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坂本龍一のサウンドストリートコミュのとてつもなく印象に残っている放送

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酔ってます。takuchuloです。

あと、みなさんの印象に強烈に残ってる放送ってなんでしょう?
デモテープ特集や、多彩で素敵なゲスト陣は、当時他に類をみないクオリティを誇っていたのではなかったでしょうか?

僕は、個人的には、大貫妙子さん、立花ハジメさんがゲストの回は大変興味深く、坂本氏とのトークを、それはもう楽しく拝聴しておりました。
立花氏の軽快な語り口に魅了されてしまっていた人間の一人です。

その反対に、ゲストの方がいらっしゃらない回は、こう、雰囲気が一変してしまうわけです。
けっしてしらけた雰囲気になってしまう、というわけでもないのですが、坂本氏独特の語り口というものがあったと思います。
時間の進み方が、ゲストの方がいらっしゃる回に比べて、変貌しすぎというか、なんというか。
つまり、言葉少なになってしまうんですよね。
その分、リスナーのはがきにおおうけしてしまう事があったりとか。
坂本さんの独り言を聞いてるような。。。

かわりだねでは、僕の敬愛する植木等さんがゲストの分。
大滝詠一さんと一緒でした。二回続けての放送だったと思います。

懐かしい。。。

みなさんの思い出の放送を、是非お聞かせください。
よろしくお願いします。

コメント(128)

うみんちゅ 様
ありがとうございます!
さっそく最後の1枚をたった今注文しました!(爆)
結局「1」だけだったのですか、「ローデッド・ウェポン」みたいだ(爆)。

>あと、槇原範之(敬之)とか、Julanとか、ワールドスタンダードとか・・・。

へえ、マッキーもそうでしたっけ?いやあ不勉強でした(笑)。
ほかにも、購買意欲をそそりまくるアイテムがズラッと出てきましたが、
きょうのところはこの1枚でグッとガマンです(爆)。
20年越しの大収穫に、ただただ感謝です♪

studio-rain様
お気持ち、くみ取って頂けて嬉しいです(笑)。
きょうび高校生バンドがHDDレコーダを使う時代ですもんねえ(笑)。
今思うと、当時のコゾーが束になってかかっても手の届かない、
そういう機材を縦横無尽にならべて摩訶不思議なオトを出す、
これもYMOの魅力の一端だったのではないかという気がします。
逆に、年月を経て、ワンフレーズ聞けばどこの何のオトか
だいたいわかってしまうようになって、
そういう所に憧れを持つことのなくなった今の自分に、
一抹の寂しさも感じています。
ちなみに、私は知り合いからSH-2を強奪し(爆)、
CS-01で単音にくたびれて、
死ぬ気で(大げさ)バイトしてDX7を、
Polysixと並べて迷った末に買いました。
(どっちも今や往年の名器扱い…いやはや:笑)
その頃ですからとうぜんVer.1ですが、いまもウチでは現役です(爆)。

何だかトピックとは全然関係のない話になってしまいました。
takuchulo様、ごめんなさい<(_ _)>。
>84:オンチューさん
>教授のDJが入ってたら最高なんだけどなあ…(笑)

『DEMO TAPE-1』の冒頭にDJ入ってますよ。
「こんばんは、坂本龍一です。今日は〜」って。そこだけですけど。

私はシンセを駆使した音楽よりも、楽譜を反対から弾いた『逆さ戦メリ』とか、おじいさんが歌う『うさぎとかめ』などを聞いて「ヤラレタ〜!!」って思いました。
コロンブスの卵ですね。
>ツッコミではなく、本当に用語とか俗語とか知らなかったので質問しました。

あ、そうなんですか。
イヤミなのか本気なのかよくわからなかったので、
なんか中途半端な謝り方ですいませんでした^_^;。
どうかお気になさらぬよう。

>きょうび高校生バンドがHDDレコーダを使う時代ですもんねえ(笑)。

そうそう。当時は MTR でしたからね。
しかも、素人は何十チャンネルもある
オープンリール MTR なんて当然手が届かないから、
4トラックのカセット MTR とか買って、
どういう順番でダビングしようかなんて
必死で考えたりしてやってましたから (^^)。
しかも 1 トラックは MIDI 同期用で使えないという (^^)。

そう考えるとまさに隔世の感というやつですね (^^)。

>yaeさん

『うさぎとかめ』は大爆笑しましたね。
しかも本人ネタじゃなくてマジなところがおかしい (^^)。
>93:studio-rainさん

『うさぎとかめ』はこのトピの上の方に“既出”でしたね(笑)しかもご本人が。
一度聞いたらしばらく頭の中ぐるぐるです。

『ヒンドゥー語ラップ・チベタンダンス』にインスパイアされて『Steppin' Into Asia』ができたんですよね。
サンスト、デモテープ特集がなければできなかった曲ですね〜。
>94:yae様
わぁ、『Steppin' Into Asia』か、こらまた懐かしや♪
ええと、アサノ…なんてったっけ、トシのせいで思い出せん(爆)。
あのヒトの声と発想に教授がホレて(←ホントにムラっ気の多いヒトだ:爆)、
本チャンレコードを作っちゃったんでしたねえ、確か。
でも、できあがった本チャンは、
アサノさんがスタジオの金魚鉢の中でキンチョーしまくってる様が
眼前に浮かんでくるような、何だか痛ましいようなヴォーカルで、
「コレなら彼女の家にモービル持ってって、
これまで通りお部屋で正座して録ってもらえばよかったのにい」と、
放送で聴いてちょっと残念な気がしたのも、
これまた、ありありと思い出されます(笑)。
ヒンドゥー語のラップの元ネタは
インド国歌の歌詞だったということですから、
まんま本チャンにしてしまう訳にもいかなかったんでしょうけど♪
「うさぎとかめ」もしくは「もしもしかめさんよ」、
アレは番組の中でらかすさんのコメントに教授が大賛同していた通り、
アレこそがゲージツというものだと、当時も今も思ってます。
「ゴジラ」同様、いっぺん頭の中で鳴りだしたら止まらなくって♪
「undercooled」でも韓国語のラップをやってましたけど、
それより十数年(ひょっとして二十年以上?)も前に
タイ語のラップをやっていたというのは、
今考えても結構画期的かもしれないですよね。

ゴジラについてはもう、
曲を聴くとあの歌詞しか頭に浮かんできません (^^)。
ゴジラ…まったく同感です、20年以上経った今も、
「あれ、ほんとはどんな歌詞…って歌詞ねーぢゃん!インストぢゃん!」
とかいうバカにハマりつつも、
「ハイジ、ハイジ、ハイジとメカハイジ、クララ、クララ…」
完全に無限地獄です(爆)。

80年代、YMOの凱旋帰国(マスコミはそう言ってました:懐)した時分は、
「スネークマンショー」関連の音楽もけっこういろいろあって、
特に「戦争反対」に入ってた曲を思い起こしてみると、
いやあ、実に無節操だったんですねえ(←コレは賛辞です)。
ホルガー・チューカイが西アジア系の民俗音楽を、
どこぞからかっぱいできてリミックスした曲なんかがあった♪
「ワールド・ミュージック」なんて言葉が出てきたのも、
あのあたりからじゃなかったでしょうか?
当時、前衛と目されていたアーティスト達のなかでは、
非ヨーロッパはもとより、アフリカさえ脱却して、
アジア系の音楽やリズム(もちろん言葉も)は、
魅力的かつ、取り入れるのがトレンドだったような印象も、
今考えてみるとなきにしもあらず、です。
でも、それにしたって、
黒人ラップもまだアングラ音楽だった時代のことですから(笑)、
ラップという形態に目をつけたということ自体が、
まず画期的ですよね♪
はじめましてHenryと申します

中学から高校?にかけて教授の放送拝聴しておりました

ゲストに女性が来ると明るかったですね

大貫妙子嬢、スーザン穣の放送は、今でも持ってます

スネークマンショーお邪魔の時は、椅子投げたりもうめちゃくちゃ
当時のNHKの太っ腹さ加減に頭が下がります

あと、戦場のメリークリスマスを撮ってたときには、律儀に
撮影島のラロトンガ島からのレポートとかもあったような

サウンドのマニアックな質問に、真摯な態度で答える教授の
姿勢も印象に残ってます 番組内でベースから曲を作っていくの
も驚きでした、、、って思いでいっぱいです
幸宏氏が「四月の魚」のサントラを出した頃に上野耕路氏と共にゲストに出た回が面白かったです!「夜中のTV番組でホモな男性のお部屋に訪問したら教授の写真がバーッと貼ってあった」という幸宏氏の話に教授が慌てふためいてお茶をこぼしたりアルバムを「アアアアブラム」と言い間違えたりする様子が最高に笑えました(笑。
はじめまして。おじゃまします。懐かしいですね。

あまり記憶力がよい方ではないのですが、山田邦子がゲストできていた時に、「このスタジオ暗いわ〜」とか「電球が1個しかついてなんですよみなさん」とか言っていて
次の週の時に教授がくにちゃんの文句をぼろくそ言っていたのは覚えてます。
初めまして、お邪魔します。

自分が一番強烈に覚えてるのは、'83年のYMOとして3人で出演した回ですね。
エフェクターを使って声を変えて、即興でコントをしてましたね。
細野さんが“ホチョノちゃん”と名乗って、ユキヒロにナンパされたなんて言ってました。
教授ははしゃぐ2人に困りつつも、楽しんでる感じでした。テープも残ってます。

あと、亡くなられた本田美奈子さんがゲストの回も覚えています。
歌唱力と普段の本人とのギャップに、教授はたじたじになってましたねウッシッシ
タバコ吸ってため息ついてた時かなぁ...ひたすら教授ミーハーです。。。
なつかしいですね。(^^♪
その頃オイラはすげえガキで、親戚の姉ちゃんが
繰り返しテープで聴いていたのを横で一緒に聴いていました。
成長してからもよくテープ貸してもらってました。

既出ですが、ラジオマガジン?でDJワースト1に選ばれた時
「えー、これからもワースト1の名に恥じないようにですね、、」
と言いながらユーモアで切り返していたところが
さすが教授だなと思いました。

植木等さんが出た時、ラーメンのレコード掛けた時も
なつかしいなあ。(同じ回でしたっけ?)

Steppin' Into Asia歌ってた彼女に子どもながら恋心を
抱いていました。お元気でしょうか?(*^_^*)
トロンボーンのライディーンですね
デモテープ特集の
スーザンが魔法を信じるかい?を引っさげてゲストで出た回。
はじめまして、DMともうしますわーい(嬉しい顔)

サウンドストリートは毎日聞いていたのですが、坂本龍一さんの
日は今でもカセット(死語)に取って実家にありまするんるん

中学、高校生時代だったかなあ〜
大好きでした、あの頃の方が...
サンスト…。
おそらくこの番組がなければ今の自分はネット上にはいないんだろうなあって思います。いまさらながらですが。

今から10年以上も前の夏のこと、膨大なテープと放送リストと資料を前にして「そうだ、これホームページで公開してみようかな」と思ったのが「1983アルコ堂EX」を作ろうと思った発端でした。楽しい作業だったなあ。

あれから歳月が経過しました。あの頃アルコ堂に遊びに来てくれた方々は元気だろうかなあ、って思うことがあります。ここにいらっしゃるのかなー。

ではでは。

追伸 印象深い回は初期の二週にわけて、とある「東風」で行われたYMO座談会です。ラジカセから流れてきた三人の声に興奮したなあ。ホントに存在しているんだなって。


放送一回分をまるまる全部使って、かしぶち哲郎の『リラのホテル』発売記念ライブを放送。
良いライブでした。
教授、ありがとう!
当時奥さんだった矢野顕子さんにカミソリ入りの封書が送られてきて「うちの奥さんケガしたじゃないか、どうするんだよ」(言葉は正確ではないかも)と立腹していた回。
> mimo×mimoさん

アルコ堂のmimoさんだったのですね。アルコ堂さんのHPには、
ホントによくお世話になりました(一方的にですが・・・笑)。

当時は、本当に毎週エアチェックして何度も聞くというのが自分にとって当たり前の習慣になっていたほど、サンストは自分にとって、もう一つの学校でした。

アルコ堂さんのサイトはそんな時代のことを懐かしく思い出させてくれる貴重な存在だと思います。(これを最初にやったという功績は大きいですよ、ホントに。)

これまで、みなさんが書き込まれた印象的な回はどれも「そう!そう!」とうなづくことばかりで、姿は見えねども、当時の同級生がたくさんいることに感激もひとしおです。

思い出の回はたくさんあって思い出しきれないくらいなのですが、
長門芳郎さんが何回かゲストで出演される回がありましたね。
その中で、いまだに未発売の幻のアルバム「リンダ・キャリエール」(細野さんプロデュース)の話が出たことがあって、長門さんがアルバム制作の経緯を語った際に、「細野さんが若い女とやりたい」という誤解を招く言い回しをした時に、教授が思いきり突っこんで受けていたのが最高でしたね。
(つまり、「若い女性アーティストをプロデュースしたい」と言いたかった。)
30代の教授は、まだまだ活きがよかったです(笑)。
>52: GENtleさん
(ずいぶん前のご投稿へのレスで失礼します)その回は、ぼくもよく覚えています。聞いていてどきどきしました。

 みなさんがお書きのエピソードもそれぞれ記憶に残っていますが、それ以外にも印象的だったのは、ピアノのあるスタジオでの収録回で、高橋幸宏さんの「前兆(まえぶれ)」を紹介、ラストのフェイドアウトでピアノ演奏をかぶせてきれいに終わらせつつ……鼻歌もかぶせたときです。いや、鼻歌は記憶ちがいかもしれませんが。
たしか ウインターライブ中の放送で 「幸宏が 客席に スティック投げたら ぼーっとしてた お客さんの頭に当たって タイヘンでした サインあげたり...」 で放送のラストで ライブでも印象的だった EPILOGUEをかけて フェイドアウトでピアノをかぶせたりして...なつかしーな
リクエストのお便りを紹介した後、「その曲は何々というアルバムに入っています。」と言って、スタッフに「今売ってるよね」と確認して、もし発売中だと、「買って聞いて下さい」と言ってリクエスト曲をかけないことが、ごく日常的に繰り広げられていたと思います。

他の番組では聞いたことのない展開だったので、とても印象に残っています。
(^ω^)
懐かしいですナア・・。

僕は、「戦場のメリークリスマス」に教授が出演する前に、大島渚をゲストで呼んだ回が印象的でしたね。

キャストとして、たけし、デヴィッド・ボウイ、そして坂本龍一を起用した事の理由と、その意気込みを語る熱意が、すごく印象に残ってますね。

あと、大島渚が、「映画監督というものは、給料がメチャクチャ安くて、自腹で銀座になんか行った事が無い。」なんて、愚痴めいた事を言ってたのが面白かったです。
はじめまして。新参者ですがよろしくお願いします。

自分はデモテープ特集の「カシクレロックンロール」?がなぜか強烈に記憶に残っています。
清志郎のものまねで「カシクレロックンロール〜カカカカシクレロックンロール〜菓子をくれないとおこっちゃうぞ〜おこっちゃうぞ〜」というフレーズを延々歌っていたように記憶しています。
教授が「そっくりだ!」と絶賛していたのを覚えています。
やっぱりデモテープ特集とクリスマスに北海道での公開録音。ゲストはキヨシローさんでした。
最後に、教授とキヨシローの「きよしこの夜」をデュエットしたのが忘れられません。
結構、サンストはエアチェックしてたのでまだカセット結構あります。
たまーに聞いて懐かしんでます。
教授のファンだったはずがアッコちゃんの「おおさむまち」のピアノに魂を奪われてしまって、そのまま、、、
渡辺まちこの「ブルー」も歌ってましたね。
テープも何も残ってないのに鼓膜が覚えてます。
いろんな、技巧を凝らしたりスナオになったり、パターンは数々あれど
あっこちゃんの魅力をダイレクトに肌感覚で伝えてくれたのはサンストかなって
思います。
古いトピックへのコメントでごめんなさい。
こんばんは。こちらに参加して何年か経ちますが恐らく初めて書かせて
いただきますm(_ _)m

>123.de chihiroさん
私も同感です!教授経由でアッコちゃんファンに私はなりました。
2年ちょっと前に「大寒町」をあがたさんのライブでようやく聴けて
そしてその夜はアッコちゃんがNHK総合にご出演で。ライブ後にあがたさんに
「この後アッコちゃん見ます」とお話ししたらすごくニコニコして下さったという
嬉しいこともありました。

一番印象に残ってるのはやはり私の名前が読まれた時(;^_^A 1984年2月15日に
『ナイト・ポーター』をリクエストしたら、「この曲にはもう一人いまして」と
教授が読み上げてくれ、ラジオの前で溶けそうになりました(笑)。
家が厳しくて自分用のラジカセも持ってなかったんで毎週ラジオ前に正座で
必死で聞いてましたがほんと、この時の嬉しさは約30年近く経った今でも忘れられません。
(新年早々、ミック・カーンが亡くなりましたよね。やっぱり悲しいです。。。)
他には吉田ルイ子さんがゲストの回。ちょうど吉田さんの著作を読み始めた頃でした。
水牛楽団も印象が強く、こちらを見てhttp://www.suigyu.com/cd/sg001.html
3年前、新宿の本屋さんに買いに行きました。
あとは民族音楽の回。これを聞いたことで大学進学後に1年半だけですが
芸能山城組に入ってジェゴグやガムランを演奏したり『AKIRA』のレコーディングに
参加したりしました。

ところで戦メリの、あの拍子木のような音は冨田勲さんの「新日本紀行」にヒントを得たと
教授が話されてた記憶があるのですが、どなたか覚えてらっしゃいますか?
懐かしくて、ああそんな放送あったよね〜
なんていう思い出もたくさんあるのですが、
『とてつもなく印象に残っている放送』と言えば、
戦メリのロケから教授が戻ってきた回です。

『ロケ地はもう男ばっかでさー
 自分で自分を慰めたりなんかして・・・』

という彼の発言に、当時中学生だった私は耳を疑いました。
え?嘘?坂本さん、今なんて言ったの?
と世界で一番憧れていた人の下ネタが、
本当の意味で『とてつもなく印象に残って』います。(笑)

あれは後々あほあほマンに扮した時よりも大打撃だったなぁ。
坂本龍一さん、がん順調に回復!の報に、うれしさの余り、本日参戦。
印象に残っている回は、なんと言っても『浮気なぼくら』の紹介がてらに3人がコントをやった回です。
特にヒョーロン家を演ずる高橋ユキヒロ氏の『日本人はだめだよ、だって、日本人がロックやったってイイワケないじゃん!』というセリフに、当時、ああ、なぜ日本のロックはこんなにダメなんだろうと言う・・、2015年現在では余りピンと来ない、当時のロックファン共通の鬱屈を、海外ですでに活躍していた彼らが言う事で、逆に、ぶち壊している様でいて実に楽しかった。
回は忘れましたが、昼ごはんを抜いてお金を浮かして作ったお金でYMOのアルバムを買ったと言う、たしか中学生の女の子の御便りを紹介した下りがとても印象的でした。
一瞬でしたが、あの教授が声を詰まらせたのです、『そうまでして作ったお金で・・』と。
自分達のレコードを買ってくれる人たちのそのお金が、どこからくるのか想い致すようになった、といったことを言っていた様に記憶しています。
番組開始当初、収録途中で番組投げ出して帰っちゃうんじゃないかと思うほど尖んがっていた教授が、番組を通しリスナーと交流する事で、教授のひととなりも幅や厚みが増し、番組の内容もどんどん変わって行った。そんな事を思い出します。
教授のサンストでは、どの回に限らず、それまで知らなかった色々な人の色々な音楽を教えてくれた。
いまでは、それらの楽曲が、生きるうえでの財産になっているとさえ言える・・。
感謝しても仕切れない想いがする。

ガブリエル・フォーレのパヴァーヌを、ビル・エヴァンスが編曲・演奏したジャズ・ヴァージョンもそのひとつ。
番組のエンディング、教授、「こころに沁みる・・」と言う言葉とともに伝えてくれた。
https://www.youtube.com/watch?v=NZ2KDYH0qnA&spfreload=10

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