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2026年03月15日21:00

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<「氷上の奇跡」が繋ぐ46年の咆哮 3部作中篇 政治に翻弄されながら国の威信をかけて戦うアスリート達 >第2章と第3章 アイスホッケー ミラクル・オン・アイス

<「氷上の奇跡」が繋ぐ46年の咆哮 3部作中篇 政治に翻弄されながら国の威信をかけて戦うアスリート達 >第2章と第3章

前編 https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1991774165&owner_id=32437106

1980年と2026年の政治とスポーツを繋ぐ本稿、第2部 第1章はパラリンピックの発祥に焦点を当てた。

第1章 パラリンピックの発祥に迫る https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1991784685&owner_id=32437106

第2章から第3章は、1980年レークプラシットオリンピック(アメリカ)にて、地元の若き米国のアイスホッケーチームが成し遂げた金メダルの快挙について迫っていく。当時は、プロ選手の解禁前、すなわち参加資格がアマチュアに限られていた。実質軍人などの肩書きでありながらホッケー専属の選手が中心のソ連代表の一強時代、5連覇がかかっていた。対してアメリカは、学生主体のメンバーを結成していた。実績不足の若手チームでは、ソ連に太刀打ちできないとの見方が大勢だった。最終決戦は4チーム総当りによる全3試合の決勝リーグ制である。勝敗を分けたポイント、その後の選手や監督の行方も辿っていく。



第2章 プロ解禁前、アメリカのアイスホッケーチームの結成秘話

1980年のレークプラシッド大会においては、西側と東側の間は鉄のカーテンによって阻まれていた。政治的に緊張をはらむソ連との戦いで、学生主体の平均年齢21歳のアメリカ代表は、精神的にも荷が重すぎた。

冷戦の真っ只中、両国は政治的にも緊張状態に陥っていた。スポーツの枠を超えて、政治の代理戦といえる状態だった。ステート・アマのソ連に対して、学生主体のアメリカとの戦いは、真の国レベルの実力を測るうえで公平とは言いがたい。2月22日に行われた決勝リーグ第2節にて、両国はぶつかる。なお当時は一次リーグの成績を決勝リーグに持ち込むシステムだった。初戦ソ連はフィンランドに勝利する一方、アメリカはスウェーデンに引き分けた。勝ち星でリードするソ連は、一転して敵地の空気に飲まれたのか、本領を発揮できなかった。

その一つは油断にある。実は五輪大会前に、両チームはニューヨーク・シティのマジソン・スクエアー・ガーデンで対戦していた。ソ連が10対3でアメリカ代表を圧勝していたのである。練習試合のスコアから、勝利を計算して望んでいた。下馬評では不利とみられていたアメリカは、負けた経験を本番への糧としてプラス思考を抱く。当時アメリカのハーブ・ブルックス監督は、華麗なパスワークを擁するソ連に対して、若さならではの体力勝負にかけた。練習試合と打って代わって、若きメンバーは、ソ連に対してプレス攻めを行う。ソ連側も練習試合とは体感が異なり、少しずつパスワークがずれる。勝負の決め手は監督の采配とも分析されている。フィジカルを全面に出したアメリカの予想外のホッケーに圧倒された当時ソ連のビクトル・ティホノフ監督は、1ピリオド終了間際に2対2の同点ゴールを許した当時世界最高峰の呼び声が高かったゴーリーのトレチャク(1952年生まれ)をベンチに下げた。

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フォト

第3ピリオド、両監督の差がスコアに現れる。アメリカの選手は一貫してスタイルを崩さずにパックを追い続ける。ソ連は思惑通りに進まず、焦りが見え始める。結果4対3で学生主体のアメリカ代表が、技術で圧倒するはずだったソ連を打ち破ったのである。世界最強の守護神トレチャクをベンチへ退かせた監督の誤算、そして直前の圧勝が生んだソ連の慢心。それら全ての隙を突いたのは、ブルックスが学生たちに叩き込んだ『ソ連を凌駕するスタミナ』だった。プロ不参加による代表チームの結成状況のハンデを克服し、若者ならではのフレッシュな力を示した。続く最終第3節ソ連はスウェーデンに、アメリカはフィンランドに勝利した。最終成績はソ連の2勝1敗に対して、アメリカは2勝1分0敗。ソ連の上に立ち、金メダルを獲得した学生主体のアメリカ代表の選手達は、同国スポーツ史に新たな一ページを書き加えた。チームとしても同じく地元開催となる1960年のスコーバレー(カリフォルニア州)大会以来20年ぶりの金メダルだった。冬のオリンピック屈指の名場面にも数えられている。

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写真�Ε蓮璽屐Ε屮襯奪�スヘッドコーチ 
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金メダルを獲得したメンバーは、すぐさま当時の第39代ジミー・カーター大統領によってホワイトハウスに招待された。熱狂する全米の期待を背負い、大会4連覇中のソ連一強時代に終止符を打った若き英雄たち。彼らを称えた大統領は、複雑な葛藤と揺れる心情の狭間で、宴を開いていた。
 冬季五輪開催前、正式にソ連のアフガニスタン侵攻への抗議として、夏のモスクワ五輪ボイコットを表明していたのである。レークプラシッドで「氷上の奇跡」を成し遂げた学生達の栄光に対して、夏の五輪に挑む西側諸国のアスリート達に暗い影を落とした。国内からソ連に対して軍事で対抗を望む声が上がる中、カーター大統領は混乱を避けて、踏み込まなかった。代わりに、アスリートを犠牲にしながらも、イベント不参加の対応をとることで、けん制したのである。ホワイトハウスでの祝宴は、冷戦の冬における束の間の高揚であり、同時に失われる夏への鎮魂歌でもあった。

写真�� ソ連に勝利して雄たけびを上げるアメリカの選手達
写真�� ジミー・カーター大統領とロザリン夫人に招かれた米国代表チームのマイク・エルジオーニ(キャプテン)
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ホワイトハウスで若き英雄たちを労うカーターの脳裏には、テヘランで囚われたままの52人の同胞の姿が消えることはなかった。国民が氷上の勝利に『強いアメリカ』を重ね合わせる一方で、大統領は出口の見えない外交の泥沼にいたのである。皮肉にも、人質たちが自由の身となり、無傷でアメリカの土を踏んだのは、それから約1年後、彼の宿敵レーガンの就任式の直後のことであった。

 若者たちの一連の激動振りはドキュメンタリー作品として、映画化された。1981年に全米で公開される。作品名は「ミラクル・オン・アイス」、氷上の奇跡として全米を超えてスポーツの名場面として残り続けている。

   第3章 若者たちが成し遂げたアイスホッケー改革

若者たちの未来も明るかった。代表チーム20人のうち13人が後にNHLに入り、プロの道へと進んだ。2002年の地元ユタ州ソルトレークシティーオリンピックでは、チーム全員が揃って、最終聖火ランナーの大役を引き受けた。当時のハーブ・ブルックスヘッドコーチは、再び米国ホッケー協会から担ぎ出される。NHL選手の出場が解禁されて2大会目となる地元五輪の指揮官を任された。他の強豪国と共に登場する二次リーグの3試合から準決勝までの5試合で無敗をキープする。ミラクル・オン・アイスの再来が期待される決勝戦でカナダを相手に2対5で敗れた。

 
 
 試合終了のブザーがなると、会場は一転して沈黙に包まれる。1952年オスロ(ノルウェー)大会以来50年ぶりに五輪で金メダルを獲得したカナダ代表の選手達が、リンク上で喜びを爆発させた。

写真�� 喜びを爆発させるカナダ代表の選手達 ソルトレークシティオリンピック2002
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アメリカホッケー界は、結果に落胆したとはいえ、前向きにとらえていた。22年ぶりのメダル獲得で、国内のアイスホッケー人気が持ち直すと望みを抱いたのである。再びメダルを争うチームへと実力を押し上げたハーブ・ブルックスヘッドコーチは、指導者としての地位を確立する中、思わぬ不幸に陥った。2003年8月11日に不慮の交通事故により、死去した。66歳だった。アメリカを含め、世界のホッケー関係者は喪に服した。

写真�� ハーブ・ブルックスヘッドコーチ(2002年ソルトレークシティ五輪にて)
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 一人の偉大な指導者が築き上げたパスを速やかに回す展開力のあるアメリカスタイルは、ライバルのカナダとは一線を画した。アメリカのホッケー界は、故人となった指導者の意思を尊重する。「精神的な空白」から「継承への決意」へと蘇らせた。

その一。「コーチ・ブルックス」の神格化と指標を確立する。

 彼の死後、ミネソタ大学のリンクは「ハーブ・ブルックス・アイス・アリーナ」に改名された。2004年には、彼の視点を強化した氷上の奇跡をモチーフにした映画『ミラクル』(Miracle)が公開された。新たに「名前の前のロゴ(国名)のためにプレーせよ」という献身の精神が、次世代のジュニア選手たちに深く浸透する。

その二。育成システム(USNTDP)への哲学の注入

 彼が2002年に見せた「世界に通用するアメリカ独自のスピードホッケー」を恒久化する。アメリカホッケー協会は育成プログラムをさらに強化した。マシューズやヒューズ兄弟が育ったこのシステムは、まさにブルックスの「スピードとコンディション」の哲学を科学的に具現化した成果だった。

 逝去してはや23年、ヘッドコーチが46年も昔に撒いた『育成』の種が、マシューズやヒューズ兄弟を含め、躍動感のあるホッケーを支えている。

 なお、当時のソ連の選手の動向を追っていくと、GKトレチャクは、2006年から2022年までロシア・アイスホッケー連盟の会長として職務を全うした。

 会長在任時代の2014年のソチ冬季五輪の開会式では、フィギュアスケートのロドニナと共に、最終聖火ランナーの大役を勤めた。

 写真�� ソチオリンピック開会式 トレチャクとロドニナによる聖火点灯
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一方学生主体のアメリカ代表を相手に采配ミスを犯したソ連のビクトル・ティホノフ監督は、汚名を挽回するような成績を残した。レークプラシット大会では確かに4連覇が途絶えたものの、引き続き監督の座を任される。1984年サラエボ(当時のユーゴスラビア連邦内のボスニア・ヘルツェコヴィナ)大会、1988年カルガリー(カナダ)、1992年アルベールヴィル(フランス)大会にて、3連覇の実績を残している。ソ連解体後の1992年はEUNでの参加だった。輝かしい成績を残したとはいえ、自身の采配ミスで4連覇をとめたことを悔いていた。ソ連時代指導者としてホッケー史に名を残した彼は、2014年に84歳で永眠した。

写真��ティホノフ監督 1988年カルガリー(カナダ)オリンピック時
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1980年、ソ連に勝つために采配を振るったハーブ・ブルックス監督は、良き指導者として全米スポーツ界の手本として評価されている。大学生たちに授けた『スピードとコンディションでソ連を凌駕する』哲学は、歴代アメリカ代表のスタイルとして確立した。『圧倒的なスピードと科学的システム』の中に、今もなお息づいている。



写真�� ミラノ・コルティナオリンピック2026で金メダルを獲得したアメリカ代表の選手達
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2026年ミラノ・コルティナ大会で金メダルを獲得したアメリカ代表チームは、低迷する国内ホッケー人気を覆すと賞賛を浴びている。現地時間2月22日(日)に決勝戦を終えると、2日後の24日(火)にはワシントンのホワイトハウスに向った。夜間に行われた一般教書演説(State of the Union address)にて、トランプ大統領は、メンバーを褒め称えた。「我が国は再び勝利している。この金メダルチームがその証拠だ」と力強く宣した。議場からは「USA!」コールに包まれた。金メダルの立役者となったゴーリーのコナー・ヘリバックに対し、トランプ大統領は熱い思いを抱いていた。文民に贈られる最高位の勲章である「大統領自由勲章」を授与すると発表する。パックコントロール術、的確なポジショニングにより、守備の安定感をもたらしていた。なおオリンピックでは、女子チームの方も金メダルを獲得している。スケジュールの都合(学業やプロ活動)を理由に、この日の出席は見送っていた。

 ホワイトハウスに招待された選手達はゆっくり休む暇はない。翌25日(水)には、所属チームに戻り、再開されるNHLでプレーする。

 2年後の2028年の2月には、12年ぶりの開催となるドリームチーム結成が可能なWORLD CUP of HOCKEYの開催が予定される。再び星条旗を背負うべく、日々選手達は切磋琢磨しながら技術を磨いていく。アメフト、バスケットボール、野球に並ぶ、米4大スポーツの一角を占めるアイスホッケーは、再び全米を焦がそうとしている。

写真�� WORLD CUP of HOCKEY2028のロゴ
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 <あとがき>

2026年3月、ペルシャ湾の空には不穏な火花が散っている。しかし、リンクの上でマシューズやヒューズが見せたあの圧倒的なスピードと献身は、世代を超えてアメリカンスタイルとして確立していた。46年前にハーブ・ブルックスが学生たちに託した『奇跡は自らの足で掴み取るものだ』という不変の真理である。政治がどれほど世界を分断しようとも、氷の上に刻まれた刃の跡は、私たちが困難を乗り越えるための道標であり続けていく



 以下出展先


写真�ぁ.熟△離粥璽蝓次Ε肇譽船礇�。掲載元 lyfe style Зууны шилдэг хаалгач В.Третьяк 70 нас хүрлээ https://lifestyle.zindaa.mn/v/45pp

写真�ァ(胴饌丱熟∪錣琉賈�
写真�Α.蓮璽屮屮襯奪�・ヘッドコーチ 
{�イ鉢Δ僚佚言茵�Getty Images 掲載元 ESPN 2020年2月19日 Chris Peters
Feb 19, 2020, 07:10 AM ET https://www.espn.com/nhl/story/_/id/28701139/inside-miracle-ice-how-team-usa-defied-numbers-beat-soviet-union-1980-olympics
 
 写真�� ソ連に勝利した選手達の様子
 写真�� ジミー・カーター大統領とロザリン夫人に招かれた米国代表チームのマイク・エルジオーニ(キャプテン) {�Л─〃悩楔機�Jimmy Carter Presidential Library and Museum/NARA 掲載元 THE HOWITE HOUSE HISTORICAL ASSOCIATION}
https://www.whitehousehistory.org/the-miracle-on-ice-winter-olympic-champions-at-the-white-house

 写真�� 喜びを爆発させるカナダ代表の選手達 ソルトレークシティオリンピック2002 掲載元 olympic ca https://olympic.ca/games/2002-salt-lake-city/

 写真�� ハーブ・ブルックスヘッドコーチ(2002年ソルトレークシティ五輪にて)掲載元 World Press https://redwhiteblueline.wordpress.com/wp-content/uploads/2011/03/brooks-2002.jpg

 写真�� ソチ・オリンピック2014 最終聖火ランナー トレチャクとロドニナ 
(AP Photo/Matt Slocum, Pool)
https://www.washingtonpost.com/news/olympics/wp/2014/02/08/sochi-2014-ioc-official-defend-torch-lighting-honor-granted-russian-skater-who-posted-racially-insensitive-tweet/

 写真�� ビクトル・ティホノフ監督 1988年カルガリー(カナダ)オリンピック時代 掲載元 TSTN 2014年11月24日付
https://www.tsn.ca/nhl/report-russian-hockey-coaching-legend-tikhonov-passes-away-in-moscow-at-age-84-1.142853

  写真�� ミラノ・コルティナオリンピック2026で金メダルを獲得したアメリカ代表の選手達 掲載元 ミラノ・コルティナオリンピック サイト Picture by Bruce Bennett/Getty Images より 掲載サイト https://www.olympics.com/en/milano-cortina-2026/news/winter-olympics-2026-united-states-defeat-canada-overtimes

 写真�� WORLD CUP of HOCKEY2028の大会ロゴ 出展 nh_ sports brands インスタグラム 2026年2月24日より https://www.instagram.com/p/DVILR53AFzr/



以下 関連日記

ミラノ・コルティナ五輪男子アイスホッケー解説
前編 https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1991637230&owner_id=32437106&from=list_diary_title
後編 https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1991701802&owner_id=32437106
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