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2026年09月13日08:08

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意識の仕組み(243)手放す(124)恐怖その11

あなたは、鈴木大拙(較正値565)の『日本的霊性』を読まれたご経験は?

彼は、明確にコンテクストとスピリチュアルの関係性を把握していましたね。

そして彼は、日本人の精神性(コンテクスト)と霊性(スピリチュアル)のルーツを『万葉集』を用い分析しています。ご存じの通り『万葉集』は、律令制が整いつつあった7世紀から8世紀にかけ、身分や職業にかかわらず集められた我が国最古の歌集です。近代の研究者武田祐吉博士によると、4576首あるとされています。

鈴木大拙は、古代の霊性に関する歌は、『万葉集』には一首も存在せず、どのようにとらえていたかは、確認のしようがないと述べています。これは、当時朝廷の意向が大いに関係していて、仏教を国教として普及させるために、敢えてそのような歌を選ばなかった可能性があると、私はみています。

彼のスピリチュアルの心眼は、較正値565という指数の示す通り「絶対愛」こそ霊性、すなわちスピリチュアルの精髄であると見抜いていました。

さらに興味深い主張がありますで、ご紹介しましょう。

「生は無限大円環性でないと直覚できないものである。その他の諸直覚はどこか限定を受けなければならぬように出来ている。無限大円環性などということは考えられぬ、そのようなものは抽象的・概念的の最も荒唐なるものだと言う人が沢山あるにきまっている。霊性的直覚のない人々は、いずれもしか言うのである。霊性的世界の真実性に侵入した経験のないものは、必ずそんなふうに反抗をやってくる。」(岩波文庫、1972年、133頁より)

ここの彼の記述の注目点は、「生は無限大円環性でないと直覚できない」とは、「生は意識の無限性によって気づける」と明言していますね。

「円環性」とは、彼が輪廻転生を意識の永遠性の中で繰り返されていることを直観していることを示しています。意識の永遠性に目覚めている人は、「意識の永遠性」や「輪廻転生」を自分のこととして主観的に認識するようになることを示す箇所です。

そして彼は、大多数の人はスピリチュアルの真実性を経験していないと断言し、誰もが、スピリチュアルの真実を実際に経験していないと、これを分からないとも述べています。

鈴木大拙は親鸞の教えに多くのスペースを割いています。そのことについては、明日述べましょう。

「恐れは、私達の生き残りと関係しています。そしてそれは、私達のマインドに特別な合意が与えられます。大部分の人々にとって恐れは、すべてに浸透しています。すなわちそれらの人生は、恐れを克服するために、実際に巨大な保障装置をセットすることと等しいようです。しかしながら、これさえ十分でありません。そのため今朝のニュースの「テロリストのグループは、私達の食物供給を妨害すると脅迫しています。」のように、メディアは、何度も何度も、私達に恐ろしい状況を示します。それは、あたかもマインドに対しすべての感情がなくなり、最大限に怖がらせ、更に続けて支配する機会を与えるようで、そのような見出しは、相変わらずのものです。歌の歌詞、「私達は、生きる恐怖と死ぬ恐怖の間で捕えられます。」と、それを言い表しています。」
(『Letting Go: The Pathway to Surrender』90頁より)

『死の恐怖』からあなたは、完全に脱するなら、本物のこころの穏やかさを伴う幸福な状態は、すぐそこです。

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