動けるように体力を無駄に使わないでいて。瀬莉とエマはなるべく後ろに。この状況だと一番の頼りは、碧、アンタだからね」
 希望が『まじょの森』に戻ったとき、真っ先に驚かされたのが、ウィッチさんがあの山並みに積まれた自分のスペースから出ていた事だった。
 次いで、すぐに気付いたのは、中央に置かれた丸テーブル。
 やや奥まった場所に倒され、簡易バリケードみたいな扱いになっていて、希望は異常事態が発生したことを悟り、急いで駆け寄る。
「居ないと思ったら出かけてたのね。……緊急事態よ、見てわかる通り。何者か──たぶん、昨日話していた【魔女狩り】の連中が、こっちの居場所を嗅ぎつけたみたいね」
「まさか、どうやって?」
「魔術の中には、特定の物や人を探知するための術もあったりするから──」
「お前じゃないのか」
 説明してくれているウィッチさんの言葉を、碧が邪魔するように口を開く。
 一時は和らいだ視線が強い、殺意のこもったものへと変わっていて、希望はどうして彼女がそんな目を向けてきたのか、即座に理解し、
「お前が出かけたタイミングで、結界が破られたんだ。お前が、調べて、内通した。そう考えるのが一番、自然じゃないのか」
「……あの、灰草くんは……こっちの世界のこと、知らないんだよ?」
 瀬莉が希望を庇うが、碧は睨みを効かせて黙らせる。
 代わりに、エマが笑みとも困っているとも取れる曖昧な表情で、すっと出てきて手を挙げた。
「……少なくとも、アタシが見た限りじゃ、魔女や【魔女狩り】については、知らなかった。これは誓ってもいい」
「いがみ合ってる場合じゃないわよ、碧。極端な話にはなるけれど、彼が疑わしいのなら貴女が見張ってれば良い話でしょ? 貴女はこの『まじょの森』の守護者の役割があるんだから」
「……わかった」
 確かに状況は切迫している。
 食い下がるかとも思ったが、碧は静々と下がり、エマはわかりづらい表情、瀬莉は心配そうに希望を見ていて、この場でまだ一言も発していない千風は、
「……もう、そんな所まで『透明』に?」
 昨日と同じ学校の制服に、上から黒いジャケットを羽織っている千風の、あごのすぐ下側まで『透明』は侵食していて、時間的にどう考えても、早い。
「今はまだ平気だよ? とにかく、今は目先のこと、考えないと」
 ジャケットの胸元をしっかりと締めなおし、こちらの心配を気遣うような千風に、希望は、
(どうしよう……何をすればいいのかな?)
 自分の居場所がない、なんて事に今更思い至った。
 でも、それは元々、知っていたこと。
 そうでなければ、本を破るくらいなら自分でも出来るわけで、可能だったら自分が──"この状況は、もしかして、そのチャンスかもしれない?"
「おれ、いても邪魔になると思うんで、奥に引っ込んでてもいいですか?」
「むしろ、そうしてて欲しいわね。ここの子たちは少しでも修練を積ませているけれど、君は違う。普通の男の子だから」
「ごめん、みんな。手伝えそうにもなくて」
「逃げられるなら、逃げてくれていいよ? 君に怪我はさせたくないから」
 千風の言葉に大きく頷く希望。
 確かに自分が怪我をしてしまったら、あの時に庇ってもらった意味がなくなってしまう。
 しかし、周りに危険を押しつけていて、自分だけ安全、なんていう事は、有り得ない。
 なるべく怪我はしないように動こう──と、そっと心で誓う希望。
「無理しちゃ駄目だよ、どぅーゆーあんだすたん?」
「おーけー」
 もしかして、気付かれてる?
 どこか心配そうに見つめているエマに笑って応えて、そのまま奥へと引っ込もうとするが、今度は横から服の裾を掴まれる。
「灰草くん……」
 見れば泣きそうな顔をした瀬莉が、控えめに、けれどもしっかりと自分の服を掴んでいて、
「本当、ごめん! 手伝えなくて」
「う、ううん! いいんです、そんな事……あたし、ただ心配で」
 頭を下げながらの言葉に、瀬莉は慌てて手を離して首を振る。
 希望は碧にも頭を下げたが、彼女は完全にスルー。むしろ、敵意だけを未だに向けてきていて、どうにも敵と勘違いされている様子だった。
 状況的にも疑われて仕方ないし、時間もなさそうだから、説得は後回し。
 準備を怠らないよう、全員に指示を出しているウィッチさんにも頭を下げて、希望は奥へと続く扉をくぐると裏手に回ることにする。
 庭を抜けて、外から上手くタイミングを見計らえば──という、計画的なのか無計画なのかわからない作戦を頭に置いて。

 ×

 魔女の隠れ家、というのはどこも、見ず知らずの人間が間違って訪れないように物理的、魔術的な防護策を、様々に張り巡らせている。
 海外、日本国内問わず、古今東西の魔女全てがそれらの研究、開発を進めてきていたし、確かに現代において、魔女が一般人に見つけ出される、という事は、ほぼ、ないはずだった。
 ところが【魔女狩り】と呼ばれる組織は、魔術に関わっていない、こちら側をほとんど知らない人間を主としているのに、設立当初からあっさりと魔女の住処を見つけ出す。
 更に、防護策を平然と突破して襲撃、狩る事で、魔女たちの世界では有名な組織なのだが、実は彼らの詳細はまるで浸透していない。
 ただわかっているのは、彼らが何故か魔女を見つけては殺し『魔道書』を奪い取る点。
 『魔道書』を、『絵本書』と呼ばれる新しい仕組みを持った魔術書に変換する技術を持っているという情報は、実は出回ってはいない。
 ウィッチさんの人脈、経験によって得られた情報であり、知り合い伝に広めてはいるものの、魔女同士は元々、繋がりがないのが常で、簡単に情報が広まっていくことはなく、結果として数多くの魔女が未だにやられ続けているが、それは仕方ない面もあった。
 魔女は、互いに干渉し合わない。
 せめて、相手を一般人と侮らず、『絵本書』についての情報を持っていれば、対抗する手段もなくはない──が、それも事前に襲撃を知れたら、の話。
 千風が出会ったのは、そういう相手であり、今、目の前に現れたのは件の男だった。

 ×

「よぉ、邪魔するぜぇ?」
 施錠はしっかりとしていたというのに、ドアノブに触れる様子すらなく、蹴り破られた扉の向こう側から現れたのは、紋様が頭部に彫られた男──アロイス。
 その瞬間に碧が、

≪──失せろ、『凍れる蛇(Leviathaness)』≫

 呪文を、唱える。
 魔術による、五本の氷刃が空中にキキキ、と音を放ちながら生まれ、応接間内に一歩踏み入れたばかりのアロイスに向け、不意打ち。
 希望に向けたような『威嚇』ではなく、命を奪うという行為に躊躇うことのない、狙い澄ました攻撃だったが、事前に察知したのか、それとも恐るべき動体視力の成せる技か──アロイスは、破損して床に転がった扉を足で持ち上げると、『簡易の盾』にすることで氷刃から身を守ると、口元を歪めた。
「俺様が、そんな見え透いた魔術にやられるかよ……やっぱ、魔女ってのは大概、こういう危険人物なわけだ。そのくせ、自分に害が及ぶとなりゃ、被害者ぶりやがる」
 あぁ、面倒くせェ──唾を吐き捨てながら、アロイスは粘りつくように、罵った。
「扉を蹴破るほうが、危険人物だろ」
「俺様は元々、自分が危険だと理解してるからいいんだよ……ん?」
 碧の言葉に、大口を開けて笑い、ふと、アロイスは視線を五人に向けて──目を見開いた。
「お前は──」
「アロイス・ソロー。何年振りかしら。久しぶりよね?」
 何かを言おうとしたアロイスを制して、先に口を開いたのは──ウィッチさん。
「……あぁ、約十年ってところか。なんだ、死んだと思ったら……何? お前、まさか」
 視線を向けた先には、まだ年若い四人の魔女の姿。
 歴戦の魔女さえ狩り取ったアロイスから見れば、ひよっこ同然の、まさに子供。
「ウィッチさん、コイツと顔見知りだったんですか?」
 千風の言葉に、思わず、アロイスは可笑しくて、声を押さえきれない。
「ふ、ははっ……こっちの世界を抜けたと思ったら、まさか、お前自身が今度は魔女を育ててるってか? それも、ウィッチ、だと? 確かにその通りだが……ごまかしも出来てやしねぇ」
「ごまかすつもりはないけれど、ね?」
「あぁ、いや、別にそれ自体にどうこう言うつもりはねぇよ……だが、丸くなったなぁ。当時のお前は、こちら側でも有名だったのによ」

「なぁ? "魔女狩りの魔女"、エルティオ・ベリアル」

「………………」
 ウィッチさんは何も言わず、ただ無表情にアロイスが続けるのを待っている。
「なんだ、反応薄いじゃねぇか」
「そりゃこの子たちには話してあるからねぇ」
 ぽん、と真横に立った千風と碧の頭に手を置いて、にやり、と笑うウィッチさん。
「最初に話してあるに決まってるじゃない? いざという時に行動が鈍るような真似、それこそ"魔女狩りの魔女"がするわけがない。十年前に一緒に行動してたならわかってるものだと思ってたけど、私の買いかぶりだったかしら」
 それと、とウィッチさんは笑みを深める。
「今は『まじょの森のウィッチさん』って名乗ってるから、そこんとこ、よろしくね? 後、この子たちを馬鹿にしたら、後が怖いわよ?」
「ハッ、知らないなら教えてやるが、『透明王女』を落としたのは、俺様だ。他にもそれなりに強力な連中は、相手をしてきてるんだぜ? 今更、こんな小娘どもに──」
「『凍れる蛇(Leviathaness)』!」
「──やられる俺様じゃねェ、よッ!」
 角度をつけた複数方向から飛来する刃を、扉一枚で防ぎ、笑った。
 その腰には、三冊の『絵本書』が収められたブックポーチがぶら下がっていて──希望の狙う『透明王女の絵本』もまた、そこにある。

 ×

 応接間に唯一ある窓から中を覗きめるように、頭を低くして外壁にへばりつく希望は、外側から動きを見ていて、思う。
 ──カイサって女の子、なんで、いないんだろう。
 この間もそうだが、別行動なのだとしたら、裏手から来るかもしれない?
 移動してくる間に誰かとすれ違ったり、気配を感じることもなかったが、危険性は充分にあって、希望は迷う。
「本を破れさえすれば……でも……その間にみんなに危険があったら……」
 口の中でぼそぼそと手段を反復させながら──中はどうやら、会話の最中で、こちらには一切気付く様子もなさそうで、動くなら、今がチャンスだった。
 ──正面門の辺りに誰もいないなら、背後から、本を奪えるかもしれない。
 そろり、と足音を立てないように動こうとして、
「もう少し眺めていたら如何ですか」
 真横、それも、どうして気配すら感じなかったのか、というほどに近い、息がかかるほどの距離から耳に囁かれた疑問に、身体を震わせて固まってしまう希望。
「もうすぐ、サフィが本気になりますから。それを見てからでも遅くないですし」
 サフィ、というのが誰のことを指しているのか、それはわからないが、だったら尚更に待ってなどいられなくて、すでに発見されているのなら、希望は動かざるを得ない。
 ダッ、と地面を蹴って入口側に飛び出そうとして、腰あたりに何か力が加わっていて、
「あ、あれ?」
 動けない。
「貴方の出番はもう少し後です」
 見ればベルトを、ぎゅむ、と掴んでいる白い手がって──どこからそんな力が出てるんだ?
 全体重をかけて、いっそ彼女も引っ張って進もう、と意気込んでいるのに、音を立ててはならない、という制限を踏まえても、充分に足腰に力は入っているのに、カイサはぴくりとも動かない。
「どこからそんな力が──」
「注意します。カイサの事を怪力、と言った場合、命の保障はございませんのであしからず」
「い、今のはセーフだよね?」
 減点一、ですが、見逃してあげます──ほんの少しだけ、感情が混ざってはいるが冷静なままのカイサの声に、かろうじて助かった、と、応接間とは別の意味で戦っている希望は、ほっと安堵する。
 そして同時に、考える。
 最初の時も、夕方の時も、今日も、彼女は自分のことを、どうこうするつもりは、ない?
 だとしたら彼女が何を目的にしているのか──サフィ、という名前が鍵な気がして。
 動けないなら、動けないなりに、状況を把握するべきで、小さく彼女に問いかける。
「君とあの男は、【魔女狩り】、なんだよね」
「その通りです。カイサにはどうでもいい事ですが」
「だったら、やっぱり、中にいる皆を……拷問とか、するつもり?」
「カイサはそういう事には興味がありませんけれど、アロイス様は他者を苦しめるのが大好きな方なので、どうでしょうか。サフィだけは、カイサが保護しますが」
 言外に、肯定を含むカイサ。
 中からの声は、希望たちのいる窓際では、全部、とは言えないがほとんど、だだ漏れに聞こえていて、男の名前がアロイスだという事は、とりあえずわかった。
 なら、サフィ、というのは──
「もしかしてサフィって、碧ちゃん……青い髪の子のこと?」
 メンバーの中で唯一、名前に違和感のある碧。
 最初はヘカテ、とかの略称かとも思ったが、詳しく名前を知らないのは彼女だけなので、希望は、当てずっぽうながら聞いてみれば、
「今は碧、と名乗っているのですか。それは新しい情報ですね」
 どうやら正解だったようで、碧、という名前は知らなかったのだろう──どこか二人に通じる雰囲気を感じて、何とかこれを上手いこと……と考え始める希望。
 応接間ではそろそろ、事態が動こうとしていた。

 ×

「──悪い話って訳でもないじゃねェか。お前らの持つ『魔道書』をよこせば、手は出さないで置いてやるよ」
 アロイスは氷漬けにされてしまった扉を床に投げ捨てて、残り半分の扉を足で器用に立たせると、次の盾とする。
 何度か碧によって氷の刃が放たれているものの、やはりどうやっても扉に防がれる。
 そもそも、アロイスは会話は延々と続けているものの攻撃らしい攻撃は何もしておらず、余裕綽々といった表情で──碧の中では、イライラが募っていた。
 こんな奴、一瞬で凍らせてしまえば、何てことはないんじゃないか……。
「そうやって交渉する振りをして魔女から『魔道書』を奪って、その後でじっくりなぶり、最後には笑いながらトドメを刺す──のよね?」
「あぁ、よくわかってんじゃねェか。俺様のやり方にケチをつけて、昔はよくぶつかりあった気もするが……まぁ、いい。『魔道書』を渡す気はないってことだな?」
 最後通告とばかりに問いかけてくるアロイスに、わざとらしく悩んだ"振り"をして、ウィッチさんはぽりぽり、と口元を掻いたあと、
「そうねぇ……渡す気はさらさら、ないわね」
 碧の頭にぽん、と手を置いた。
 行為自体は何度もやっている頭に手を置くというシンプルなもの──しかし、碧は両腕を上げると、目を"ぎゅっと"閉じた。
 窓越しに隠れて眺めている希望にも、周囲の空気が凝結していくような、中秋にしては寒すぎるほどに寒くなっていくのを、肌で感じ取れる。
「──片鱗ぐらいは、見れるはずです」
 隣で同じように眺めているカイサが、潤んだ瞳で、応接間の碧に集中していて。
 寒気というよりは、この短時間で冷気へと急降下した温度の中、冷たさで感覚が麻痺し始めたのか、ベルトを掴んでいた手が、いつのまにか離れていることに気付いていない。
 恍惚としたカイサの目が、応接間に向いている間に、希望はこっそりと移動を始める。
 冷えた空気と外を流れる暖かな空気が混ざり合い、突風が生まれる中、目を閉じたままの壁の両腕に巻かれた保護帯が、"破れ弾ける"。
「ほう……『契約者』だったか。そりゃ、お前が育てるぐらいなら、そうか!」
 室内に渦巻く風もまた冷たく、碧を中心として、荒れ狂うように勢いを増していく冷風の中で、アロイスは外気に晒された碧の肘から先に、細めた目を向ける。

 ──青く、青く、輝く、両腕。

 碧のそれは、千風の時のように、魔術の衣を纏っているとか、そういうわけではない。
 "腕自体が、まるで青水晶のように、どこか透明感を持った質へと変化している"。
 保護帯はそれを隠す為のものであり、彼女自身の心の壁そのもの。
 その両腕に宿るのは、自分自身への憎しみ──そして、全ての幸せに対する嫉妬。
 見た目に美しいその両腕に抱えられているのは余りある負の感情であり──それは力となる。

≪──往け、『凍れる蛇(Leviathaness)』≫

 ──カタチを持たない蛇は両腕から生まれ出で、絶対凍土が、吹き荒れる。

 ×

 絶対零度、とは、この世に存在する物質における温度の下限である。
 物理学者アンデル・セルシウスの定めたセルシウス度(和名:摂氏温度)によれば、その下限温度は-273.15℃であり、通常、生身の生物が存在し得ない世界だと言われている。
 碧が本気で放った『凍れる蛇』の中心温度はまさに、絶対零度──それそのものが全てを拒絶するかのように、怒りうねる氷蛇はアロイスを飲み込もうとする。
 近づくだけでは、それ自体、充分な致死エネルギーにはならないものの、中心部にぶち当たってしまえば、直接的に触れた部分の血液が温度を下げ、凍り付く。
 なまじ形がないだけに、胸部を"喰われて"しまえば、命の保障がどこにあるはずもない。
「今日は宣告に来ただけなんだが……まぁ、こちらの手も晒したって構わんか」
 どこか緩慢な動作で腰に手を当て、後方に飛び退りながら、アロイスは大きく目を見開き、

≪──開け、『不死鳥の絵本[phene rebellioire]』≫

 迫りくる絶対凍土に対し、アロイスは腰から取り出した『絵本書』を氷蛇に突き出すと、呪文のように唱える。
 表紙が大きく戦慄き、中頃のページが突然開くと──中から飛び出したのは紅の炎。
 それは博物館で見た炎のように、鮮やかに咲き誇る紅の花のようで、迫った氷蛇を噴き出した炎の渦が、一瞬の拮抗の後、文字通り、逆に"喰らっていく"。
「なっ──!?」
 驚いたのは碧で、自分にとっての切り札を平然と呑み込んでいく炎に、思わず手を緩め──戦う意志がほんの僅かでも欠けてしまった瞬間、碧の氷蛇は吹き散らされてしまった。
「ふん、こんなもんか」
 にやりともしないアロイスに、青褪めた表情で、へたりこむ碧。
「あれは……。そういえば、千風は『魔道書』を落としてしまったんだったわね」
 事情は、昨日の時点で聞いていた。
 まさか、たった一日で『絵本書』に変えられてしまっているとは想像もしていなかったが。
 仕方ない、とはいえ、その事にウィッチさんが思い至らなかったのは、彼女の失点。
「碧、落ちこむ必要はないわ。あれは、そう、"仕方ない"」
 何故なら、千風の炎は特別性。
 四人の魔女の中で最も強く戦闘に特化した、何にも負けることがない、全てに勝る『火力』なのだから、碧が打ち負けるのは仕方なかった。
 何より、碧の魔術の本質、役割は『守護』なのだ。
 直接的に火力をぶつけ合ったところで、千風の炎には勝てるはずもない。
「今日は、宣告だけなのよね?」
「──あぁ、ま、そうだな。ちょっとしたイレギュラーだったが、お互いに見せるもんは見せたわけだし……こっちも油断はいけねェっつー事がわかった分、得だしな」
 肩をすくめるアロイスに、柔らかい笑みでウィッチさんは言う。
「なら、今日は引いて頂戴」
「いいぜ? ただし、逃げても無駄だ。こっちにゃ、居場所を探る術があるからよ」
 ぽん、と腰を叩く振る舞いに、首をすくめてみせるウィッチさん。
「来るなら来なさい、今日みたいに不意打ちじゃないなら楽にはいかないわよ?」
「あぁ、いいぜ。久しぶりの再会、楽しまなきゃ……もったいねェよ」
 殺意ではなく、狂気の宿った瞳でウィッチを見つめ、歪んだ笑いを浮かべるアロイス。
 かつての同胞を狩る──なんて、楽しい時間なんだろう。
 思いがけず、日本に来たことで生まれた楽しみに、アロイスは肩を揺らし続け、破壊され尽くされた感のある、先ほどまで扉だった板を踏みつけながら、応接間を後にした。

 ×

 このタイミングを逃せば、チャンスはない。
 孤児院から出てきたアロイスの真横、壁にしがみつくようにしゃがんで、身を隠していた希望は、これ以上は考えられないというタイミングで、腕を伸ばした。
 腰につけられたブックポーチに手が触れ──同時に、地面についていた左腕に衝撃が走った。
 それが、アロイスの振り返りざまに放った膝蹴りだと気付ける者は、孤児院の内外を含め誰もおらず──希望自身、何が起こったのかわからないまま、見事に、吹き飛ばされた。
 幸いだったのは、腕を思いっきり伸ばしていたおかげで、身体自体はちょうど孤児院の入口の軸上にあった事と、扉が完全に破壊されていて、そこになかった事。
 想像以上の衝撃を伴った膝蹴りによって、身体は空中に浮かび(希望はその感覚を、後に思い出す)、扉や木枠に激突する事なく、綺麗に室内へと吸いこまれていく。
 そんな様子を感慨なく見送って、アロイスは吐き捨てる。
「ガキが、浅ましい事してんじゃねェよ」
「彼は一応一般人ですが、危害を加えてもよかったのですか?」
 最初から最後まで姿を見せなかったカイサが、まるで初めから横にいましたと言わんばかりに、平然とした顔で突っ込むが、アロイスは気にも留めない。
「ま、いいんじゃねェか。調子に乗ったガキは、嫌いだぜ」






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