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2007年10月17日09:41

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群盲が撫でているもの

東野圭吾『片想い』読了。

非常に良作である、と言い切りたい所である。

だがしかし。

東野圭吾の狙いが見事に図に当っている処なのだろうが、
今作のテーマとなっている『ジェンダー』と『ありし日の友情』が
編み上げている物語は非常に歯がゆい物であるという印象を得る。

過去の旧友との再会は、彼女が『男性』として現れるという
意外な物だった。そこで主人公たる通称QBは過去から
現在までに至る友情に基づいて、『彼たる彼女』を守ろうとする。

美しい物語、になる筈である。

だが、そうはならない。

主に視点を担当するQBが普通であり、善良であるからだ。
彼は理解しようとする。『彼たる彼女』を、であり
『トランスジェンダー』に(彼にとって)始まる様々な『性差』を。
そして、それらの事象の当事者の巻き込まれた『事件』を。

しかし、彼の善良さというフィルターはしばしば残酷な形で
発揮される。普通である事の残酷さ、無理解。
それは彼にも、同時に我々にも埋める事の出来ない
ギャップとして露呈される。

作者は恐らく、綿密な取材や準備の上、この作品に
取り掛かった事だろう。それはこの作家の力量と相俟って
力強く伝わる。
だが、この作品は小説である。

視点となる主人公の無理解は決して解決されない。
それは、安易にユートピアに登場人物を、延いては
読者を導かない思慮深さの現れでもある。

彼の視点は常に一定である。『彼女』を守る。
この一事に尽きる。故に地の文でも常に
『彼』は『彼女』だ。示そうとしている努力は
視点の主の地の文には影響を及ぼしていない
事が容易に判明してしまう。

これが読み進めていく上でのもどかしさに
繋がっている。この主人公の吐いている
嘘(若干言いすぎだが)に読者は付き合わされる。

だが、この構成は正しい。そうならないはずはない。

QBにとって『彼』は永遠に『彼女』なのだ。
それを守るために、彼は時に傲慢に振舞う。
事件の解決では無く、『彼女』を守るためだ。
その為に、小さく弱いコミュニティや世界に彼は
無遠慮に立ち入る。それも守るためがこそ。

しかし、QBの守ろうとする『彼女』とは?

『片想い』というタイトルは様々な意図を想起させる。
表題を強く意識したのは、このポイントだった。

綿密な取材の末、この無遠慮な物語を構築せざる
を得ない東野圭吾の真摯な姿勢を評価する。
それは一方では現在の我々の生きる世界の視点であり、
また一方では誠実であろうとして奮闘する『友情』の
物語でもあるのだ。
それが両立した結果、群盲が撫でている物が
さらに判りにくくなってしまった事は当然の帰結である。

同時にミステリというジャンルが踏み込む事の出来る
領域の広さも感じる事が出来た。

しかし、東野圭吾の描く夫婦は息苦しい。
もっとも近接して生きる『他人』に最も
優しくない視線を投げる作者の力量が
高いが故に、読み進める事が更に
辛い物になっている事が讃えるべき点でも
あるし、困った事でもある。

一点、納得の行かない箇所として、
主人公が預かった写真を、出会えた人物に
渡した描写が無い事。読み落としたかな?
もし無いとすれば東野圭吾らしくない
手落ちだと思う。彼なら渡すであろう。
それがどんな残酷な結果になっても。

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