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日記ロワイアルコミュの不思議なウォシュレット

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得意先までの通い慣れた道・・・のはずだった。
しかし、キャバ嬢とのメールのやり取りに夢中になり
歩いていた私は気づけば見知らぬ街並みの中にいた。
脇に立つ電柱には「流水町」の文字。
この辺の地理には疎くないはずだったが
それは一度も耳にしたことのないものだった。
戻らなくてはと振り返った途端
腹部に刺す様な痛みが走った。
それは紛れもない便意だった。
「発酵食品だから大丈夫」
そんな根拠のない妻の言葉を
鵜呑みにして昨晩食した
賞味期限から3週間を経過したヨーグルトが
突然、牙を剥いた。

5年前に痔の手術をして以来
弱体化の一途を辿る括約筋は便意を感じてから
平均して2分30秒でその活動限界を迎えてしまう。
よってそれまでにトイレに立ち寄れる場所を
見つける必要があった。
私は即座に携帯電話の地図アプリを立ち上げると
最寄りのコンビニを検索した。
しかし、何度画面をタッチしても
検索結果は表示されず
また現在地すら把握することが出来なかった。
それでも度重なる不運を嘆いている暇も
携帯電話を再起動している余裕も私にはなく
兎に角排泄場所を求めさまよい歩くしかなかった。

150m程歩いただろうか。
額には脂汗が滲み括約筋は
まもなく限界を迎えようとしていた。
差し掛かった脇道にふと目をやるとそこに

「cafe AntiQue」

と書かれた古びた看板を見つけた。
カフェに入るや否やトイレを貸して欲しい
と願い出るのはいかにも脱糞寸前であることを
曝け出している様で恥ずかしい限りであったが
他にトイレを借りれそうな場所は周囲に見当たらず
そこに向かうしか私に残された選択肢はなかった。

OPENと書かれたボードが
表に立て掛けられているのを確認すると
木に金属で装飾が施された重い扉を開け
店内に足を踏み入れた。
薄暗い店内にはいくつかのオイルランプの灯が揺れ
いかにもアンティークと言った雰囲気を醸し出していた。
置かれた調度品は一瞥しただけで時代を
感じさせるものであったが
生死に関わる巨大な便意を抱えた私には細部まで観察する
余裕はなかった。
トイレの場所を聞くべく店員の姿を探すと
カウンターの向こうでカップを拭く
マスターと思しき人を見つけた。
後ろで束ねた長い白髪に口元には白く長い髭。
こちらも見事なアンティークだった。

「トイレを貸していただけないでしょうか」

そう願うより先にマスターは静かに店の奥を指さした。
あまりの察しの良さに面をくらったが
一礼をし、足早にトイレに向かった。

思いの外トイレは明るく綺麗で
今風の作りであった。
トイレまでアンティークな汲み取り式であった方が
「粋」だと思ってみたがそれでは女性客が
寄り付かないのであろう。
そんなことを考えながら排泄を終えると
ウォシュレットのボタンに手を伸ばした。
そこで私はある異変に気付いた。
オフィスにあるものと同じメーカーであるはずなのに
壁に備え付けられたボタンが一つ多かった。
「Wash」「Bidet」「Dry」そしてその隣には
さも当たり前のように「Cry」ボタンがあった。
Washを押せば温水が出て
Bidetは悪魔が飛び出し
Dryは温風が吹き出る。
この流れから考えると
Cryボタンを押せば涙が溢れ出るのだろう。
しかし、一体どこから・・・

押したら何が起こるのか。
それともただのマスターの洒落なのか。
全く想像がつかなかったが
バスに乗れば誰よりも早く停車ボタンを
押すことに全力を注ぐ程ボタン好きな
私はつい摩訶不思議なそのボタンを押してしまった。

確かに私はそのボタンを押した。
しかし、何も起こらなかった。
二度三度繰り返し押してみたが
やはり何も起こらなかった。
ただの洒落か・・・
期待外れの結果に興醒めし
トイレを出た私の目に映ったのは
期待以上とか期待以下とかではない
にわかには信じられないものだった。

そこはAntiQueの店内ではなく病室だった。
そしてカーテンの向こうのベッドに
横たわっていたのは・・・
お義父さんだった。
傍らには妻と妻の妹、そしてお義父さんの手を握る
お義母さんの姿があった。
3人の目には一様に涙が浮かび
沈痛な面持ちでお義父さんを見守っていた。
それは忘れもしないあの日と同じ光景だった。
大きな悔いを残したあの日と・・・

妻と付き合って半年が過ぎようとした頃
私は初めて妻の家に赴いた。
ある程度結婚は意識していたが
まだ「娘さんをください」的なことを言うつもりはなく
ただの挨拶のつもりだった。
それでも妻から「お父さんは怖い人」と
聞かされていた為、随分と緊張したことを記憶している。
妻に手を引かれリビングに入ると
そこには腕組みをしたまま
微動だにせずソファーに座るお義父さんの姿があった。
想像以上に殺伐とした雰囲気に
畏怖し近づき難かったが
お義父さんは私たちに視線を向けることなく
ドスの効いた低い声で一言「座れ」と言った。
「帰れ」と言われたら即座に立ち去るのに。
そう思いながらも言われるがままソファーに腰を下ろすと
お義父さんは間髪入れずに言った。
「飲めるのか?」と。
突然の質問にたじろぎながらも「はい」と答えると
「そうか。そうか」と一転して
顔はほころび、目の前に置かれた大きなグラスに
並々とビールを注いでくれた。

後から妻に聞いた話によるとお義父さんは決して
私が来ることに不機嫌になっていた訳ではなく
私が来るからそれまでは飲むなとお義母さんに
きつく制止されていたことがストレスだったらしい。

結局その後、お義父さんと朝まで飲み明かし
2人で大瓶一ケースを空けた。

それからと言うもの妻の家に遊びに行けば
必ずと言っていいほど一緒に飲んだし
妻と会わない日でも度々お義父さんと飲みに行った。
ゴルフや麻雀と言った趣味も同じで
妻がヤキモチを妬くくらい一緒に遊び歩いた。
親友と言ったら大袈裟かもしれないが
それくらい仲が良かった。

妻にプロポーズした後、改めて挨拶に伺うと
お義父さんは笑いながら

「お前にしか娘はやらないし、寧ろ貰わなかったら殺す」

と言ってくれた。男前でもなければ収入も多くない。
そんな自分を娘の結婚相手として
認めてくれていることが心底嬉しかった。

しかし、そんな幸せな時間は長くは続かなかった。

妻と結婚して1年も経たない内に
お義父さんは倒れた。
検査入院の結果判明した病気は・・・
癌だった。
既に全身に転移しており、回復は見込めず
余命3ヶ月との診断だった。
大酒を飲み、日に2箱以上のヘビースモーカー。
そして、野菜は食べず肉しか食べない。
そんな人だったから
いつかこんな日が来るかもしれない。
そうは思っていたがあまりにも早過ぎた。

奇跡的な回復を願ったが
それも虚しくお義父さんは日に日に衰弱して行き
ついにあの日を迎えた。

「お父さんもうダメみたい・・・」

妻からの悲痛なメールを受け取った私は
オフィスを飛び出し病院へ向かった。


そんなあの日と同じ光景が今目の前にあった。
私の記憶が確かなら私の姿に気付いた妻が
「間に合って良かった」と言うはずだ。

「間に合ってよかった」

記憶と寸分の狂いない言葉を妻は私に掛けた。
どうやら「Cry」ボタンを押したことにより
今まで一番泣いたあの日をリプレイしているようであった。
お義父さんの姿を目の当たりにした
私は堪えきれず大粒の涙を零した。
しかし、泣いてばかりもいられなかった。
あの日言えなくてずっと後悔していた言葉を
私はお義父さんに伝える必要があった。

家族全員で声を掛け続けると
お義父さんは目を開けた。
あの日と同じ様にお義母さん、妻、妹の順に
視線を向け最後に私を見た。そして

「か」「ぞ」「く」「を」

と口を動かし私の腕を掴んだ。
その手は余りにも弱々しかった。
あの日の私はただただ悲しくて
最期の言葉に答えられなかったけれど
あの日より少しだけ覚悟が出来ていた私は
言うことが出来た。

「家族はみんな僕が守りますから大丈夫です」

それを聞いたお義父さんはゆっくり目を閉じた。
あの日より穏やかな顔だった。

見届けた私は声を上げて泣いた。
あの日より何倍も泣いた。


涙を拭いながら次に目を開けた時
私は路上にいた。
振り返ってもそこにAntiQueはなく
空き地に大量の排泄物と
汚物入れに押し込んだはずのパンツがあるだけだった。

あれは幻だったのか。
白昼夢だったのか。
それとも・・・
その真相は定かでなかった。

私は作りかけだったキャバ嬢へのメールを削除すると
妻へメールを送った。

「昨日のヨーグルトのせいで下痢して
死にかけてるけど何があってもずっと守るから!」

程なくして返信があった。

「当たり前じゃん。
だって家族全員守るってお父さんに約束したでしょ!」

顔は涙でぐちゃぐちゃだったけれど
ずっと心にこびり付いていたものが
すっと流されていくのがわかった。

コメント(98)

( ̄ー ̄)何とも言えないこの微妙さにやられました
笑うのか泣くのか、感情が迷子になるくらい素晴らしい作品です。
一票です。

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