mixiユーザー(id:2439568)

2026年08月24日19:25

15 view

武神闘宴 第三章 燼滅刃 一 二

第三章 燼滅刃

一

牛股権左衛門、伊良子清玄、藤木源之助、三名は、道場の奥座敷で膝を突き合わせ、一通の書面に見入っていた。それは、駿河大納言・徳川忠長の名の下に発せられた、真剣による御前試合への召集状であった。
竹刀や木刀ですらなく、真剣での試合。泰平の世にあって、正気の沙汰とは思えぬ内容であるが、その行間からは公儀の思惑がいくつか透けて見えてくる。要は、岩本虎眼亡き後、疎遠となっていた駿府城代と道場の関係を繋ぎ直すと同時に、今の岩本剣術道場の実力を底まで測ろうというのである。
また、駿河藩が抱える表沙汰にできぬ諸問題――処分すべき罪人や、不都合な存在――を一挙に片付けようという腹積もりでもあった。狂気の真剣試合に見えてその実、合理の塊なのである。

牛股にとって、これはまたとない好機である。膨れ上がる門下への威信ともなる。先日の近藤の事件に現れたようなならず者どもへの牽制となり、治安の悪化を防げるであろう。
藤木にとっても、異存はなかった。日頃の稽古では門下生たちに怪我をさせぬよう、立ち合いで手加減を強いられる。それが道場の発展へ繋がる理屈も理解している。しかし藤木には、手加減の仕方が分からない。やがて稽古は、人ではなく巻き藁を相手とする日が増えていた。そこに現れた御前試合、容赦不要の真剣勝負である。それは、暗雲に閉ざされた日々を貫く一条の光明であった。
伊良子は、内心で舌なめずりをしていた。忠長公にとってこの御前試合が、巷間で噂される大望への布石であることは、瞭然である。ならば、その血舞台で武名を示すことは、一介の剣術道場の師範から、更なる権力の階梯へ脚を掛ける踏み台となるであろう。

牛股、伊良子、藤木。三名それぞれの思惑に温度差はあれど、結論は同じであった。
――お受けいたそう。
元より、駿河大納言・徳川忠長の名で発せられた命を拒む術などない。それでもなお、三人の答えは満場一致である。
さて、駿府城代の側にも「魚心あれば水心」という計算があった。岩本剣術道場側を無用に萎縮させぬためか、立ち会う対手の素性はあらかじめ通達されていた。

一人目 ――児島宗蔵(こじまそうぞう)。

この男、表向きは奥右筆(おくゆうひつ)として勤めながら、その実、駿河藩に潜り込んでいた幕府の隠密であった。
露見し、捕縛されたとはいえ、駿河に潜入工作をこなすだけあり、剣術の腕は一流。さらに「投擲」においては、達人級の腕前を持つという。
「この御前試合を勝てば、入墨刑の後に国外追放で勘弁してやる」
と条件を提示されている。無論、児島とてその甘言を信じてはいまいが、それでも死に物狂いで試合に臨んでくることは明白である。
師範代三名のうち、誰が初陣を務めるか――議論が交わされた。牛股であれば、どのような相手であろうと討ち倒す。しかし、万が一の不覚があるとすれば、それは、この児島のような変則の使い手を相手にした時であった。達人と謳われる忍びの技が、真剣勝負の混沌の中で、偶然を呼ばないとは限らない。
伊良子は対手が絡め手を得意とするなら、己が適任だろうと考えていた。
しかし黙していた藤木が口を開いた。
「――私が当たろう」
牛股もまた伊良子が良かろうと考えていただけに、藤木の申し出は意外であった。しかし、この頑なな朴念仁が自ら名乗り出たのである。胸中に期するもの、あるいは勝算があるに違いない。かくして、駿河城御前試合・第一試合は、藤木源之助対児島宗蔵と相成った。

二

――寛永六年九月二十四日。

残暑もようやく落ち着きを見せた見事な秋晴れの巳の刻(午前十時)。北西より吹き下ろす颪は、冷たくも心地よい。 ぴーひょろろろろ りりろろろろ 鳶の鳴き声が耳に届く。この日の空は高く澄み渡っていた。見上げれば、駿河城が誇る日ノ本一の天守が、秋陽を受け白銀に輝いていた。その荘厳な佇まいは、徳川の威光そのものであった。
白砂を瑞々しく撒いた城内北庭には、幾重にも陣幕が引かれていた。
岩本剣術道場の門下生たちには最前列が用意され、後方には、この先永く語り継がれるであろう真剣勝負を一目見んと、市井の者どもが詰めかけていた。その数は実に一万を超える。
だん だん だん
三度太鼓が打ち鳴らされると、家老以下、駿府城代の重鎮たちが一斉に平伏するなか、駿河大納言・徳川忠長がその姿を現した。
陣幕の彼方、櫓奥の暗がりに鎮座するその姿は、快晴との明暗に紛れ、市井の者には影としか映らぬ。
しかし、そこには「駿河大納言が居る」という絶対的な気配があった。
城内に集うすべての者は、武門の者ならずとも、自然と背筋を正していた。

フォト


忠長の切れ長の眼は、一見すれば、不機嫌に思える。しかし、その青白い肌に射すほのかな高揚の赤みから、長く仕える重鎮たちは理解していた。
駿河大納言・忠長もまた、これより始まる真剣勝負に並々ならぬ関心を寄せていることを。
その刹那、白砂の撒かれた試合場の向こう――群がる一万の市井の民に向けて、忠長は一礼をした。
僅かに首が揺れただけ、とも取れる微細な所作。
しかし、それは間違いなく、駿河大納言からの「礼」であった。
――有り得ぬことである。
忠長は、大御所・徳川秀忠の次男にして、東照大権現・徳川家康の嫡流を継ぐ高貴なる血脈。最高権力者が、路傍の民草に頭を下げるなど、前代未聞・言語道断の沙汰である。だがこの時、徳川忠長は確かに頭を下げたのだ。
それは、駿河の地で生きる人々、その営みに対する敬意だろうか。
或いはこれから白砂の上で斬り合い、散り行く剣士たちへの手向けだろうか。
静謐なる空気の中、駿河城御前試合の幕が上がった。

1 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2026年08月>
日 月 火 水 木 金 土
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031