第五章 鏖魔
一
岩本三重――氏の変更により伊良子三重となった美しき若妻は、陣幕の最前列で、父譲りの大きな瞳を爛々と輝かせていた。
隣で腕を組み、岩の如く佇む巨躯――牛股の袖を、無意識のうちに きゅぅっ と掴む。先ほど夫である清玄が見せた、あの妙技の余韻。幼き頃より父の道場を見てきた三重には、充分に理解できた。今、この目の前で繰り広げられた剣戟が、「神業」の応酬と呼ぶべきものなんだと。それが、虎眼の血を引く三重の胸を激しく高鳴らせていた。
うちの道場の三人の師範代でやっぱ、一番強いのは牛股さんで、藤木さんも真面目に練習するから人気。でも、旦那さんは天才過ぎて敬遠されるというか。それと、お父さんで知っているけど、「英雄色を好む」っていうの。それで恨まれることもあるみたい。ま、本妻は私ですけど。それで、岩本剣術道場の道場主には相応しくないって思う人もいるみたいなんだけど、今の試合を見て、文句を言う人なんてもういないかな。
三重の思考は、自然と今夜の祝宴へと飛んでいく。
昨日の晩ご飯は、なんか縁起物っていって、打ち鮑、勝ち栗、昆布。敵を打ち、戦いに勝ち、大いに喜ぶってのを用意した。でも今日はどうしようか。まずは遠淡海(浜名湖)のうなぎでしょ。にんにくは、家康さんもいいって言っていたらしい。巷の噂では、干し帆立も大変に良いとか……。
三重が新妻らしく献立に胸を躍らせていると、知らぬ間に袖を掴んでいた隣の巨躯が揺れた。
「……三重様。これより、行って参ります」
普段と変わらぬ、しかしどこか、肚の底に決意を秘めた、地響きのような声。
はっと我に返り、掴んでいた袖を離す三重。
そう――この狂瀾怒濤の駿河城御前試合も、いよいよ最終試合。岩本剣術道場の最高硬度たる、牛股権左衛門。その巨躯が、白砂へと降り立つ。
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