あなたは、北条時宗は、日本の救世主であったことにお気づきでしょうか?
もっと高く評価されるべきと、私は思っているのですが・・・
記録に残されているやり取りがあります。蒙古襲来の一報を受け、仏光の前に現れた時宗は、「生涯の一大事がやってまいりました」と。仏光は「いかにしてか、それに向かわれる所存か」と問います。
すると時宗は、『喝!!』と叫び、それを聞いた仏光は「真の獅子児なり、能く獅子吼す」と悦びました。宋から来た禅匠たちにしてみれば、蒙古(元)が、宋の人民や高麗で行った支配のやり方を考慮すれば、時宗の徹底抗戦の判断はむしろ妥当なものであったためでしょう。
時宗は、まさにエゴの発信を特定し、これを無視する方法を成就した結果、明らかに非御家人の武士達からさえも、しっかり信頼される方法をインスピレーションによって受け取っていました。
時宗は、2回(文永の役/弘安の役)にも及んだ元の連合軍を迎え打つ可能なレベルで、しっかり国力を整え、撃退に成功したことは、それを裏づけている証拠でしょう。神風が吹き荒れ全滅したのは、元軍が日本軍を攻めあぐねていた結果、長居をしていたためです。
もしもあなたも、また国家のリーダーであり、かつ時宗のように私心なき心境になったなら、日本を救うための方策をインスパイアされることでしょう。
あなたは、その時、鈴木老師の言う通り「本質でないものについて、あらゆる可能性のある痕跡をなくすまでなされる」を成し遂げました。すなわちあなたは、エゴを超越したのです。
ところで、鈴木老師の『禅と武士』の章(82頁)には、『一之太刀』の継承(伝授)者として有名な塚原卜伝(1490-1572)の言葉が英語原典に記されています。私の訳でどうぞ。
「侍にとって、あらゆる修行における究極の目的は、たとえそれにどれほど費やされるかもしれないとしても、唯一で、ひとつ、死に直面しても、全くひるまないことにある」
北条氏滅亡の際、長崎次郎高重という禅修行に没頭する武士がいたそうです。禅匠より「刀を振り回してまっすぐ進め」とのアドバイスに従い、足利勢の手にかかり討死しました。
侍の較正値は、統合性の臨界点を示す200を下回る190で、武士道の較正値も、また180である理由を、老師の論述にて証明しているといえますね。
明日は、朱子学と武士道の関係について。
「あなたは「いいだろう」と、そして「もしも愛する想念を送ることで、ヒーリングの能力があるならば、私達が見ている患者達すべての家族達は、どうして、そのような懸念から病院へ来るのか?どうして家族の愛は、患者を治癒すことが出来ないのか?」と尋ねます。その答えは、その患者に対し家族達によって送られている思考の種類を観察することです。あなたがそれを試みた時、あなたは、それらが罪の意識と反対感情の併存によって伴う不安や、恐れに関する思考に優先されていると分かるでしょう。
(『Letting Go: The Pathway to Surrender』94頁より)
あなたは、癒しのエネルギーを発散していらっしゃいますか?
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