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国際評論家 小野寺光一コミュの選挙は憲法31条適正な手続きの保障が行政にもおよぶことの違反である

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コミュ内全体

とにかく不正を防止するためには

実は選挙は不正ばかりであることを明らかにしないかぎりだめだ

今回事例での開票の経緯のプロセスを明らかにしていただきたい。

われわれは以下を情報開示として要求する。

今回、各区選管での「開票の手引き」

今回、期日前投票所の夜間の管理体制

期日前投票所に夜間出入りしていた人がいたかどうかの確認記録

現在、予備として、票があまっているはずだが、それは実数通り

残っているのかどうか

紛失(盗難)されていないかの確認

(実際に大阪ではこの期日前投票所に

おさめられた投票用紙が合計で7万票も紛失(盗難)にあっており、

これが

流用されて 期日前投票箱が、箱ごと夜間にすりかえられていたのではないか?

という疑惑です。南京錠などはかぎ番号さえわかれば同じものを外部で入手することは
簡単です。

これらの投開票システムは、日本国憲法の住民投票でも同じシステム

を使用するなどという話であるから、慎重に確定していただきたい。

これを確認しないで選挙を確定させることは選挙の公正に対する信頼を低下させるのみならず憲法違反である。

<憲法違反>
1 当該選挙は、適正な手続きを保障した憲法第31条違反である。
2 当該選挙は、国民主権を定めた憲法前文、および憲法第11条に違反する。
3 当該選挙は、憲法第14条に違反する。
4 当該選挙は、憲法第15条に違反する
5 当該選挙は、憲法第98条に違反する。

6 票のバーコードとバーコードリーダーがPCソフトで

読み取った数が実数と一致しているのかどうかを調べることは
投票の秘密をおかさないので正当な確認行為としてなされなければならないものである。
7無効票とされたものを多数、再確認もせずにそのまま無効票としている。

以下理由について述べる。
<憲法違反>

当該選挙は、適正な手続きを保障した憲法第31条違反である。

<選挙において適正な手続きが保障されるべきであることを指摘している憲法学者の
著作からの引用>
我が国の憲法学をリードしてきた憲法学者
伊藤正己元最高裁判事の憲法入門「第四版」(有斐閣双書)
の64ページ「選挙」の章にはこう書いてある。
「選挙法を議会が制定するのは、犯罪人に刑法をつくらせるようなものであると評される。
これは選挙法がその性質上、党派的な考慮によって左右され、公正な選挙法は、通常の立法手続きでは望みにくいことを表している。衆議院議員の定数配分規定が最高裁判所によって違法と判断されたにもかかわらず選挙権の平等の要求がなかなかみたされないのはその例証であろう。(中略)

選挙の意味 (65ページ)
国民は主権者であるが、すでにのべたように直接に国民の意思で国政を決定できる範囲は狭く、憲法は、国民が代表者を選定して間接に国政に関与するという間接民主制を原則としている。
国民がこの選定に参与するための制度が選挙である。近代諸国家において、選挙こそは
主権者である国民の政治参加の最も普通の方法であり、
それだけに選挙が公正に行われることは国民主権の核心であるといわねばならない。

選挙において定められた代表が正しく国民の意思をあらわしていないときには国民主権そのものがゆがめられることになる。特に「国権の最高機関」である国会の構成員を選ぶ選挙は、最も重要な意味をもつものである。
以上 引用

この元最高裁判事の伊藤正己氏の指摘通り、
○選挙法およびその手法については、党派党略によって左右される恐れが高いこと
○選挙は、公正に行われることが国民主権の核心であること
ここから「選挙における適正な手続きは保障されるべきである」と言える。

このことは
憲法第31条の立法の目的 趣旨にあると解される。

憲法第31条
条文
「何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。」

<憲法第31条の解釈について>
元最高裁判事であり憲法学をリードしてきた憲法学者の伊藤正己氏の書いた
「憲法」伊藤正己著 第三版 弘文堂
329ページ
に以下の記述がある。
(この箇所は憲法第31条について述べたものである。)

「手続き的保障の意義」
以下にみるように、憲法は、とくに人身の自由にかかわる手続きについて詳しい規定をおいている。
それは国家が勝手気ままに自由を制限することを防止するためには、制限の手続きをあらかじめはっきり定めておく必要があるという、歴史的体験から得られた考え方による。アメリカの偉大な
法律家の一人、フランクファーターは、「人間の自由の歴史は、その多くが手続き的保障の遵守の歴史である」と語ったが、その言葉は手続き的保障の意義をよく表している。
日本国憲法は、31条で手続き的保障の原則を定め、さらに刑事手続きに関する詳しい規定を設けている。国家が刑罰権をもち、その発動の過程で人々の自由が侵害、制限されるのであるから、
手続き的保障が刑事手続きについて重視されるのは当然である。
しかし現代国家は、刑罰権の発動だけでなく、行政権行使の過程で、国民生活と多様な
関わりを持つようになっており、そこでは刑事手続きの保障とは程度の差はあっても、
それにおけると同じ趣旨が生かされるべきであるという要請が存在している。

332ページ
適法手続き
(1) 法律の定める手続き
「法律の定める手続き」という言葉には広い意味がこめられている。
すなわち、人権制約の手続きだけでなく、実体も法律で定められること、および
人権制約の内容が手続きと実体の両面にわたって適正でなければならないことである。
このように理解するのは、31条が、刑事裁判上の規定としての役割だけでなく、
人身の自由全体、さらに人権保障全体にかかわる原則を定めたものととらえることによる。この原則を適法手続きの原則とか法廷手続きの原則と呼ぶ。
この原則は、個別の自由や権利の保障規定にも生かされているが、
それらの規定によってとらえることのできない問題─たとえば後述の告知、聴聞の手続き
─が生じたとき31条の原則のもとで処理されることになる。
またこの原則が広い内容を対象としていることから、
31条の「生命」「自由」「刑罰」といった文言についても
刑事法上の狭い意味に限ることなく、広く国家権力による国民の自由や権利への侵害・制約についても適用されると理解される。たとえば、財産権への制約や、少年法による保護処分、
伝染病予防法による強制処分のほか、後述のように行政手続き上の諸問題についても
適用の対象として考えてよい。

334ページ
行政手続きの適正
適法手続きの原則は「法の支配」の原則からみて、行政手続きに対しても及ぶと解される(後略)

○この「憲法」伊藤正己著から
わかることは
憲法第31条は、刑法に限らず、行政手続きにも原則適用されるべきであること
である。
そして憲法第31条の立法趣旨は、歴史上の権力の恣意的な横暴から人々を守ることであり、法律の内容が適正であることと、法律にしたがった適正な手続きの保障が重要であることである。

これは当然、法律を定める権限をもつ国会議員を選出する選挙自体も
「適正な手続き」の保障を求めているものと解される。
なぜなら根本にある選挙が恣意的なものであれば
憲法及び法律はまったく根本から成り立たないからである。

いわば、選挙において「適正な手続き」が保障されることを
前提とした立法趣旨である。

憲法および法律はあくまでも
国民主権を反映する
「選挙」の過程が、きちんとした手続きによってなされる保障が
存在した上でのものである。
もし、選挙において「適正な手続き」が保障されず、
権力者にとって恣意的なことのできる選挙であれば。
その立法過程において、国民主権を反映しない立法や
罪刑法定主義を無視した刑法、また人権無視の憲法改悪を強行しようとする政権が
生まれるであろう。

であるから、国民主権の原理をさだめ、人権の保障をうたった
憲法前文および憲法13条「基本的人権の尊重」からも「選挙における適正な手続き」はもとめられており、それは憲法第31条の立法趣旨にあると解されるべきである。

<民事訴訟法の川嶋四郎氏の憲法第31条の解釈>
1千ページある大著の
「民事訴訟法」日本評論社の川嶋四郎氏も
憲法第31条が刑法に限らず、行政の手続きに適用されるべきであることを

述べている。
以下は「民事訴訟法」川嶋四郎著 日本評論社 19ページ、20ページより引用

「日本では、憲法第31条が「何人も、法律の定める手続きによらなければ、その生命若しくは自由を奪われ、又はその他の刑罰を科されない。」と規定し、すでに適正手続き(デユープロセス due
Process)(アメリカ合衆国憲法修正14条一項等を参照)を明示的に保障していることから、
そのような実体的法規範の解釈の可能性を探求する方向性を採用することのほうが、むしろ、日本法内在的であり示唆的かつ説得的ではないかと考えられる。そこで本書ではB説(注憲法第31条を
刑事手続きだけにとどまらず、一定の行政手続き、民事訴訟法手続きなどにも適用すべきであるという説)
その根拠は以下の通りである。
まず
1 適正手続き(デユープロセス)の保障は、多くの近代国家における自明の憲法上の手続き原理であり、社会権まで周到に規定する日本国憲法が、民事裁判の局面に関するその規定を欠くとは
考えられないこと。

2憲法第31条の規定は、特に戦前における不幸な刑事裁判の歴史に鑑みて
(注 に照らして)そのような文言に仕上げられたと推測されること。

3憲法第32条(注裁判を受ける権利)が、刑事訴訟だけではなく、民事訴訟にも適用があることには異論がないが、憲法第31条の規定の位置から、立法者が、憲法第32条の前に刑事手続きにしか適用のない規定を置いたとは体系的に見て考えられないこと。

4憲法第31条が行政手続き等をも射程にいれたものであることは、すでに判例(例最大判
昭和37年11月28日刑集16巻11号1593ページ(第三者所有物没収事件)
最大判平成4年7月1日民集46巻5号 437ページ)でも肯定されているが
、民事訴訟でも 自由権や財産権の侵害可能性は十分にあること等の理由をあげることができる。
以上 引用 

○もし選挙の過程が公明正大なものでなく手続きが保障されていないものであれば、
違憲違法な長による政治によって大混乱に陥ることが想定される。

そして国民が願っている政治とは全く正反対の政治がなされ、
専制政治となり、不幸を繰り返すであろう。
たとえば憲法第31条には
「何人も、法律の定める手続きによらなければ、その生命、もしくは自由を奪われ、又はその他の刑罰を科せられない」
※この「法律」は、適正な「正義にのっとった」法律であることを含意している。
とあるが、適正な手続きをとらない、恣意的な選挙で違憲違法な知事、議員または
国会議員が多数選ばれる事態になれば、その違憲違法な議員が多数派を占めて、憲法を無視した立法を行うことが可能となる。
具体的には
憲法の人権規定を撤廃してしまう。(例 最近の憲法改悪法案)
また憲法を無視した条約を結ぶこともできる。(例 TPPのISD条項という一国の憲法よりも外国企業の利益を優先させる条項。裁判は国外で行われる。)
また、「戦争を行う」という内閣の意思決定によって
「憲法第9条」を撤廃してしまい、国民を強制的に徴兵できるようにできる。
このことは、国民の「その生命、もしくは自由を奪う」ことに他ならない。
また、違憲違法な選挙によって選ばれた国会議員によって
罪刑法定主義に違反している刑法を定めることもできる。
以上は国会議員のことであるが、地方自治体の長を選ぶ選挙にも準用される。
(例 ネット選挙法は、ペンネームやハンドルネーム、ニックネームで○○さんの投票に行こうというメールを友人に出しただけで二年以下の懲役刑に処すと定めており、これは憲法違反であり罪刑法定主義に違反する。)

選挙において適正な手続き保障がないとすれば
、権力者が恣意的に国民の「生命、自由、またはその他の刑罰を科す」ことが可能になることを示している。
したがって憲法第31条の趣旨から、選挙は「適正な手続き保障」がなされるべきであると解すべきである。

<宮沢 日本国憲法によれば>
また、宮沢俊義著 芦部信喜補訂
「全訂日本国憲法」(日本評論社)
によれば
37ページにこう書いてある。
日本国憲法の前文については「そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって
、その権威は国民に由来し、その権力は、国民の代表者がこれを行使し、その福利は、国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理にもとづくものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令および詔勅を排除する。

「国政は、国民の厳粛な信託によるもの」とは
国の政治は、元来、国民のものであり、(国民主権)
国民によって信託されたものであり、けっして政治にたずさわる人たち自身のものではないから、つねに国民に対する責任を忘れてはならない、という意味であろう。
「その権威は国民に由来し」
以下の言葉は、誰にも
有名なリンカーンのゲテイスバーグの演説の言葉を思い出させる。
リンカーンは、「国民の、国民による、国民のための政治」といった。
ここの国政の「権威は国民に由来し」は
「国民の政治」を意味し、「その権力は国民の代表者がこれを行使し」
は「国民による政治」を意味し、「その福利は国民がこれを享受する」は
「国民のための政治」を意味する、と解してよかろう。
(中略)
人類普遍の原理とは、ある時代のある国家だけで通用する原理ではなくて
すべての人類を通じて、普遍的に通用すべき原理を意味する。

日本国憲法は、リンカーンの「国民の、国民による、国民のための政治」
の原理、すなわち、民主主義の原理をもって、かように人類そのものの本質から
論理的必然的に出てくる原理、すなわち、ひとつの自然法的原理とみているのである。

「かかる原理」とは「人類普遍の原理」とされた原理、すなわちリンカーンの「国民の
国民による国民のための政治」
の原理を意味する。
日本国憲法は、そういう人類そのものに本質的に伴う原理─
あるとき、あるところにおいてのみ妥当する原理ではなくてー
に立脚する、というのである。
「これ」とは日本国憲法が立脚するところの「人類普遍の原理」の意である。
(中略)
「これに反する一切の憲法、法令および詔勅を排除する」
とは従来の日本にあった憲法以下のすべての成分法だけでなく、
将来成立するであろうあらゆる成分法を、上に述べた「人類普遍の原理」
に反する限り、みとめない意である。
(憲法、法令、および詔勅とあるのは、その名称のなんであるかを問わず、いっさいの成分法を(正確にいえば、成文の形式を有する法律的意味をもつ行為)を意味する。
日本国憲法に反する法令が効力を有しないことは
第98条の定めるところであるが、ここでのねらいは、
それとはちがい、「国民の国民による国民のための政治」
という「人類普遍の原理」に反する法令はいっさい認めないとする
意図を言明するにある。
したがって別に定められる憲法改正の手続きをもってしても
この原理に反する
規定を設けることができないことが、ここで明らかにされていると解される。
以上 引用

<具体的に起こったこと>
選挙の過程において なんら選挙管理委員会が管理していない選挙過程が存在している。
その一つには、バーコードとバーコードリーダーを使用して小さな電子選挙過程をいれて
票数を集計している部分がある。
そのPCソフトの部分は、完全に民間企業の管理になっている。
選挙管理委員会はなにもチェックしていない。(画面上でチェックをしているが、画面上のデータは既に電子過程を経ているため、変換されていてもわからないものである)

そのバーコードを経て電子データ化された選挙データが正しく実際の票と合致しているか、正しいものかどうかを選挙管理委員会は全く検証していないシステムを採用している。

そして、その500票のバーコードによって変換された電子データが、合理的にはありえないような数字になっており、異常作動を行ったと思われる例が、多数全国の選挙区で起こった。
そのPC集計ソフトの異常動作は、多数の選挙管理委員会の「開票速報」によって間接的に証明される。

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