三
――伊良子清玄 対 藤木源之助
今日これまでの戦績は、藤木の二勝一敗。
この日、両者は正中で向かい合い、中段に構えた。互いの剣先は三尺(約九十センチメートル)と離れていない。この二歩三歩をどう詰めるか。
伊良子は剣先を、釣り糸に結ばれた羽浮きの如く ゆぅらゆら と揺れさせ、藤木の呼吸を探る。
対する藤木の剣先は、不動。庭石が置かれているかの如く、微動だにしない。
牛股の眼には、執拗に挑発と誘導を重ねる伊良子と、「後の先」に徹する藤木が映っていた。伊良子は嘲りを以て藤木を見据えているのか、あるいは崩せぬ堅牢さに焦りを感じているのか。藤木は翻弄されぬよう耐えているのか。それとも無心か、あるいは不感なのか。傍で刮目している牛股ですら、それが読めない。
伊良子清玄と藤木源之助、魂の混ざり合い。
反発でも融合でもない。互いが個を保ったまま、一つの境地を形作っていた。互いの至った域は、牛股の見立てよりさらに奥、深淵にある。
――唐突に、伊良子の身体が爆ぜた。
いつの間に、どのようにしてか。見届け人たる牛股の眼すら欺き、竹刀を握る手は、一瞬にして右前から左前へと入れ替わっていた。
左腕一本の伸展から放たれる、雷撃の如き突き。
弧の軌道ではない。完全なる「点」で放たれる突き。
本来、届くはずのない間合いから、空間を切り取り、藤木の目前に突如として現出した一撃。
膂力では藤木に及ばぬ伊良子。しかし、これが真剣であるならば、その差は意味を成さない。
この突きであれば、確実に白刃は対手の喉笛を穿ち、絶命せしめるであろう。軍場ではそれが全てである。
もしこれが伊良子との初手合わせであれば、反応すらできず敗れていたに違いない。しかし、これまでに培ってきた「伊良子清玄」という名の魔への経験値が、藤木の身体を辛うじて反応させた。
藤木は鋭い体捌き(いなし)により、その伊良子の突きを間一髪、文字通り髪の毛一本の距離で躱す。
直後、藤木の眼前にあったのは、打突のために伸び切った、伊良子の無防備な肉体であった。
藤木の三勝一敗。
この戦績は、藤木にとって「誇り」そのものである。
天才・伊良子に勝ち越していることが誇りか。――否、そうではない。
藤木には分かっていた。
伊良子が、まだ最後の手の内を出していないことを。
では伊良子が手抜きをしているのかといえば、それもまた断じて否である。
もしそのような侮りがあれば、審判である牛股が容認しないだろう。
つまるところ、伊良子清玄にとって藤木源之助とは、己の限界を超えるための「実験の場」である。門下生はもとより、牛股にすら見せぬ試行錯誤。
伊良子は未完成なるものを、唯一、藤木へぶつけてくる。
己という存在だけが、あの天賦の魔を受け止める壁として機能している。
これこそが、藤木の抱く誇りであった。
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