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2007年04月15日23:26

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♪ 限りなく妄想に近い憂鬱(ブルー)



【 店長のフローズン・カクテル  Vol.14 】
  




               1


その女性は ボクを見るなり あれ? っという表情を浮かべた

ボクは その一瞬を 見逃さなかった

退屈なランチタイムが ナニやら動き出しそうな 予感がした


ボクは 見覚えのない その女性を観察した

年は 20代前半ってとこか?

制服のセイではなく どことなく 垢抜けない …

髪型も 化粧も 何もかも あと一歩の所で   止まっていた


カノジョの料理は テーブルまで ボクが自ら運んだ

カノジョは 先ほど ボクを見た時の驚きなど忘れたかのように 

まるで無関心にボクが並べる皿を 見ていた


近くで見下ろしたカノジョは 第一印象よりも 数段 美しかった…


これが ボクの カノジョとの 出会いだった




               2


翌朝 人の少ない列を選んで ホームを歩いていたら

後ろから 声をかけられた

昨日の ランチタイムのカノジョだった

「 店長さん! 」

さわやかに カノジョは 微笑んだ


昨日 中途半端に止まった 何かの予感が また動き始めるのを感じた


車内は満員で ボク達は 挨拶もそこそこに 密着するハメになった

ほとんど抱き合った体勢で 息がかからないように 自己紹介を交わした

カノジョは ボクのレストランの向かいにあるジュエリーショップの

店員であることが分かった



               3


その日のランチタイムにも カノジョは 現れた


大きく襟元が開き 黒く角ばったジュエリーショップの制服は

均整の取れたカノジョの素晴しさを 相変わらず つまらなく見せていた


ボクとカノジョは 軽く挨拶をした後 再び 店員とお客に分かれた


食後のコーヒーを運んだ時 カノジョが唐突に尋ねてきた

「 店長の 次のお休みは いつですか? 」

ボクが 次は 土・日が休みだと教えると

「 その2日とも 私にくれませんか? 」

メチャクチャな展開に まじまじとカノジョを見つめてしまった

「 考えといてくれませんか? 」

コーヒーにミルクを入れると カノジョは神経質っぽく スプーンを回した



               4


翌日のランチタイムに また その話になった

「 昨日のお返事は いただけますか … ? 」

ボクは どういうことなのかと 笑いながら聞いた

カノジョは あなたと一泊でドライブがしたい という趣旨を言った

あまりにストレートな誘いに さすがのボクも 一瞬 引いた

『 君は ボクの歳を知ってて からかっているのかい? 』

カノジョは 歳は 関係ない と言った

そして 何故行きたいのかを 色々説明し始めた

良く解らない説明だった

ナニやら 嫌な予感が 漂い始めた…

カノジョは そんなボクの逃げ腰には お構い無しに

楽しいドライブが したい

近場で 一泊しながら ゆっくりとドライブがしたい

と 繰り返した

『 君は ボクを からかっているんじゃないか? 』

『 君は ボクを 勘違いしているだけだろう … 』

やんわりと カノジョに 問いかけても

からかっていない

私は あなたを知っている

と カノジョは 自分の計画を変える気など 無いことを強調した



気持ちの悪い子だな … と思ったが

カノジョの真意が知りたくなったので 受けることにした(笑)


後ろに恐いお兄さんが 居る様子でもなさそうだし

何か妙な展開に成ったら 逃げればいいだろう …

この程度の ノリで カノジョと 2日間を 過ごすことにした

少し野暮ったい所が有るが 顔立ちは美しい

プロポーションだって 悪くない

この黒い制服が 全て悪いのだ!

ボクは 自分に暗示を かけ始めていた

もしかしたら 棚から ぼたもちかも知れない…



その夜 2日間のCDを選びながら それなりの期待が 押し寄せて来た



               5


ドライブは 快調だった

その気になれば ボクは 強い

ほとんど彼女は 笑いっぱなしだった

ボクも 浮かれていた


厳選して作ったCDも カノジョを陽気にさせていた

カノジョは 時々 CDと一緒に歌った

そのノリは ボクのテンションを さらに上げた


走って30分もしないうちに ボク達は どう見たって 恋人の様だった


ボクは 都内を知ってる限り 走った

銀座 、晴海 、お台場 、ベイブリッジ 、増上寺 、東京タワー 、

六本木 、神宮の並木道 、絵画館 、東宮御所 、学習院初等科 、

迎賓館 、ニューオータニ 、表参道 、原宿 、NHK …

…と はとバス並みに 豆知識を披露しながら カノジョの望む通りに

東京ツアーを 行った。

自由が丘で スイーツを 食べたあと 環八から 東名に入り

しばらくは快適に飛ばした

綾瀬から厚木の間では リミッターで制限されるまで 踏み込んだ

4車線をフルに使い ボク等の車は 流れるように 直進した

何度かリミッターの為に 減速を余儀なくされたが その度にまた踏み込んだ

5回目の180Kmの時に カノジョが Kissしてきた

時速180Kmの Kiss だった



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御殿場で 東名を降り 乙女峠から 芦ノ湖を抜け 箱根湯元まで

一気に走り抜けた

箱根湯元のお土産屋の並ぶ真ん中辺りの蕎麦屋で 山賊弁当を 食べた

土産屋で かごせいの伊達巻を買って丸ごとかじりながら運転を続けた

汁がこぼれて ベタ付いたボクの指を カノジョは舐めて 拭き取った


小田原からは海岸線を走り 藤沢に向かった

平塚で 夕焼けが始まり 富士山と夕陽を ルームミラーで 眺めた

カノジョは 後部座席に移り スモークを貼ったリアガラス越しに

しばらく夕陽を眺めていた

ボクは ルームミラーで 夕陽と富士山とカノジョを 均等に見ていた

富士山は いつしか リアーから 右後方へ 移動していた

富士山の移動に合わせたように カノジョが また助手席に戻って来た
       

すでにクルマは 右手前方に 江ノ島を捉えていた


左手に サンタクロースが いっぱい 建物を よじ登ったり

軒に座ったりしている ラブホテルが 在った


…( 今晩は ドコに 泊まろう… )…

そんなコトを ぼんやり考えながら 通り過ぎた


水族館の手前の信号で 止まった時に

「 アタシ ココに 入りたい 」  カノジョが左手の建物を指した

そこは アメリカの港町のテラスハウスを意識した造りのレストランで

ニューイングランドの グレイを基調に塗られていた


『 ここは レストランだよ 』  紅い海老のマークを見ながら言うボクに

「 そうよ  何だと思ったの? 」  カノジョは 短く笑った



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カリフォルニアの白ワイン と シーフードの数々は ボクたちを

陽気にさせた

ボクたちは とても安上がりに 親しさを増した

お互いのことには触れず  他愛ないことを 陽気に話しては 笑った

サンテラスルームには まだ 他の客がいなかったので 遠慮なく笑った


支払いを済ませて 店の外に出た時 海風で カノジョのスカートが

ふわー と 気持ち良さそうに 膨らんだ

胸元の高い位置に切り替えのあるエンパイア風で そよ風にも

ふわーっと反応するような 黒い春物のキャミワンピだった

その上に ちび丈のピンクのGジャンを羽織って 微笑むカノジョは

どう見ても10代の後半から 20代の初めにしか見えなかった


「 どうしたの? 」

可愛いトレンドバッグを両手で持ち 小首をかしげて聞くカノジョに

心が 完全に傾いてることが 解った



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江ノ島を 右手にやり過ごして 鎌倉方面に クルマを 走らせた

夜の海に 所々 波だけが 白く  海岸線を 教えていた


由比ガ浜から 左折して 若宮大路に入り ハンバーガー屋を 右折して

逗子マリーナへ 向かった


トンネルを抜けると 異国情緒たっぷりの マリーナが 待っていた

棕櫚(しゅろ)の並木は 一本一本に電飾が巻き付き 青く浮かび上がり

どこまでも 冷たい美しさで 並木が続いた



行き止まりのマンションの前に クルマを止め

ボクたちは クルマから 降りた


思ったより 風が強く 汐の匂いで 海に来たことを 実感した

10mも有ろうか? 頭の上では 棕櫚の葉っぱが 風にアオラレて

不気味な唸り声を上げていた

ボクもカノジョも 思わず グルッと 空を見上げていた


「 マンションなの? 外国に来たみたいだわ 」

満天の星空に 安心したのか カノジョの興味は 建物に 移っていた


『 川端康成って、このマリーナのどっかのマンションで自殺したんだよ 』

もう一度 暗い話に 引き戻そうとした が

「 誰? それ…    知り合い … ?」

カノジョは 興味なさそうに 空に向かって 伸びをした


春物のひらひらとしたスカートが マトワリ付きながら 時折 めくれ上がった

ふわっと下着まで見えそうになっても  両腕を組んで空に伸ばした手を

下ろそうともせず カノジョは 海風の好きにさせていた



海風は クルーザーにも ちょっかいを出していた


クルーザーを海に連れて行こうと 激しく揺すっていた


陸と繋いだロープが それを拒み キシンダ声を上げながら 抵抗していた

その唸りは 魔物の声のように マリーナに響き渡っていた



カノジョは 傍らのベンチに座った 

つま先を浮かす様にかかとを芝につけ 両手はベンチを押さえていた

マリーナの空気に 慣れようとしているのが 解った



ボクが隣に座ると ボクの腕に 両腕をまわし 肩にもたれた

寒くもないのに カノジョは ぶるっと震えた



海側のカノジョの 長い髪が ボクの顔に 絡んだ

カノジョは それに気付き 小さく笑うと 陸側に 座り直した

それでも イタズラな海風に操られたカノジョの長い髪は

ボクの顔に マトワリ付いた


カノジョは 髪を抑え 謝りながら 笑った

ボクも カノジョの目を見て 笑った

マリーナは ボクたちの 空気に包まれていた…



右手にクルーザーを眺めながら 棕櫚の並木道を 海に歩くことにした

左手の白い建物では 何やら賑やかなパーティが 催されている

「 見て!  結婚式よ!! 」

大きなガラス越しに ウエディング・ドレス姿の女性が 見えた

声は聞こえないが シアワセの絶頂にいる者の 笑顔が そこにあった


「 いいなぁ… 」

言葉とは裏腹に 表情は ぼんやりとしていた

ぼんやりとしたまま もう一度 式場を 振り返り

「 シアワセそうだネ … 」

独り言のように つぶやいた




コンクリートの堤防に近づくにつれ 風に波の飛沫が 混じり始めた

海と陸を遮っている防波堤は 意外と高く 2m近くあった

堤防の右側は ハーバーへの入り口になっていて 鍵のかかった

鉄の柵で 部外者を締め出していた

堤防は 左手に延び、2mの高さが 延々と続いていた

カノジョの春物のスカートでは 登るのは とてもムリだった


「 ねぇ、この向こうは 海なんでしょう? どんな 感じ…? 」

ボクは 堤防に 上半身だけよじ登って 海を見た

目が慣れるまでの一瞬は テトラポットと砕ける波の白しか見えなかった

風が強く とても危険な海が そこにあった


カノジョは ボクの説明に興味を示し 堤防に登りたい! と言い始めた

ボクは 堤防に登ってみたが 風が強くてとても立つことができない

カノジョに危険だから 止めるように言ったが 大丈夫!と言って

カノジョは 踝(くるぶし)で留める黒いサンダルを脱ぐと右手に持ち

懸垂のようにして 堤防に半身を出し そのまま右足から体を斜めにして

よじ登り 低い体勢のまま ボクの隣に座った

全開になったスカートを束ねて 腿で押さえつけるまでの間

登り始めた時から スカートは 何の役にも 立っていなかった


波が テトラポットに当たり 砕け散った


「 すごーい! 」

カノジョの声も マッハで後ろへ飛び散った


ボクは 二人に悪いことが起きないように 願った

カノジョとは 指を絡ませて手を繋ぎながらも 左手はしっかりと

コンクリートの防波堤を 押さえつけていた



時々 風が 後ろから回り込み 僕らを海に落とそうとした

その度に 訳の解らない 叫び声を上げて カノジョは 喜んだ

僕らは もう 取り返しがつかないほど 全身が 濡れていた



ダメ押しの様な大きな波が テトラポットを 襲った

ボクたちは 頭のテッペンから 波をかぶった

恐怖もあったが それ以上に 快感もあった


「 ばかやろ〜 ! 」

カノジョは 海に向かって 可愛く叫び  そして 声をだして笑った

ボクたちは 異様なエクスタシーを 感じていた



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防波堤からは 先にボクが降りた

カノジョは ボクの手を借りず 一人で防波堤から 降りてきた

途中から 軽く飛び降り ついでに ボクの胸に 飛び込んだ


おてんばな瞳が イタズラっぽく笑って  ボクを見上げた 


ボクたちは 防波堤に寄りかかるようにもたれ KISSをした

今日 一日分の 募る想いが 高まった一瞬だった



長い KISSだった

次のカップルが 棕櫚の並木道を通って こちらに来なければ

終わりそうもない KISSだった

カノジョは 一度離した唇を もう一度 惜しそうに 軽く重ねて

「 しょっぱ〜い ♡ 」 と 笑った



結婚パーティは 照明が絞られ ローソクの灯なのだろうか

窓からの明かりが 揺らいでいた

花嫁の姿は 見えなかった


カノジョは トランクルームから 自分のカバンを取り出し 髪の毛を

拭きながら 助手席に乗らず 後部席に乗り込んだ

ボクたちは 絞れるほど全身が 濡れていた


エンジンをかけ ヒーターを入れた

「 ワタシ 着替えるね 」

濡れたジャケットを キツそうに脱ぎ始めたカノジョが ルームミラーに

映った。  

まさか… と思いながらも ボクは 暗がりを探して 車を動かした


ボクの車は 暗いスモークが 貼ってあるので 中は見えにくい …

が、 やはり 見られるのは嫌だ


「 … もぅ … 下着まで びしょびしょだゎ … 」

カノジョが 体を拭いている気配を感じて ルームミラーを上に上げた

後ろで カノジョが 笑った



少し走った入り江の暗がりで 車を止めた

辺りに ひと気のないのを 確認して ボクは シートを軽く倒した

カノジョが ボクの髪の毛にタオルをかぶせて

ぐしゃぐしゃって わざと乱暴に拭いた

ボクたちは また笑って …
   


ボクは ハジカレタ様に 後部座席に移ると カノジョを抱きしめた

下着一枚のカノジョも それに応えた


カノジョは 潮の香りと 汐味がした



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どれくらいの時間が流れたのだろう…

車の中は ムーンと暑く 全てのガラスが曇って 外は 見えなかった

「 これから どうするの? 」

ボクの腕の中で カノジョが聞いた

『 どこかホテルを 取ろう   そして  シャワーを浴びよう 』

「 良かった 」  

そう言うと カノジョは 向き直り ボクの目の奥を覗き込むように


「 帰ろう! って 言われるかと思ったゎ 」

そう言って また 濡れた髪を ボクの腕に押し当てて もたれた


江ノ島の周辺にラブホテルが 点在していることを思い出し

江ノ島に向かった

途中 稲村ガ崎を過ぎた辺りの 大きなコンビニエンス・ストアーで

カクテルと 食料を 買いこんだ




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翌朝も 朝から穏やかに晴れていた

ホテルには 正午まで居られたようだが ボクたちは 8時にでた

鵠沼で 朝デ二をした後  江ノ島に渡った

空は晴れ渡り 穏やかな風が 心地よかった

「 また 登ろ! 」

駐車場の目の前に 横に広がる防波堤に登る事を ねだった


海を見ながら とりとめのない話の続きをするには 出来すぎた場所だった

誰が置いたのか 防波堤に登り易くするために 50Cmくらいの長さの

丸太と木材が 立てかけてあった

それを使い ボクが先に上がり カノジョも それに足をかけ

ボクに手を引かれて 登った

昨日と違う服装だが ひらミニには 変わらない

今日は ストッキングを履いていないだけの違いだった


本来は 宿泊先で くつろぐために カバンに入れてきた着替えだった

のだが 昨日の波に濡れた服は 今日は着ることができなかったので

日の目をみたラッキーな服だった


ホテルで カノジョは この服装で外を歩くのを 嫌がっていたが

ボクには なぜ嫌がるのか 解らなかった

胸元に 沢山の縦ヒダの入った白いキャミに

やはり 白をベースにしたひらミニ … 小さな青い花柄が 可愛い

そして ボクの前開きの紺のパーカーを 肩に かけていた


男物のパーカーが ゆったりとカノジョを包み

ボク的には とても可愛く見えた


「 あたし 嫌だわ … 」

初めのうち 口癖のように カノジョはつぶやいていたが

デニーズを出る頃には諦めたのか ソレについては 言わなくなっていた



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海を見ながら楽しく時間が流れた

視覚に入る抹消的な事から 発展して会話が膨らみ弾んだので

何を話していたのか? と聞かれても 答えようのないほど

無責任な内容だった …  が、 今日の二人には それで十分だった

時間の経つのも忘れて 笑い合っている事が 重要だった




突然 出会って  カノジョの事を 何も知らないまま 海にいる …

ボクには 慣れた光景だけど …


… 若いカノジョが 何故 ボクと … ?


コレだけが 疑問だった …


自惚れるには ボクはもう 歳を取り過ぎていたし

それ以上に カノジョは 若くて 可愛かった



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遅いお昼を 七里ガ浜の中程に在るカレー専門店で 取った

かがり火が 焚かれ トーテムポールが 妖しいレストランだ

ボクたちは 海に向いて張り出したテラスのテーブルを選んで座った

昼のラストオーダーの 15分前だった

昼過ぎの浜風が 吹き始めていた

かがり火の炎が 時折 大きく揺れた

思ったより暖かな空気で ボクたちを 温めた


「 ねぇ、少しは 好きになった? 」

カノジョは まるでボクの動揺を期待するかのように 唐突に切り出した 

残念ながら かがり火に夢中になっていたボクには 効果がなかった

『 そんなの 初めからだよ ♡ 』

ボクは 覗き込むようなカノジョの瞳を 見つめて あっさりと答えた

「 ウソね?!  目が笑っているわ … 」

カノジョは 落胆した表情を 右の口元に浮かべた


「 お待たせしました 」


パレオをまとったキュートなウエートレスが カノジョのカレーを

運んできた。

出来すぎたタイミングは ボクを窮地から救った

カノジョは諦めたのか スプーンを握り 神経質そうに カレーに刺した



              14


カレーは 程好く美味しかった

カノジョも あれ以来 核心に触れるような球は 投げなかった

レストランが 昼の閉店に入るタイミングで ボクたちは 葉山へ向かった


葉山で再び海を眺め  2回目の夕陽を 見た


ちょっぴりセンチになったのか カノジョは Kiss を 求めてきた


カノジョの 真意が 掴めないまま  ボクは 単純に応えていた



ボクたちは 葉山から そのまま三浦半島の西海岸を南下して 
三崎・城ヶ島を回って東京に帰る事にした

三崎の手前の小さな漁村近くの浜の脇道に 車を停めて 音楽を切った

カノジョが そうすることを 望んだからだ



別れの時間が 近づいてきているのが解った

昨日の朝から始まって さっきまで 鳴り止まなかった軽快なリズムが

乱れ始めていることが 解った

カノジョは 急に無口になっていた


ボクは 砂浜の向こうに広がる海に 目を凝らしていた

ハイビームにしたヘッドライトが 白く巻き込まれる様に ネジレ

夜の闇に吸い込まれて行く 

その先の海は 見えない


沈黙が 続いた


カノジョは 何か 苦悩していた

何かをボクに 言おうか 言うまいか …

その先に進もうか 留まろうか …

その横顔は とても 美しかった


ボクは カノジョに 好意以上の感情を持ち始めていた

カノジョの真意は解らないが  ボク自信の気持ちは解った

ボクは カノジョを 恋人として 抱きたい! と 思っていた


カノジョの唇 … 

ルージュを引かなくても 十分に紅い唇は 甘い香りがした

白い肌 … 

吸い付くようにしっとりとして そのくせ 適度な弾力で ボクを弾いた

カノジョは 顔立ちだけでなく 若さでも ボクを落としていた


ボクは 自分の年齢を忘れて カノジョを口説こうとしていた


「 ワタシのことを 好きですか? 」

沈黙は カノジョが 破った

ボクは カノジョの横顔を 見た

カノジョが こちらを見ない分だけ 余計に 真剣に聞こえた


その時点では ボクは勝っていた

ボクは 運転席から 助手席のカノジョを 引き寄せた

サイドボードを挟んで 上半身だけは 抱き寄せることができた


「 どうして ?  どうして そんなに 優しいんですか ? 」

腕の中で カノジョが続けた

「 ワタシのコトを 子供だと思ってるから 優しくできるんでしょう ? 」

カノジョは ボクの体から離れるようにして横を向き 僕の目をみつめた


口説き落とせるタイミングだった


しかし  ボクが カノジョに 愛を語り始める 一瞬前に

ボクを見つめているカノジョの瞳から 涙が 溢れた


ボクは 今 まさに 出ようとした浮ついた愛の言葉たちを 飲み込んだ


カノジョの落とす 初めての 涙だった

せつなそうに …  実に せつなそうに  カノジョは 泣いた


大きな涙の粒が 浮かんではこぼれ 

花柄のスカートに 小さな海を 作り始めていた …


ボクは 久し振りに 泣かれ

すっかり うろたえてしまった


ボクの方が 涙の海で 溺れそうだった



しばらくの沈黙の後  少し気持ちが治まったのか

カノジョは 深く息を吐き出し ボクを 改めて 見つめ直した

涙で揺れる瞳に見つめられ ボクは 心のコントロールを失った

素性の解らない 女の子に 本気になる予感がした


ボクは 煙草をくわえ マッチを擦った

甘い香りの カノジョの息が 燃え上がろうとした炎を 消した

ボクは カノジョを見つめたまま もう一本 マッチを擦った

炎は カノジョの涙に濡れた顔に ゆらゆらとコントラストを付けた

ボクの心の中を 見つめたまま カノジョは ふぅッっと炎を消した

涙で揺れ 炎で揺れ …  カノジョの瞳は 美しかった


マッチの硫黄の匂いが 少し嫌になった頃  

ラークマイルドの先が 赤く燃えた

胸いっぱいに煙を吸い込むと ボクは サンルーフを チルドにして 

そこから煙を吐き出した

煙は 浜風に押し戻され 車内にくるくると 広がった


「 煙いわ 」

細めに開けた助手席の窓から 潮の香りが 車内を浄化した


ヘッドライトを ロービームに落としたら 海が見えた

波が 風と交差して 蝶の様に 跳ねた


空には おとなしく月が あった

ボクは エンジンを 止めた


「 少し 海を 見てくる … 」

カノジョは 柵を越え  向こうに降り口でも見つけたのか

歩いて行き しばらく消えた後 じきに砂浜に 姿を現した

カノジョは うつむいて 一歩一歩 踏みしめるように歩いた

ひらひらとしたミニスカートだけが 楽しそうに風とはしゃいでいた


ボクは 目でカノジョを追いながら 2本目の煙草に 火をつけた

いつか青春の日に 味わったような 

甘酸っぱい …

ほろ苦がい …

複雑な感情が ボクの胸に 広がっていくのが解った


ボクは カノジョに 恋をした

まだ 名前も知らない カノジョから 目が離せなくなっていた



             15


ボクと カノジョが 毎日利用する駅のロータリーに 車を停めた

ロータリーの中洲に有る大時計が 0時を 回っている事を教えていた

「 ここで いいゎ 」

深いため息とも思える声で カノジョが言った

午前0時とは 思えないほど 照明は 駅前を照らし

人の流れも 断続的にあった



海から戻ったカノジョは 意外とアッサリとしていて 

「 帰ろ♪ 」 と 促した後は 昨日までのカノジョに戻っていた


シャッターを 下ろした駅ビルの軒下のあちらこちらで

Hip Hop のビートに乗って 若者たちが ダンスを楽しんでいた


「 楽しかったゎ … 」

目線は 若者たちの方を向きながら 声だけが ボクへ向けられていた

「 あなたは 思った通り … 楽しいゎ 」

若者から離れ カノジョの瞳が ボクのまなざしを捕らえて 止まった


カノジョは 懐かしそうに ボクを見つめると 静かに瞳を閉じた

そして 左右に軽く 首を振った

心の中で 何かを 軽く諦めているように ゆるやかに 振った


「 じゃ、 ありがとう … 」

カノジョは ドアを開けた


『 ねぇ、 明日も 店に来る? 』

引き止めるように ボクは 聞いた

一瞬 間をおき  カノジョが 小さく笑った

「 あなたらしくないゎ … 最後にそんな事を 聞くなんて … 」

『 そうだ。  君の名前は … ? 』

「 …  次に 会った時に ネ ♡ 」


カノジョは 微笑むと ドアを 閉めた


ボクは カノジョとの約束通り 静かに車を走らせた

カノジョは ルームミラーから消えるまで ボクを見送っていた

遠くなるシルエットのなか ミニのスカートだけが ひらひらと

ボクに 手を振ってくれていた




             16


それから 一週間が流れた

カノジョを 心待ちにしているボクが いたが

カノジョは 現れなかった


10日目 思い切って 

カノジョの勤めているジュエリーショップの扉を開けた


店内は 意外と広く 色調と音楽が 高級店だと教えていた

4〜5人の女性スタッフが それぞれの場所で 上品に迎えて

くれたが

その中に カノジョの顔はなかった

「 いらっしゃいませ 」

いかにも六本木的な少し冷たい化粧をした女性が 近づき挨拶をした

「 今日は 何かお探しですか? 」

ぃゃ … 

ボクは カノジョを探してるなどと言えず 声にならない返事をした

ひょっとしたらカノジョが現れるかも知れないと願い しばらく

その冷たい化粧の店員の勧めるままに ネックレスを見ていたが

現れそうもないので 今日は下見だからまた来ますね と 店を出た


そんなやり取りを 6日間で2回したが カノジョとは 会えなかった


ボクは 年甲斐もなく 朝のホームや ランチタイムに カノジョを

目で探していた


カノジョと海へ行ってから 3週目の火曜日に ジュエリーショップの

店員が3名で 偶然このバーのランチを 食べに来た


ボクはわざとらしく気付き 彼女達に挨拶を言いながら寄って行った

彼女達のテーブルの用事の度に 軽く話をして親しくなることができた


デザートをサービスして 心が和んだ瞬簡に ほんとに ついでの様に

カノジョの事を聞いてみた


「 あー♥ カノジョ 一昨日結婚しましたよー ♡  」

人の良さそうなぽっちゃりした同僚が 答えた


『 結婚??? 』   ボクは 愕然とした


同僚達の話によると

カノジョは 父親の仕事関係の都合で 結婚しなくてはならなくなった

相手は 東北の地方都市の近くの旧家で 当地では 大富豪らしい

結婚式には ジュエリーショップの店長と 同僚が一人出席していた

その人たちの土産話の マタ聞きによると

とにかくすごい結婚式で カノジョのウエディングドレス姿は美しく

カノジョは シアワセに輝いていたらしい


ランチに現れた同僚達は ボクにはそっちのけで 土産話を基に

それぞれが あたかも出席してきたような口ぶりで 絶賛していた


最後に 人の良さそうなぽっちゃりとした同僚がつぶやいた

「 21歳で 玉の輿かぁ … いいなぁー♡.。.:*・゚ 」


 


             17


その夜 ボクは晴海に近い埠頭にいた

お台場を初めとする新しいデートスポットにひと気を取られ

今や 寂れてしまい  都会の明暗の象徴のような埠頭だ


星は輝き アジア極東の大都会の夜景が パノラマの様に広がっていた

ボクには カノジョが何故あのような行動をとったのか

しかも 何故ボクを選んだのかさえも 解らないままだった

初めて出会った瞬間の カノジョの「あれ?」 って感じの動揺も

聞けずに カノジョは 消えていってしまった


この3週間は カノジョの妄想で ボクの胸は高鳴り続けていた

こうして夜の海に目をこらすと 

ひらひらと海風と遊ぶスカートを履いたカノジョが 遠くを歩いている

蜃気楼が見える


羽田からナイトフライトの飛行機の点滅が 音もなく 空を滑り上がる

レインボーブリッジが その明かりを見送っている

月が 申し訳なさそうに 東京タワーの後ろに沈んでいく …


宝石箱を散らしたような この明かりの数だけ ドラマが起きている

ひとつひとつの明かりの下で いったい何人の人間が 笑いあい

そして 泣いているのだろう …


ボクは ラーク・マイルドを くわえ  マッチを擦った

小さな海風が マッチを吹き消した

まるでカノジョが イジワルをして 吹き消した時の ように …


ボクは空を見上げて 笑った

隣に カノジョの温もりを 感じながら …






 ♪ 時は 忍び足で 心を横切るよ

   何か話しかけてくれないか

   
   あっけない KISS のあと  ヘッドライトを消して

   猫のように眠る 月を見た


   好きと言わない お前のことを

   息を殺しながら 考えていた


   愛って よく わからないけど

   傷つく 感じがいいね


   泣くなんて馬鹿だな 肩をすくめながら

   本気になりそうな 俺なのさ


♪  深入りしちゃ ダメさ  つぶやきのリズムも

   揺れる瞳 見れば 乱れるよ


   煙草が けむいわ と  細めに開けた窓

   潮の匂いだけが 流れ込む


   ドアを 開いて  独り 海へ

   歩くお前を 車で見てたよ


   愛って よく わからないけど

   傾く 心が いいね


   笑っちゃう 泣かれて  口説くのも忘れた

   ほろ苦い 男の 優しささ





BGM 松本隆 作詞 ・ 南 佳孝 作曲 : スタンダード・ナンバー

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