3・4日の山形旅行のご報告続きです。
今回は、米沢駅から鉄道営業区間含め全線通しの代行バスで米坂線を乗り通し、帰宅するまでを書きます。
米沢駅は完全に雨模様でした。
1992年の山形新幹線山形開業に合わせて建てられたと思われる駅舎が威容を誇っていますが、実は米沢市の中心部からは離れています。
駅前へ入ってきたバスは、米沢市の市民バス。
恐らく多くが山交バスが撤退した後を引き継いだものと思われます。
駅舎の写真を撮って来てから、駅の待合室で弁当を開きました。
ですが、米沢駅、待合室にしっかりと立ち食いそば・うどんのお店があるじゃないですか
わざわざ山形駅で弁当を買わなくても良かったですね
これからは米坂線で帰宅します。
山形県置賜・村山地方から新潟県へ抜ける公共交通としては有力ではあるのですが、数年前の豪雨で被災してしまい、現状米沢駅と長井市?の今泉駅の間が鉄道営業、今泉駅と新潟県村上市の坂町駅の間がバス代行になっています。
ただし、米沢駅13:47発の坂町行きだけは、鉄道運行区間も含め全区間を代行バスが走ることになっています。
駅の時刻表や発車案内には出ておらず、市販の時刻表や駅の掲示で対応しています。
朝、米沢駅まで走る代行バスも出ているのですが、代行区間上の手ノ子駅と小国駅から米沢市内の高校への通学対応と思われる快速便で、坂町行きのこちらとは性格が違うようです。
ただ、鉄道区間でもこの時間帯、列車は5時間程度ないので、ダイヤの都合なのでしょう。
バス停へ向かうと、米坂線の坂町行き代行バスが来ました。
山形県の蔵王観光バスが担当で、ご覧の通りバスは日野セレガでした。
実はこの時、東北新幹線で倒木があった影響で山形新幹線の下りに大幅な遅れが出ており、新庄行きのつばさ133号が約100分の遅れで運行中という案内が流れていました。
そのことを伝えるため、JRの係員が駅から出てきて運転手さんに話し掛けていました。
つばさ133号、そしてその直後に次のつばさ号もやってきて、それからの乗り換え客2人も含めて13:59、他に4人の乗客を乗せ米沢駅を発車。
律儀に駅に寄っていくため米沢市内を行きつ戻りつしますが、その甲斐もあって高校生を数人拾っていきます。
羽前小松駅は駅の裏口、犬川駅は駅から離れた所での発着でした。
一旦国道113号線に入ると、左方に置賜総合病院が見え、そこから113号線から入って今泉駅前に着きました。
狭い駅前の奥に、代行バスに入っている新潟交通観光バスの観光車が待機していました。
フラワー長井線は、運転士不足で減便ダイヤになっているものの、列車の運行を続けているばかりでなく、米坂線に取り残されたキハ110型の整備まで引き受けています。
ここから先は鉄道が運休している区間。
途中何度か、米坂線を陸橋や踏切で渡ります。
踏切は遮断棒が外されていますが、バスは律義に一時停止して踏切を渡ります。
ただ、線路を見る限り、草が枯れた跡があるもののそんなに線路が荒れている感じがしませんでした。
羽前椿駅から坂町方面にある踏切で、この先で国道113号へと入り、以後ほとんどの区間で113号を走ります。
この踏切ですが、坂町側の線路に木が生えていて、線路も心なしか羽前椿駅から今泉駅方向と比べ若干荒れている気がしました。
農家の迷惑になるので除草作業を定期的に行なっているのかも知れませんが、もしかすると今泉〜羽前椿の鉄道再開を視野に入れているのでは、と勘繰りたくなりました。
恐らくこの区間は被害が少なく、その気になれば短期間で復旧できるのでは?という気がしました。
113号へ入ると、手ノ子駅以外は駅前に入らず、国道上のバス停発着となります。
宇津峠も新しいトンネルになって走りやすくなるなど、よく整備された道であり、これに加えて高規格道路の整備も順次進められています。
所々で米坂線の線路が見え、鉄橋の上も雪が覆っています。
ただ、途中の鉄橋は無傷で、一部を除いて被害はさほど大きくないのでは、と思ったり。
線路が宙づりになっている個所を1か所見ましたが。
小国駅は駅前まで入り、希望者はトイレを利用できます。
尿意が限界だったので、着くなり駅のトイレに駆け込んで手早く用を足し、バスへと戻りました。
小国駅では駅員の方がバスを出迎えに出てきて、窓口こそ閉めていますが券売機による近距離きっぷの販売を継続しています。
ここでも新潟交通観光バスの車両が待機していました。
小国駅から越後大島駅までは、お客は私だけでした。
途中のバス停、どこかで見たようなものですが、新潟交通グループから融通してもらったのか、同社のバス停看板を融通してもらったのか同じ業者が製作したのか。
越後下関駅は113号を離れて旧道へと入り、旧新潟交通観光バス下関営業所前にバス停がありました。
関川村から全面撤退する話を聞いた際、それまでは村内のスクールバスを兼ねた路線に再整備した経緯があったことから安泰だろうと勝手に思っていたのですが、
下関営業所の運転手が2人しかいなくなったとか、そんな切迫した状況とはつゆ知らず。
現在2路線だけ辛うじて残ったものの、村上駅や坂町駅への路線は廃止されてしまいました。
この先、越後大島〜坂町間の被害が甚大だったらしく、線路が流出した区間はすでにレールを撤去して整地した場所も。
ここではよく見ると流出した線路が残っていました。
坂町駅に到着したのは16:39、だいぶ遅れを回復していました。
駅の営業時間は終了しており、待合室にお客は1人、バスが去ってしまうと駅前には人影がありません。
駅のトイレも駅前側は閉鎖され、改札内のトイレを使うようになっていました。
16:55頃に新潟からの列車が着くと結構な人が降りてきましたが、数分で元の静かな駅に逆戻りです。
17:25に今泉行きの代行バスが出ますが、蔵王観光でも新潟交通観光バスでもない会社のバスでした。
ホームから見ただけですが、どこの会社でしょうか。
冷たい風が吹きつけるホームに出て米坂線が使用していた1番線を見ると、線路はさび付いていました。
ここに列車が戻ってくることはあるのでしょうか。
現在JR新潟支社と新潟県・山形県の間で今後について話し合いが行われていますが、両県は現状での復旧を求めてJRに責任を押し付けるばかりで、バス転換を提案するJRとは全く話し合いにならず、ただただ時間を空費するばかりです。
現状を考えると、羽前椿〜今泉〜米沢間は山形鉄道が引き受けて後はバス転換、その場合県立坂町病院や鷹の巣温泉郷、町立小国病院、置賜総合病院などへ乗り入れる路線を引く、というのが落としどころで、鉄道での復旧は厳しいと思います。
ただ、山形鉄道も運転士不足で減便ダイヤ、バスに至ってはほぼほぼ撤退という中では、新しい事業体、例えばJRバス東北に入ってもらって運行を現在の代行バスをやっている会社に委託するなど一筋縄ではいかないでしょう。
路線バス業界の窮状は言わずもがなです。
そういう部分も含めてちゃんと話し合わないと誰も得をしないと思うのですが、現状は責任の押し付け合いで時間を空費しているだけ。
鉄道存続にしろバス転換にしろ、新潟県・山形県がアクションを起こさない限り、話はいつまで経っても堂々巡りです。
こんな坂町駅に長居しても仕方ないので、17:16発の酒田始発新津行き普通列車で坂町駅を後にし、新発田駅まで乗ります。
高校生の姿が皆無で中学生の集団がいておかしいなと思ったら、この日は新潟県の公立高校の一般入試だったのですね。
その後を追いかけてきた『いなほ12号』に、新発田駅で乗り換えます。
自由席は半分弱の入り、窓際も結構余裕でした。
新潟駅は5番線到着、東京行き『とき338号』との乗り換えは5番線に隣接する新幹線乗り換え専用ホームで楽々。
この乗り換えは初体験でしたが、武雄温泉駅やかつての新八代駅みたいに完全に障害物がない状況ではないものの、自由席側と指定席・グリーン車側に各1か所乗り換え改札があり、スムーズに移動でき便利でした。
後はとき338号で燕三条駅到着。
会社帰りの弟に拾ってもらって、無事に帰宅しました。
今回は隣県なのに久し振りの場所、初めての場所もあって収穫は多かったのではと思います。
先回の小豆島・岡山旅行みたいなトラブルは、今回は対策が功を奏して大丈夫でしたし。
それに、キュンパス期間にもかかわらず、それほど混んでいる印象もなかったのは意外でした。
ただ、人口減少や地域の衰退を背景にして、JRの地方路線がだんだんと追い込まれている状況になっているのは実感できました。
特に幹線系が巨額の赤字を出して厳しい状況になっている現状、これは国土のネットワーク確保という観点からも国の出番ではないでしょうかね。
次回の旅行はまた晩秋になると思います。
それまでせっせとお金を貯めて、また西日本方面へ行きましょうかね。

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