あなたは、ショックを受けるかもしれませんね。
武士道の較正値は180で、侍の較正値は190ということです。これこそ「いざ鎌倉」の精神は、プライドだったことに起因した較正値でした。
ホーキンズ博士によると「海兵隊は、プライドのレベルにあることを求められます。」ということです。最強の戦士は、情け容赦のない200未満にとどめおく必要があります。しかしそれが政治と信仰に結びつくなら、仇となることは必定でした。
「一所懸命」とは、所領のために命を捨てる覚悟です。それを賛美する精神は、神道からもネガティブな影響を与えています。
「350の神道は、概念において誠実で健全な道徳律のレベルです。良くない面は戦士のアーキタイプへの賛美です。すなわちそれには、これまで述べてきた通り、みぞおち/太陽叢(第三)チャクラと、ハート(第四)チャクラに加えて、スプルーン(第二)チャクラへエネルギーを与えるという悪い面があります。(中略)1930年代、そして後の第二次世界大戦の間、太平洋と極東の日本軍の影響によって明らかにされるように、凶暴性の賛美に至ることもあり得ます。この血にまみれた歴史のすべては、おそらく天皇陛下をまさに賛美したためでした。すなわち天皇は神道において太陽神の子孫であると思われていました。神風特攻の飛行士(較正/計測値390)は、60で計測されるところの狂信者とは対照的で、彼の生命を神と地者のために犠牲にした誠実な戦士を映し出していました。」
(『Truth vs. Falsehood: How to Tell the Difference 』350頁より)
神風の特攻隊員にとって、純粋に日本という祖国、郷土や、家族を守るために、天に命を捧げたとホーキンズ博士は言います。我が慶應義塾大学の上原良司先輩の特攻出撃前夜の最期の遺書には『靖国』ではなく『天国』と綴られていました。
「愛する恋人に死なれた時自分も一緒に精神的には死んで居りました。天国に待ちある人、天国に於いて彼女に会へると思うと、死は天国に行く途中でしかありませんから何でもありません。」(昭和20年5月10日記す)
将来、再び日本人が間違いを犯さない為にも、靖国神社を廃し、戦争被害者は、軍人であろうと民間人であろうと、その犠牲者はともに千鳥ヶ淵に移管すべきと思うのは、私だけではないでしょう。
「私達が、これを試みるならば、人々は、もはや私達の好き嫌いと概念に対し非難しないと感じるでしょう。弁護する性質の代わりに、彼等や彼女等は、私達から得ているものはいまや感謝です。彼等や彼女等は、私達が特定の物事を高く評価し、そのため私達がするやり方を、私達が考えている理由を理解します。本当に彼等は、もはや私達を批判せず、または責めないでしょう。悪くとも私達が得るものは、多分冗談を言われるか、からかいの態度でしょう。プライドが無くなると、非難も、またなくなります。」
(『Letting Go: The Pathway to Surrender』149頁より)
私は、ホーキンズ博士の11冊の原典から得た知識を日々、公開しています。それはプライドではありません。ゆえに私に対し批判する人々は、その全員が『工作員』か、無神論、懐疑主義、唯物論などを妄信する方々です、すなわちそれは神を実感出来ていないためです。しかしそのような方々が、戦後の洗脳教育によって、実に大勢おられるので・・・🥲。
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