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2026年08月30日16:40

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武神闘宴 第五章 鏖魔 四 五

四

牛股権左衛門は、柄にもなく滾っていた。巨躯、疵面。その風貌は周囲を畏怖させる。
同門の師範代二名は、眉目秀麗、魔眼の美貌を持つ曲者と、容姿端麗なる朴念仁。
共に扱い辛い偏屈だが、剣の腕は確か。だからこそ二名が、その持ち味を活かせるよう、己を殺し、寛大に振る舞ってきた。

――第一試合、藤木源之助が見せた零距離からの『燼滅刃』。この技の汎用性は、混戦極まる軍場においても、無類の威力を発揮するであろう。
――第二試合、伊良子清玄の『白疾風』。それは、単体でも必殺に繋げられる、達人の奥義と呼ぶに相応しい絶技である。それらを統合し、華麗な脚捌きで一連の技として繋げてみせた。
虎眼の真なる奥義『流れ星』。これを真に伝授されたのは、牛股権左衛門ただ一人である。奥義の第一段階は「力の溜め」にあり、これは藤木にも伝授された。伊良子には直接の伝授が成される前に、虎眼師匠は怪死してしまった。
藤木がまだ知らぬ奥義の第二段階。それは「剣の握り」に秘密があり、生まれながらに六本指であった虎眼のみが成立し得る技である。五本の指しか持たぬ常人がいかに『流れ星』の第一段階を真似ようとも、「溜め」という短所が隙となり、実戦では役に立たない。
藤木もそれを承知しているからこそ、第一試合では『流れ星』を封印しており、伊良子は別の工夫によって、水平一閃を放った。あれは『伊良子流・流れ星』と呼ぶべき独創の技であり、虎眼師匠の『流れ星』ではない。
唯一、虎眼流の真なる奥義を伝授された牛股だからこそ、伊良子の生み出した工夫に、深く胸を打たれていた。
「――涼之介。藤木と二人で、あれを持って来てくれ」
牛股は、静かな声で傍らに控える近藤涼之介に命じた。

一方、西方に立つ笹島志摩介は、冷徹な観察眼と驚嘆の念を以て、伊良子の残像を反芻していた。すでに五つもの奥義を、その肉体に体得していた笹島であったが、伊良子の流水の如き技の連綿に、惚れ込んでいた。
佐伯修次郎の見せた、踏み込みの瞬間に脚を交差させる走法は、鍛錬で模倣・体得できると読んだ。
しかし伊良子の、横回転の遠心力を縦回転へと切り替える身体操作。これは、仕組みがわかったところで真似できるものではない。伊良子を「天才」と認めるほかない。
だが――笹島の鋭敏な直観は、一連の流れの中で、横薙ぎの一閃『流れ星』だけが浮いた技であることを見逃さなかった。
まるで名書の筆運びの如く流麗であった伊良子の剣筋は、直前までの『螺旋』の体捌きと『流れ星』とでは、明らかに力学的な脈絡が異なる。
――あれが、噂に聞く虎眼流の『流れ星』か……。
鍔止め近くを握る左腕は前方へと押し出し、柄頭を握る右腕は己の方へと引き絞る。
これにより上体に「梃子の原理」を生じさせ、振りかぶらずとも、人体を両断しうる横薙ぎの一閃を作り出しているのだろう。実に理に適った技である。
そして、仕組みさえ解読してしまえば、模倣など造作もない。
「なるほど。昨今、岩本剣術道場がこの駿河の地で流行っていると聞くが、これか」――笹島は独りごちた。
五つの奥義を体得した笹島には、剣の靄に包まれることなく、すべてが見渡せていた。一度目にしただけで、伊良子による一連の技の構造をここまで読み解く眼力。笹島もまた、天才であった。
だが、笹島は止まらない。さらに思考を深める。
確かに『流れ星』は必殺の威力を誇る。しかし、剣の持ち替えを必須とするがゆえに、実戦に組み込むには致命的な隙が生じる。また、引く力を斬る力に変える工夫は良いが、その構造上、「間合いが狭い」。
伊良子は、足元からの斬り上げで勝利が確定していたからこそ、御前試合の「余興」として、あの持ち替えを披露したに過ぎない。
――奥義が余興か。――岩本剣術道場の底が見えた。
笹島の唇に、酷薄な笑みが浮かぶ。そして、虎眼流に対して、一つの「評価」を下す。
「奇術師集団」と。
五つの奥義を宿した笹島。幕席で門下生たちに囲まれた、疵面の巨躯――牛股権左衛門を見据え、ほくそ笑んだ。

五

駿河城御前試合――最終試合

「西方剣士――新当流師範代、笹島志摩介」

左脚を斬り取られ、断頭された佐伯修次郎の死体は手際よく片付けられていた。
白砂が整地される時間に、岩本流の奥義『流れ星』への攻略を終えた笹島の心に、剣の靄は無し。
青い空、白い雲、日ノ本一の天守閣が聳え建ち、何より、駿河大納言・忠長様がいらっしゃる。剣士の誉れとしてこれ以上の場があるであろうか、愚問である。
笹島の心は今この瞬間、頭上に広がる秋晴れの如く、晴れやかであった。

「東方剣士――岩本剣術道場師範代、牛股権左衛門」

名を呼ばれた牛股に付き添い、藤木源之助と近藤涼之介が二人がかりで場内へと運び入れてきた「物」――。
それは、剣と言うにはあまりにも大きすぎた。
大きく、ぶ厚く、重く、そして大雑把すぎた。
それはまさに鉄塊だった。
な…なんだ、あの剣は……!?

フォト


笹島の背筋に、未知への戦慄が走る。
先ほどの佐伯修次郎は、縮地の推進力に刀身の重みを利用し、およそ三尺の大太刀を用いた。だが、牛股が手にするそれは、どう見ても六尺(約百八十センチメートル)を超えている。中央が異様に膨らんだ魚背型、幅広の両刃。あれを刀と呼んでよいものか。
戦国の世の伝説に聞く「真柄の大太刀」もその類であろうが、牛股の持つあれは、一石、いや二石(約三十〜六十キロ)を超える重量ではあるまいか。
あの大剣、いや鉄塊を、牛股は右手のみで担ぎ、左手は後ろ手に添えているようだ。
騎馬武者を馬ごと叩き斬るなら、一定の理はあるだろう。あるいは軍場の乱戦ではどうだ。
――ふん、威圧の意味もあるのだろうな。
確かに、己も一瞬はたじろいだ。だがこれは、白砂の上の平地での真剣勝負。
対手たる牛股が、右手一本でその大剣を背負うように構え直すと、役目を終えた藤木と近藤が静かに試合場から去って行く。
その短い合間にも、天才・笹島は冷徹に思考を巡らせる。
あの重量物を振り回せば、確かに遠心力が乗った後の速度は速いだろう。無論、攻撃範囲も広い。だがあの重量物。振り回したところで、切り返すどころか、軌道を変えることすら叶うまい。そもそも、静止状態からの「初速」が著しく遅い。
笹島の本懐、新当流の極意は「一の太刀」にある。

受ける、外ずす、切返す等の術は一切ない。
そもそもは、一撃で対手を斃す神速の流派なのだ。
ひるむ必要などどこにもない。初動の隙を突き、極上の位置から最適の一撃を打ち込む。あの大剣に出来ることなど何一つ無い。
笹島はまるで長大な薙刀を相手にするかの如く、通常の剣の立ち合いよりも遠い間合いに位置取りを定めた。

「――始めッ!!」

審判の合図が下る。
思い返せば第一試合、藤木源之助とやらは脇差を投げ、着物の内に鉈を隠し持つことを決め手とした。武士の端くれとも思えぬ。
伊良子清玄は確かに天才的であろう。だがあの器量を持ってすれば、どこの剣術道場であれど頭角を現すだろう。今の身の置き場が岩本剣術道場であったに過ぎない。ただ、それだけの話だ。
牛股の柄を持つ右手、右腕、右肩、そして広背筋――それぞれが厚く盛り上がっていく。正面から対峙していても、その力みが手に取るように分かる。
左手は不自然に背側に回されており見えない。あの重量物を支えるためであろう。
眼前の対手、牛股権左衛門は、軍場の華である「大物食い」と、御前試合を履き違えている。
やはり、虎眼流などというものは、ただの奇じゅ――
空間が爆ぜる。
吹き飛ぶ笹島の脳片、その片隅が辛うじて「ゅ」の一文字を紡ぐ。
笹島に「奇術師集団」と言い終える猶予が残されていなかった。
牛股の左手の掴みによって蓄えられた「溜め」から解放された『流れ星』――六尺の鉄塊が放った一閃は、笹島の上半身を撲り弾き、遥か後方の陣幕まで吹き飛ばした。

「虎眼流が刀を担いだら用心しろ」
この駿河の地に住まう者ならば、童ですら知っているが、放浪の天才・笹島志摩介はその常識を知らなかった。

後世、徳川忠長の身辺を記した写本『駿河大納言秘記』には、
この最終試合について、ただ一行の記述しか遺されていない。
――牛股権左衛門なる者、鬼の如し。

西方・新当流師範代、笹島志摩介、一刀の下に粉砕される。
最終試合、東方・牛股権左衛門の、暴虐的な圧勝。

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