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2026年11月04日23:50

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ZARDの坂井泉水が育った丹沢山麓秦野市を中心に旅する。4月25日(土)26日(日)から11月3日(火・祝)まで8回分 テーマ曲 SARDUNDER GROUND「卒業式」

ZARDの坂井泉水が育った丹沢山麓秦野市を中心に旅する。4月25日(土)26日(日)から11月3日(火・祝)まで8回分 テーマ曲 SARDUNDER GROUND「卒業式」第二部

第1部 https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1992096600&owner_id=32437106&from=list_diary_title

前年同期 2025年7月6日から11月3日 テーマ曲「来年の夏も」https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1991191298&owner_id=32437106&from=list_diary_title




第2部 ツツジ、バラ、アジサイ、そして秋の花――秦野へ続く季節の旅

4月下旬にツツジが街の色を変え、5月には海辺のハマヒルガオや庭園のバラが光を集める。6月、アジサイが水滴を抱きながら咲き、夏を越えた9月には彼岸花が田畑や里山に現れた。10月にはコキアやコスモスが秋の風に揺れ、東名高速の灯りが日暮れの景色に加わる。神奈川県秦野市を中心に、座間市、厚木市、伊勢原市伊勢原、足柄上郡松田町、また東海道沿線の中郡大磯町へ。歩いた道や出会った風景は、春の始まりから秋の深まりまで、少しずつ心の中に積み重なっていった。
テーマ曲は、SARD UNDER GROUNDの「卒業式」。季節を越えて、曲に描かれる、誰かを大切に思う気持ちの揺れや、未来へ進もうとする思いを表現する。

 目次
・4月25日(土) ツツジ、シャクナゲ編   相模原市→秦野市→厚木市
・4月26日(日)  ツツジ、シャクナゲ編   厚木市→秦野市
・5月10日(日)  バラ編         中郡大磯町→秦野市
・6月14日(日)  アジサイ編       座間市→厚木市→秦野市
・9月22日(火・祝)ヒガンバナ編      座間市→秦野市→伊勢原市→秦野市
・10月11日(日)   コキア編        伊勢原市
・10月12日(月・祝) ソバ コスモス編    秦野市
・11月3日(火・祝)キク、バラ編      厚木市→秦野市  
・第2部の結び――卒業の先に続く季節


4月25日(土) ハイライト ツツジ、シャクナゲ編 相模原市→秦野市→厚木市

・八重桜が散り始める頃、街の景色は次の季節へと静かに移っていく。小田急相模原駅北西には、住宅地を跨ぐように緑道が伸びていた。藤の花が薄紫の帳のように垂れ下がり、その足元でツツジが顔を出す。

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緑道からさらに北西に位置する相模原公園では、新緑の中にルピナスやカーベラの花壇が設置された。水辺に立ち並ぶメタセコイヤ並木とは対照的に、足元のネモフィラ畑のコントラストは、ダイナミックな奥行きを描き出していた。
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続く座間市かにが沢公園でも、花壇の一角にネモフィラが咲きそろっていた。地上11階建ての分譲マンション「ブルーミングレジデンス相武台前」を前にすると、とても小さな存在である。足元の可憐な花は、人々の感情を誘う。住宅地の狭間の谷戸部に沿う園内は、日常のすぐそばにある、心安らぐオアシスのようだった。
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・昼ごろ訪れた秦野市では、真っ先に4月11日に今泉名水桜公園で目撃したマガモの雛鳥探しに向かった。実際秦野観光協会の職員から過去の目撃情報を聞き、室川の下流へと辿っていった。眼を凝らしても、姿はない。半ば諦めると、つつじに目移りしてしまう。川筋を辿って偶然訪れたお寺で不思議な像を発見した。住宅地を流れる室川と小田急線の高架の間に位置する養泉寺でのこと、アンパンマンとバイキンマンの石造が微笑んでいるようだった。親しみやすい表情の背後では、ツツジが太陽の光をまぶしいほど浴びていた。両者はライバル関係であるが、石造を通して来園者を温かく見守っているようにみえる。心の中の「ヒーロー」は、世代を超えて、子供たちに寄り添い続けている。

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・夕方に訪れた厚木市の七沢森林公園では、白いシャクナゲが森の斜面に静かな明るさを灯していた。

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森の里から上古沢へ向かうにつれ、ツツジは住宅地と谷戸の風景に溶け込み、池を囲む斜面いっぱいに広がっていく。

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陽が残るうちは淡く、ライトアップが始まると花の色は一気に濃さを増した。桜が「卒業」の切なさを映す花だとすれば、ツツジはその先に残る恋心を誘う花だった。

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4月26日(日)ツツジ シャクナゲ編 厚木市→秦野市


・朝の飯山花の丘では、青いネモフィラが風に合わせて小さく波打っていた。花畑のすぐ脇まで民家の屋根が迫り、洗濯物や庭木が見える。花を見に来た人と、そこで暮らす人の日常が、同じ斜面に重なっていた。その脇を流れる小鮎川の土手に掲げられた「飯山の七不思議」の絵看板もまた、この土地に流れる素朴な時間が流れていた。

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・秦野運動公園カルチャーパークでは、紫や白のツツジが人目を引く。重厚なレンガ造りのホールを背景にすると、景色はどこかモダンに映った。子どもたちの遊び声が聞こえる中、年配の夫婦らはウォーキングに励んでいる。テニスコートや陸上競技場、さらに野球場も備え、市民の健康づくりを支える空間として整備されてきた。
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・水無川上流域の神奈川県立はだの戸川公園。藤棚の下に広がるネモフィラが芝生を覆う陽が傾くにつれて、ハイキング客でにぎわう公園も次第に静けさを帯びていく。やがてライトの明かりが藤棚をそっと照らし出した。光と影が織り成す幽玄な世界は、丹沢のふもとでそっと人々を包み込んでくれた。
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5月10日(日)バラ編 中郡大磯町→秦野市


・大磯海岸では、砂浜に這うハマヒルガオが淡い桃色の花を開き、青い海と空のあいだにやわらかな境界を描いていた。

・オープンガーデンの庭では、赤いポピーと白い花が陽射しを受け、花園のミニチュア版を演出していた。
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・城山公園の旧吉田茂邸は、戦後政治の記憶を宿す由緒ある施設である。応接間は、1979年6月26日の日米首脳会談の舞台だった。当時の米国第39代ジミー・カーター大統領と、大平正芳首相が同じソファに腰掛けていた。大きな窓枠から見える緑を眺めながら、今後の行く末を議論した。開放的な室内の中心に据えられた大理石の暖炉は、天井を支える太い木の梁や重厚な調度品と相まっていた。格調を保った部屋は、歳月を経ても当時の面影を残していた。
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入口付近のバラ園では、上皇后の名を冠したバラ「プリンセス・ミチコ」の朱色の花びらの清ました匂いが、じんわりと広がっている。駐車場の建設により、バラ園の面積の縮小は惜しまれる。大磯町は、潮風を浴びながら、リラックスできて、都市に程近い格好の避暑地だった。

・夕方の秦野運動公園では、バラ園の「リオサンバ」が傾く光の中でいっそう鮮やかに浮かび上がる。
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・最後に渋沢丘陵・今泉の高台へ立つと、手前にはシュンギクと思われる黄白色の花が揺れ、その向こうに秦野の街明かりが丹沢の裾へ静かに沈んでいった。やがて訪れる初夏の湿った風を肌に感じながら、私の胸のなかでは、次の季節を刻むかすかなビートが鳴り始めていた。
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6月14日 アジサイ編 アジサイの雨音 ― 梅雨の秦野・厚木に刻む、卒業の残光


梅雨の空は低く、重い。SARD UNDER GROUND「卒業式」の16ビートが、雨粒の連打のように頭の中で響く。神野友亜の抑制的な歌声が、濡れたアジサイの花房と重なる。桜の儚さ、八重桜の包容力、ツツジの多色性を経て、今、アジサイは雨に耐える強さと静けさを私に教えてくれる。朝6時半、座間駅南口に降り立つと、すぐ目の前の団地を紫と青のアジサイが彩っていた。コンクリートの壁とベランダの隙間に、雨に打たれて花弁を震わせる姿は、静かにメッセージを添えている。花言葉には、家族や和気藹々など絆を示す一方、移り気や浮気など、心境の変化も表していた。
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駅からおよそ2,5km、谷戸部に位置する芹沢公園は、閉ざされた空間である。湧き水の恩恵を受けて、湿地帯にひっそりと色を添えるアジサイは、安らぎのひと時を提供してくれた。かつては平家の落ち武者が、湧き水を糧にひっそりと暮らしていたとの言い伝えが残る。朝早い時間帯、近所の住民が訪れ、潤いを帯びた空間に身を預けていた。
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一転して厚木市の小鮎川沿いは、進むべき方向がまっすぐ定まっている。ズックを履いて川の中や辺を掃除する住民達は、時折紫や水色のアジサイに目を留めて、手を休めていた。花と共に暮らしてきた人達は、草刈も定期的におこない、環境保護に一役買っていた。
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飯山観音の敷地内から、長谷寺を目指して石段を登っていく。社殿の入り口から階段沿いには、びっしりとアジサイが覆い尽くす。花の重みで枝がしなる様子が、16ビートの低音のように胸に響く。雨水を吸い込み、肌触りがよくなる株に、卒業後の静かな強さを重ねていた。
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飯山観音の長谷寺から、およそ3kmの道程を経て、七沢森林公園内の森の里口から入った。管理された園内の森のアトリエ館前の階段沿いは、両脇からアジサイの花が接しあう。
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昇り降りする際には、それぞれの株から発せられる瑞々しい匂いを嗅いで、リラックスできる。森の湿った空気と、ウグイスの劈くような鳴き声に、ビブラートのかかったキビタキの鳴き声が重なった。卒業式のシンセサイザーが奏でるメロディーのように奥行きが広がっていた。雨が強くなると、花房が一斉に滴を落とす。その音は、やさしく染みとおっていくようだった。

秦野市に入り、大根公園の人工の枯沢沿いでは、紫のアジサイが桜の木を囲う。幾分花びらは乾いているものの、中腰になって眺めると、そっと寄り添ってくれるような静寂さが漂った。公園を挟み、大根川沿いでは、思川桜並木と共にアジサイの列が続いていく。白い壁面に緑白赤のイタリア国旗のカラーが入った一軒屋は「FRESCO」という。国旗の通り、イタリア料理屋。アジサイ越しに眺めると、西洋の建物らしさが出る。吹き抜ける川沿いは、季節の移ろいを感じるひと時だった。
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続くスポット、出雲大社相模分祀の敷地裏手では、若い株のアジサイが電車の通過する音と呼応するように揺れていた。住職によって育てられ、若くて花数も少ない。これから大きくなっていくさまは、卒業を機に旅立つ若者の姿を表現しているようだった。
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一転して、開放感のある由緒ある蔵林寺では、道路に面した入り口にアジサイが添え物のように、参道周辺を彩っていた。開通を控えた東名高速道路を見下ろす高台で、風にも動じずにしっかりと根を張っていた。灰色の空と高速道路の無機質な線、そして紫の花房。そこに、現代と自然の狭間で生きる人々が重なった。
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標高が高い場所に位置する戸川公園は、この日のハイライトだった。風のつり橋を背景に、青と紫のアジサイが一面に広がる。雨が強まるたび、花弁が重くしなり、橋のワイヤーを伝う水滴と重なる。16ビートのサビのように、感情が一気に高まる瞬間だった。桜の季節に別れを告げ、ツツジの鮮やかさを経て、今、アジサイは「卒業」を受け入れ、夏の入り口を知らせてくれた。秦野駅近くの今泉名水桜公園で一息つき、最後に渋沢丘陵・今泉の高台へ上った。夜7時を回り、ブルーモーメントの残光の中にアジサイが浮かび上がる。眼下に広がる秦野の街明かりと、遠く丹沢の黒い稜線。その手前に、雨に濡れた紫の花房が、静かに息づいていた。1日の長い旅を終え、帰り道を下りながら思う。
アジサイは、雨に打たれながらも花を咲かせる。
私たちもまた、卒業という境界を越え、雨に打たれながら太陽の光を待ちわびて生きている。
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彼岸花が紡ぐ秋の彩り――里山の情景から戸川公園の夜光へ 9月22日(火・祝)


台風通過後の澄んだ空気の中、稲が色づき、彼岸花が畦に立つ。朝方、座間市かにが沢公園では、白や赤の彼岸花の水滴が太陽光を反射して、一段と潤いを帯びていた。雨の日はじっと木陰で羽を休めていたアゲハチョウが、待望の日差しを感じて舞い降りる。鮮烈な赤の花弁の上で薄い羽を繊細に震わせ、微細なホバリング(停止飛行)を保ちながら蜜を探し求める。その健気な姿は、雨上がりの晴れやかな一日を知らせてくれた。
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すぐ近くの座間谷戸山公園の湿性生態園では、コナラの木が小さな赤い実をつけていた。そのふもとは今にも収穫を控えた稲が、黄金色に染まっている。あぜ道に咲く彼岸花は、背丈の高い稲の中に紛れると、大人しく隠れているように見えた。地元の子供たちの手を借りながら、間もなく収穫作業を行う。座間丘陵でひっそりと季節の営みが繰り広げられていた。
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 一方伊勢原市の日向薬師は、山間の小さな集落である。白いそば畑の絨毯を背景に赤の彼岸花は目印になっているようだった。柔らかくて可憐なそばの花は、さわやかな空気を運んでくれる。
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対照的に秦野市の田原ふるさと公園は、丹沢山塊と秦野盆地に跨る丘陵地。空が大きく、田原が続く分、開放感を抱く。物産販売を兼ねる伝承館前では、名探偵コナンやトトロといった地元の子供たちが作り上げたアニメキャラクターの案山子が田んぼの番人として並ぶ。地元の子供たちも田植えや野菜作りの体験を通して、食についても学ぶ。地元に根ざした文化を後世にしっかりと受け継ぐ。案山子達は、人と自然が隣り合う里山ならではの温かい表情を添えていた。
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旅の終着点である秦野戸川公園では、闇の中に風のつり橋が鮮やかにライトアップされる。昼の可憐な彼岸花の世界から一転、幻想的な夜の彩りが旅の幕を静かに引いた。
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三ノ宮の秋色と塔の山緑地公園のトワイライト――光が織りなす街の素顔 10月11(日)

秋の深まりゆく伊勢原市三ノ宮(さんのみや)地区。山のふもとに昔ながらののどかな時間が流れている。ススキを前景に木造の一軒家。聖峰の登山道の入り口では、クサギの赤紫色の実が顔を出していた。
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比々多神社の前では、コキアが緑から朱色に染まっている。モミジの葉が緑を保つ中、早めに葉を落として、冬支度を整えていた。
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周囲を探索する中、地元の人とも会話をした。なぜなら夜景に備えて不安を解消するためだった。もちろん山の中は真っ暗とはいえ、人の生活圏は、日没後街灯からナトリウム光が点灯する。舗装された道でも、クマに問わず、イノシシは出没して、時に畑を荒らすと苦労話も打ち明けていた。山の中に入らなければ日没から間もなければ安心、懐中電灯やヘッドライトは予備を含めて携帯している。心強いお守り代わりにもなった。昼間の秦野市の菩提の散策を経て、夕刻に再び伊勢原市三ノ宮へと戻った。そして南側に斜面が開けた塔の山緑地公園の展望台へと登った。背後は真っ暗な山林地帯。緊張感が漂うものの、麓の住宅のほのかな明かりによって、いくらか救われた気持ちになる。陽が沈むにつれて、空は藍色に染まっていく。対照的に麓から農村さながらの小さなともし火が浮かび上がっていく。素朴な町並みにアクセントをくわえるのは、東名高速道路だった。オレンジ色の光の帯が、激しい人々の営みを如実に伝えていた。昼の色が退いたあとに残る、盆地の輪郭だった。


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松田山のコキアと菩提のトワイライト――光と風が紡ぐ秋のグラデーション 10月12日(月・祝)

松田山コキアの里では、緑と赤のコントラストを描くほうきのようにふさふさとした葉のコキアが規則正しく斜面を覆う。みかん畑の背後からうっすらと円錐形の富士山が映る中、北の丹沢山系から麓の足柄平野へ柔らかな風が吹きぬけていった。開けた斜面を開墾した立地上、日差しをたっぷり浴びて、今緑から朱色へと姿を変えている。
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秦野市内でも、着実に夏を越えて、装いが変わっていた。大根川沿いではイタリア料理店「FRESCO」の白壁を背景にスイフヨウが咲く。思川桜並木の麓で梅雨時はアジサイ、秋にはスイフヨウが、道行く人々の目にとまる。花と暮らしが寄り添う市の街づくりのコンセプトを現していた。
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戸川公園の風のつり橋のたもとでは、東屋を挟んで階段沿いにコスモスが咲く。綺麗に下草が刈られ、主役のコスモスを引き立てた。見上げれば、標高1000mを超える丹沢の山々、人一人が小さく感じられるほどスケールには圧倒される。
菩提の農道では、コスモスが昼の光を受けて軽やかに揺れていた。白いそば畑と並ぶ景色には、里の秋らしいやわらかさがある。
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夕暮れが近づくと、花の色は少しずつ深まり、昼とは別の表情を見せた。高台に上がれば、群青の空の下に東名高速道路の灯りが一本の帯のように伸びていく。花の揺れから夜景へ。一戸建て住宅の合間に田畑が広がる里山は、静かに光を引き継いでいった。
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11月3日 菊とバラ、そして秦野の夕景――秋の旅の終わりに

前日に降った雨が、すっかり止んだ。午前8時台。山間の厚木市飯山では、水蒸気が立ち上っていた。程よく湿気があり、薄手の長袖で過ごせるほどの快適さを感じられた。小鮎川に面した飯山花の里では、地元自治会のメンバーが、丹精込めて育てた小さな菊の花が列を作って並んでいた。オレンジや黄色を主体に、ところどころに赤や白も混じり、色彩豊かな光景である。花園の北側には、今年から新たに黄色のボタンやオレンジのガーベラが育っていた。木立と家並みを背景にすると、花と人々の暮らしが寄り添っているように映る。初夏のGWに同じ場所で花を咲かせていたのは透明なブルーの絨毯を成すネモフィラだった。自治会のメンバーが球根を植え替えることで、季節ごとに異なる種類の花が咲く。
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雨粒を残したキクの花びらは、汚れも洗い流されていた。太陽光を受けると、潤いを帯びていた。自治会のメンバーに話をうかがったところ、9月の長雨の影響により、一株が大きくなったとのことである。逆に花びらが大きすぎて、自宅に持ち帰って飾る際には邪魔になるだろうと、答えていた。剪定された色違いの花が足元に並ぶ様子は、瑞々しいネモフィラにも増して、清楚で気品に富む。季節を通して見届けてきた旅も、一つの終着点のように見える。平らに均された畑は、キクとガーベラ、そして牡丹が織り成す鮮やかな彩りによって、澄み渡る秋の空気に満たされていた。

続く舞台、本厚木駅から歩いて訪れた相模川沿いのローズガーデンでは、バラを中心に、セージや椿の花が、同じ空間を共有していた。バラ巡りを期待すると魅力には乏しい。ただし、工夫すればインスタ映えが期待できる光景がある。堰堤に咲くバラに目を留めると、その先には小田急小田原線が行き交う相模川橋梁が構えていた。上下線が頻繁に行き来することで、線路を走る列車を背景に、シャッターを切る。中でも先頭車両が円錐形を保った朱色のロマンスカーが走り抜けていく様は、バラとのコントラストを生む。鉄道ファン向けのスポットでもあった。

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堰堤から降りること、椿が囲む生垣の先に映る使い古された滑り台。子供たちが遊ぶ姿はなくても、決まった時期に着実に花は咲く。時の移り変わりをしみじみと感じる写真にも仕上がった。周囲は川風を浴びてランナーやペットを連れた散歩客が行き交い、時に園内のベンチで体を休めていた。春の花を追い始めた頃、出会いと別れの季節を知らせていた。いま目の前にあるバラには、歩いてきた時間を振り返るような落ち着きがあった。季節は止まっていても進んでいく。

ところ変わり、秦野市運動公園のバラ園は、密度がさらに高くなる。品種の一つ「ジェミニ」は、繊細にほどけていくようなキメ細やかさが漂う。淡いピンク色の外周部から、中心へいくにつれてクリーム色になる。花びらが巻くような形から、抱擁感を漂わせていた。
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一方、ジュビレ・デュ・プリンス・ドゥ・モナコは、より濃淡がくっきりと現れていた。赤と白の花びらは、モナコ公国の国旗を表す。白地に赤色の覆輪が入ると、グラデーションがはっきりする。1輪もしくは数輪の房咲きである。爽やかで上品な紅茶を思わせるティーフレグランスの香りがふわりと鼻腔をくすぐった。
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運動場を併設した公園は、植栽にも力を入れ、モミジやイチョウが育つ。丹沢から吹き下ろす風を受け止め、市民たちをしっかりと支えてくれているようだった。

水無川を遡り、はだの博物館を経て、戸川の法泉院へと向かう。周囲は一戸建て住宅の合間に、ぽつぽつと外壁が塗装されたアパートが並ぶ。人の生活圏の中に、由緒ある神社が鎮座する。文化財公開ウィークにあわせて、お寺は一般開放されていた。住職は、ドアの入り口の脇に設置された机に座っている。ほかに来場者の姿はなく、歩く旅に音が響くほど、奥ゆかしい木造の邸宅に、仏の像が展示されている。入り口から奥の端正に整えられた畳の間で向き合ったのは、国の重要文化財である木造大日如来坐像だった。仏の前に立つと、自然と背筋が伸び、日々の行いを省みずにはいられない。

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鮮やかに咲き誇る花々が「動的な時の流れ」を物語るのに対し、仏像は長い歳月を超えて変わらぬまま、そこに在り続ける。花を追いかけた日々もいつか記憶の彼方へ去っていくのかもしれない。人は新たに物を覚えるため過ぎ去ったことを忘れるようにできている。いくら記憶が消えても、肌で感じた風や色彩の手触りは、決して失われることはない。寂静の空間で静かに息を整え、住職に感謝を述べて、再び晩秋の風の中へ飛び出した。
旅の刻(とき)を締めくくるのは、標高約190メートル、渋沢丘陵・今泉の高台だ。日没後、空が深いグラデーションを帯びる短いトワイライトタイム。薄闇が広がるにつれ、眼下に広がる秦野の街には明かりがひとつ、またひとつと灯っていく。揺れるススキの影、闇に溶けていく昼の花の色。静かに灯る街明かりは、この旅の終幕と、次の季節への訪れを確かに告げていた。
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第2部の結び――卒業の先に続く季節

桜から始まった旅は、ツツジ、バラ、アジサイ、彼岸花、コキア、コスモス、そして菊へと続いた。花の姿が変わるたび、同じ土地にも別の表情が現れた。「卒業式」に重ねた別れの感情も、入れ替わりに咲く花を見届ける頃には、前向きな気持ちに変わっていた。11月中旬以降行楽シーズンの本番である。その下準備として、イチョウの葉は黄緑色へ、モミジやクヌギ、コナラも静かに色を変えつつあった。四季を追い求め、旅はこれからも続いていく。
<終わり>





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