一
全身に刀傷を負う男がいた。殊に目を引くのは、左頬を縦に割る大きな裂傷。対手の袈裟斬りを間一髪で躱した跡に相違ない。袖口から覗く前腕の傷痕も、彼が潜り抜けてきた修羅場の数々を物語っていた。
この時代、大坂の陣の記憶は未だ新しく、関ヶ原を戦った老兵が今なお街を闊歩する。刀傷を負うた武芸者は珍しくはない。珍しくはないが、それを加味してもこの男の傷痕を見る者は不気味な異様さを覚える。
彼の名は、座波間左衛門(ざはまざえもん)という。かつて伊勢・藤堂家に仕え、大坂の陣にて確かな軍功を挙げながらも、同僚の嫉妬と讒言に巻き込まれて出奔。諸国を流浪した果てに、古い縁者を頼ってこの駿府の地へと流れ着く。
駿府城代はかつて、藤堂家に仕えた腕前を買い、三百石の禄(現代換算で、年収約千二百万円ほど)にて座波を召し抱えた。
ある日、座波が駿府の往来を歩いていると、不意に喧嘩の騒ぎに出くわした。
威勢よく怒声を挙げているのは、齢十六、七とおぼしき前髪の若者。己の属する道場を侮辱されたとやら、どうやら頭に血が上り、周囲が見えなくなっている。
対するは、三人連れの浪人者。その佇まいから、相応の修羅場を潜った者たちと知れた。腕前も数も前髪の若者に勝ち目は無さそうである――が。そこまで状況を把握した座波の視線が、釘付けになった。
その前髪の若者は、息を呑むほど可憐な美貌を持っていたのである。小柄な体躯に、涼やかな二重の大きな瞳。すっと通った鼻筋に、若々しく艶めいた唇。
その容貌は、座波の育ての親であり、かつて狂おしいほどに慕った叔母、なほ女の面影を持っていた。――似ている。座波の下腹の更に奥底、ある悪癖が鎌首をもたげたとき、場が動いた。
横合いから割って入ったのは、同じ道場の師範代とおぼしき剣士。剣士としては小柄な男であったが、衣服を押し上げる肩から背にかけての筋肉は、ただ者では済まない威圧感を放っていた。
藤木である。流れ者である座波は知る由もなかったが、いまやこの駿河一帯にその名を轟かせる傑物となっていた。藤木の登場に三人連れの浪人者どもは、なにやら捨て台詞を吐き散らしながら、這う這うの体で立ち去っていった。
しかし、座波が真に目を奪われたのは、その後の前髪の表情の変化であった。師を見上げる憧憬の瞳は歓喜に輝き、道場への侮辱に退かなかった己の誉れを、誇らしげに報告している。それは、恋を捧げる乙女の視線そのものであった。
寡黙な藤木と、身も心も捧げんとする美貌の前髪。この光景が目から離れぬ座波。やがて五臓六腑が昏い嫉妬に侵されてゆく。
こうして、座波による岩本剣術道場の、そして藤木の身辺調査(あらい)が始まった。
二
岩本剣術道場――調べれば調べるほど、数奇な経緯を持つ道場であった。
創始者・岩本虎眼の怪死。その後、三人の師範代によって駿河の一大勢力へと急成長を遂げながらも、道場には華美さや浮ついた空気がなく、むしろどこか質素なのである。それは師範代・牛股が門下生に厳格な規律を強いているからで、剣士にありがちな町民への狼藉や横柄さが一切ないのだ。
それともうひとつ。
♪ むーざんむーざん 虎が刀をかついだら ようじんおしや
♪ あーかいはーな さーいた
意味するところは察しが付く。わらべ歌にしては凄惨な内容であるが、これも何らかの関わりがあるであろう。それほどまでに岩本剣術道場は市井に深く根付いていた。また、例の前髪の若者の名が、近藤涼之介(こんどうすずのすけ)ということも判明した。
この頃には、座波の横恋慕は、狂おしいまでの執着へと変貌している。――あの涼之介に斬られたい。存分にその白刃による痛みという名の、悦楽を堪能した後に、彼をこの手で斬り伏せたい。
広がる涼之介の血溜まりに、己の血を落とす。
混じり合った二人の血は駿河の大地へと吸われてゆく。
二人の魂の交わりを、大地が永遠に受け止めてくれる。
そのように思えてならなかった。
――被虐と加虐の巴(ともえ)。牛股たちは座波の歪んだ願望など知る由もなく、毎日のように道場を遠巻きに覗きに来るだけの傷だらけの剣士を、捨て置くほかなかった。道場破りでもなく、門下生希望でもない。ただ見取り稽古をする者を咎めるのは、武門の道義に反するからだ。
だが、座波の苦悩はそこにあった。――出逢うのが軍場であれば、存分に涼之介と命を削り合えたであろう。しかし時代は徳川泰平の世。竹刀を持って手合わせを願ったところで、座波は三百石を拝領するお抱えの武士、ただの門下生に過ぎぬ涼之介と立ち会うには身分や格が違いすぎた。仮に立ち合いが実現したとて、流血を伴わない打ち合いでは、座波の渇きは満たされない。
仮に辻斬りを仕掛けたとて、涼之介が賢く立ち回るなら、斬り結ぶよりも逃亡されるのが道理。
懊悩の末、座波は一計に辿り着いた。――思い付きさえすれば、これほど簡単なことはない。涼之介との出会いとなった、原点。涼之介の前で、彼が盲信する藤木を侮辱すれば良いのである。
春の匂いが漂う酉の刻(午後六時頃)、陽が沈むのも遅くなり、駿河城の天守閣もはっきり見える。道場からの帰路につく近藤は、執拗に己の後を尾けてくる座波に気付いていた。来る日も来る日も道場を覗き見する傷だらけの男――門下生たちの間でも噂になっているその異形の男が、この数日、明らかに自分を尾行して来る。
近藤は、とうとう辛抱たまらず、足を止め、振り返った。
「もし、貴殿。なにゆえに私を尾けられる」
その瞬間、座波は下腹部の更に下、股間に ぐぐっ 熱い血液が集まるのを自覚した。
或の日往来で、一目惚れしてから三ヶ月が経過していた。
今、意中の者が、己のためだけに言葉を発し、その大きな瞳には自身が映っている。
舞い上がる愉悦。これを座波は渾身の意志で抑え込み、用意していた欺瞞の言葉を口にする。
「拙者、座波間左衛門と申す。徳川の恩寵を賜り、この地で道場を構えたものの。駿河の若者は皆、岩本剣術道場へと流れ行く。拙者の元には一向に門下生が集まらぬ故、どうしたものかと勉強させていただく内に。――失礼ながらお手前の、光る素質に魅入ってしまい申した」
意外にも気さくに、かつ謙譲に話す傷だらけの男。近藤は座波に、ほんの少し警戒心を解いた。
――どうやら、ただの世渡り下手な、他国者であったようだ。
これほど凄まじい刀傷を負っているということは、腕前もそれだけ鈍(なまくら)なのであろう、と。
座波は「明日は雨が降りそうですな」と他愛もない世間話をするような声音でさらりと続けた。
「されど、一つ疑問が湧いたのです。巨躯の牛股殿、妖刀の如き伊良子殿――
お二人の剣は、武士の端くれとしても羨ましい限りであるが――」
座波は思案気な表情を作りつつ、涼之介の表情の僅かな変化も逃すまいと品定めをする。
「あの藤木源之助とやらは、ただの凡人に見受けられる。――なぜあのような退屈な男が、岩本剣術道場の師範代を勤めているのか。――拙者にはとんと理解できかねる」
その言葉は、近藤の逆鱗そのものであった。
道場通いで精悍な肌がみるみる紅潮し、通った鼻筋に激しい怒りの皺が刻まれる。
「――抜けッ! 我が師への愚弄、死を以て償って貰う!」
近藤は躊躇いなく鯉口を切る。
しかしこれこそが、座波の求めていた至高の状況であった。
涼之介は憤怒に肩を震わせながら、青眼に構える。
念願成就。これぞまさに座波の思惑通りの状況であった。舞い上がるほど嬉しくて堪らない座波であったが、その狂喜を、表面上は苦渋の表情で押し殺し、
「――抜きなさるか」と低く呟いた。
一撃必殺を至上とする戦国の世において、座波が「受太刀(うけだち)」を本領とする今川流に辿り着いたのは、決して偶然ではないだろう。
涼之介の瞳を舐めるように見つめながら、 ゆるり と刀を抜く。
座波は対手と同じく青眼に身を置くと、そのまま刀身を大きく後ろへと引いた。
本来、今川流の構えは八双を基本とするが、ここで座波は脇構えを取る。
近藤の視界から刀身が消え、同時に座波の左肩が無防備に晒される。
この大胆な構えは挑発にしか見えず、これも己への侮辱と受け取った。
「ならば」と、裂帛の気合とともに打突を繰り出す。
涼之介は気持ちの良いくらい単純に、誘いに乗ってきた。
白刃を寸前まで引き付け、擦る程度に刃を当てながら、身体の転換(いなし)とともに躱す。そして小突く程度に剣を叩きつけて、嘲笑ってやろう。
涼之介は既に怒りの絶頂にあるが、その先はどのような表情を見せてくれるのか。
次なる一手をどうしてやろう。凄絶な斬撃の交換を始める――そのはずだった。
しかし、怒りで視野狭窄に陥り、初の真剣勝負という重圧で肩に力が入りすぎた近藤の一撃は――。
座波の戦術眼を越えて、
――余りにも遅かった。
近藤の切っ先が届くよりも早く、幾多の修羅場を生き抜いてきた座波の肉体は、脚は、条件反射で動き始めてしまったのだ。
――しまった!
気づいた時には遅かった。座波の理性による制御と、永年の死線で培われた体捌きが噛み合わず、衝突する。
近藤の眼に、達人の葛藤など映らない。
ただ、傷だらけの不気味な男が、勝手に足を縺れさせ、よろけたようにしか見えない。
今日まで藤木から「基本の反復」を叩き込まれてきた近藤。この決定的な好機を逃すはずがなく――
持てる怒りの全てを乗せ、白刃の切っ先を、座波の喉元に差し込んだ。
ごふぅお ――鈍い吐息が漏れる。
座波の喉笛を冷たい刀身が貫く、灼けるような熱。
気道が断たれ、即座に襲い来る息苦しさ。最早、死は回避不能との覚り。
凄まじい窒息感。
育ての親であるなほ女は、己に対して叱ることはあっても、殺意を向けてくれることなど決してなかった。
しかし今、朦朧とする座波の視界に映るのは、激情に身を任せ、殺意を漲らせた、美しき叔母、なほ女であった。
脳細胞たちが最後の伝達を行い、歓喜だけが脳を満たす。
座波間左衛門は喉から溢れる血の味を貪り、至極の絶頂の中、息絶えた。
三
この一件は、眠れる虎たちの存在を天下に知らしめるに十分であった。
座波の生前の奇行においては、道場外からも多くの目撃証言が寄せられており、近藤涼之介の弁明は「正当なる防衛」として公に認められ、お咎めを受けることもなかった。
だが、この一件は駿府城代に新たな懸念を生じさせた。
岩本剣術道場は、創始者・岩本虎眼亡き後、牛股権左衛門の統治により、「実直にして無害な集団」と見做され、駿府城代の関心から外れつつあった。
にもかかわらず、実戦派の武士・座波間左衛門が、一介の剣術道場、それも未だ前髪の若造に討ち取られた。
岩本虎眼最盛期に千人を数えた門下は、三頭政治の下、今や数千人規模へと膨れ上がっていた。その末端に連なる前髪の若者ですら、三百石取りの武士を屠る実力を備えている。
かつて一向一揆に苦しめられた徳川家である。公儀の統制を外れた暴力装置を、このまま放置しておくわけにはいかぬ。この危険極まる戦闘集団の牙を、今のうちに削いでおくべきか。あるいは――。
事件から一ヶ月後。
新緑の風渡る岩本剣術道場に、駿府城代よりお触れが下った。
――城内における、真剣での一騎討ち。
これこそ、徳川太平の世に血の雨を降らせる「駿河城御前試合」の発端であった。
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