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2008年05月02日17:59

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捩れ重なり離れ進む

『EXIT』 11巻読了。

もう読み始めてからかれこれ18年?は経とうかという
息の長い漫画の最新刊。でも11巻目(笑)。

しかし、無理からぬ事だ。
この作者は一切手を抜かない。
ありきたりなバンド物とは違い、複雑な人間関係が
展開される群像劇だからだ。
いや、複雑だからといって、込み入った三角や四角な
角が立ちゃあいいんだろ?みたいなドロドロな恋愛などは
一切出てこない。

テーマは音楽。バンド。ロック。

こう書くとダサいが、この漫画にはこれしかない。

往々にして音楽漫画が陥る『天才病』と言える物がこの漫画にはない。
バンドや音楽業界従事者や、雑誌編集、観衆も誰もが、
シビアな人間関係を生きている。
作中で『天才』として描写されるアーティストですら。

一人一人がそれぞれ考えや理想を持ち、
才能の量の多寡やままならない現実や単純な人間関係にも
悩みながら生きている。

そういった、瑣末でありながらとても重く大事な描写を
この作者は決して逃げない。

だから、この漫画は成功している。

バンド物、というジャンルはその粗方が破綻を余儀なくされている。
音がそもそも聞こえない漫画、というジャンルの制約は
無論あるが、ほとんどの作家が表現を失敗する存在を
描こうとする事が多いからだろう。

『天才』だ。

口にするのもおぞましく下劣な『快感フレーズ』や
中途までは素晴らしかったが天才が天才を発揮し始めて
から、物語が説得力を失ってしまった惣領冬美 『3ーThree−』、
黎明期に凄まじいクオリティを誇ったが、結果はみじめな
ヒッピー幻想、フラワームーブメントの挫折で結末を
迎えた水野英子 『ファイヤー!』、そもそも照準を合わせている
個所が異なるであろうため、ここで採り上げるのはアンフェアかも
しれないが才能がある意味狂言回し的な尾崎南 『絶愛』、
優秀な芸能界モノ、としかなりえない時代を見事に描いた
上條淳司 『TO-Y』・・・

全て、漫画において『音楽の天才』を描く事のみにかけては
破綻している事を否めない(『快感フレーズ』は除く。あれは
作品全てが腐敗しているので)。漫画としては傑作でも
音楽物としては、充分な成果を上げられているとは言えないもの
が多い。

面白い事に、事バンド物にジャンルを絞ればあえて『天才』を
描かない作品の方が成功を納める事が多い。

大学のバンドサークル、という環境を半歩も抜け出さなかった
佐藤宏之 『気分はグルービー』やゴシックロリータという
衝撃的なジャンルの成立に一役買った楠本まき 『KISS×××××』
といった作品には、目立って作中で『天才』と名指しされる
キャラクタは存在しない。しかし、美しい世界を描いている。
バンド、が中心にある世界だ。
しかし、そういった『閉じた世界のバンド物語』は外界へ
飛び出そうとはしない(『気分はグルービー』は主人公のドラマーと
ギタリストがつるんでプロになるための旅立ちをする所で
物語は閉じるが、これはどちらかというとエピローグ的エピソードに
過ぎない)。

そんな中、『閉じた世界のバンドごっこ』ではなく、『バンドって天才が
なんとかしてくれる物』な安っぽいヒーロー物の延長でしかないような
物語とも違う作品として、今も継続しているのが藤田貴美 『EXIT』だ。

決して作中人物達は多くは語らない。内心をモノローグで
語る時も、削りに削った断片しか読者に投げてはこない。

ちょっとした視線や、後姿(この作品は後姿で心情を
語るシーンが素晴らしく多い!このストイックさは特筆に
値する)で窺い知る事が出来るのみだ。

決して派手な展開をする訳でもない。物語の前半は
『貧乏バンド物』だ。しかし、そこから地道に描写を
積み重ね、作品の開始当初から売れっ子天才バンドとして
もてはやされているバンドとのそれぞれの双曲線が重なった
瞬間の描写のカタルシスは百万言を持っても足りないほど
素晴らしい。

はっきりとヒエラルキーの上と下、という配置だったそれぞれの
バンドが、やがて鏡かネガとポジのようにお互いを
映し出す物にじょじょにシフトしていく描写の妙は、
決して表現する事、描写する事を逃げなかった作者だからこそ
成しえた偉業だ。

現時点の物語は、それぞれのバンドが息苦しい問題を
孕みつつ、それぞれの活動を順調に行っている。

VANCAとESK DUAL。

それぞれが、実在のバンドをモデルとしているのだろうが
(VANCAは作者自らが公言している)、それぞれのバンドの
デビューの時期をずらして対置させる事で、非常に面白い
ドラマツルギーを産んでいる。こういう手法もあるのだなぁ。

この二つのバンドそれぞれがどのような出口をくぐるのか
は、まだ見等もつかない。単なるバンド成功物語ではないからだ。
東京ドームで演れたら完結、みたいな安易な漫画ではない。

このそれぞれのバンドとそれを取り巻く群像劇の着地する
場所を追い、これから何年かかろうが読み続ける。

・・・あ、でもひなこはもうちょっと出してやってくれ。
今回二コマだけ、しかも電話待ってフラれるシーンだけ
なんて可哀想すぎる。雪が話しの中心なのは分るけどよぉ。
ま、対位法みたいな表現が好きな作者だから、凡ちゃんと
雪が恋仲になったら、出番が来るんだろうな、と思って自分を
慰めよう。

・・・本当に、期待しています。
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