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2026年07月25日04:07

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意識の仕組み(195)手放す(76)プライドその10

あなたは、ご自分の名に相応しい生き方をされていらっしゃいますか?

「名は体を表す」といいますよね。

人は、生まれる前にそれぞれの人生の計画(本質/実態)を名に託しているといいます。

その名は、親族などの関係者によってインスピレーション(『ひかり』)として受けとられます。その『ひかり』を受け取った者によって、生まれてくる子は、その『ひかり』の名を与えられます。

『僕の人生は、何をするためにあるのか?』という問いに、私は小学生の頃から自問自答していたのですね。私は、不思議にも幼い頃から、この「名は体を表す」という言葉を、その意味について沈思する習慣がついていました。まずは辞書で『誠』や『一』について何回も読み直していた記憶があります。

しかしながら、その沈思の際に、小学生になりたての頃に受け取った「大人達は間違った生き方をしている。僕が正しい生き方を教えてあげるんだ」というインスピレーションのことは、記憶の貯蔵庫で誇りをかぶり見えなくなっていましたが・・・。

私の名は、『誠一』です。

「僕の人生にとって『一』番大切なものとは、『誠』の知識を得て、それを人生に生かすことか?」

「僕は、何か人類で『誠』に『一』番になることを求められている人生なのか?」


この『誠一』に込められた2つの意味を、私は小学生の頃から思いを巡らしてたものでした。やはりこの結論は、スピリチュアルでしたね。その後のことは明日に続きます。

これからご紹介するホーキンズ博士の論述は、あなたにとって、本当に価値あるものとは、実はこの物質世界にはないことを示唆するものです。それこそがプライドと自尊心の違いでも、またあります。

「プライド、それは弱い立場にあるため、いつもどこかで、一掃される必要のある疑いを内包しています。そのためその相手は、すぐにこの疑いに集中させられます。すべての疑いが、取り除かれると、意見とプライドは消え去ります。プライドそのものの中にあるものは、自分自身のメリットを主張するには、不十分なものでした。しかしそれにもかかわらず、プライドの中にあるものは、弁明に対し捉え難く推定の結論でした。私達の愛と、尊敬にふさわしいものは、ほとんど弁明者を必要としません。プライドは、議論の余地があります。またあるものに対する価値に疑問のあることを微妙に暗示しています。」
(『Letting Go: The Pathway to Surrender』141頁より)

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