このコメントは、中国古代の**姓(せい)と氏(し)**の違いを知っている人が書いたものだと思われます。
秦王(始皇帝・嬴政)の家系は、
* 姓(せい):嬴(えい)
* 氏(し):趙(ちょう)
とされることがあります。
そのため、コメントの
「舜帝から嬴姓もろてんのに何で趙?」
という疑問が出てくるわけです。
実は、古代中国では姓と氏は別のものでした。
* 姓(嬴) … 遠い祖先から受け継ぐ血統・一族の名称。
* 氏(趙) … 分家や封地などから名乗る家の呼び名。
秦と趙はどちらも嬴姓の一族から分かれたと伝えられています。
つまり、
* 秦王は嬴姓である。
* 一方、始皇帝の父・子楚(異人)は若い頃に趙国で人質生活を送り、そのため『史記』では趙政と呼ばれることがある。
『キングダム』でも嬴政は幼少期を趙で過ごしていますね。
ですから、このコメントへの答えは、
嬴は「姓」、趙は「氏」あるいは出身・所属を示す呼び方で、必ずしも矛盾しているわけではない。
ということになります。
なお、歴史学では「始皇帝を『趙政』と呼ぶべきか『嬴政』と呼ぶべきか」には議論があり、『史記』の記述や戦国時代の姓氏制度の解釈によって見方が分かれています。現在では、日本では「嬴政」、中国では単に「秦王政」「秦始皇」と呼ぶことが多いです。
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