五
怒涛の連撃の果て、脇差が藤木の胴を狙った。
藤木源之助を襲う惨劇に、近藤涼之介は思わず両目を覆った。
ぎぃん ――激しい金属音。
しかしその耳に届いたのは、聞き慣れぬ金属音であった。
児島の決め手となるはずの胴斬りは、藤木の皮膚にすら届かない。
鎖帷子による防護ではない。――藤木の胴には二振りの鉈が仕込まれていた。
藤木源之助――「朴念仁」という言葉そのもののような男である。そして、その源流には、滅びゆく忍びの血脈があった。
時は大きく遡り――本能寺の変。
織田信長が本能寺に斃れたその時、徳川家康もまた窮地にあった。世にいう「伊賀越え」である。
大坂の陣の後、報復によって滅ぼされた伊賀の霧隠鹿右衛門(きりがくれしかえもん)であるが、生き延びた闇の末裔たちは「葉隠れの里」を築き、そこに隠れ住んだ。
そこに一人、才気の光る少年が生まれた。名を「カクゴ」という。鍛錬を重ねる根気、高所の訓練にも臆さぬ度胸、そして尋常ならざる身体の弾性。天与の才こそ逸品であったが、その性根はあまりにも実直。忍に必須の器用さが欠落していた。
「このまま埋もれさせるは、余りに惜しい」
一計を案じた里長により、少年・カクゴは藤木家の養子となり、岩本虎眼に剣士としての才を見出されることとなる。
その後も葉隠れの里は姿を潜め、藤木源之助となった葉隠カクゴを、密かに見守り続けていた。
藤木の着物の内には、葉隠れの里が遺した忍鋼の技術の粋――のちの時代に『強化外骨格』と呼ばれる構造。その祖型となる二振りの頑強な鉈が仕込まれていた。
鋼の骨組みが、藤木源之助――いや、葉隠カクゴの肉体を守護している。
――そう、奇しくもこの第一試合、忍び対決であった。
もし藤木が、跳ねるような足捌きを用いる剣士であれば、着物の内に不自然な歪みを生じさせ、児島に仕込みは見破られていたであろう。しかしこの立ち合い、藤木は大地に根を張る不動を貫き、気負いのある児島の眼から、二振りの鉈の影を隠し通した。
鋼の感触に戸惑う。勝利を確信していた児島に、生じてしまった隙。
藤木は流れる動作で左脇腹に仕込まれた鉈を引き抜く。
そして、零の距離から児島の額に鉈を押し当てた。
「――ぬんッ!」
一息の気合が、静まり返った場内に行き渡る。
藤木の鉈が、児島宗蔵の頭蓋骨を炸裂させる。鉈は止まることなく、児島の淡麗な顔面を引き裂きながら延髄に届く。下顎の骨に一度引っ掛かる。だが鉈は止まらず、そのまま引き下げられ、右筆ではあり得ぬ、丸く隆起した右肩の筋肉を削いだ。
零距離。静止した状態から、これほどの惨撃を放ち得る。
藤木の気質が磨き上げた膂力と、葉隠の血脈がもたらした類まれなる肉体の弾性。二つが、ここに融合した。
それは児島宗蔵の生涯を断ち切る一撃であった。
――児島の亡骸が、木偶人形のように藤木の身体へともたれかかる。
頭部の惨状に、児島の心ノ臓は断末魔を上げるかの如く収縮し、血液を送り出す。
痙攣する肉の塊。
藤木は、割れた頭部から溢れ出るおびただしい血流を、避けることも、拭うこともせず、鼓動の最後の一打ちまで見届けた。
幕席の最前で、牛股権左衛門は、
「……もう少しこう、何というか、手心というか」と、いつもの道場にいる時と変わらぬ調子で呟き、
「――いや。今日は構わんか」と思い直した。
西方・奥右筆、児島宗蔵――絶命。
初戦、東方・藤木源之助の、容赦なき制勝。
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