三
――駿河城御前試合、初戦。
「東方剣士――岩本剣術道場師範代、藤木源之助」
呼び出しを務める家老・広瀬京平(ひろせきょうへい)が、伸びやかな声で高らかに呼び上げた。その美声を見込まれての役目ではあるが、本来、家老が執り行うような役ではない。この御前試合に向ける駿府城代の意気込みもまた、並々ならぬものなのである。
名を呼ばれた藤木は、一礼と共に、白砂が敷き詰められた試合の場に足を踏み出した。
門下生たち、駿府城代の重臣ら、招待された諸大名、そして徳川忠長公。
日ノ本中の視線が注がれているといって過言ではない。泰平の世にあって、これ以上はない晴れの舞台である。
しかし、この重圧の中にあっても、藤木の五体に瘧(おこり――緊張による震え)は微塵も見られなかった。整った精悍な顔立ち、その大きな瞳は何を思うか。それはまるで「今日は空が高い。散歩はいつもより遠出としよう」とでも考えているかのような涼やかさであった。藤木にとっては、これが人生初の死を賭した真剣勝負である。これを豪胆と呼ぶべきか、あるいは感情の欠落、不感と呼ぶべきか。あまりにもいつも通り。藤木の変わらぬ佇まいに、幕席で見守る伊良子の口元に苦笑が漏れ、それと同時に肩の力が抜ける。そして伊良子は気付く。己にこそ、気負いがあったことを。
続いて広瀬は、もう一方の剣士を読み上げる。
「西方剣士――奥右筆、児島宗蔵」
これには、名を呼ばれた児島が驚いた。
宗蔵が駿河の地に足を踏み入れたのは、今より二十四年の昔に遡る。
寺子屋では算術に秀でた聡い童として評価が高く、齢九つで、児島家の丁稚に入った。それともうひとつ、幼き宗蔵には、もう一つ特技があった。とにかく足が速かった。
これを武芸への素質と見た児島家は、宗蔵を養子に迎えたが、本人は剣術よりも算術が好きらしく、やがて右筆として駿府へ召し抱えられた。
以来十三年、右筆として地歩を築き、遂には機密を扱う奥右筆にまで登り詰めた。
順調であった歯車が狂い始めたのは、とある花見の席でのこと。
主君・徳川忠長を、一羽の鳶が襲撃した。
しかし児島は腰の脇差しを投擲し、なんと鳶を仕留めて見せたのだ。
あわやの惨事を未然に防いだ児島、誰もが息を呑む見事な名人技である。
児島はこの一件で、主君のより一層の恩寵を受け、出世を遂げるであろうと確信していた。
――しかしそれは、欲から出た慢心である。
事実、駿府城代では、武芸師範への取り立ての声も上がったが、
児島は「自分は一介の奥右筆が性に合っている」とこれを固辞した。
慎み深いとも取れる態度である。しかし――この態度が、逆に城内の狐狸共の疑惑を呼び起こす。
「そもそも、上空の背後より襲い来る鳶を、右筆風情が仕留められるものだろうか」
「花見の席には名のある武芸者も居合わせたが、鳶の気配にすら気付けなかった」
「右筆とはいえ武士の端くれ。その魂たる刀を、投擲することができるものか」
主君への忠義が、武士の誇りを上回った。一応の弁明は立つ。しかし、一度でも疑念を持った狐狸の眼は、あらゆる行動が「隠密のそれ」に見えてくる。
その疑惑の目を最初期に持った一人、それが先ほど、高々と「奥右筆」と名を呼び上げた広瀬であった。
そして鳶の件より少し後、或る夜、河原で女中の「あや」が惨殺されるという事件が起きた。
あやは駿府城内で働く数多の女中のなかで、一際器量良しと評判で、また児島と深い恋仲なのは、城内の暗黙の了解であった。
あやが深夜に城外にいたのであれば、それは児島との逢い引きと考えるのが自然。しかし事件当日、児島には確かな証人があった。他ならぬ、広瀬と酒を酌み交わしていたのである。
下手人の捜索と共に、あやの身元も徹底的に洗われた。結果、あやこそが江戸幕府から送り込まれた隠密であることが発覚する。
これもまた、児島にとっては「知らぬ存ぜぬ」で通せる話ではある。しかし、重なる偶然、数々の符合が、児島宗蔵隠密説に、抗いがたい説得力を持たせてゆく。
それらを全て承知の上で、児島は本日、この命懸けの血舞台に立たされていた。
だからこそ宗蔵は、広瀬が己を「罪人」や「隠密」ではなく、「奥右筆」と呼んだことに、戦慄したのだ。
――やはり、自分への隠密疑惑は、未だ推測の段階なのか。
――であれば、この試合に勝ちさえすれば。
駿府城代からの恩赦の可能性も、未だ残されているのではないか。
藁にも縋る思いが五体を支配し、自らの肩に力が入っていることすら、宗蔵は気付いていなかった。
四
――立ち合い。
児島は遠く、さらに遠く間合いを取る。刀はまだ抜いていない。
当然であった。
己がかつて脇差を投擲し、鳶を撃ち落とした逸話は、この場を見守る一万を超える視線、その誰もが知っている。
周知の事実ならばと児島は、両の袖口に三本ずつ、計六本の苦無(くない)を仕込んでいた。最も得意とする手裏剣は、隠密の疑惑をかけられている身には、余りにも露骨すぎる。しかし苦無であれば、武士のみならず、市井の者も日常の道具として広く用いる。奥右筆が持っていたとしても言い訳は立つ。
苦無――その鉄片六本を同時に放つ秘技『風車十字打ち』。密かに磨き上げてきた必殺の技であるが、仕込みの数ゆえ、本日この場で使えるのは一度きり。
じわり
一歩、児島が藤木に近づく。
これほどの距離、互いの剣の間合いへは、まだまだ先。
ただ、ひとつひとつの所作は小さくとも、それら全てが対手への鋭い探りであること。
この場に居る武の道に生きる者たち、皆の目には明らかであった。
これは観戦ではない見取り稽古なのだ。
市井の陪観者たちの間にざわめきが広がったが、固唾を飲んで見守る者たちに気圧され、やがて場内は水を打ったように静まり返った。
対する藤木は、中段に構えたまま、脚から白砂の大地に、根が生えたかの如く、微動だにしない。大きく見開かれた両の眼に、児島の姿は映っているはずだが、その焦点は児島を越え、遥か彼方を見据えているようであった。
まるで愛鷹山の山頂から、遥かな駿河湾。水平線と空の境を見渡すが如く。
視界の端で木々がさざめくとも、景色は変わらず、気にも留めない。
ただそこに在るという佇まい。
奥右筆として、あるいは隠密として、その役から数多の凄腕の剣士たちを見てきた児島でも、これほどまでに静かな剣士を目にしたことは無かった。
そもそも、忍び同士の戦いは殺すことが目的であり、多人数で取り囲んで確実に仕留めるのが鉄則。――あやの件ですら、そうした。
だから剣士たちの己の、誇りとやらの証明。正々堂々、一対一で正面からぶつかり合う、これは本来の領分ではない。
しかし、この世に生を受けてからの忍びの訓練よりも、右筆として仕えた期間の方が遥かに長くなってしまった児島。
剣の作法を知らぬわけでもない。
それにしても、この藤木という剣士、ともすれば「愚鈍」の二字すら頭をよぎる。
剣士であれ忍びであれ、相手の一挙手一投足に全神経を集中し、探りを入れ、崩しを試みる。そうして生じさせた微細な隙に、渾身の一撃を叩き込む。
剣の立ち合いとはそういうもののはずだ。
だが対手の藤木は、児島が仕掛けるありとあらゆる無形の揺さぶりに対し、悉く無反応なのである。
ただ、そこに剣を構えて立っている。
瞬きや呼吸によるわずかな腹の上下がなければ、生身の人間であることすら疑うほどの凍結。
――岩本虎眼亡き後とはいえ、仮にも虎眼流の師範代として駿河御前試合に立っている剣士。
ただの朴念仁であるはずがない。
じわり じわり
児島が藤木に近づく。
この間合いで『風車十字打ち』を放てば、悉くを防ぐのは不可能。
藤木に何らかの手傷さえ負わせられれば、己が手負いの対手に遅れをとる道理はない。
摺り足にて右脚を前に進め、左脚を寄せる。
あと二歩、前へ進めば、より深く刺さる。
さらにあと一歩、前へ進めば二発は必中となる。
残り二間(約三・六メートル)。
剣の立ち合いで考えるならばまだまだ遠い。
左手の親指で刀の鯉口を切る。
ちゃきり この僅かな音が観客にまで届く。
居合を放つにしても、この距離はやはり遠すぎる。
しかし鯉口を切ることは実利以上の意味を持つ。
にも拘らず、中段の藤木は反応しない。そんな藤木に、児島は焦れていた。
左手は鯉口を切ったまま、じわり じわり と間合いを詰める。
互いの剣先は、もはや三尺(約九十センチ)を隔てるのみ。
児島の右手は剣の柄ではなく左袖口へ滑るように差し込む。
三本の苦無を放とうとした、その刹那。
びょう ――風が爆ぜた。
藤木は右手で大刀を中段に据えたまま、左手で脇差を抜くと、児島目掛け、凄まじい風切り音と共に投げつけた。
児島は完全に虚を突かれた。
己の「鳶落とし」の逸話をなぞった意趣であろう。
意表を突かれた一撃ではあったが、児島は忍びとしての天稟の早業を以て、飛来する脇差を紙一重で躱す。
しかし、回避の無理な体勢から放つこととなり、児島の苦無もまた、藤木の肉体を捉えることはなかった。
飛翔する脇差しと三本の苦無の交差。
これまでの静かすぎる立ち合いから、達人の技の応酬に、会場はどよめく。
互いに傷つけることは無かったが、これにて状況は、圧倒的に児島に傾いた。
脇差しを手放した藤木に対し、脇差を残す児島とでは、この後に生じるであろう鍔迫り合いにおいて、取り得る選択肢が桁違いなのである。
児島は、左手で瞬時に残る三本の苦無を抜き取ると、藤木の頭部、胸部、腹部の三箇所を目掛けて同時に放つ。そのまま、間髪入れず右手で太刀を抜くと、藤木へ突進を仕掛けた。
飛来する三本の苦無を するり と躱した藤木だが、その眼前に肉薄した児島は、右上段から全体重を乗せた右袈裟斬りを叩き込んだ。
藤木は本来であれば、二歩後方に下がり、刀で受けて体勢を取り直すべき局面。
だが、先ほどの苦無の回避で脚を使わされた藤木には、その足捌きが難しい。
辛うじて藤木は、頭上に刀を掲げ受け止めた。
児島はこれを狙っていた。
鍔迫り合いの硬直に持ち込むことなく、左手で脇差を引き抜き、無防備な藤木の胴を斬り裂いた。
――忍びの達人による連撃。
勝負を決したのは、左手脇差の一閃、腹部の裂傷。しかしこれならば、藤木も一命は取り留めるであろう。
これが、鎖帷子を纏わぬ藤木源之助の末路であった。敗北である――
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