こんにちは いつも blog訪問ありがとうございます。
私が 19歳の頃の話です。1976年3月16日に 当時

私は
地方鉄道に入社しました。当時は鉄道関係やら

バス
関係などいろいろ 幅広い業種がありました。話はバス
ガイド見習いで入社した

女性が居ました。その娘と同じ
教習センターに通っておりました。
ひょんな事に教習の帰り その娘と話す機会に恵まれ
いろいろな話をしましたが

お父さんが案外厳しいと
言う話を聞きました。

私は 娘と付き合うようにお願
いしたところOKだったので 付き合うようになりました。
ある日

親父さんが

彼女に地元で就職したらどうかと言
う事を言ってきました。

彼女は 北海道苫小牧出身でした。

バスガイドとして 働きためいに 北海道から出てきた
おり しかし

親父さんの言うのには逆らえないようでした。
結果 東京の池袋にお兄さんがいるんで そこへ行けと
言う

親父さんの命令でした。

彼女と知り合って 1ケ月

彼女は 私

に事の経緯を話してくれて とある喫茶店で

彼女と会い バスガイドの仕事を辞めて 生まれ故郷の
苫小牧へ帰るべきか

私に相談してきましたが 当時
若かった

私には 良い意見など言えませんでした。
とある土曜日 先輩の

車で

彼女と待ち合わせの喫茶店
まで送ってもらい

彼女と喫茶店で会い いろいろと
話をしましたが 親の言う事には逆らえないと言う事で
彼女は 国へ帰る決心をしました。

私は いろいろ引き止めましたが やはり

親の威厳が
強かったのか

彼女の気持ちは変わらなかったです。
彼女と最後の日に

私の

家に泊まりに来ないかと誘っ
たら

彼女は

私の

家へ着いてきました。最後の夜

私は
Hなどせず

彼女が今の仕事を続けるよう説得しました
が

彼女の気は変わらなかったです。
翌日

私は

彼女を地元駅まで送っていき それが最後に
なりましたが 電話番号書いたメモを渡し 何かあった
ら連絡するようにと言ったんですが 50年経った今でも
連絡がないので これは終わったなと思いました。今の
🧓妻には悪いけど あくまで

私の独身時代の思いでして。
これが原因で 離婚なんて事はないかと思います。
今の妻は 怖いです

誕生花:ペチュニア(Petunia)

花言葉:心がなごむ
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