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2025年12月04日11:35

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【NEWS】網走刑務所に隠された文書とな?

旧網走監獄、床板の隙間から受刑者の文書発見「貴重な資料です!」 学芸員が解読進める
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=54&from=diary&id=8580939


そりゃあ、気になるよね。
いつ頃のもの?
中身は何?
わざわざ隠したわけでしょう?

ゴールデンカムイじゃないけどさ、
旧網走監獄といえば、ほぼ政治犯収容所だったのだし、
戦後は、関東のヤクザが入るところでしたからね。

なんだなんだ?

ということで、画像を探してみると。

フォト


まずこんな感じで、13枚見つかったらしい。

読めるのはと。


フォト

フォト

フォト


まとめて写っているのは、画像が粗くてきちんとは読めないけど、
そこそこ読めます。

クセの強い字だなーー。
昭和の人っぽい。

網走刑務所が「旧網走監獄」の建物を使っていたのが、
昭和61年(1986)までなので、
字体、内容、文章から見て昭和の50年ごろではないか?と予想。
これ鉄道の時刻表が載っているので、てっちゃんなら正確にできるでしょうね。

一枚ずつのやつは、
1の付箋がついているやつで言うと、

時刻表
流転の王妃
安本スイ子の日記

時刻表はいいとして、
「流転の王妃」は、1960年ごろのベストセラー。
愛新覚羅浩の自伝です。
流転の転、「轉」なのはこの人の手がかりになる。

これに興味があるってことは、これは60年代に書かれたのかもしれないね。
その次「安本スイ子の日記」
これ多分「安本末子」だと思う。
「にあんちゃん」
これも60年ごろのベストセラーだから辻褄が合う。

そこから、急行や準急の表記があって(これもてっちゃんなら時期特定できるだろう)、
最後の方に、
女満別 ー 札幌 3500円
津別  ー 札幌 3800円
とあるので、時期を特定できるだろう。

その前に「アルバム 写真帳、記念帳のことである」と書かれているくらいだから、
アルバムという単語が少しは珍しい頃だとすると、
1960年代前半、昭和40年前くらいのことなのかもしれない。

  *それは鉄道料金から考えたほうが良さそうだ。


   「これって、脱走の準備」ですか?


それから、やけに山形が気になっているようで、
山形出身者なのかな?

2枚目。
(これも付箋1だけど)

主に辞典。実用書ってやつ?
ここでも、
「一度行きたい全国の名所」
「全国の温泉と風景旅行集」
なんてのがあるので、出所後の旅行先を夢見ていたのだろうか?
温泉好きなのはわかる。

それから、
「私達の性の百科事典」
「性の百科事典」
まあそうだよね、刑務所だもんね。

それから最後。

「時計技術者になる」??

東京都東神田 東京時計研究所

これって、爆弾製造??もしかして、その手の方?


ちょっと読みにくいけどこれ。
フォト


山形五色温泉。
旅行ガイドの写しのようなことが書いてある。
そこから別に、北海道の温泉がつらつら。

そしてもう一枚。
「天皇家と皇族」

( ̄^ ̄;)ウーン。

単に右翼系の人だったのか、
あるいは赤系の政治犯で、
誰かの爆殺を企んだものか?これだとちょっとわからんね。

問題は、なんでこんなものを隠したのか?
なんだよなあ。

誰かに渡す理由があったのか?
差し入れとか??

やっぱりこれは「出た後のこと」なんだろうなあ。

なんで残したんだろう?
と思うと、決意のようなものがあったのか?














◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

旧網走監獄、床板の隙間から受刑者の文書発見「貴重な資料です!」 学芸員が解読進める
2025年12月03日 21:30 オリコンニュース

博物館網走監獄は、受刑者による文書が発見されたと発表した。
 明治以降、数多くの受刑者を収容した網走刑務所の旧建造物を移築・復元し、保存公開する博物館網走監獄は、3日までに公式サイトを更新。受刑者による文書が発見されたと発表した。

 同施設は「現在行われている五翼放射状舎房の耐震工事にて、受刑者による文書13枚が発見されました。見つかった場所は、第三舎房十一房の床板の隙間です」と報告。小さく丸められた文書の写真を公開した。

 さらに「写真のように丸まっていた資料に当て布をしてアイロンで伸ばし、読める状態にしました」として内容も公開。「これらの文書は、現在学芸員によって解読が進められています。受刑者が何を思って何を書き残したのか、さらには書かれた当時のことを知ることができる、貴重な資料です!」と説明した。

 網走監獄は、1890年に設置された網走囚徒外役所に端を発する。1903年の監獄官制発布に伴い網走監獄となった。その6年後、火災により建物の大半を焼失。現在の建物は12年に再建された。旧網走監獄の庁舎ほか2棟は、監獄における主要施設であり、明治期の木造監獄建築の数少ない遺例として歴史的価値が高く、重要文化財に指定されている。
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